Episode043 エルフと狼
冰結宮殿、フィネアネス皇国、740階層。
皇都ミミティエ、法具専門店【巨人の足跡】にて。
「魔獣の力を半永久的に押さえる首輪?」
「Sランクを想定した首輪が欲しいんだ。ゼロじゃなくても、100の力を20くらいに抑えられる首輪。できるだけ長持ちするやつがいいんですが」
ベルティスはいま、法具専門店の店主と首輪の話をしていた。
ラミアナに装着させるための首輪だ。壁面調査のあとすぐラミアナに自分が作った首輪を嵌めたのだが、付けて三日で壊された。封印の冰術は即席で作っているため長持ちせず、かといって丹精込めて作った首輪も物理的に破壊される。
とりあえず、職人の法具を買って量産しようというのがこちらの算段だが、おいそれと魔獣の首輪など手に入るものではない。というのも……。
「お兄さん、冰術の研究者かなにかかい? 魔獣なんて物騒なものを『始末』せずに『首輪』付けてようっていうのは……」
「簡単に言うとそうですね。でも僕は、どこの冰術研究会にも属していないフリーの研究者ですので」
「だろうな。……ふつう『そういう物騒な事』は公爵家様お抱えの研究会が行ってる。そういった法具もそれを作る専門店でしか扱われていない代物だ。個人で買いに来る奴なんて初めて見たぜ」
「やっぱり難しいですか……」
淡い期待があったのは事実だ。
魔獣は討伐されるべき存在であって、研究や培養されるべき存在ではない。魔獣を生きて上層階に運び込むことは禁止されており、あくまでも加工用に殺された死体でしか運ばれてこないのだ。
唯一、生きた魔獣を扱うことが許されているのは、最強の冰力使いを輩出し続けていた《魔貴公爵家》だけ。
「誰か紹介してもらえませんか? こういう『首輪』を作っておられる方でなくても、詳しい方とか……」
「うーん。……いないことはないが、アイツ、どこで何してるか分からないからなぁ」
「心当たりでもあるんですか? 名前だけでも教えていただければ、僕が自力で探しますよ」
他人任せなのは良い思いがしないが、今回に限ってはプロの助言が欲しい。
このままでは、ラミアナの暴走を常日頃から見張らなければならない。
セシリアに剣を教えることも夢のまた夢だ。
「俺の一番弟子にビーチェっていう男がいる。そいつは平民の出身のくせに、《魔貴公爵家》直属の研究会に入りたいんだって言って、俺のもとで法具づくりの勉強をしてたわけよ」
「平民からの研究会入りとなると、かなりの地頭の良さがいりますね。最低でも冰術の高等教育を受けて……」
「そうそう。冰術の高等教育に無償化の制度なんてないから、授業料がべらぼうに高いわけ。だから俺は言ってやったのよ、まず金を稼ぎなって……」
「もしかして、いまはそのお金稼ぎに出かけて?」
「おう。……でもお兄さん、ビーチェに会いに行くのはやめたほうがいい。アイツはいま皇国にいない。エクスタリア王国に行ってる。あそこはゴミみてぇに臭ぇし、まるで旧時代みたいなところだ」
エクスタリア王国は途上国だ。フィネアネス皇国より150年分ほど文明が遅れおり、スラムが発達していると聞く。あまりいいイメージが持たれていない国である。
「それに、ビーチェがお兄さんの納得のいくような法具を開発できてるとも限らない。どっかで野垂れ死んでるかもしれないし、金稼ぎに集中してるかもしれない」
「……。参考がてらに聞きますが、店主さんからみてビーチェさんの才能はどうでしたか?」
「昔はな、そこそこ筋がいいって思ってたよ。でもソレと今回お兄さんが求めてる法具とはレベルが違うだろ?」
実行に移すほどの話ではない、か……。
「ありがとうございますヤグさん。……そうだ、せっかくなんで一つ買っていきますね」
「まいどあり。ありがとよ、お兄さん」
702階層、ベルティス宅──
「お帰りなさいませ、マスター」
「ただいま。……その様子だと、ラミアナは芳しくないみたいだね」
ラミアナはいま、冰術結界を張っている部屋に入れてある。首輪が完成するまで、自由行動を禁止する目的だ。今回のように、自分が傍で監視できないときは部屋に閉じ込めておくつもりである。
「どうしたの、ティア」
ローレンティアが困惑した表情を浮かべている。彼女の視線は、ラミアナの部屋がある方角に向いていた。
「申し訳ございません。わたくしは何度も止めたのですが、セシリアが聞かなくて」
「リアがラミアナの部屋に?」
大丈夫だ、セシリアの反応も正常だしラミアナが暴走したような感じもない。セシリアがラミアナの部屋に行ったのは、怪我をしたラミアナを心配しているからだ。肋骨の骨折と下半身の凍傷を負った彼女を、ローレンティアに止めるまでもなく見られている。
このときベルティスは、その理由を隠すことなくすべて話していた。
ローレンティアの正体を明かすいい機会でもあったから、それとともに結晶石のことを話した。聖霊剣舞祭の優勝賞品である石は、四皇帝魔獣の一角《黄金喰らいの王》の心臓であること。その心臓に肉体を与えて蘇らせ、セシリアの剣のコーチにしようとしていたこと。
それを聞き終ったセシリアは、ラミアナの顔を見てこう言った。──痛かったね、と。
このとき受けた衝撃の大きさは筆舌しがたかった。何も言わずセシリアの目の前から立ち去ったのだから、かなり動揺していたのだと思う。
「──痛い……か」
ベルティスのラミアナへの認識は、人間ではなく魔獣。人の姿をしていても魔獣。主従の契約を結んでいても魔獣。千年前、幾多の人間を殺した凶暴な大魔獣。
セシリアは魔獣ではなく人間の認識をしている。自分よりも一、二歳だけ年上の少女。花畑で花を摘んでいそうな、白いワンピースの似合う金髪の女の子だ。
──認識のズレか……。
このズレは、やがて大きな溝を生んでしまうだろうか? あまり考えたくなかったので思考を中断しておいた。
「セシリア、入るよ」
ベットの上で丸くなるラミアナと、その周囲にある冰術陣にギリギリ入らない程度の位置で、座り込むセシリア。その視線はじっとラミアナに向いていた。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫かい?」
「リアは全然へーきだよ。ラミアナね、ずっとああやって丸くなってるんだ。リアが呼びかけても反応しない。……リア、もう嫌われちゃってるのかな」
それは違う。
魔獣の本能が残っているだけだ。ちゃんと抑えればローレンティアのように人格ができる。セシリアならすぐラミアナと仲良くなれるはずだ。
「仲良くなりたいな……」
「仲良くなれるよ。僕も、早いところ首輪を何とかするから、もうちょっとだけ待ってて」
「うん……」
首輪の完成を急ごう……。
セシリアのこんな顔は見たくない。