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Episode054 竜の里──エピリオン──③


 竜の里で結成されたヤヴェール盗賊団。

 盗賊団のボス・ヤヴェールは里長の息子だという。


「彼らが奪い返したいという竜の鱗というのは、この里で育てられていた白竜のものだろう。……息子はその白竜にリフティと名付けてずっと可愛がっていたんだ」


「僕がここに来たとき、竜を殺しに来たんじゃないかって疑われました。もしかして、その白竜も竜殺しの被害に遭われたんですか?」


「ああ。ここ数年、里が管理している森や渓谷で竜が襲われる事件が増えている。素材として希少価値の高い白竜やその他の竜種が狙われるんだ。……息子のリフティも、渓谷で放し飼いにしているときに襲われてな」


 竜をいつまでも閉じ込めるわけにはいかないだろう。たまには人間の手を離れ、自らの意思で大地を駆け回りたいはずだ。竜飼いは笛を使って竜とコミュニケーションが取れるので、リフティが襲われた時も気付かなかったのだ。当時、どれほどの悲しみがヤヴェールを襲っただろうか。

 

「もともとヤヴェールは、少しガラの悪いところがあってな。リフティが襲われるまえに、ヤヴェールと仲の良かった女の子が飼ってた竜が襲われたことがあった……そのときからだよ、アイツが義賊みたいな真似事をするようになったのは」


 ヤヴェールが盗賊団を始めたのは、盗賊をしながら竜殺しの犯人を突き止めるため。

 しかしそれでも、最初は人殺しなんてしていなかったのだという。


「団員が増え始めてから、あの盗賊団はもう人殺し集団になってしまった。これじゃあ、竜殺しをする奴らとやってることは変わらねぇ……」


「……。お話しくださってありがとうございます。おかげで、僕も一つの決心がつきました」


「決心?」


「最重要参考人としてモドリーヌ卿、ご息女であるアミラーズ、《赤竜の遠吠え(ルーペシオン)》財団の跡取り息子ジェームズ、この三人の捕縛、証拠物品を押さえたのちフィネアネス皇国に連行することは決定事項。これにプラスして、僕はヤヴェールさんも捕縛します」


 複雑な心境を押し込めているのだろうか、里長は口を真一文字に結んで黙っていた。息子が犯罪人となって捕縛されることの意味を、深く考えているのだ。


「ヤヴェールさんの目的が敵討ち、および愛竜の鱗を奪還することなのであれば、彼らは必ずアミラーズとジェームズの結婚式を狙ってきます」


「バカ息子……、そんなことしてもリフティは……大好きな竜は帰ってこないっていうのになァ……。あの野郎……あのバカ……ッ」


「そうですね、その言葉をヤヴェールさんに伝えたいところです」


 里長はそこで、深々と頭を下げた。


「アイツの目ぇ覚まさせてやってください。人殺しと竜殺しは同義だ、ゼッタイにやっちゃいけねぇ。アイツに冷水をぶっかけて、教えてやってくだせぇベルティスさん」


「……そのお言葉を、深く心に留めておきます。とはいえ、結婚式までまだ数日あります。僕もその日までにやらなければならないことがあるので、よければ当日まで里にいさせてくれませんか?」


「……ああ」


 そう言った里長の目尻には、キラリと光る透明な液体があった。




 ◇




「お兄ちゃん、まだ里長さんと喋り込んでるなぁ……」


 薄い布の向こうには、ベルティスと里長がいる。途中まで話を聞いていたセシリアだったが、不穏な雰囲気が漂い始めてから聞くのをやめた。

 今はローレンティア、ラミアナとともにソファに座っている。もっとも、ラミアナが目を開ける様子はないが。


「ラミーもさっきから寝てばかりだし……」


 ラミアナは不安定だ。ベルティスの封印冰術では長持ちしないため、絶対に壊れない首輪を作製する必要がある。


 それにしても、今回のラミアナの異変には違和感を覚える。竜飼いが吹いた笛のせいだ。


「ローレンティアさん、ラミーって嫌いな音とかあるの?」


「音、ですか?」


「さっき、とっても甲高い笛の音が鳴ってラミーがヘンになっちゃったから。リアも耳が痛かったから、きっとあの音が嫌いなんじゃないかなって」


「……わたくしには何も聞こえませんでしたよ?」


「え? でもすっごく大きな音だったよ? 耳の奥に刺さってくるような……」


 ローレンティアは軽く小首を傾げている。


「ラミアナとセシリアだけが聞こえる音かもしれませんね。あと竜と」


「そうなのかなぁ」


 そこで、見覚えのある男がカーテンを引いて入ってきた。男はこちらと目が合うと、ペコリと頭を下げる。そのままどこかへ行くのかと思いきや、やや視線をさ迷わせたあと、


「さっきは……その、疑って悪かった……。裏笛を使ったことも後悔してる」


「それは大丈夫だけど、さっきの笛って何なんですか? 裏笛って?」


「調教に使うものさ」


「お、男のひとが女のひとにするっていう!?」


「竜のッ! 竜の躾のことだよバカ!! 誤解を招くようなこと言うな!? ガキにはまだ早いだろこの情報ッ!」


「な、なーんだびっくりしたぁ」


 セシリアのズレた恋愛知識はすべてユナミル情報。マセているのもご愛嬌。ちなみに「これくらい淑女の嗜みよ」というユナミルの座右の銘である。

 ともあれ。


「竜飼いは笛を使って竜をシツける。この笛はな、表笛おもてぶえ裏笛うらぶえがあるんだ。この……胃みたいな形になっている上から吹けば、表の音が鳴る」


 竜飼いはそう言って、笛の音を奏でた。とても優しい音色だ。


「通常はこっちで竜とコミュニケーションを取る。綺麗な音色だろ? オオバケコヤシっていう大きな木で笛を作るんだ」


「上からってことは、下からでも吹けるんですか?」


 あの笛には二つの口がある。表笛と呼ばれるのが上だとすれば、下がさきほどの裏笛だろう。


「人には聞こえない嫌な音が出る。これはな、竜の本能を呼び覚ましたりする……いわゆる奥の手ってやつなんだ。竜の里に危機が訪れたとき、これの使用が許される」


「里の……危機……」


「これは竜に強い作用をもたらす。ただの笛じゃない、法具なんだ。……吹いてみるか?」


「え、でもそれを吹いたら……」


 またラミアナが暴走してしまう。……その言葉は、飲み込んだ。これは言えない、ラミアナが魔獣であることは秘密なのだから。


「大丈夫だよ、これは長年の訓練が必要なんだ。竜の里出身の人間じゃないとロクに扱えない。表笛のほうが簡単だけど……ほら、吹いてごらん」


「じゃ、遠慮な…………

 ──これっておじさんと間接キス???」


「おまえマセすぎだろ!? 気になるならそこにある消毒液使え!!」


 てくてくと消毒液に向かうセシリア。


「……。正直に使うんですね……」


「くっそぉ……女の子ってこれだから……!!」


 いっぽう、消毒を終えたセシリアは笛を持って、

 

「いくよ…………すぅ……ふゅぅう!? ……あれ、全然音が出ないや。おじさんすごいね、全然音が鳴らないよ!」


「そ、そうだろうそうだろう! だってその笛は、表笛でも吹けるようになるまで半年、一人前になるまで一年は最低でもかかる。でもって、裏笛はもっと難しいんだぜ。裏笛の吹き方は里長から認められた数少ない人間しか教えてもらえないんだ!」


「すごい、すごいですおじさん!!」


「だろだろ? まぁこの竜の里でも、裏笛を使えるのは里長と俺とヤヴェールさんと、あとは……」


「むにゅぅ……?」


「「むにゅぅ……?」」


 むにゅう、というのはラミアナのうめき声だった。ぱちりと目を開け、体を起き上がらせる。


「お目覚めのようですね」


「ラミー、気が付いた?」


「そういえば……その子倒れたんだったな? 貧血だろ、まだ急に動かない方がいいぞ」


 ラミアナが目をこすりながらセシリアを見上げる。

 ゆらっと上体が揺れた。


「ラミー、大丈夫っ!? ……ひゃっ!? ら、ラミーく、くすぐったい……!? 噛まないで、舐めないで……っ!! あ……っは…………っは……」


「あむあむ……」


 ラミアナが腕に絡みつき、顔をうずめて歯を立てている。ざらざらとするのは彼女の舌だろうか。ただあまりにも突然すぎたので、セシリアは笑いを止めることができずにいる。

 ローレンティアはそれを見て、うーんと人差し指を口に当てる。


「……ラミアナは眠りながら甘噛みする癖があるんですよ。これはマスターも『ラミアナと一緒に寝たくない』と頭を悩ませていた案件です」


「眠りながらって……これゼッタイ寝てないですよね!? 寝てませんよね!?」


「寝てます。おそらく、お肉を食べる夢でも見てるんでしょう。だからたまにガリっと……」


「いだだだだだああああ!!??」


「あむむむ」


「……。まぁ……狼ですからね……」


 セシリアの悲鳴が、むなしく木霊していた。






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