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Episode040 《壁面調査》 ルチエール狩り


 氷の足場を浮遊させて、セシリアの道を作る。

 かなり体幹が鍛えられる訓練だろう。狭い足場から跳躍する筋力、壁面に張り付く虫を斬り刻むリズムとスピード。この底なしの空間も、いい具合の緊張と恐怖を彼女にもたらすだろう。


「……いた。あれがルチエールだよ……」


 飛竜で移動をし続けて、ようやくルチエールのいる壁面に辿り着く。一階層における昇降路の高さは数千メートルだ。その一部分、楕円形の昇降路壁面にくっつくようなかたちでルチエールの軍団がいる。異様なスピードで壁面を齧り取っていた。


 孵化が始まって三時間経過した感じだろうか。見た目は丸々太った虫の幼虫だ。背中は壁と同化するため黒く、腹だけが白い。六千匹が寄り集まって壁面を覆いつくしているサマは、まさに異様といえよう。

 

「え、えぇええ…………けっこうすごい」


「怖いかい?」


「怖いというよりむしろ…………」


「ああ。……生理的嫌悪がだな……」


 女性にはドギツイだろう。なにしろ人間サイズの幼虫がこのあたり一面を覆いつくしているのだ。セシリアとエルリアの顔が青白い。


「で、でも頑張ります!」


「うん」


 まずは適当な氷の足場を空中に浮遊させる。大きさはまちまち、高さもバラバラに配置する。数はだいたい百ほど。下のルチエールが討伐できたら、徐々に上にも氷を作る予定だ。


「だいたい氷と氷の間隔は三メートルから七メートル。助走をつけなくて、セシリアなら跳べる距離に設置してある。もし落ちそうになったら助けてあげるけど、落ちたらペナルティとして明日と明後日のおやつはナシだよ」


「そ、そんなぁ……!! リアの生きがいなんですよっ!」


 まだまだ女の子、お菓子には弱い。いい感じにセシリアのやる気がみなぎってきたようだ。


「じゃあ今から時間を図るね。まずこのあたりにいる二千匹。僕なら冰術で十秒もかからないから、剣を使うセシリアなら、うん、二分で充分かな」


「に、二分!? せ、せめてお慈悲を……!!」


「じゃあ三分。三分で二千匹だ、失敗したらおやつナシにプラスしてお仕置きだよ」


「ふぬぬ…………が、頑張ります!!」


 エルリアが何だか意味ありげな視線を寄越してきたが、あえてスルー。人を育てるうえで飴と鞭は大事だと学んできている。これは鞭だ。

 それに、セシリアが無理だと思っていない。

 三分で二千匹。つまり九分以内で六千匹を殲滅。セシリアのスピードを生かした剣技なら五分以内、体力の消耗と空中戦ということを考えてオマケの四分だ。結果九分でこの辺りは無と化す。


 二秒使って呼吸を整えたセシリアが、ついに飛竜から空中に浮いた氷の足場に跳んだ。やや滑るだろうか? いや、彼女ならすぐに氷の間隔を掴めるだろう。

 

「お兄ちゃん!!」


「ん?」


「リア、全力で……最速で殺してきます!!」


 満面の笑顔でそう言うと、セシリアは行動を開始した。

 氷の足場がセシリアの踏み込みと同時に深く沈み込み、その反動で一気に持ち上がる。下から打ちあがる弾丸のごときスピードで、壁面と平行飛翔。末尾にいるルチエールの丸い肉めがけ、すくいあげるように剣を閃かせた。


 斬撃の波動が周囲を震わし、触れた先ではことごとくルチエールが切り刻まれる。いわゆる『斬撃波』と呼ばれるもので、一対大多数の対魔獣戦闘に役に立つものだ。


 リズムが勝負。


 リズムが崩れれば即死させられずカウンターを喰らう。

 一跳躍で倒せるルチエールの数はおよそ三十七匹から四十五匹。この流れが約四秒。さらにここから一度壁を蹴り飛ばし、氷の足場に戻ってからルチエールに斬りかかるのに約コンマ数秒。

 ただ、ここにルチエールの反撃に対応する秒数は含まれていない。


 再び上にある氷の足場に跳躍したセシリアに、ニ十匹ほどのルチエールが糸を吐き出してくる。炎では簡単に焼き切れる代物だが、剣となれば話は別だ。粘液性が勝って絡みついてくる。この対応でおそらく四秒はロスしただろう。


 セシリアの持つツヴァリスの冰剣が淡く輝く。

 スキル『武装』を発動したのだ。

 剣に金剛石を纏わせて再構築コーティングさせるものだ。


「剣の性能をあげるけど断続的に冰力を持っていかれる。いくら冰力量に分があるセシリアでも、馴れない氷の足場、浮遊感、そしてこの暗闇による精神的ダメージはキツいかな」


「評価が厳しいな」


「彼女はもっと強くなってもらわないといけないからね。……負けず嫌いなのは僕とそっくりだから、彼女はめげないよ」


 スピードを緩める気配など一切なかった。

 不安定な氷の足場から足場へと跳躍し、体に回転を加えながらひたすら剣を振るい続ける。俊敏に後ろへ飛んでルチエールの糸を回避。一切スピードを緩めることなく、その加速力を跳躍力に変えて別角度から大群に突撃し、四、五十匹ものルチエールを屠る。

 

「三分経過」


 それを二回繰り返し、残りは二千匹になったところ。

 さすがのセシリアでも疲れが出始める。


「二百匹の蛹化」


 ベルティスの声に、ハッと辺りを見渡すセシリア。二千分の二百、つまり十分の一が蛹化の傾向にある。さきにそいつらをやらなければ、九分以内にルチエールを殲滅できない。

 

 セシリアはくるりと背中を向け、大回りで上へと登る。上から下にルチエールを攻める作戦だ。

 悟ったベルティスはすっと手を掲げて、氷の足場をニ十個ほど追加生成した。

 彼が作った見事な空中階段を、臆することなくセシリアが駆けあがる。


 縦横無尽、疾風迅雷とはまさにこのことだ。

 

「──奥義!!」


 氷の足場を蹴り飛ばして大きく跳躍し、ルチエール群の上空を取る。奥義の構えを取った。


 ──片手剣武装奥義『霊 廟 冰 寒 帯ベニック・アストーラ


「────ッ!!」


 セシリアが振り下ろした斬撃波とともに、何十何百もの解き放たれる氷の槍。それがことごとくルチエールにぶつかり、緑色の体液を撒き散らせる。蛹化が始まったルチエールは殻を突きさされて死滅。それ以外のルチエールは木っ端みじんになって消し飛んでいた。


 六千匹のルチエールを討伐完了。


「七分二十三秒…………まずまずかな」


 呟くベルティス。 

 奥義の使用を最後に残し、かつ上に進んだのは正解だろう。殲滅戦で有効だが、あの奥義は冰力を奪ううえに下から上に振り上げると効果が薄れる。蛹化という単語を聞いて奥義の使用を決めたのだろうが、いい判断だと思う。


「あとは、上に行くか下に行くかだね」


 セシリアを飛竜で回収したあと、次に向かうべきはどちらだろうか。

 近く、女王のいる702階層。

 遠く、おそらく蛹化が進んでいる682階層。


「やっぱり682か──」


『悲しいお知らせがあります、アタシの愛する愚弟子よ』


 フルーラからの念話だ。

 やけに芝居がかった悲しみかたで、嫌な予感がした。


「どうしたの……」


『アンタの家に、四皇帝魔獣の結晶石がありますでしょう。黄金喰らいの王(ラミアナ)のやつ。あれ、復活まで秒読み段階ってところでしたかい?』


「そうだけど……」


 この壁面調査が終わったあと、レスミーに結晶石の譲渡を断り、ラミアナを復活させる手筈だった。

 ……嫌な予感しかない。


『ラミアナが、702階層のシャフトにいる女王の存在に気付いたのです。それに触発されて、さっき目を真っ赤にして屋敷を飛び出してしまいました』


 ラミアナの本性は狼。

 縄張り意識が強く、気性があらく、四皇帝魔獣のなかで最も扱いが面倒だった。

 そいつが、いきなり屋敷を飛び出した???


『以上、麗しの師匠からによる悲しいお知らせでした。ちなみにフルーラさんは、ラミアナが起こしたいかなる損害も補償できませんので、注意してね』


 テヘっ。

 ………………。

 齢五百超えの魔女にそんな声を出されても、反応に困るだけだ。


「はぁ……」


 とりあえず、ため息をついてから考えるとしよう。






 任務変更。

 ルチエール討伐から、ラミアナに首輪を嵌めて屋敷に連れ戻す。


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