Episode036 《壁面調査》 女王の捜索
壁面上層部にルチエールが発生してから二時間後。
ロザーギミック家が管理する大型テントのなかに、数人の騎士と七人の要人が集められていた。
《騎士公爵家》《魔貴公爵家》《竜卿公爵家》、ロザーギミック家の青髪男と赤髪男、《冰魔の剣姫》、特別顧問士官。
緊急招集された理由は、壁面に突如発生した魔獣の一件。ルチエールの幼虫は一匹一匹がかなり弱いが、相対的にとにかく数が多い。へばりついて壁面をガリガリ削っていき、成虫になるまで冰素を吸い続ける。成虫になれば、女王と同じ姿で一週間だけ生き続け、新たな女王の誕生まで血肉を啜り続ける。
壁面強度の懸念、さらに成虫になったときに街へ向かう可能性を考え、一刻も早く全掃討が求められる。
「よし、話はまとまりました。女王の発見はロザーギミック家の二人に任せます。ライアン、エブゼーン《天使の調べ》の多大なる貢献に期待しています」
「「必ずや女王を発見してみせます」」
レスミーの言葉に忠誠の意を示すロザーギミック家。
フルーラの報告を受けたベルティスよりも先に、ルチエールを発見した法具は《天使の調べ》一機だけだった。冰素数値の異常に反応し、警告音を出して知らせてくれたのだという。
レスミーがこの事態に気付いたのもこのためだ。
「では各自、もとの持ち場に戻ってください」
レスミーの掛け声で会議は終了。
壁面調査はもちろん続行する。壁面の補修に含め、ルチエールの討伐任務がプラスされた。二時間前に出現したルチエールは二千体弱、まだ生まれていないルチエールが壁面に潜んでいるはずである。
「今回ばかりは《竜卿公爵家》と《騎士公爵家》のしがらみ云々を言っている場合ではありません。グリ、今回はあなたがたの《竜の力》を期待していますよ」
ルチエールの幼虫が壁面にへばりついている以上、騎士が接近できる高度は限られている。騎士団では数少ない竜を操る騎士に、頼らざる得ないのだ。
「期待に答えられるよう全力を尽くそう。《昇降路》にいるルチエールなら任せておけ」
「お願いいたします」
精悍な顔つきをしたこの男こそが、竜卿公爵家のグリ。
騎士公爵家とは敵対関係にある家柄だが、代表同士は酒を飲みかわすほど仲がいいらしい。
「ベルティス、おまえにも期待していますよ」
レスミーがちらりと振り返り、こちらを見つめてくる。
思わずベルティスは肩をすくめた。
「さてね、今回はあまり役に立てないかもしれませんよ?」
「ルチエールを蹴散らすのに、おまえほど野蛮な冰術を扱える者はそうそうおりません。掃討筆頭は任せると、さきほど申したはずですわ」
野蛮っていうのはいささか酷評だ。
いくら無差別の大型冰術が大得意という事実があるとはいえ、ちょっとヒドイ。
「一斉掃討は僕も了解しています。でも、あまり過度な期待はしないでいただきたい」
「なにをもったいぶっているんです? おまえの強さはさきほどのルチエール掃討で証明されていますよ」
「ルチエールが一か所にかたまっていたら、おそらく僕一人で掃討役は事足りるでしょう。でも残念ながら、女王はそんな卵の産み方をしない。体力のない女王でも、100階層にわたってバラバラに卵を産み付けることができます」
「ルチエールの孵化が二か所同時に起こる可能性を危惧しているのですか?」
「ええ。僕でも分身できませんから」
「なるほど……。でも、おまえのような男が二人に増えれば、一人は家でぐうたらして、もう一人は私のもとで二十四時間働かせることができますね」
「それは勘弁」
ともあれ、レスミーも二か所同時発生の可能性を考えていないわけではないだろう。だから、竜卿公爵家との連携を重要視しているのだ。竜騎士の速やかな現場への到達が、今回のルチエール討伐作戦の要である。
今回の壁面調査は長い九日間になりそうだ。
《壁面調査》四日目の朝──
「おにーちゃん!!」
「おはよリア…………なんで僕の上に跨ってるのか聞いていいかな」
セシリアに起こされるというのは中々いいものだが、わざわざ馬乗りになる必要はないだろう。セシリアはきょとんとしていて、自分の行動がどういう意味であるのか全く気にしていないようだった。
「男のひとはこうやって起こされる方が嬉しいって聞きましたっ!」
「うん予想できるけど聞いておくね、誰から?」
「ユナミルちゃんです!!」
「またか……」
──また変な恋愛事情をセシリアに吹き込んでやがる。
ユナミルは男女の色恋沙汰に激しい興味を覚えている。それにつけこんだのがフルーラであり、セシリアと違って留守番を任されている二人は、夜な夜なピンク色の話に華を咲かせているのだとか。
「ユナミルは将来が思いやられるよ…………フルーラみたくならなければいいけど」
「そんなことよりお兄ちゃん、今日は三人で竜に乗れるんですよ!?」
エルフ姉妹はとあるお願いをレスミーにしていたらしい。697階層の壁面調査で竜に乗せてもらう、というものだ。ルチエールの討伐は順調に進んでおり、二人が竜に乗ることで作戦に支障が出るとは考えにくいため、特別にレスミーが了承したそうだ。
「分かった。とりあえず、そこをどいて──」
「なんて破廉恥なことをしているんだあなたたちは!」
そこへ、どこからともなくやってくるエルリアの姿。あれよあれよとセシリアは万歳させられ、そのままエルリアに担ぎ出される。「えー、お兄ちゃんを起こしてるだけだよ?」と頬を膨らませるセシリアに対し、エルリアは「淑女らしく起こしなさい」と一言説教をくらわす。
「エルマリア! まち、間違ってもセシリアに変なことを教えてくれるなよ!」
「しないよ」
──相変わらず、見て聞いて話して退屈しないエルフ姉妹だ。
そうやってエルリアと朝の問答を終えたあとのこと。
てきぱきと朝の支度を済ませたベルティスは、ロザーギミック家のテントに向かった。エルフ姉妹と竜に乗るのは《天使の調べ》の要件を済ませたあとに予定している。
「ああ、エルマリア様」
ロザーギミック家次期当主、ライアンが浮かない表情でこちらを見る。ここに滞在する研究者たちの動きにも活気がない。なにかあったのは明白だ。
「なにかあったのですか?」
「……お恥ずかしい話なのですが、昨晩から《天使の調べ》の稼働率が六割にまで下落いたしまして」
「見せてください」
新型法具《天使の調べ》は試運転四日目に突入し、そのうちの三日間は壁面探査と女王の位置捕捉の同時進行に尽力している。そのため、本来九日間は耐えるはずだった《天使の調べ》内部の機関部が、その負荷に耐えきれずオーバーヒートしてしまっていた。
もちろん修理は可能だという。
ただ女王の探査と壁面調査を行えば、再びオーバーヒートする可能性があるのだ。次そうなってしまえば、今度はもっと重要な機関がやられてしまうかもしれない。
「壁面調査のスキャニングを精度50にまで落とす、あるいはスキャニング自体を中止しようという話も出ています」
《天使の調べ》の試運転成果も重要視するか、あるいは切り捨ててルチエールの女王の捜索一本に絞るか。
レスミーはラプンツェルによる女王発見を期待しているため、ライアンは悩んでいるのだ。
「もしスキャニングの試運転をやめれば、あなたがたにどんな不利益があるのですか?」
「次回の壁面調査で本格導入できません。今回の壁面調査は650から750という地理条件のよい場所です。ここで成果を出さなければ、下階層の壁面調査に参加する許可がおりません」
試運転の失敗は、危険地帯たる400階層以下の《壁面調査》に同行できないことを意味する。だから研究者として歯がゆいのだ。
「残念ですが、僕は人間に関する冰術を研究対象にしています。法具分野……それも《天使の調べ》ほどの最先端技術に対して、何らかの有効な助言は思いつきません」
小さく頭を下げると、ライアンは微苦笑を浮かべた。とても残念そうな表情だ。
「すみません、泣き言を言ってしまいました。やはり、人命優先。……壁面のスキャニングは諦め、女王の捜索一本に絞ります。きっとコイツなら見つけられますから、期待してください」
目尻に小さな涙を浮かべていたライアンの、後方から走ってきた赤髪男。
ロザーギミック家の過激派頭領、エブゼーンだった。
「俺にいい考えがあります、ライアンさん」
黄ばんだ歯を見せて、エブゼーンはニヤニヤと笑っていた。




