Episode047 養殖家のモドリーヌ卿
「まったく、あの盗賊どもにはえらい目に遭わされたわい」
膝についた汚れを念入りに払落しながら言うモドリーヌ卿。ヤヴェールに踏まれていたため、全身がかなり汚れている。
「あぁ、なんだ。レベッカと言うたか……礼を言う」
「いえいえお気遣いなく。あたしからすればあんなの当たり前ですよ」
「調子に乗るんじゃない小娘。助けてくれるならもっと早ぅ来い。おかげで大事な商品が一箱丸々持っていかれたわい」
「なんと……。もしかしてそれって」
「──竜から作られた装飾品、ですよね。モドリーヌ卿」
そろそろかなと思って、ベルティスはモドリーヌ卿に声をかける。そのさい吐き出されたため息は、新たな乱入者の登場による苛立ちを意味するのだろうか。
「勘違いするでないぞ。竜は竜でも天然物じゃない」
「野生の竜が保護法に守られているのは、心得ております。モドリーヌ卿が、竜を養殖している数少ないお人というのもね」
素材のよさから装飾品として利用されてきた竜だが、一時期の乱獲により数が激減して保護の対象だ。
現在、竜の装飾品はすべて家畜用の竜種が使われている。竜の養殖家に投資し、養殖竜の興業を成功させたのもモドリーヌ卿だ。
「若造、名前は?」
「ベルティスと言います」
自己紹介はほどほどに終える。
あと、さっきからレベッカの視線が痛い。自分が一人だけリーダーに立ち向かったのに、あんただけ何もせずいけしゃあしゃあと……。そんな感じだ。
「女一人だけ行かせておいて……あんたにはプライドってものがないわけ?」
「レベッカが盗賊団の注意を一心に受けているあいだ、この状況を打開できる策を考えていたんだよ。……ま、結局打開案は思いつかず、僕は盗賊に見つかって襲われそうになったんだけどね」
「なに、一人でやっつけられたの?」
「多少なりとも武術は嗜んでるから。それで、これだけは取り返せたよ」
「首飾り?」
「うん」
──まぁ嘘だが。
この首飾りは貨物からくすねた。さも自分が盗賊と戦い、奪われた品を取り返したように見せるため。自分の好感度を少しだけ上昇させる算段だ。
「弱腰のくせにいつの間にそんな大活躍を……」
「弱腰なりに頑張ったんだよレベッカ。……では、これはモドリーヌ卿にお返ししますね」
モドリーヌ卿はどうやら堅物な人間らしく、営業スマイルというものがない。でも自分とレベッカの活躍はそこそこ彼の心に響くはずだ。それならば、きっとどこかで彼はこう言うはず。
「まぁ、おかげで命を取られずに済んだ。あの盗賊に一箱分の商品を奪われたのが癪じゃが、それでも恩人に礼の一つもしないのは、このモドリーヌ商会の代表たる儂の面子に関わる」
──きた。
「九日後、430階層の別荘で儂の娘の結婚式を執り行う予定じゃ。そのときに恩人としてレベッカを紹介したいと思うておる。まぁついてじゃ、ベルティスと言うたな、おまえさんも小娘の付き人として招待してやろう」
「えぇ!? あたしだけでもいいんですよモドリーヌ卿! こんな弱腰男なんて招待する必要ないですって! 大事な娘さんの結婚式なんでしょう? あたしだけで充分ですってゼッタイ!」
「言い過ぎじゃない?」
「だってビビってたじゃん」
表向きには、だが。
レベッカには酷い言われ方をされたものの、モドリーヌ卿は二人とも招待すると決めてくれたようだった。これでモドリーヌ卿と接点が作れた。九日後には別荘に堂々と潜入できる。それまでは色々と準備をしよう。
「ところで聞きたいのですが、さっき盗賊団が言っていた【竜の鱗】というのは?」
「あ、それあたしも聞きたーい」
「……。さぁな、少なくとも儂が取り扱っとる商品にそんな名前の物はない」
「養殖されている竜の鱗は売られてないのですか?」
「養殖竜の鱗は加工しなければ商品にできん、色味が悪いうえに強度に問題があってあってな。じゃから言うたじゃろ、【竜の鱗】という名前の商品はない。鱗を使ったもんならあるが」
「鱗を使ってる商品を、名前が分からないから【竜の鱗】って呼んでたのね。ヤヴェール盗賊団が狙うものよ、きっとかなり手のこんだモノに違いないわね」
そこで、レベッカがハッとした。
「ヤヴェール盗賊団は狙った獲物をゼッタイに逃がさないってことで有名よ。今回は逃げたけど、また【竜の鱗】を狙ってモドリーヌ卿を襲うかもしれない。……だったら、あたしを護衛に雇ってください!!」
──無策で挑んだのに?
「ヤヴェール盗賊団を追い返したっていう紛うことのない実績があるのだし、あたしだって盗賊団にアクセサリーを奪われた女。仇の一つでも取りたいわ」
「うむ。あの屈強かつ凶悪な男ヤヴェールに臆することなく勝負を挑み、互角の戦いをしてみせたその腕前、本物とみた。ちょうど護衛がほしいと思っておったところじゃ、おまえさんなら儂も安心できる」
モドリーヌ卿が受け入れた……。
ここで「実はレベッカの実力は僕がかけた付与冰術のおかげです」とベルティスが言おうものなら、なぜそれを黙っていたのかと質問され、不味い展開になってしまうだろう。
「あんたはお呼びじゃないわよ、弱腰男。この護衛の役目はあたしが独り占めするんだから」
不敵な笑みを浮かべるレベッカは、やる気満々だ。
そもそも彼女は、付与冰術に気付いていなかったのだろうか。だとすれば素晴らしい鈍感ぶりだ。
「九日後の結婚式まで、モドリーヌ卿を守れるのかい?」
「あったりまえよ、こんなの朝飯前よ。結婚式までどころか、結婚式の当日でもモドリーヌ卿から離れるつもりはないわよ。なんたってあたしは、ヤヴェールと互角に戦った女なんだから!」
「そ、そう。……頑張ってね」
「まっかせなさーい!」
これでレベッカは、モドリーヌ卿の護衛をすることになった。
ちなみに安心したのは、護衛はレベッカだけではないということだ。今回の事件で、護衛を数人雇うと決めたらしい。九日後の結婚式も万全の警備体制で臨むみたいだ。
「あ、モドリーヌ卿。申し訳ないのですが、護衛は明日からでもいいですかね?」
「構わんが……なにか用事か?」
「知人の法具職人に会いに行こうと思ってたんです。法具の注文をしていて……」
「なるほど。……それくらい構わん、明日からはしっかり儂を護衛してくれ」
「ありがとうございます!」
「ああ。あとで儂の部屋に来てくれ、契約書を一筆しよう」
モドリーヌ卿はやれやれといった具合で貨物置き場から出ていく。
しばらくして。
「法具職人って?」
「ん? ああ、あたしの友だち。なんかね、皇国から出稼ぎに来てるんだって。でも最初は誰も友だちがいなくて、寂しそうにしょぼくれてたから、あたしが友だち第一号なの」
「……それってもしかして男?」
「そうよ。名前はビーチェ」
なんという偶然だろう。
こんなに早くビーチェの手掛かりを手に入れることができるとは、夢にも思わなかった。
「その人を探してたんだ。一緒に行ってもいいかい?」
「別にいいけど……」




