Episode045 戦乙女レベッカ
転移門が完成される以前、人間の移動は竜か昇降盤のどちらかであった。フィネアネス皇国では全階層での転移門の設置が完了して人と物の往来も盛んになっているが、エクスタリア王国は違う。主要都市以外では未だに昇降盤が使用されており、荷物専用の大型昇降盤と、馬車や人を運ぶ通常の昇降盤の二種類ある。各階層ごとに停止して定期的な運搬作業にあたるのが後者の昇降盤であり、現在ベルティスが乗っているのもソレである。
ベルティスの目的地は421階層。現在は437階層の地上へ向かう昇降盤で降下中だ。千年前よりスピードと効率性が見直されたこともあって、通常の昇降盤でも一階層あたり数十分足らずで移動できる。
ちなみに、昇降盤と言っても味気のない四角い箱ではない。
列車と同じように仕切りがなされ、寝転んでくつろげる個室が存在する。個室にも等級が割り振られ、静かさと方角と部屋の豪華さ、さらにドリンクサービスといったオプション付きの部屋は高い。
ベルティスは上から二番目の個室を選んでいる。何を隠そうこちらにはセシリアとラミアナ、ローレンティアの女性三人がいる。少しでもくつろげるほうがいいだろうというのが紳士の配慮というものだ。
とはいえ、昇降盤により階層移動はかなり時間がかかるため、三人とも少し疲れがみえていた。
セシリアがしていることといえば、本を読んだり、外の景色を見たり、黙りこけるラミアナに話しかけたり。ただ相変わらずラミアナは無反応。言葉が通じていないわけではなく、ローレンティアが服を着せる際は大人しく指示に従っていた。
「ラミアナ」
セシリアがラミアナに呼びかけるが、ラミアナは窓の外を眺めるだけ。
「ラミアナちゃん。……ラミアナ、アナ……ラミー」
何度呼び掛けてもラミアナは答えない。
なにが気に入らないのだろう、まったく困ったものだ。彼女の性格は今も昔も変わっていない。自由奔放で感情の波が激しく、気に入らなければ物を壊して訴える狼。
千年前、その性格を直そうとお仕置き部屋に閉じ込めた回数は数えきれない。最終的に性格は直らず、お仕置き部屋に閉じ込めたまま大賢者としての生涯は終わった。
──拗ねてるのか……?
お仕置き部屋に閉じ込めたまま死んでしまったこと、それのせいで千年間放置されていたことが原因だろうか。もし『千年前、お仕置き部屋に閉じ込められた時間の続き』として彼女が『いま』を認識しているとすれば……。
──僕が千年前のことを思い出せばいいのか。
彼女に何らかのアクションを施すにしろ、前世の記憶をたどるのは必須。しかし残念ながら、いまの自分は《大賢者》ではなく《ベルティス》である。魂は同じでも全く一緒の人間とはいえないので、前世と同じ感覚でラミアナに接することはできない。
お仕置き部屋に閉じ込めた理由は、ラミアナが村人を皆殺しにして村を壊滅させたからだったと思う。彼女は人の痛みに鈍感なので、甘噛みのつもりが人を殺していた、なんてことがよくある。そのくせ人間臭いので『人を殺しては泣き、泣いては人を殺し』を繰り返していた。
四皇帝魔獣のなかで、ラミアナだけ躾が終わらなかった。他の三人はちゃんと自我が確立していたのに、ラミアナだけ幼児のように不安定なまま。
「せっかくの機会だ。ちゃんと躾し直さないと……」
そこで、ベルティスは外の騒がしさに気付いた。
列車でいうところ、ここは個室ばかりが存在するフロアなので物音は立たないはずだ。ではこれは、個室のないフロアから聞こえる物音だろうか? 足音……怒声?
「なんか外が騒がしいね」
「わたくしが見てきましょうか?」
「いや、僕が見に行くよ。君はここで二人を見ててくれ」
動きかけたローレンティアを制止し、外へ出る。声の方角は貨物置場だ。
怒声の内容は聞き取れないが、声の調子から物取りだろうか?
「──一般人がいるぞ!!」
廊下を歩いていると、向こうから男二人組が現れた。そういえば、エクスタリア王国の昇降盤では盗賊や物取りがよく現れると聞いたことがある。出るのはだいたい、下階層で警備の薄い昇降盤なのだとか。
地上に昇降盤がつくまで脱出不可能というなか、果たしてどのような脱走劇を繰り広げてくれるのだろうか? やや興味があったので、反撃するのは様子見して……。
「やっぱり出たわね、盗賊団!」
まるでこの瞬間を狙っていたかのように後ろから女の声。
こちらが振り返るまでもなく女は横をすり抜け、男二人をあっという間に倒していく。なかなか美しい格闘術だ。
18、19といった年頃の赤髪女性は、こちらを見て笑顔をみせる。
「危ないところだったわね。あんた……お金持ちでしょ? すぐ部屋に戻って鍵をかけてバリケードでも作ったほうがいいわ、でないと殺されるわよ」
「こっちとしては何が何だか……君に聞けば何が起きてるか分かるかな」
「分からないの? ……ってことはあんた王国人じゃないね。もしかして上の人間?」
「そうだよ。もしかしこの昇降盤って盗賊に襲われてるのかな」
「盗賊は盗賊でもヤヴェール盗賊団よ、貴族とかお金持ちだけを狙って強盗していくの。一般人には手を出さないけど、あんたみたいな金持ちは躊躇なく殺してくるから気を付けたほうがいいわよ」
個室を借りている時点で金を持っているアピール……なるほど、確かに今の自分は金持ちにみえるかもしれない。目立った宝石を持っていなくても、どうぞ狙ってくださいと言っているようなものだ。
「ところで、僕を助けてくれた君は誰?」
「レベッカ。……って、こんな話をしてる場合じゃなかった、早く貨物置場に行かないと!!」
慌てて走り始めるレベッカ。
ヤヴェール盗賊団の悪事を止めようとする彼女は、果たして何者だろうか。少し興味がある。
「どうしてついて来るのよ!?」
「目の前にいる僕を助けてくれた君と、おんなじような理由だよ。……ほっとけないんだ」
「胡散くさ!! よくその顔でそんなこと言えるわね、つくならもっとマシなウソをつきなさいよ」
「……。あながちウソじゃないんだけど……」
「目の前で死なないでよね。盗賊はあんまり好きじゃないけど、あたし貴族とかも大嫌いだから。今度は助けないわよ」
気の強い女性なことで。
それでも追い返さないのは同行してもいいのだろう。あるいは追い返す時間がないだけかもしれないが、でもこれで、迷わず貨物置場に辿り着くことができる。
ヤヴェール盗賊団がなにを狙っているのか、どうやってここから脱出するのか。
気になるものだ。




