Episode057 金の腕輪の秘密
盗賊団襲来、五時間前──
ラミアナの首に法具を装着しようとして、セシリアは彼女と対面形式に座っていた。魔獣の本能を抑えるため、暴走しないよう安全装置の役割を果たす首輪の装着は必須。作り手が赤の他人だからなのか、ラミアナは首輪をしてくれなかった。
「おにーちゃーん、ラミーが首輪をしてくれないですよー」
「ほかの……男の……匂いがする。だから、イヤ」
「ビーチェさんの匂いがイヤみたいです」
それに、この首輪は見た目が良くないのだ。ザ・首輪という見た目をしていて、これを首にしていたら、周りの人間から奇怪な視線を浴びてしまう。しまいには奴隷か、あるいはそういうシュミだと思われてしまうだろう。
こればかりはベルティスも困り顔だ。
「せっかくビーチェさんに作ってもらったんだ。つけないとビーチェさんに感想も言えないし、評価とかつけられないだろう?」
「お兄ちゃんだってこう言ってるよ。ラミー、見た目を良くしてあげるから、ね? この首輪にお花の飾りをつけて…………ほら可愛くなった」
……ていっ。
「イ・ヤ」
「あーあ、お花取っちゃった……もうっ、ラミー、このあいだみたいに唸ったり怒ったりしたら、またお兄ちゃんに首根っこ掴まれるよ?」
「……。誤解を招きそうだから言っておく。ラミアナは後ろ首……まぁ首根っこを掴むと大人しくなるんだ。猛獣の母親が赤ん坊にするのと同じ理屈だよ」
ラミアナは首輪がイヤというより、ベルティス以外の匂いがついたこの法具がイヤという感じだ。
しかし今ばかりは、我慢してもらわないと困る。
「イ・ヤ」
「ぬぅ……ラミーってば頑固すぎるよ」
そこで、ベルティスがぐっとラミアナの肩を掴んだので、セシリアはドキッとしてしまう。なんといったって彼はラミアナに厳しい。
「もしつけなかったら、今日一緒に結婚披露宴には連れていけない。それでもいいのかい?」
「……おにく」
「披露宴で出される最高級のお肉も食べることはできない。そうだ、やっぱり今日の披露宴では君を置いていくことにしようか? どのみち、大勢の人がいたら落ち着かないだろうし、噛み癖は直ってないからね」
「おーにーく」
「ラミーが八重歯見せながらお兄ちゃんの右腕を狙ってますよ」
「のようだねリア。……あ。今なら首輪をつけられるんじゃないか」
セシリアは首輪をラミアナにつける。
「犬の首輪にみえちゃいますね」
「レベッカに突っ込まれたら何て答えよう……」
結論として、ラミアナを連れていくことが決定。首輪を外さないことが連れていく最低条件だ。
「──そういえばローレンティアさんはどこにいるんですか?」
「ビーチェさんがいる427階層、そこの賭博場に行ったのは覚えてるかい? あそこにはモドリーヌ卿のご息女アミラーズが所有する竜の品がある。ローレンティアにはその回収を任せてる」
「竜の品って、確か竜卿公爵家に頼まれているものですよね。ローレンティアさん一人で?」
竜の品の回収といえど、そう簡単に品を引き渡してくれるだろうか。
「竜卿公爵家の名前をちらつかせ、あとは実力行使。素直に応じればよし、応じなければ無理やり竜の品をふんだくる。……彼女には被害は最小限にと忠告してるよ」
「いうなれば強盗ですよねソレ……」
「タイミングが大事なんだ。賭博場に入って竜の品強奪のタイミングは僕が指示する。竜卿公爵様の判の押された書面をモドリーヌ卿に叩きつけ、かつ卿と財団の密書を僕が掌握していること、これが彼女に品を強奪してもらう最低条件だ」
「もしそのタイミングがずれたら、こっちが訴えられる可能性があるってことですか?」
「まぁそうだね。なんにせよ、モドリーヌ卿の身柄を拘束するには卿が隠し持ってる密書が必要だ。モドリーヌ卿の本家にはなかったら、おそらく屋敷のどこか……ということになると思う」
本日は、430階層の屋敷で結婚式が開かれる。ヤヴェール盗賊団からモドリーヌ卿を守った命の恩人であるレベッカと、その場に偶然居合わせたベルティスも招待されている。護衛の役目を担っているレベッカとは違い、ベルティスはただの付き人設定だ。そこそこ自由な行動ができるだろう。
「今さらだけど、リアもついていって大丈夫なんですか?」
「子どもの二人くらい許容されるだろう。それに、セシリアには大切な役割を任せたいと思ってるんだ」
「大切な役割?」
なんだろう、いつも以上に彼の顔が真剣だ。
「セシリアにはモドリーヌ卿を守ってほしい。特に、僕が密書を探すために卿から離れたときは、重点的に目を光らせてほしいんだ」
「守ってほしいっていうのはどういうことですか? モドリーヌさんは、お兄ちゃんが捕まえるべき敵なんじゃないですか?」
「そうだね、それはその通りだ。でも目的は、あくまで身柄を拘束すること。万が一にでも、ヤヴェール盗賊団みたいな連中に卿を殺されるわけにはいかない」
理解はできた。確かに身柄をおさえ、皇国に連れていくことが今回の任務だとセシリアも聞いている。当事者の死亡は事件の真相を闇に葬り去ることになりかねないだろう。
でも。
「お兄ちゃんに頼られるのは、リアとっても嬉しいです。でも……」
「僕が護衛した方が確実だって言いたいんだろう? 大丈夫だリア、君の強さは君を育ててきた僕が一番よく分かっている。それにね、僕はあんまり強い冰術を発動することができないんだ」
強い冰術を発動させられない???
それは、いったいどういうことだろう。
「ほんとうに公爵様も人が悪い。こんな測定器をつけないと僕のことが信用できないなんてね」
そう言って、ベルティスは右腕に嵌めていた腕輪をさすった。竜の里に入る際にも活躍した、竜卿公爵の家紋が刻まれている金の腕輪だ。
それが、測定器だと彼は言う。
「レベッカと初めて会ったとき、付与冰術をかける瞬間があったんだ。そのとき初めて気付いた。この金の腕輪は、僕の冰術レベルと冰力量を常時チェックしてる法具だと」
「な、なんのためにですか!?」
「疑われてるからだよ。ルチエールの女王討伐のさい、702階層の昇降路にいた公爵様は、壁面に巨大なハンマーかなにかが撃ち込まれる音を聞いている。そのとき、魔獣の測定器が右に振り切れたから、あそこに何か恐ろしい魔獣がいたんじゃないかって危惧してるんだ」
知っている。
そのとき昇降路にいたのは、ラミアナとベルティスだ。
「浮遊冰術を長時間使えるほどの冰力量は持ってないって、先方にウソをついたからね。もしこの測定器をつけたまま、僕が大型の冰術を使ったとき──」
「公爵様にウソがバレちゃう……?」
うん、とベルティスは頷く。
「もちろん、外して戦えば測定できないかもしれない。でもここは、最後までつけておいたほうがいいと僕は思うんだ。だからセシリア、もしものときは君に任せたい」
「はい!」
お兄ちゃんに期待されている!
そう思うだけで、セシリアは嬉しくなった。