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Episode034 《壁面調査》 初めての顔合わせ


「お姉ちゃんがお話をしたいそうです」


 ついにきたかとベルティスは思った。

 エルリアなら自分から呼んでくれると予想していた。


「了解」


 すぐにでも部屋に向かおうとしたが、セシリアに違うと首を振られる。どうやら部屋ではなく、外にいるらしい。案内を頼むと、セシリアはおもむろに窓の外を指さした。


「エルフらしい習性だな」


 この街で一番大きな建物……時計塔の屋根の上にエルリアがいる。エルフであれば、あんな高さへっちゃらだろう。あそこに向かうために身近な屋根に上り、セシリアとともに歩いていく。


「ずいぶんと手慣れてきたものだね、セシリア」


 三角屋根の上をなんの躊躇なく歩いてみせるセシリア。彼女はにっこり笑い「お兄ちゃんが育ててくれたから」と言って、再び歩き出す。

 隣の建物へ跳躍。


「リアね、お姉ちゃんにはお兄ちゃんと仲良くしてほしいんです」


「僕もそうしたいと思ってるよ」


 あのとき奴隷市場に行った理由も、もともとエルフに深い興味があったからだ。自分の知的好奇心を満たすのはもちろんのこと、セシリアの姉だから絆を深めておきたい。


 時計塔の隣接建物の屋根に到着。時計塔の細い円錐屋根にさきほどまでいたはずのエルリアがいない。どうやら、屋根の上ではなく時計塔の『鐘のある場所』に移動したらしい。

 鐘が設置されている場所は、外から人間が入れる隙間がある。そこをくぐってみると、広い空間が広がった。


「ようやく来たか」


 エルリアがこちらを見て、目を見開く。はて、この反応はどういう意味だろうか。メイド達から写真を見せられているので顔は知っているはず。それとも、自分の顔が鮮明に写っていたわけではないので、実際には初めて顔を見たのだろうか。


「……おまえ、ベルとよく似ているな。髪の毛の色も目の色もそうだが、雰囲気が通じる部分がある」


 ──あぁそっちか。

 確かにベルの姿は白髪赤目で、容姿の特徴が同じだ。


「初めまして、エルリアさん。僕の名前はベルティス・レオルト・エルマリア」


「容姿だけでなく名前までそっくりか」


 ため息のようなものを吐き出すエルリア。


「……あぁダメだ、おまえに……いやあなたに言いたいことが、すべて吹き飛んだ」


「それはどうしてか聞いていいかな」


「あなたが、想像していた男と百八十度異なる姿をしていたため、そして私のファンだと言ってくれたベルによく似ているから。……正直に言おうか、私はセシリアの親権をあなたから取り戻したいと思っていた」


 セシリアを育てる、あるいは養う権利は奴隷を購入した持ち主に帰属する。

 これが闇ではなく正規の奴隷市場で購入された場合、親権を取り戻すことはほぼ不可能といっていいだろう。エルリアが《騎士公爵家》に頼んでも断られたのは、裁判を起こして勝つ見込みが薄いからだ。


「思っていた(・・)?」


「あぁ。もうセシリアから聞いてると思うが、あなたが仕事で屋敷を留守にしているとき、私はずっとセシリアと一緒にいた。セシリアから、あなたの話をよくしてもらったよ。……だんだん、エルマリアという男が分からなくなっていった」


「セシリアからか……」


 セシリアには確かに、さりげなくフォローアップをしてくれと言っておいた。それでもきっと、思い込みの激しいエルリアであれば、なかなか分かってくれないだろうと思っていた。

 それほどセシリアの言葉が効いたということだろうか。


「そこで、私はあなたに聞きたい」


「…………いいよ」


「私は、この世で一番セシリアのことを愛おしく思っている。正直に言うと、セシリアには剣士なんてしてほしくない。弱いままでいい。私が妹を守るから」


「そんなのイヤだよ、お姉ちゃん!!」


「リア……」


「弱かったら、お姉ちゃんの背中でビクビクするだけだもん!! そんなのイヤだよ。もしものとき、リアが弱いせいでお姉ちゃんが傷ついたらイヤだもん!! 弱いなんてイヤ、守られるだけなんてイヤ、リアもお姉ちゃんを守りたいっ!!」


 そのときふと、ベルティスの脳裏に三か月前の出来事が思い浮かんだ。

 強くなりたいと言っていたセシリアのこと。

 

〝セシリアは、強くなりたいかい?〟

〝リアは、強くなりたいです。強くなって……〟


 このあとフルーラに邪魔されて最後まで聞けなかったが、もしかしかたら、彼女は姉エルリアのために強くなりたいのかもしれない。弱い自分のせいで奴隷として捕まってしまった、もう二度とあんな思いはしたくないと。

 

 ──お姉ちゃんを守りたい。


 セシリアが、あの厳しい訓練を耐えきった理由はまさにコレだ。彼女らしい考え方といえるだろう。


「あなたはセシリアをなぜ買った?」


 そんなの、決まっている。


「一つ目は、セシリアの才能だ。彼女の努力に対する才能を感じたからさ」


「一つ目? 二つ目があるのか?」


「セシリアの目だよ。彼女は始めから強い感情を宿していた。……無気力で、なにかに絶望した目じゃない。強く足掻こう、生きていこうとする硬い意思。僕はね、それに惚れ込んだんだよ」


 男女の恋愛的な表現をするならば、本当に一目惚れだった。

 これ以外にない。

 

「そうか」


 その言葉を聞いたエルリアは、安心したように緊張を解いていた。


「じゃあ、これで心置きなく私は自分の気持ちをあなたに伝えることができる。まずはお礼だ。

 セシリアを買ってくれてありがとうございます」


 この言葉を、彼女から聞くと思っていなかった。

 初めて会った時でさえ、セシリアの購入の件で因縁をつけられていると覚悟したのだ。妹を大事に思うなら必ず取り返しに来る。嫌忌されても感謝されるなんて、まったく予想していなかった。


「セシリアはみてのとおり甘えん坊で、無知で……だからこそ可愛い。私はセシリアに多くを教えなかった。……私たちはエルフだから、自分たちが生きていく以上の知識は必要ないと思っていた」


「…………」


「あなたが教えてくれたんだろう? 言葉も、モノの扱いも、知識も、そして剣の教えも。だからありがとう」


 頭をさげるエルリア。

 しばらく考えてから、ベルティスは口を開いた。


「こちらこそありがとう。可愛い妹さんは、とても育て甲斐があって僕も楽しいよ」


 ──こうしてエルリアと和解した。本当は決闘もしたかったそうだが、もう諦めてくれたらしい。最後に彼女は「これからもセシリアを頼む」と言って話の腰を折った。


「ところで、あなたのことは何と呼んだらいい? ベルと名前が似ているからややこしいな」


「エルマリアでいいよ」


「そうか? じゃあそうさせてもらおう」

 






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