Episode060 竜殺しは快哉を叫ぶ
本日二回目の更新となります。お気を付けくださいませm(__)m
養殖竜が首をもたげた。
あの裏笛の音色によって、本能を呼び起こされたのだろうか。野生の竜だけでなく、養殖竜にも効果があったのか? 七頭の養殖竜は猛々しい雄たけびをあげ、大きな前脚を地面へと叩きつけている。
操られている? 違う、我を忘れて暴れているのだ。養殖とはいえ本懐は竜、一度動き始めたら誰も止められない。
さあどこから手をつける!?
屋敷へ怪我人を運ぶのを手伝う? 暴れている養殖竜を止める? モドリーヌ卿の応急処置? 裏笛を吹くレベッカを止める? 空にいる盗賊団のボスを倒す?
だめだ、すべて優先順位が高くてすぐに考えられない。手から滑り落ちそうな剣を握り直し、セシリアは少しだけ動きを止める。
そのあいだにも、モドリーヌ卿の部下たちが客人の誘導を叫んでいる。ルワンダに至っては、その場でジェームズとモドリーヌ卿の応急処置を行っていた。
「動けるのはリアだけです!」
お兄ちゃんに頼りたい心を抑え、駆けだす。
とにかくモドリーヌ卿の護衛だ。これはベルティスから任せられたセシリアの任務。
「た、たすけてくれ!!」
一人の男が背を向けて駆ける。空から余裕綽々に矢をつがえる盗賊団が弓を引き絞り、放った。一直線に男の背へ吸い込まれる矢を、冰力を乗せた斬撃波で木っ端みじんに。続けてセシリアは剣を振るい、空気の刃で矢を阻止し続ける。
「みんな、はやく屋敷の中へ!!」
「な……ん、うわぁあああああ!?」
屋敷へ走り始めた客人を、続けて一頭の養殖竜が狙いを定めた。養殖は飛べもせず火も吹けないが、前蹴りだけで人体を粉砕する威力を持つ。
竜の迫力に気おされた客人は尻餅をつき、情けない悲鳴をあげた。
「……ごめんっ!!」
竜の胴体に斬撃波を浴びせる。なまじこちらの冰力量が多い分、斬撃波を飛ばせる回数が多いのがよかった。ただセシリアの小さな体で守り切るには、結婚式に招待された客があまりにも多すぎた。
見えないところで竜たちが人間を屠り始める。前脚で押さえたり、鼻先で吹き飛ばしたり。竜飼いすら彼らを制御できていない。
「レベッカ!!」
今まで空からしか攻撃をしてこなかった盗賊団が、ついに動きをみせた。顔に傷のある大柄の男は竜から飛び降り、レベッカに近付く。……しかし、なぜ彼女の名前を?
──まさか!!
ヤヴェールの存在に気付いたレベッカは口から笛を離した。そして言う。
「最高級白竜の鱗はあの教会にある大金庫の中よ。団員の半分は連れて行きなさい、あの教会のなかにはベルティスがいるわ」
「弱腰男? なんだか分からねぇが、レベッカがそう言うならそうしよう。──よし、半分は俺と一緒に教会へ突撃しろ!! 残りの半分は竜に乗って屋敷から金目の物をふんだくれ!!」
ありえないはずだった。
レベッカは「ヤヴェール盗賊団にアクセサリーを奪われてヤヴェール盗賊団を追っている」と話してくれた。それに昇降盤では、盗賊団に襲われたモドリーヌ卿を助けてくれたのだ。
まるで最初からその瞬間を狙っていたかのように。
「レベッカさんは……」
最初からこの機会を。
モドリーヌ卿を殺すこの瞬間を、待ち望んでいたのだ。
彼女たちヤヴェール盗賊団は。
「金持ちの屋敷だ!! 傲慢な金持ち、竜の密売によって不正な利益を受けていた不純な悪党どもを殺戮し、金目のものをすべて奪い取れぇエエ!!」
ヤヴェールの代わりに臨時の指揮をうけた男が、舌なめずりしながら飛竜に鞭をうつ。飛竜十頭がセシリアの頭上を通過、屋敷へと向かった。
中庭に残されたのは、逃げ遅れた客人数名、ルワンダ、モドリーヌ卿、ジェームズ、アミラーズ、セシリア、レベッカ。
「屋敷は私以外の護人が守っておりますので、私は二人の治癒に専念いたします。アミラーズお嬢様」
涙を流す花嫁に語りかけながら、冰術でモドリーヌ卿の治療を行うルワンダ。確かに、モドリーヌ卿を護衛する男は五人もいる。彼らは客人とともに屋敷に引っ込み、バリケードを張ったりして抗戦するだろう。
ならばここでセシリアがすべきなのは、重傷者二人の治療が終わるまでルワンダを守ること。
──ラミーは危険とかそんなこと言ってたけど……ルワンダさんはいい人よ。なによりモドリーヌさんを懸命に治そうとしてる。
そこで、ラミアナの姿がないことに気付く。どこかに隠れているのだろうか。
「逃げたほうがいいわよ」
腕組みしながらレベッカ。
「こっちは八人と竜四頭、そっちは二人。そこの《血塗れ女》は重症人二人を抱えて動けない。実質、戦えるのはセシリアちゃんだけになるわ」
「リアが逃げたら、またモドリーヌさんを襲うでしょう!? そんなことリアは見過ごせません!」
「……。怪我しても知らないわよ」
すっとレベッカが手をあげる。盗賊七人は四頭の飛竜に飛び乗り、再び舞い上がった。
こちらのほうが体術的に上手だと悟り、間合いに入らないよう遠距離から攻撃をするつもりだろうが、その矢は通じない。あれくらいの攻撃なら自分一人で簡単に防げる。
「敵が人間だけと限らないわよ」
レベッカは再び、裏笛を吹いた。するとどうだろう、三頭の養殖竜がこっちに向かって突撃してきた。盗賊団の飛竜が上空に逃げたのは、この裏笛の効果範囲から外れるためだったのだろう。
──養殖竜に罪はないのに……。
人命優先、向かってくる三頭の竜に必殺の奥義を使用するか。
迷ってる時間は、ない。
「奥義!!」
必殺の構えをとり、セシリアは呼気を一息に吐き出す。
……──と。
「──治療が終わりましたので、アミラーズお嬢様、あとはお願いしますね」
「ありがとうルワンダ、あなただけが頼りよっ!! あの女と盗賊どもを、蹴散らしてきなさいっ!」
「御意に」
その瞬間に、セシリアの奥義の構えが解かれた。
正しくは、──強制的に停止させられた。
背後のルワンダが動いた。
そこまではセシリアにも分かったが、問題はそのあと。
とっさに目を瞑ってしまったのがいけなかったのかもしれない。
ただ、ルワンダが養殖竜の頭部を吹っ飛ばした。
それだけしかセシリアには分からなかった。
「あぁ……最高にイイ匂い」
恍惚の表情をみせる女を見ながら、レベッカは、あぁ嫌だ嫌だとでも言いたげな表情を浮かべ、
「だから、あんたは竜クサいって言ったのよ。竜殺しのクソ女。よくも……よくもッ、あたしの大切な故郷と竜達を滅茶苦茶にしてくれたわね」
「あらぁ……?」
ルワンダは、顔についた養殖竜の血を舐めとる。
「思い出したわレベッカさん。そういえば前に、……421階層の竜の里だったかしら? そこにいた女の子の飼っていた竜の腹を、かっさばいたことがあった。あのときの女の子はあなただったのね、盗賊さん」




