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Episode038 《壁面調査》 大量発生



 エブゼーンはただ焦っていた。


「なぜだ……なぜバレた…………《飼い猫》が見ただァ? ふざけやがって! こ、これはチャンスなんだぞ! 俺が、ロザーギミック家がもっと栄えるために必要なことなんだぞッ」


 ルチエールの女王をこの階層まで持ってきたのは、ベルティスの予想通りエブゼーンで間違いなかった。ルチエールから生み出される欠片を集めれば、200階層まで出向くのがバカらしくなるほどの素晴らしい冰石が手に入るのだ。

 

 ──へき、壁面調査に合わせたのだって……これに合わせれば言い訳が立つからだぞ! 俺は別に、人を殺したくて女王を《昇降路》に投げ捨てたんじゃない!! ただこの家のため、名声のためだ!! なのにアイツは、俺を殺人者みたいに見やがって!!


 ベルティスに見据えられたときの恐怖は、あれから数時間たった今でも消えない。

 証拠はないのだ。

 証拠がなければ、なんら恐れることはない。

 なのに震えが止まらない。


「くそ! 俺は、…………俺はエブゼーンだぞ。未来のロザーギミック家を背負って立つ男。ライアンよりも頭が切れる男。俺は……俺は、エブゼーンだ!」


 無理やり笑みを作りだし、呼吸を整える。

 少しだけ気が楽になった。

 周りがみえるようになると、外の騒がしさが気に触る。

 研究者どもは何を走り回っているのだろう。

 せっかく自分がラプンツェルの性能をあげてやったというのに。


「大変です、エブゼーン様!!」


 一人の研究者が大慌てで扉を叩いている。少しだけ苛立ったが、エブゼーンは唸るように入る許可を出した。

 

「ルチエールの反応が複数個所にッ!!」


「……まさか、そんなことが。ば、場所は!?」


「682階層に三千匹、698階層に六千匹、702階層に四千匹、合計三か所で一万三千匹が一斉に孵化したようです! しかも702階層の《昇降路シャフト》からは、《壁面荒しの女王(ルチエール・クイーン)》と思われる反応が……!」


「三か所から一斉に孵化したのか!? そんなバカなことが!!!」


 まずい。まずいまずいまずいまずいまずい!!

 女王から産まれる幼虫の数、それに対する騎士団の能力と動きを考え、万が一にでも自分が今回の犯人だとバレないよう、間違ってもルチエールが殺人を起こさないよう計算を繰り返した。なのに! よりにもよってルチエールの発生個所が三つで、そのうち一か所が冰石採集のために準備を施しておいた682階層。

 ルチエールの亡骸を回収しようとしていたことが、バレる。

 レスミーじゃなくて、騎士団の一人でも《昇降路シャフト》内部に入られでもしたら、あっさり見破られてしまう。あれこそ動かぬ証拠だ。あれを突きつけられれば、もうロザーギミック家に戻ることは許されない。


「させるか…………俺は、俺はエブゼーン。未来の、未来のロザーギミック家の当主だぞ!」


「エブゼーン様、どこに!?」


「おまえらも来い!! 仲間チームだろ!!」


 証拠隠滅を図るため、エブゼーンは数人の研究者を引き連れて682階層に向かった。




  ◇




ルチエールの一斉孵化の報告を受ける、約30分前。


「すごーい!! たかーい!!」


「リア、落ちるぞ」


 ベルティス、セシリア、エルリアの三人は竜騎士に協力してもらい、大型飛竜に乗せてもらっていた。697階層の壁面を竜に乗って調査できる。こんな体験、後にも先にもないだろう。竜を見たことがないセシリアは、いつも以上に興奮していた。


「はは、あんまり騒ぐと落ちちゃいますよ。レスミー様の大切なお客様に、もし何かあれば俺の身までどうにかなりそうです」


 大型飛竜を操る竜騎士が冷や汗を浮かべている。

 それに同情を寄せるのはベルティス。

 レスミーは男に容赦がないことで有名だ。彼女の人気ぶりも、実はそういう男に媚びないところから発生しているといわれる。

 ──と。


「ん? 下の人間から連絡が入ったようです。一度着陸態勢に入りますね」


 そういって、竜騎士が竜を地上に着陸させる。

 竜騎士がひょいと降りてしまい、違う騎士と話し込んでしまう。自分たちも降りたほうがいいだろうか? 竜に乗れるのは本来竜騎士のような特別な免許を持った人間だ。今回の乗竜体験も、竜騎士の目があったからこそ。

 竜騎士の不在の竜に、乗り続けていいものかと疑問がもたげる。しばらく考えていると、待機状態だった竜がいきなり頭を持ち上げた。 


「ねえお兄ちゃん、お姉ちゃん……竜が空を見てるよ」


「「空…………?」」


 つられて空を見上げる。まだ日没の一時間前であるし、今日は快晴なので眩しい。目を細め、スキル『千里眼』を使用。倍率をあげ、空の向こう──697階層の『天井』を見渡す。


 ──直後、竜が羽ばたいた。


「掴まれ!!」


 エルリアが叫ぶと同時、竜を地面につないでいたロープがぶちぶちと千切れる。異変に気付いた周りの竜騎士たちが止めようと近づくが、もう遅い。竜はぐぅんと足に力をこめ、体を一気に空へ持ち上げる。豪風が発生し、三人の乗竜者をなぶり始めた。

 

「ど、どうしようお姉ちゃん!」


「ダメだ、私じゃ竜は扱えない! 竜が大人しくなるまで、ここをしっかり持つんだ!」


 今にも振り落とされそうな二人は、とりあえず、固定革ベルトの根元を掴んだ。そんななか、命知らずにも安全ベルトを外し、竜の上に立ちあがったのはベルティスだ。


「える、エルマリア! 落ちるぞ、なにをやっている!? はやくベルトを!」


「二人はそこで大人しくしてて。──上の階層から呼び出しをくらったようだ」


 耳がいい竜は、人間が聞き取れない周波数の音を聞き取ることができる。竜の上空編隊にも使用されるその音が、さきほど鳴り響いた。

 正確には、竜騎士が持っていた連絡用法具から微かな音が鳴った。おそらく合図だ。『付近の竜に告ぐ、ただちに行動を開始せよ』と。


「まもなく、この竜は昇降路シャフトの中に入る」


 昇降盤が昇降する通路、あるいは厚さ数キロの岩盤を貫通した大穴の総称、それが昇降路シャフト。その昇降路には巨大な換気口が存在しており、飛竜は躊躇なくソレに飛び込んだ。

 あたりは一面の闇である。 


 ──スキル『千里眼』『暗視』『広範囲索敵』起動──


《昇降盤》が使用されていた時代は灯りがあったが、今はない。この暗さはセシリアとエルリアにはキツいだろう。現に二人は身を寄せ合って震えている。

 光球を出してやると、ホッとした顔でセシリアがこちらを見上げてくる。


「お兄ちゃん、いまからどうするんですかっ?」


「竜の招集がかかったということは、ルチエールの大群が発見されたということだろう。竜が上を見たということは、おそらく上階層にルチエールが発見されたということ。──二人には悪いけど、今さら地上に降ろせる時間もない。僕はこのまま、この竜を使ってルチエールを掃討する」






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