表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/95

Episode049 「……あったかい」



 ラミアナのことを心配しているのは、なにもベルティス一人に限った話ではない。

 セシリアとて一緒だ。


「どこ、ラミーっ!?」


 自分がいまどこを走っているのか、どこの角をどう曲がれば元の小屋に戻れるのか、それすらセシリアには分からない。ただ思考の端っこにあるのは、この冷たい雨に打たれればラミアナが凍えてしまう懸念だけ。


「ラミー!!」


 この言葉が通じたのだろうか。

 走り続けてしばらくしたあと、ラミアナの唸り声が聞こえた。泥を跳ね上げながら狭い路地を突っ走り、その声の方角へ。行きついた場所は、少し開けた空き地だった。


 男が三人倒れている。体格はさまざまだが、全員が獣に噛みつかれたような傷を負い、血を流していた。

 向こうにはうずくまるラミアナの姿。

 

「ラミー……?」

 

 ラミアナの正体が狼であることは、もちろん知っている。

 でもこれ……ラミーがやったの…………?


「──追いついたよ」


 屋根の上から空き地に降り立ったベルティスの姿。彼の指先から氷の気配がする。指に微小な冰術を纏わせているのだ。

 とっさにセシリアは、飛び出して彼を止めようとした。

 なぜなら彼は、脱走したラミアナを捕まえるため、大怪我を負わせたことがあるのだ。


 ──またラミーが怪我しちゃう! お兄ちゃんを止めないと!!


 けれどもベルティスが行ったのは、倒れている男たちの止血だった。冰術で傷口を塞ぎ、浮遊冰術で空き地の隅に置く。空気中の水分を凍らせ、氷の屋根まで作成。おかげで倒れていた三人は、雨に打たれることはなくなった。


 ラミアナが鋭い犬歯をみせて唸り声をあげている。きっと、ベルティスの行動を疑問視しているのだ。


「すぐこうやって噛みつく悪癖、やっぱり直ってないね。おおかた、人拐い目的で近付いた彼らが返り討ちにあったってところかな」


「ぐぅるる…………」


「怒らないよ。怒らないから聞いてくれ、ちょっとだけ昔を思い出した。千年前、僕は君を612階層の《旧ディドルト古墳群》の奥地に閉じ込めた。まぁいつも通りの躾だ」


「……ぐぅるる……」


「すぐ君を出す予定だった。なぜなら、あの村の事件で君の心はかなりやられていたようだったからね」


「…………っ」


「僕はこう言ったような気がする。『この部屋の中でちゃんと、自分が殺した村人を一人ひとり思い出しなさい』と。部屋から君を出したあと、村人を埋めた墓に連れて行こうと思ってた。……まぁ、僕は死んじゃったんだけどね」


「…………」


「君の悪癖が直るように僕も努力する。だから、そんな怖がらないで」


 唸り声が小さくなっていく。肩が震えている。冷たい雨が沁み込んでいるのだ。

 ベルティスは大きな外套を脱いでラミアナの肩にかける。後頭部に手を回し、少女の体をしっかり抱きしめた。


「千年間、辛い思いをさせた。本当にすまないと思ってる」


 じわりと、ラミアナの目に涙が浮かんだ。


「……。これで、いいのかな。こういうのやったことがないから、やり方が分からないな。レベッカに聞いておけばよかった……」


「……………………………………………ま、……

………………………………すた……ぁ」


「うん、なんだい?」


 少女の指がベルティスのシャツを掴む。震える喉が、嗚咽のような声を絞り出していた。

 

「わたし…………のこと、嫌い?」


「嫌いじゃないよ。嫌いじゃないから、こうやって面倒をみてるんじゃないか。君は四皇帝魔獣のなかで最もやっかいで、人間臭くて泣き虫だから……観察してて飽きないよ」


「………………うん」


「従順なのはいいことだけど、従順すぎるのは願い下げだ。退屈が嫌いでね……そういう意味では、君が一番面倒くさくて扱い辛くて愛おしいよ」


「うん」


 ラミアナは、ぎこちない笑みを浮かべる。その温もりを喰らいつくすように、愛しのマスターを抱きしめ返す。その力が激しく強いのは、恒常的な愛情に餓えた狼ならでは。

 ベルティスでなければ、彼女の甘噛みにも耐えられない。


「……あったかい」


 ──そして。

 その光景を傍から見ていてセシリアは。


「むぅ……なんだろ、ラミーとお兄ちゃんが仲良しなのはイイことなのに、なんか胸の奥がモヤモヤする…………あ、いまラミーがお兄ちゃんのおでこにキスしたっ!?」


 14歳の乙女はどうにも素直に受け止められない。

 むしろ、自分のポジションをラミアナに奪われたみたいで。


「あぁぁああお兄ちゃんあんな優しそーに笑ってる!? リアにだってあんな笑顔を見せたことないのに!! むむむむむ……っ!!」


 小さな嫉妬心をむくむくと芽吹かせながら、銀髪エルフは空き地へと走り込む。

 狙うはもちろん、ラミアナとベルティスの隙間だ。


「はーなーれーろーっ!!」


 スピーディーに、かつ大胆。

 セシリアは言いながら、空き地の泥をすくいとって投げつけた。

 

「っ!?」「リア?」


 寸分たがわぬ命中度で投げられた泥ダンゴを、しかしベルティスは容易くかわしてしまう。でも跳ねた泥が二人の頬に付着したので、セシリアはにやりを笑む。

 

「えい、もう一発!!」


 今度はラミアナに向かって泥ダンゴを投げつける。見事、直撃だ。


「お兄ちゃん、リアにもぎゅーってして!!」


「え? い、いきなりなんだい?」


「ラミーにだけズルいもん、リアにもぎゅーってしてください!」


「え」


「ダメ……。ますたー、行っちゃダメ」


 ベルティスの外套を抱き寄せながらラミアナが反抗。その冷静な独占宣言に、さしものセシリアでも我慢が限界突破する。


「あああ言ったねラミー! あったまキたんだから、もう一発ぶつけて……はうあ!?」


 まきあがった大量の泥水が、勢いよくセシリアへ襲い掛かる。ラミアナが水溜りに両手をつっこみ、上空にぶちまけたのだ。ただでさえ雨に打たれていたセシリアの服に、泥のシミがプラスされる。


「やったわね……!」


 セシリアは思う存分泥水をラミアナにかけた。

 ラミアナも意地になって泥ダンゴをぶつけた。

 氷の絶対防御で娘二人の泥試合を見守っていたベルティスも、ラミアナが抱き着いてきて転倒した。そこそこ高かった外套も、ローレンティアが手入れをしてくれていたシャツも汚れてしまう。こうなったらもうやけで、ベルティスは子ども相手に本気で泥試合を始めた。泥水を浴びて浴びせられ、泥ダンゴを投げて投げられて。


 約束のニ十分はとうに過ぎていて、ビーチェのところに戻ったころには、三人とも泥だらけになっていた。当然、三人仲良くローレンティアからお説教を受ける。


 とりあえず、法具の話は冷えた体を温めてから。

 ご好意でもらったホットミルクを飲んでから、ラミアナの首輪のことを考えようと、ベルティスは思っていた。 




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ