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Episode050 ムッツリ王子



「お手数おかけしましたね」


「いいよ、あなたは久しぶりの俺の客人だからな」


 泥だらけの服を脱ぎ、近くにあった服飾店で一式をそろえる。ビーチェ曰く、自分たちが着ている服はこの街では悪目立ちするらしい。どうもこの国では、良い服で出歩くのが危険だという。治安が悪く、さきほどラミアナが返り討ちにしたような人攫いも出没するそうだ。


「それで、どうだ……俺の作った法具は?」


 ビーチェが持ってきたのは、首輪。犬猫に使用する類ではなく、研究会が技術を独占しているはずの魔獣の首輪だ。もちろんこれは、研究会お墨付きの首輪ではない。正真正銘、ビーチェが作ったオリジナル法具だ。


「魔獣に試したことは?」


「ある。なにしろ、エクスタリア王国は魔獣が出没しやすいからな……マヌケな魔獣の一匹くらいなら、俺とレベッカで協力して捕まえられる」


「B……いやCランク魔獣がギリギリかなと思う」


 ラミアナの力を抑え込めるほどの法具ではない……か。


「材料と金が足りないんだ! ぎ、技術ならあるつもりだ! 魔獣と接する機会を増やすために王国に来たんだ、頼む。俺にあなたの望む法具を作らせてください!」


「誰も愚作だとは言ってませんよ」


「ほんとか!?」


 ビーチェの顔がほっと緩んだのを見届けて、ベルティスは手の中にある首輪を見つめる。

 技術があるのは確かだ。

 それなりの素材と金を工面して、最大のパフォーマンスが発揮できるように試行錯誤されている。金がないのは本当。あとは法具を作る工房だが、彼はどこに自分の工房を持っているのだろう。よもやこのトタン小屋に秘密の扉が存在しているわけでもあるまい。


「……。見ていられないわ」


「どこに行くんだ、レベッカ」


「決まってるじゃない、あんたの工房を取り返しに行くのよ。あの工房は街で買った思い入れのある工房でしょ? 最高傑作を他人様の工房で作るってわけにもいかないわよね」


 取り返しに行く? 他人様の工房?


「俺はあの工房を担保にして金を借りたんだ。金を返せなかったいまでは、アレはもう俺のじゃ……」


「でも工房なしでどうやって良い法具を作るのよ。マホウみたいに一瞬で作れる法具があると思って?」


「大一番を外した俺が悪いんだ。……工房は、またいつものように借りに行くよ。ゴメンな、レベッカ。かっこ悪い男で」


 レベッカの顔に朱が走る。何か言いたげな様子だったが、すぐ踵を返した。


「あたし、店に行ってくるから」


「待て、そんなことしなくていい!! また負けて余計な時間と金を潰すだけだぞ、レベッカッ!!」


 ビーチェの叫びもむなしく、レベッカは外へ出て行ってしまう。

 その叫びに気付いたセシリアが、こちらにやってきた。近くにはラミアナの姿もある。


「どうしたの……?」


「悪いな、嬢ちゃん。こんな狭い小屋で大きな声出してしまって……」


 申し訳なさそうな顔をするビーチェ。


「工房がないというのは本当ですか?」


「半年前にな、工房を売っ払ったんだ。俺が持ってる最後の財産だったよ」


「半年前といえばドジを踏んだと仰っていましたよね。差し支えなければ教えていたいただけませんか?」


「……。この街にな《赤竜の遠吠えルーペシオン》っていう財団が経営する賭博場があるんだ」


 ビーチェが言うには、半年前、自分の資産を増やす目的で賭博行為をしたらしい。初めの方がいい具合に勝ち進みすぎて、調子に乗って大博打おおばくちしたところ見事惨敗。取り返そうと躍起になっているうちに借金が増えて、工房まで手放す羽目になったのだという。


「レベッカは工房を取り返すと言ってましたが、あれはどういう?」


「賭博場と街の質屋はルーペシオンの支配下だ。質屋で金を借り、店で金を使い、負けたら質屋に入っている物も金もすべてルーペシオンのもんになる。……俺もこの街に来たときは、ベルティスさんと同じようなキレーな服を着て、この街の工房を見て回ったもんだよ」


 この街で小綺麗な恰好をしているとルーペシオンに目をつけられる。

 ビーチェはみごとターゲットにされ、半年前にドジを踏んだのだという。


「実はな、レベッカはルーペシオンのオーナーと約束してるんだ。もしレベッカがあの店でジャックポイントを引き当てたら、工房を返してやる。……バカだろ、あいつそれを真に受けてるんだぜ。だから今でも、たまに店に行くんだ。負けるくせに」


「……。工房があれば、あなたの法具はより良い物になりますか?」


「そりゃもちろん。……素材がイイに越したことはないが、あの工房はたぶん、この街一番の温度を誇る。今回の法具は首輪だから、高い温度が重要だからな。──おいまさか、店に行こうってんじゃ!?」


「そのつもりですが?」



  ◇


 

 鉄臭い、言い方を良くすれば活気あふれる大きな館。

 フィネアネス皇国のロイヤルカジノが貴族向けの格式高いカジノだとすれば、ここは毎日を逞しく生きる庶民向けのカジノといえる。汗をたらして鉱山を掘り、帰ってここで金を使う。男の嗜みだ。


「お集まりいただけましたでしょうかみなさま! ここに連戦連勝を刻む無敗の男、本日最強の賞金王ブラマンツェが、蓄えに蓄え続けたチップを賭けて勝負をしたいと宣言しておりますッ!! さぁさぁさぁ、最初に名乗りを上げる強者のオトコはどいつだぁ~!?」


 快活に遊戯を進行させる司会者がじっとりと辺りを見渡すと、これまた筋骨隆々な男がひょいと手を挙げる。鉱山夫と思われる油まみれのツナギを着用した彼は、にたりと笑いながら「この俺様だ!」と周囲にアピール。


 人垣をかきわけて前へ進み、賞金王といわれたひょろ長い男のまえに座る。ゲームが始まった。


「名乗りあげましたのは、同じくこの店で常連客の……このあいだアミラーズ様から『ハナミズ坊や』の異名を賜りましたゴクウ様じゃありませんかぁ!! いやはや、これは見逃せない一試合となりましょうぞ!!」


「フンッ!! アミラーズ様もお人が悪い、俺みたいなイかした男なら『剛腕のゴウ』みたいなカッコいい名前をつけていいのになぁ」


「……。おまえは、いい。おれより、マシ」


 そう言ったのは、長たらしい足を机の上に乗せた賞金王ブラマンツェだった。


「おれの異名は『ムッツリの足長王子』だった……」


「「「なんてヒドイ名前だ……」」」


「その理由は、おれの顔が女性向け雑誌のとあるエス気のあるムッツリスケベの顔に似ているから。……断じて言いたい、おれはエスではなくエムだ……」


「「「ムッツリだ……」」」


 様子を見ていた鉱山夫ゴクウが、カードをにぎりしめたまま呟く。


「おまえも、アミラーズ様に魅入られた人間のひとりか……」


「はい、ストレート・フラッシュ」


「「「「え???」」」」


 賞金王がテーブルの上に広げた、五枚のカード。

 2、3、4、5、6の数字が並び、なおかつすべてハート。

 対して鉱山夫のカードは、フルハウス。


「ま、負けてるぅぅううううう!?」


「はいはいはーい!! 勝者、無敗のムッツリ王子! じゃなかった、ブラマンツェ選手!! さぁさぁさぁ、この連勝記録を止める人間はいるのかぁ!?」


 半べそをかきながらなくなくチップを賞金王に渡す鉱山夫に、高揚感たっぷりの司会者の声がかけられる。けれどここは弱肉強食の世界。敗者に慰めの声をかける者はおらず、場の人間はみな「次の餌食は誰だ!?」と周りを見渡すばかり。


 すると。


「では、僕がいってもいいですか」


 しぃいんと静まり返る場内。なぜなら、この賭博場で一度たりとも見たことがない細身の男だったからだ。服装は質素でほつれが見えるものの、顔や手足は労働をまるで知らない純白さが見てとれる。


 特徴的な白髪赤眼の青年が、ざっと分かれた人垣を突き進んで賞金王の前に座った。


「お兄ちゃん、もしかしてカジノ初心者かい? 悪いこと言わねぇやめときな」


「そうですね、確かにこの街のカジノは初めてです。向こうに僕の娘……いえ正確には娘ではないのですが、大事な二人が待ってますので、カッコ悪いところは見せられません」


「まぁ肝が据わったお兄ちゃんだぜ! みんな、そう思うだろッ!?」


 場に湧き起こった大笑い。ある者は「かっけぇぜ兄ちゃん!」とヒーロー視し、ある者は「おい賞金王、手加減してやれよ!!」と青年の負けを確実視、またある者は「あいつ、ぜったい金持ちのボンボンだぜ。あとで……」と、悪だくみを思考する。


 その時、集団の離れで銀色の髪がぴょこぴょこと跳ねた。


「お兄ちゃん、狙いはジャックポイントじゃなかったんですか!? それにレベッカさん探さなくていいんですか!?」


 必死にジャンプして「お兄ちゃん」に存在をアピールする銀髪少女。対してその「お兄ちゃん」は、軽く手を振って笑った。


「賞金王を倒してもジャックポイント扱いなんだ。意味は大当たり、つまり稼いだ金額が大当たり並みってことだからね! もうちょっとだけ待ってて、なんならそのチップでルーレットしながらレベッカを探しておいて!」


 その発言に、場が「おいおいおい……」とざわついた。「あんな世の中のことなんも知らないような子どもにチップ持たせてやがる」「これだから金持ちは……」「あの子たち可愛いな、今なら攫えるか……?」「待て、せめて勝負が始まってからだ」


「それくらいのチップなら全部無くしても問題ないから、背後にだけ(・・・・・)気をつけて遊んでおいで!」


「むぅ、お兄ちゃんと一緒にカジノできると思ってたのにぃ。……ラミー、お兄ちゃんなんて放っておいて行こ」


「うん」


 フードを被った銀髪少女が、同じくらいの年頃の金髪少女の手を引く。その後ろを、バレていないとでも思っているのか、こっそりとつける男二人組。


「……。あの二人、骨が折れなかったらいいけど」


「なにか言ったか、お兄ちゃん」


「いいえ、何でもありません。じゃ、始めますか?」


 にっこり笑う新参者と、無敗の賞金王の戦いが幕を開けた。



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