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Episode048 曇り空からの変化




「へえ、セシリアちゃんってエルフなんだ。すっごく可愛いね」


「そ、そんなことないですよ?」


 馬車の中で微笑むセシリアは、レベッカに褒められて嬉しそうだ。ましゅまろほっぺに両手を添え「えへへ」と熱を持て余す。セシリアは褒め言葉とお菓子に弱いので簡単に釣れてしまう、レベッカはその辺りの操作が上手そうなので、注意をしなければ。

 セシリアにベルティスがその旨を伝えても、時すでに遅し。セシリアはレベッカの横にぴったりとくっ付き「レベッカさんはとってもいいヒトです!」とこっちを睨んでくる。


「レベッカさんって素手で戦うんですよね。しゅっしゅずばーんって」


「そうよ、相手の力を利用して投げ飛ばしたりするの。今日は、セシリアちゃんのお兄さんも守ったの。廊下で鉢合わせした盗賊を、あたしが颯爽と駆けつけて」


「おおー!」


「あんまりセシリアにヘンなことを吹き込まないでね」


「ヘンじゃないわよ、事実よ事実」


 廊下で盗賊を倒してもらったことは事実であり、レベッカの強さはベルティスも認めている。基本的な体術はかなり熟練されていたので、かなり努力してきたことが窺える。


「ところで、黒髪の美女さん……ローレンティアさんでしたっけ? 家政婦、みたいな感じなのかな? まぁあんたは金持ちだから、家政婦の一人や二人いたって不思議じゃないと思ってたけどさ、そっちの……」


 レベッカが指さしたのは、馬車の隅っこで体を丸めている少女。毛布にくるまっており、たぶん寝ている。あるいは寝たふりかもしれないが、ラミアナがこちらの会話に興味を示す様子はなかった。


「あたしさ、貴族嫌いって言ってたでしょ? あたしが暮らしてた村の領主が、無能なくせに高い税金を取り上げる最悪な野郎だったの。……でも領主は、村の強い男たちを金で使っててね、あたしたちは反抗できなかった」


「もしかして、それが理由で格闘術を?」


「そう。でも教えてくれたのは両親じゃなくて、あたしを育ててくれた里のみんななの。極貧時代、クソ領主がイヤで家族みんなで夜逃げしたんだけど、領主に金を握らされた男達に見つかって、そのとき両親は殺された」


 何か言いたげな表情で、レベッカはラミアナを見ている。


「心配だよ、あたしは。あの子がね、昔のあたしそっくりだもん。……あの子ってセシリアちゃんの妹? 顔はあんまり似てないように思うけど」


「僕が説明するよ」


 そう言えば、ややセシリアに不安そうな視線を送られる。大丈夫だと目配せだけしておいて、話を続けた。


「まず血縁者じゃない。訳アリの子でね、いま喋れないんだ。……心的負傷トラウマ、あるいはこっちを信じていないのか、それは分からないけどなかなか心を開いてくれない。僕が外出するから一緒に連れてきた。外の空気も吸ったほうがいいからね」


「そう。……あたしもこういう、何かの理由で塞ぎこんじゃった子に会ったことがあるから分かるんだけど、この子の心は結構ズタボロね。彼女には傍で支えてくれる理解者が必要だわ。じゃないと遠からず心が潰れてしまう。…………ごめんなさい、部外者がこんなこと言うもんじゃなかったわね」


「いや、いいよ。僕も彼女の親代わりである以上、責任を持って接しなければならないと思ってる。客観的にものを言ってくれるレベッカの存在は、今回ばかりはありがたいかもね」


 だからセシリアも連れてきたのだ。

 ラミアナが無視し続けているのはこちらに問題がある。ベルティスが一方的にラミアナを懐柔しようとしても逆効果だ。ならば第三者、セシリアの介入によって少しでも良い方向に向けばいい。

 

「──もうすぐ街に着くわ。雨が降る前に街に入ってしまいましょ」


 ……そのときラミアナが、一瞬だけこっちを見た気がした。






「本当に小屋みたいな家だね」


「家じゃなくて本当に小屋なのよ。お金ないから」


 冰結宮殿、エクスタリア王国の427階層、ローバの街。

 427階層のなかで一番大きな街らしいが、フィネアネス皇国の街を見慣れているベルティスにとっては、さほど大きな街とは思えなかった。

 その南部、街でも比較的治安が良く衛生状態の良い場所に、ビーチェの家が建っていた。トタン板をとってくっつけ、家と家の狭間にかろうじて小屋をねじ込んだような、雨が降ればさぞびしょ濡れになりそうな家。そういえばここは皇国ではなく王国なのだと、改めて思い知らされるような光景だ。


 靴裏についた生ゴミを、さっきからセシリアが取ろうと必死になっている。やや生ゴミ臭いのも、レベッカにしてみれば慣れたものらしい。それでも「里のほうがもっと綺麗だけどね」と、するりと故郷を自慢。

 

「さ、入って。今日は会いに行くって言ってたから、ビーチェはこの中にいるはずよ」


 案内されるまま、玄関ともいえないトタン板の隙間を潜り抜ける。予想通りといえばそうだろう、中はかなり殺風景なものだった。これが未来の研究会入りを目指す法具職人の家かと思えば、なかなかに悲しくなる。


「──誰だ?」


 かろうじて仕切りがなされている奥から、明らかに20代をとうの昔に過ぎ去った男が現れた。これといった身体的特徴のない、中肉中背の黒髪の男。


「レベッカじゃないか!」


「やっほービーチェ。相変わらず不健康そうな見た目してんね」


「金がないからそれは仕方ないよ。それより見慣れない顔だな。なんだ、そこにいる三人は。ま、まさか新手の借金取りか!」


「僕はあなたのご師匠様に話を聞いて会いに来たんです。ヤグさんに、あなたが中々筋のある法具職人だと聞いて来たんです」


 ヤグに詳しい話を聞いたところによれば、魔獣関連の法具を重点に開発していたという。《魔貴公爵家ルークス》が抱える研究会に入りたいからだ。


「法具についてお話があります」


 ベルティスは手短に要件を話した。魔獣の首輪が欲しい。魔貴公爵家の研究会が行っているような、魔獣の力を制御できる首輪を作ってもらえないかと。

 

「……正直に言おう、兄ちゃん。俺はここ最近、金に困ってまともな法具の開発ができてないんだ」


「出稼ぎに来たのは授業料を貯める理由ですよね? 上手くいってないのですか?」


「ああ。俺が半年前ドジを踏んじまったせいで、貯金をみーんな失っちまった。それまで上手くいってた、貴族相手に一品物オーダーメイドの仕事も、それのせいなのか分からないけど失っちまってよ。最近は、毎日食っていけるだけで精一杯だ」


「もし、僕の要求する首輪を作っていただけるのなら、あなたに投資しますよ」


 投資、願ってもない言葉だろう。ビーチェは半身を乗り出しかけたが、踏みとどまる。


「ダメだ。俺の実力があなたの望む物に届いてるか分からない。……俺にとってはとても美味しい話だが、申し訳ない。今回の話はお受けできません……」


 確かに、最低でもSランク魔獣を大人しくさせる首輪を、まだ半人前の法具職人に作らせようというのは酷かもしれない。彼の実力もそこには届いていないかもしてない。


「では、あなたが作った法具を見せてください。素人の目ですが、もしできると僕が思ったら、あなたに投資します。首輪を作る材料だって僕が取りに行きましょう」


 皇都の店主ヤグが認めた一番弟子だから、少しくらい期待してもいいのかもしれない。お金がないだけかもしれない。金で解決するのなら、喜んで投資したい。


「分かった。じゃあそっちの方向で……──」


 ふっと、安心した様なビーチェの声音が終わるより前。

 降り始めた大粒の雨がトタン板に打ち付ける音ともに、少女の気配が一人分だけ消滅した。狼を思わせる遠吠えが、静かな少女の足音と一緒に遠くへ離れていく。


「待ってラミーッッ!!」


 真っ先に反応したセシリアが、飛び出したラミアナを追いかける。続いて半身を動かしかけたローレンティアを制止し、ベルティスはビーチェに向き直った。


「ニ十分以内に戻ってきます。ローレンティア、君はここにいてくれ。レベッカ、悪いけど娘を二人追いかけてくる」


「いいよ。慣れない環境に、あの金髪ちゃんも怯えてたのかもしれない。あるいは雨の音かも。……なんにせよ弱腰男、あんたがちゃんと面倒見てやりなさいよ。それとここの雨は冷たいから、抱きしめてあげてね。人のぬくもりも必要な時があるから。……女武人からの貴重なアドバイスよ」


「……。ありがと、レベッカ」


「うん、行ってらっしゃい」


 水溜りを踏み、トタン板の玄関を潜って靄の立ちこめる街中へ。

 金狼ラミアナの残像を追いかけるべく、ベルティスは路地を駆け始めた。





 

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