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Episode小話 もちもちほっぺた

第四部開始前のほのぼの回。

なかなかこういう話を本編の中に入れられる技術がないものでして……。


 夜、本を読んでから寝るのがベルティスの日課だ。

 本のジャンルは様々。冰術に関する考察本だったり、歴史だったり、物語だったりする。いわゆる雑食なのだ。かたっぱしから知識を吸収したいので、せめてこの書斎にある本はすべて読み終わりたい。


 コンコン……。


「おにーちゃん……」「おにーさま」


 扉から顔を覗かせたのは、可愛らしいパジャマに包まれたセシリアとユナミル。セシリアは白のモコモコで、ウサ耳パーカー。ユナミルは薄桃色のモコモコで、ネコ耳パーカー。二人ともお風呂に入ったはずなので、頭からふわふわと湯気が出ている。このパジャマのチョイスはユナミルだ。街に出かけたときにお揃いのパジャマを買ったのだという。


 いいチョイスだ。

 セシリアに似合う服を選ばせたらユナミルの右に出る者はいない。どう着せればセシリアの可愛さが発揮されるか、よく分かっている。おかげでセシリアの私服写真コレクションが増えた。 

 

「どうしたんだい?」


「ちょっといいですか……?」


 セシリアの顔が暗い。

 ユナミルはそんなセシリアを心配しているような感じだ。


「街に出掛けたときに聞いたんですって。エルフは美しいが、下層区域に住んでる影響で体内に悪いウイルスを持っている。近付くと伝染うつる……」


 なるほどね……。

 よくある根も葉もない伝説だ。美しい者に一つでも汚点を見つけて、自分より下に見ようとする人間の考え。


「エルフって嫌われてるんですか?」


「五十年以上前はヒドイ差別があったみたいだよ。エルフの迫害があってね、フィネアネス皇国への入国規制とか、入って来れても600階層以上で永久居住権が認められなかったとか……」


「そんな…………」


「でも、今はその緩和も見られる。ほら、エルリアは奴隷としてではなく、一人の女性として公爵家に雇われているよね? 少しずつエルフへの偏見は薄れていってるよ」


「でも、リアは聞きました。エルフは穢れてるって!」


 うーん。

 セシリアは悩み多き年頃だ。エルフとして生活していた期間のほうが長く、人間の世界で何かと戸惑うことも多い。彼女のことだ、偶然居合わせたところでそんな噂を聞いてしまったのだろう。ここはしっかりと安心させないと……。

 

「セシリア、こっちにおいで。ユナミルも」


 てくてくと歩いてくる二人。


「二人とも手を握ってごらん」


「「?」」


「いいから」


 ビクッと手を引っ込めたのはセシリア。いやいやするように軽く頭をふり、触れるのを拒む。対しユナミルは、指同士を絡ませるようにセシリアの手を握った。ゆっくりと腕を持ち上げ「ね?」と、微笑。

 

「ユナミルは、体のなかに何か入って来た感じがするかい? 悪寒とか吐き気は?」


「全然なんにもないわ。セシリアちゃんの小さな手と体温を感じる。……あったかい……」


 風呂上がりだからそうなのだろう。

 ユナミルに微笑まれたセシリアに、少しだけ笑みが戻る。


「こういうことだよ。気にしないほうがいい」


「そうよ、セシリアちゃん。もし何か言われたら、今度は私に言って。そいつの顔面に鉄拳制裁を加えてやるわ」


「うん」


 セシリアの柔らかなほっぺたを、ユナミルが包み込む。

 むにむにむに、と。心の緊張を融かすように、乙女のマシュマロほっぺたをつまんで引っ張る。


「ゆ、ゆやみるひゃん、ちょっひょいひゃいよ……」


「よくのびる…………柔らかいし可愛い。……お兄様もどう?」


「どれどれ?」


「お、おにいひゃんまで……」「お兄様って、セシリアちゃんのこととなると積極的なのね……」


 おお本当だ、よく伸びるし柔らかい。白玉のようにもちもちで弾力があり、いくら触っても飽きがこない。上目遣いで耐える様子が、妙な嗜虐心をくすぐってくる。

 頬の輪郭をついっと指で触れると、何かの琴線に触れたのか、セシリアの肩が微震。

 ユナミルと二人でほっぺたをつついていると、ついに耐えかねたのか、セシリアが「もうやめてください!!」と腕を振りまわした。


「リアは二人のおもちゃじゃないです!」


 丸っこい頬をことさらぷくぅ~!と膨らませ、唸るセシリア。

 オノマトペで表せば「ぷんすか!」になるのだろうか。弄ばれたほっぺたの赤みが、その表現をよりリアルにしている。


「た、確かにリアのほっぺは二人よりお肉がついてますし、よく伸びますけど……だ、だからってあんまりです!」


「セシリアちゃんが可愛いからよ」


「ユナミルちゃんのほうが可愛いと思います」


「じゃあお兄様に聞いてみましょ。どっちが可愛い?」


「セシリア」


「ほらね、お兄様の公認よ。よかったじゃない」


「お、おおおお兄ちゃんはなんでそんな平気な顔で、そ、そそそんなこと言えるんですか!? もしかしてそれ、女のひとを簡単にオとせるテクニック的なやつですか!?」


 ……うーん、なにか微妙な温度差を感じてしまう。

 父親が娘を「可愛い」と表するような感じで、自分はセシリアを見ているつもりだ。セシリアはきっと「男女」のことを言っているのだろうが……。 

 いったい誰が、セシリアの思い込みを作ってしまったのだろうか……。

 

「そうに違いないわセシリアちゃん。きっと私たちを捨て置いて、他の女を口説いているのよ」


 ──君か。


「お兄様ってこの通り、見た目はすごく素敵じゃない? 言い寄ってくる女なんてたくさんいるのよ」


「や、やっぱりユナミルちゃんの言う通り……! お兄ちゃん、浮気はダメですよ、ダメ! 絶対にダメ!!」


「うんどこから突っ込めばいいのか迷うけれどとりあえず僕は女性を口説こうとしたことはないしあと僕結婚してないからね二人とも」


「え……じゃあローレンさんとは遊びの付き合い……?」


「お兄様ってばひどい……」


「いやだからただの飼い猫」


「人を人とは思わない、人間以下の扱いですか!? 君の存在価値なんて猫以下さ、的な感じですか!?」


「やっぱりお兄様って鬼畜だったのね」


「うん話がどんどん違う方に逸れていくねそろそろ落ち着いて僕の話を聞こうかセシリア。そもそも僕と彼女の関係は主人と従者の関係であって……」


「でもローレンさんはそう思ってないわよね……。あの目は完全に、恋する乙女の瞳! どうするの、セシリアちゃん。お兄様を独り占めにするうえで強烈なライバルよ、なにしろあの黒髪美女が相手!」


 ハッとするセシリア。わなわなと肩を震わせながら、パーにした指を一つずつ折り重ねていく。


「家事全般できる、見た目良し、品行良し、年齢……あぁお兄ちゃんと同年齢!? 確かに、お兄ちゃんと並んで歩いたときの様子はまるでカップルのよう……」


 さっきまでのシリアスな雰囲気はいずこへ。

 セシリアの恋愛観念を作り上げたのはここにいるユナミルだ。今回はいい機会なので、これだけはしっかり言っておこう。


「歳不相応なことに興味を持ちすぎるのは、あまりよくないと思うよ?」


「あら、お兄様。お言葉ですけどもう14歳よ。貴族なら結婚して子どもを身ごもってもいい年頃よ? それともお兄様は、この歳でも幼年並みの恋愛観念を持っていけと仰るのですか?」


 ごもっともで。

 さすが貴族の娘だ。ぐぅの音も出ない。


「じゃあ今日はローレンさんがいないことだし、お兄様を二人占めするわよ!」


「二人で独占…………!」


「どういう話の流れでそうなったのか聞いてもいいかい?」


「もともと今日は、お兄様の隣で寝させてもらおうと思ってたのです」


「一緒に寝ましょう!」


 本の続きは……。

 いや、ここで彼女二人を部屋から追い出すのもどうだろう。

 セシリアが自分の存在価値について悩んでいたのは事実だ。エルフという存在について悩み、ここに訪れた。それを自分のなかで解決できたから、今はこうやって笑顔になっている。

 

 この雰囲気を壊したくない。


「今日は三人か……うん、いいよ」


 寝るにしては早い時間だが、いざとなればベットの上で本を読めばいい。

 どうせこの少女二人は、興奮してしばらく寝られないだろうか……。



 三十分後。



 二人は手を繋いで爆睡していた。


「……まったく……」


 ──この本を読み終えてから、僕も寝るとしよう。

 

 少女二人のあどけない寝顔を見てから、ベルティスは本の続きを読み始めた。



 


 



 その次の日の朝食中、ローレンティアに写真を見せられた。

 何でも寝ている様子を収めたものらしい。


「絆を感じましたよ、マスター」


 ベルティスの伸ばした腕に、セシリアの頭が。セシリアの腕のなかに、ユナミルの頭が。

 三人がくっつき合って眠っている写真だった。

 

 ──いつ撮ったのだろう。


 さすがというべきかなんというべきか……。

 でも、案外悪くない……。

 

 



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