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Episode056 盗賊団襲来



 本日は晴天なり。

 モドリーヌ卿の愛娘アミラーズと、《赤竜の遠吠え(ルーペシオン)》財団の息子ジェームズとの結婚披露宴。新郎新婦の愛の誓いやお祝いの言葉が述べられたあと、その場は和やかな時間が流れていた。


 モドリーヌ卿の屋敷、その目の前に広がる巨大な中庭には披露宴の準備が催されている。仕切り幕がそれぞれ場を作り、著名人たちが各々の輪を作って談笑に華を咲かせている。


 小休憩という名のフレンチタイム。バックミュージックとして有名楽団が雄大な曲を奏でるなか──


「んー!! 美味しい、これは美味しいわ!!」

 

 赤いドレスに特徴的な骨細工の首飾りをさげたレベッカは、各テーブルからお肉をつまんでは食べることを繰り返していた。

 ここに用意されている食べ物はすべてタダ。どれだけ食べ物食べてもタダ。タダ、タダ、タダ!


「むぅ……さすが金持ちの商人の結婚式ね……悔しいけど美味ひー! もうこうなったら、役得として食べまくるわよー!!」


「そんなに口のなかに詰め込んだら喉を詰まらせるよ」


「まみゅぅ!?」


 口にカニの脚を咥えたまま飛び上がるレベッカ。


「ちょ、ちょっと弱腰男!! いきなり声をかけないでよね、つまるじゃない!!」


 ごめんごめん、と。そう言うベルティスに悪びれる様子はない。それよりもレベッカが咥えているカニに興を引かれたようで、テーブルのうえにあるカニを一つとって食べた。


「へえ……カニか。海産物はフィネアネス皇国では採れないから、これはモドリーヌ卿様様だね」


「まぁ、そもそも『海』っていうのが皇国にないからねぇ。ってそれより、あの黒髪の美人な給仕さんは?」


「ローレンティアかい? あぁ、彼女にはすこし仕事を与えていてね。今日は来ないんだ」


「そう、残念ね……。それを言ったら、銀髪エルフちゃんと金髪ちゃんもいないようだけど」


「セシリアとラミアナは自由奔放でさ。たぶん、自由に行動できる範囲を走り回ってると思う。……ラミアナは、ほんとは連れてきたくなかったけど」


「あの子、やっと少し喋れるようになったんでしょう? こんな大勢の人間がいる場所に連れてきて大丈夫なの?」


「…………」


 そこで、ベルティスは口をつぐんだ。彼の脳裏にあったのはラミアナの顔。彼女はベルティスの足にしがみつき、目を潤ませ、慈悲を得るように……


「『お肉』……」


「え? 弱腰男、なに?」


「食欲はあらゆる恐怖に勝るということだよ、危うく僕の腕が一本無くなってしまうところだったさ。……君だってさっきから」


「あ、あたしが食欲旺盛の大食い女って言いたいの!?」


「……おっと、向こうでモドリーヌ卿ご自慢の竜たちがお披露目されるな。……よし、一緒に見に行こう」


「人の話を最後まで聞け……っ──ちょ、ちょっと急になにッ!?」


 レベッカの腕をベルティスが掴んで引っ張った。レベッカの顔がさっと赤くなり、変な緊張が走る。手汗がにじんだのは気のせい。そう気のせい。


 ──ぬぅ弱腰男のくせに……変なとこでリードしてくるわねぇ。


 これくらいの積極性を、ビーチェにも身に着けてほしいものだ。もっとも、ビーチェは基本的にヘタレなので、こちらから押していかないと何も進展がしない。担保にされた工房を取り返すために、店のオーナーに啖呵切ったあのときだって……。


「──紳士淑女のみなみなさまがた、どうぞご覧くださいまぜ。この雄々しき七頭もの竜たちが、我がモドリーヌ商会が誇る養殖竜! 世界で初めて、竜の完全養殖に成功したモドリーヌ卿の竜たちが、ここにお集まりのみなさまがたに華麗なショウをお見せいたしましょう!!」


 竜飼いと思われる男が、大勢の観客の目の前にして唾をとばす。てきぱきとした動きで竜の笛を取り出し、音色を奏でる。するとどうだろう、向こうで雄々しく鎮座していた七頭もの竜が動き始めた。


 向かい合う六頭の竜。奥側から二頭が頭を垂れ、その手前の二頭、最前列の二頭も順番に頭を垂れる。そこへ「俺こそがこの群れのリーダーだ」と言わんばかりの、とりわけ大きな巨竜がのっそりのっそりこちらへ歩いてくる。


 竜飼いの笛が鳴る。有名楽団のシンバルが打ち鳴らされる。クライマックスを飾るのは竜の遠吠えだ。


 あまりの迫力にあんぐりと口を開けていた観客たちが、わぁああと大きな歓声を挙げ始める。「ブラボー!」「最高!」「さすがモドリーヌ卿だ!!」と絶賛の嵐。


「すごいな」


「人間が完全に管理した竜よ。確かにすごいけど……」


 つい五十年ほど前まで、竜の知識は竜の里だけが独占していた。竜とのコミュニケーション、繁殖方法、病気との向き合い方、そして、竜を完全に支配する技術。

 どの国も竜を欲していた。

 竜はほかのどの生物よりも素材として、ペットとして、乗り物として最高の価値を誇っていた。モドリーヌ卿が竜の完全養殖に成功したときは、王国中が浮足立ったものだ。


「養殖竜は家畜よ…………自由に、のびのびと生きる野生の竜に比べたら、一生箱のなかに閉じ込められて可哀想だわ」


「まさか君からそんな言葉が聞けるとは思わなかったよ」


「あたしだって……ッ。──ごめん弱腰男、ちょっとあたし、モドリーヌ卿のところに行かなくちゃいけないから」


「顔、真っ青だぞ」


「なんでもないの、大丈夫よこれくらい」


 レベッカは、笛のかたちをした首飾りをぎゅっと掴む。震えは、それで上手い具合に止まった。


「それじゃあ、モドリーヌ卿の護衛……してくるから。あんたはこの披露宴を楽しんできなさいよ」


「……。そうだね、レベッカがそう言うならそうするよ」


 踵を返してどこかへ消えようとしたベルティスが、そこでふと、足を止めた。


「そういえばさ、モドリーヌ卿って大きな金庫か何か持ってるのかい?」


「はぁ? ……まぁ確かに、一度モドリーヌ卿に自慢されたわね。屋敷じゃなくて、離れにある教会のどこかに……大昔から存在する巨大金庫があるって。そのなかに、お金とかコレクションとか全部入れてるって……それがどうしたの?」


「……あぁ教会。……あれだよね、さっきアミラーズさんとジェームズさんが挙式をあげたアレ」


 そう、結婚式は中庭ではなくあの教会のなかで厳かに執り行われた。

 教会の美術的価値に惚れ込んだモドリーヌ卿が、一帯の土地ごと教会を買って隣に別荘を建てたのだという。金持ちらしい金の使い方というべきか、なかなか豪勢なものだ。


「披露宴が終わるまであの教会のなかにいるよ。ちょっと探し物があってね」


「はぁ……まあ、別にいいけど……? あんたがどこに行こうと、あたしは別に気にしないけど」


「じゃあね、レベッカ」


 ベルティスが教会に向かって歩いていくのを見届けて、レベッカもモドリーヌ卿のもとへ向かう。

 

 そして──……


 大人しくしていた七頭の養殖竜が、突如として頭を持ち上げる。唸り声を上げ始め、ばたばたと翼をはためかせる。落ち着かない。

 黒い鳥の大群が、はるか西の向こうからやってくる。

 最初に異変に気付いたのは一人の老人、次に淑女、楽団員、シェフ、紳士、ルワンダ、モドリーヌ卿……。

 あれは鳥の鳴き声?

 いや、違う。

 ……これは竜と人間の雄たけびだ。


「真昼間から飛び込んでくるとはな」


 モドリーヌ卿が、こちらに飛んでくる竜の大群に気付く。隣にいたルワンダも、彼の身辺警護の任に着いていた男たちも、ようやくその姿に気付いた。


「ヤヴェール盗賊団…………竜一頭ごときのために敵討ちしに来たか。ルワンダ、お客様を屋敷へ誘導しろ。他の六人は……──」


 モドリーヌ卿の指示は、女性の悲鳴によって途切れた。

 それに気付いた客人たちが逃げ惑い、仕切り幕を押し破って各々の場所に逃げていく。ルワンダの誘導も掻き消え、場は混乱の渦中へと変貌を遂げる。

 悲鳴をあげて逃げ惑う人々のなか、少女の影が新婦へと向かう。新婦はとにかく自分の身を守ろうとするが、少女はその首から竜の骨細工を奪い取った。そのまま逃げていく。


「わ、私とジェームズの愛の結晶!! 待って……待って、それはッ!!」


「アミラーズ!! 俺達も逃げるぞ、ここは危ないッ!!」


「でも……」


「アミラーズ! あんな骨、また作っ──」


 新郎の言葉は、最後まで続くことはなかった。

 絶望に染まった顔で、新婦アミラーズ新郎ジェームズの体を抱き寄せる。白いウエディング衣装は新郎の血で染まり、あたたかな命が流れ出していく。


「じぇ、ジェームズ!! 死なないでジェームズ!!」


 新郎の背には、鏃が食い込んでいた。

 一度刺されば抜けない、鋼の矢。

 見れば、上空にいる男達から幾本もの黒い矢が打ち放たれている。逃げ惑う人間の背を狙っているのだ。


「おまえたち何をしている!! 早く儂と娘を守れ!! ルワンダ、逃げる客の誘導は後回しでいい、おまえはジェームズの介抱を!」


「御意に」


 叫ぶモドリーヌ卿が指示を飛ばす。新郎新婦の避難を優先に、中庭から屋敷のなかへ。


「レベッカ!! どこにいるレベッカ!! おまえも儂を……──」



「誰があんたなんか助けるって?」



 白刃の軌跡が宙を踊る。遅れた具合に血が散布され、周囲の人間の顔をより深い絶望へと染め上げる。

 モドリーヌ卿の頸動脈から、噴水のように噴きあがる血。


 白刃の持ち手は、その傷の浅さに「チィッ」と短く舌打ちをする。短剣を素早く持ち替え、再びレベッカが鞭のように腕をしならせる。ヒュッと風が唸るが、今度は肉を捌けない。


 レベッカのナイフを、食い止めたのは銀髪少女。


「レベッカさん、なんで────ッ!!」


 セシリアである。

 


 




少し突然かもですが、次回セシリア視点で盗賊団が襲来する前から詳細に書いていきます。


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