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Episode044 疑惑と出発


 732階層、竜卿公爵家リースフリート本家。

 ベルティスがここを訪れたのは初めてだ。騎士公爵家寄りの立場である特別顧問士官としても、個人としてもここを訪れる機会がなかった。


 竜を崇める一族。竜とともに生活してきた遊牧民族というのが起源らしく、彼の血を引くものはすべての竜に愛されるといわれる。凶暴で馴れることのない竜を、人が背に跨って飛ぶことができたのも彼らのおかげだ。


「まさか僕のような人間にお話があるとは思ってもいませんでした、グリ様」


「様なんてつけないでくれ。歳も近いし、俺は様付けが慣れないんだ」


「ではグリさんと呼ぶことにしますね」


 元老院の最高責任者のなかで、最年少なのが目の前にいるグリという男だ。彫が深く精悍な顔で、身長もベルティスより頭一つぶん高い。


 竜騎士としての才能はずば抜けているらしく、竜を操る才能も剣技も別格だという。物怖じしない性格は竜に主人と認められる素質であろう。


「わざわざ遠い702階層からすまない。壁面調査が終わってから、まだ十日も経っていないというのにな。疲れが残っているだろう」


「僕は体力がありますから大丈夫ですよ」


 世間話は五分ほどで終わった。

 何の話をするために自分を呼んだのか、おおかた予想はついている。壁面調査において、竜卿公爵家は702階層の昇降路シャフトで女王の討伐にあたっていた。そのさい彼らは気付いたはずだ、誰かが誰かを昇降路の壁に殴りつけたことに。

 

 昇降路の暗がり具合と距離からして、それがベルティスとラミアナだったことまでは見られていないはずだ。ただ…………。


 ──この男だけは僕だと思ってるな。


 でなければここに呼ぶはずがない。立場こそレスミーに近い存在であるものの、こちらはただの平民だ。壁面調査の謝礼であれば使用人に物品を持たせて渡させればいい。わざわざ直接会う必要もない。


「俺はな、貴族の小難しいことはよく分からんし分かりたくもないと思っている。俺は元老院の責任者の一人だが、公爵家当主の立場は兄に譲っている。……だから分かると思うが、俺がおまえに聞きたいこと」


「さあ、僕は皆目見当もつきませんが」


「……。俺達が女王を討伐したあと、シャフト内の壁面に何かが叩きつけられるような音がした。それはその場にいた全員が耳にしている。俺にはその二人が、どうしても人間にみえた。……ただおかしな点がある」


「…………」


「女王を発見するため、魔獣の波長をキャッチする測定器を持っていた竜騎士がいる。その竜騎士がいうには、その音が発生した前後、測定器の針が右に振り切れたと……。女王すら真ん中あたりで(・・・・・・・)止まったのに(・・・・・・)


 針が振り切れたということは、魔獣から溢れ出る力が測定数値の限界を超えていたということ。

 最低でも女王より強い魔獣が、あの場にいたことになってしまう。


「勘違いしてほしくないのは、俺は疑ってるわけじゃないってことだ。知りたいのは真実だけだ、おまえをどうこうしようとは思ってない。それで正直に教えてほしい。……女王討伐後、702階層の昇降路にいたか?」


「おそらく、グリさんはレスミーさんから聞いてるんですよね、僕が浮遊冰術を扱えることに」


「ああ聞いた。……浮遊冰術は大昔になくなった冰術だと思っていたが、使える人間がいたんだなと、正直驚いた」


 確かに浮遊冰術を人前で使ったのは、ルチエールを最初に発見したときが初めてだった。レスミーから「妙な冰術が使えるんだな」と言われて思いだしたのだが、現在の人間は浮遊冰術が使えないらしい。純粋な冰力量と、失われた技術を自分だけが覚えているからだろう。


「僕は昇降路には行ってませんよ。飛べるのは事実ですが、長時間浮遊するのはかなりキツイです。だからレスミーさんと一緒に飛竜に乗って、ルチエールの討伐に向かったんじゃないですか」


「そうか……確かにそうだな」


「それにもし、その場にいたのが僕だったら……グリさんが見た片方の人間は、女王よりも強い反応を叩き出した魔獣ってことになりますよね? 僕だったらすぐレスミーさんか誰かに連絡して、討伐しに行きますよ」


 グリは深く考えていたようだが、そのうち考えるのが億劫になったのか、ふと顔をあげて笑みをみせた。


「悪いなベルティス。俺もおまえじゃないとは思ってたんだが、なにせ一瞬だけ見えた髪の毛の色が、おまえと全く一緒の白だったからな」


 なんて目の良さだ。あの暗さあの距離で人間のシルエットを捉えただけでも人間業ではないのに、そのうえ髪の毛の色まで判別できたのか? 全くもって竜の民はおそろしいものだ。


「──グリ様」


「どうした」


 使用人が一人、茶色い紙をグリに渡した。なにか重要なことが書かれているのは間違いない。そのあとグリが、使用人と小声で話をした。聞き耳を立てるつもりはなかったが、内容はどうやら、竜に関する話のようだった。


「部外者の僕は早々に退席いたしますよ」


「待ってくれベルティス。この話がいま舞い込んできたのも何かの縁だ、おまえに頼みごとがある」


 頼み事? 自家で対応できることではないのか?


「疑われた挙句に頼み事となるとイヤに思うかもしれんが、協力してほしい。おまえほど実力があって口が堅い人間はそういないだろうしな」


「僕の口が堅いかどうかなんて分からないのでは?」


「レスミーから話は聞いている。性格以外は概ね高評価と、あのレスミーが太鼓判を押していた。俺はレスミーを信じているからおまえも信じられる。さらにいえば貴族じゃないことが高得点だ」


 「性格以外」にトゲを感じる……。

 

「話によりますね。……セシリアの面倒をしなければいけない身なので、長く家から離れることはできません。時間のかからないものならお受けできますが」


「それはおまえの腕次第と答えておこう。エクスタリア王国に潜入して、そこにある犯罪組織を壊滅させてほしい。竜や竜の牙の密売している組織だ」


「エクスタリア王国……?」


 つい最近、その名前を聞いたばかりだ。

 

「なんだ、そんな不思議なことか?」


「いえ、まさか犯罪組織の壊滅をお願いされるとは思ってませんでしたから」


「まぁな。自国内の問題ならば俺も動くことができるんだが、場所が他国にある。公爵家として動こうとすれば向こうの王族が黙っちゃいない、その点おまえは貴族じゃない人間だ。実力も名前も知られていない」


「動きやすく動かしやすい人間ではありますね」


「引き受けてくれるか?」


「ちょうどエクスタリア王国に行く理由が欲しかったところですし、グリさんが仰るならお受けいたします。──詳細はあとで文書でお願いしますね」


「ああ。……それとな、これを身に着けてくれないか?」


 グリが使用人の一人に持ってこさせたのは、金色の腕輪だった。よくみると小さな宝石がついていて、装飾も中々に凝ってある。


「これは、竜卿公爵家の紋章が入った法具だ。紋章は、竜の里に行ったときに竜卿公爵家の者だと示すことができる」


「……。ご丁寧にありがとうございます」


 腕輪を持ち、右手につける。やや重いから純金だろうか? 言われてみないと法具だと分からない調度品だ。


 このグリの話と並行して、ついでにビーチェという男も探すとしよう。

 滞在日数が分からないので、屋敷にラミアナを置いていくわけにはいかない。ラミアナを連れていき、監視役にローレンティアが適任だろうか。ユナミル、フルーラは一緒にお留守番させておくとして……。


 ──セシリアは……連れていったほうがいいかもな。

 







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