Episode051 三人の思惑
一方その頃、スロットマシンにかじりついていたレベッカ。
「あぁ……もう、また外した!!」
レバーを引いてもう一度。
動体視力をフル活用しているのにスロットの目が揃わない。ここだ!と思った瞬間にボタンを押しても、三番目の7の数字が移動してクサいおっさんの笑顔にずれ込むのだ。
「あぁもう! このくっさいおっさん、どうしてあたしから7を奪っていくのよ! あたしが欲しいのは7の数字なの、あんたのシニカルな白い歯を見るためにわざわざスロットを回してるわけじゃないのよバカぁ!!」
ガチャガチャガチャガチャ。
「今日こそジャックポイントを当ててやるんだから!!」
ガチャガチャガチャガチャ。
「むむむ…………」
ガチャガチャガチャガチャ。
「むむー!」
──出ない!
「あぁもうなんで出ないのどうして出ないの!? このスロット壊れてるんじゃないの!? こんのぉ……っ!」
呼気一発、勢いよく蹴り飛ばしてみようと足をあげた瞬間、レベッカの耳が場内のざわめきをキャッチした。ついぞ視線をそちらに向けて見れば、男たちが一斉にポーカーテーブルの方向へ走っていくではないか。
はて、何かのイベントだろうか。
「おいおい、あっちで今日一番の名勝負があるらしいぜ!」「あのブラマンツェと勝負してる男がいるって!」「え? でも負けたんじゃ?」「それはハナミズ坊やのほうだよ。いまの男はすっげえ強いんだ!」
「見慣れない白い髪の男だよ!!」
白い髪の男……?
「まさか……ね」
でも、白い髪色を持った人間がそうそういるはずない。見るだけならタダだと思って、レベッカは小走りでそちらに向かった。土臭い匂いを纏わせた屈強な鉱山夫たちが、一つのテーブルにわらわらと集まっている。よくよく聞けば、男二人への掛け金が提示されているようだ。
「俺は賞金王にチップ十枚を賭ける!」「儂はこの兄ちゃんに今日の売上金を全部賭ける!! 兄ちゃん、儂の老後資金は託したぞ!」「俺もこっちの白髪兄ちゃんだ!!」「戦いの行方は五分五分ってところだな……自分は賞金王に賭ける」
両者ともに大量のチップを侍らせている。
勝負は五分五分といったところ。
「や、やっぱり弱腰男……ッ!?」
間違いなく片方は見知った知人だ。大きな声を出してしまい、思わずハッと口を塞ぐ。
「でもなんでアイツが……──」
「──騒がしいのは構わないのだけれど、いったいどうしたっていうのかしら?」
その女性の登場を、いったい誰が予想できただろうか。
さもあらん、彼女は汚くて臭いところが嫌いなのだ。曰く、彼女は不潔な男が嫌い。曰く、彼女は鉱山で働くツナギの匂いが嫌い。曰く、彼女は負けることが大嫌い。
「あら、ムッツリの足長王子様、青白い顔が今日は一層白く見えて、今にも魂が抜け出ていきそうよ」
「────」
やってきた彼女に、ブラマンツェは静かに視線をさ迷わせる。そのあと手もとのカードを見て、ぽつりとつぶやいた。
「フラッシュ……」
「こっちはフルハウスだ。──さて、これでそのチップは僕のものだね」
ベルティスはどっさりある相手のチップを指し示す。背後にいる女性の存在に気付いた様子はない。彼女はベルティスに顔を近づけるため、やや前かがみの姿勢をとる。大きく開いたドレスから覗く豊満な胸に、いったい何人の鉱山夫が生唾を呑み込んだことだろう。
彼女は、目の前にいる見慣れない青年を見つめ続けた。
「見ない顔だけど可愛い坊やね。とっても好きよ、あなたみたいな子」
「お褒めに預かり光栄です、アミラーズ様」
後ろを振り返ることなくそう言うベルティスに、驚きの表情はない。最初から彼女が来ることを予期していたかのような冷静さだ。
「知的な子ね……少しあなたとお話がしてみたいわ」
「し、しかしアミラーズ様! 彼はまだ勝負の途中……」
「あら、このチップの量で彼が勝者ではないと言い切るの?」
くいっと顎で示した先に、大量のチップ。確かにさきほどのラウンドでベルティスは勝利した。この流れでブラマンツェの敗北は加速したとみえるが、まだ勝負自体が終わったわけではない。
しかしアミラーズは、さもつまらないと言いたげな顔で、
「負け犬になるまえに降参した方が己のためにもなる。そう言ったのはあなたでなくて? 借金ができる前に負けることができてよかったじゃないの、足長王子。……私と彼の会話を邪魔しないでくれる?」
「おれ、が……負けた……?」
ブラマンツェは頭を抱えてその場に崩れ落ちる。陰々と響く敗者の鳴き声に、冷たい声で叱責したのは他でもないアミラーズである。
「使用人、この人間を表へ捨ててきなさい。私の目の前で醜態をさらす男なんて、目障りでしかないわ」
どこからともなくやってきた使用人二人が、ブラマンツェの両肩を持ち上げずるずると引きずっていく。
「さて、あなたは私と一緒に来てくださる?」
幾人もの男を蕩けさせてきた蠱惑的な微笑で、ベルティスを見る。
「そのまえに、一つ約束を果たしてもらえませんか?」
「約束? 私、あなたと会った覚えがてんでないのだけれど」
「ジャックポイントを引き当てたら工房を返す。これは、あなたの婚約者がそう言ったそうですね。店のオーナーが嘘吐きだなんて信じたくないので、できればすぐオーナーに取次ぎをお願いしたいのです。僕はビーチェさんと親しくさせていただいてますので」
「いいわよ」
いともあっさり。
担保にしたビーチェの工房を返してやると、アミラーズはそう言った。
「財団の跡取り息子と結ばれた女だもの。商会の娘としても、他人と交わした約束を違えるつもりはないわ」
ちらりと視線をこちらに向けてくる。
まさか、ここにいるのがバレてる? レベッカは一瞬焦ったが、この人混みだから別の人間に目配せした可能性もある。それにレベッカはオーナーと会ったことはあるが、彼女と顔を合わせたことがない。相手は自分のことを知らないはずだ。
「もしバレてたら、この計画の丸つぶれもいいところよ」
アミラーズは工房を返す手続きをするよう使用人に命令している。どうやら本当に、工房を返してくれるようだ。
「──ところで、お話というのは?」
「こっちへいらっしゃい、坊や」
ちゃりんっ……。
彼女が動くと、胸もとで輝いていた大きな首飾りが動いた。気付いたベルティスが目を留める。
「とっても素敵な首飾りを持ってるんですね。竜の形をしていますが……」
「んふふ、さすが坊や、よくこれに気付いたわね」
「それだけ大きなサファイヤがはめ込まれていれば、誰だって分かります」
自慢げにアミラーズが見せたのは、竜をモチーフにした骨細工の首飾り。中央部分には大きなサファイヤが埋め込まれていて匠の技を窺わせる。
「すごいですね。……この財団の名前って《赤竜の遠吠え》っていう名前でしたよね? 旦那さんが好きなんですよね? 竜が。……ソレもまるで本物の竜みたいだ」
「そう思うでしょう?」
「ええ。僕も欲しくなりますね」
「これも、私のお父様が自慢の職人たちを集めて作らせたものよ。竜の骨を使って……」
アミラーズはそこで、熟女らしい色めきの立ったため息をつく。首から提げられたものを、まるで愛おしい夫を想うように撫で、それから自分の左薬指にある婚約指輪を見つめた。
「九日後、私はお父様の別荘で結婚式を挙げるのよ」
「へえ…………結婚式ですか」
「モドリーヌ家の娘として、ルーペシオン財団の息子と結婚するの。……この指輪も彼から貰ったものよ」
アミラーズ・マリ・モドリーヌはとにかく目の前の男に私物を自慢したいようで、ベルティスをその部屋に案内した。
アミラーズとアミラーズの夫が共同で使用している私室。
ショーケースの向こう側には、竜の素材を使用したあらゆる革具や装飾品が飾り立てられている。
これはベルティスの推測だが──
ここにある竜の品は、天然竜のものが何割か紛れているだろう。




