Episode033 《壁面調査》 一日目の夜
《壁面調査》──
一階層に配置される騎士の数は10~30人程度。彼らは四つの班に分かれ、指定の位置から法具を持ってスタートする。壁面に穴や傷がついていると、空気中に放たれる冰素が一平方メートルあたりの平均値を上回ることが分かっているため、法具ではそれを確認する。
壁の穴や欠落部分は原則、発見した小隊が修復作業にあたらなければならない。
ただ一階層における壁は最低でも数百メートルの高さ(階層によって異なる)がある。騎士はこの日のために、家畜用竜種・ヤビリンの乗竜訓練をしており、高さ五百メートルまではヤビリンに跨って修復箇所近くまで上る。
五百メートル以上はヤビリンでも上るのが困難といわれるため、階層責任者に報告後、竜騎士が修復にあたる。──竜騎士はいわずとしれた飛竜を操る騎士だが、そのほとんどが《竜卿公爵家》出身の冰力使い。
「万年冰力層は冰結宮殿の壁面に存在する。壁面から微量ずつ放出される冰素は各階層ごとに空と太陽を作り、恵みの雨をもたらす……か」
万年冰力層はゼッタイに枯渇しないエネルギーとされるが、この仕組みは千年経った今でも解明されていない。分かっているのは、壁面の奥に存在する万年冰力層を傷つけると昼のない闇の世界が訪れることだけ。
数百年前、野心ある研究家が万年冰力層を冰術の発展に使えると考え取り出そうとした。が、その次の日からその階層で太陽が出なくなってしまった。それ以来、世界規定で壁面の採掘が禁止され壁面補強が推奨されている。
ベルティスは、そんな万年冰力層の状態をロザーギミック家とともに調査する役割が与えられている。ロザーギミック家の次期当主が率いるチームが完成させた新型法具、《天使の調べ》の試運転を監視する役割だ。
「この《天使の調べ》は、従来の壁面調査の欠点を完全補完することを目的に作られています」
広場に設置された正方形の箱を見上げているのは、ロザーギミック家の次期当主。確か過激派エブゼーンと因縁関係にある男だ。エブゼーンが燃える赤髪なのに対し、次期当主は流れるような青髪をしている。
なんとも性格が表れた分かりやすい髪色だと思った。
「一回の壁面調査では、多大な費用と労力を使います。この費用を少しでも抑えるのが、われわれロザーギミック家の仕事です。では、これから試運転を開始します」
青髪男が手下に指示を出す。
正方形の箱が四面に割れると、円柱型のクリスタルがずーんと天高く上昇する。だいたい十数メートルほどいったところで、強く光り始めた。
「アレがそうですか?」
「はい。200階層付近の活火山から採取した特殊鉱石と、冰石を我々の科学力で合成した探査機……《天使の調べ》です。従来、壁面調査は多大な時間がかかることに頭を悩ましていました」
調査に時間がかかるのは、単純に壁面の面積が広すぎるためだ。人間が法具を持って壁面沿いに進まなければならないので、とんでもない時間がかかる。
「もしこの性能がちゃんとしたものだった場合、一階層にかかる時間は?」
「二時時間。いや、高速スキャニングなら一時間で終了します。特定の修復箇所を竜騎士に伝えれば、一階層あたり合計三時間。量産できれば100階層分くらい二日で事足ります」
──ほぉ。
一回の壁面調査で騎士数千人、三大公爵家、ロザーギミック家等の冰術研究の家が総出する必要がなくなる。試運転の成功は是が非でも物にしたいところだろう。
「それで、僕は試運転データのチェックをすればいいんですか?」
「ええ、ここは是非ともエルマリア様にお願いしたいと思っております。騎士公爵家と密接なご関係にあられるエルマリア様からお墨付きをもらえれば、これ以上の喜びはありません」
そこからは、宵闇に輝くクリスタルのきらめきを眺め続けた。
算出される冰素データと、ベルティス自身がスキル『千里眼』と『高位探知』と『魔眼』を組み合わせて読み込んだ690階層の壁面情報を照合。念押しに、各小隊長から渡された測定器のデータと見比べ、《天使の調べ》の精確率をはじき出す。
「87パーセント…………試運転でこれなら上出来ですね」
「ありがとうございます。とはいえ、まだ試運転一回目。明日明後日も連続稼働できなければ意味がありません。研究チーム一同、気合を入れて臨みたいです」
一日目の試運転は無事終了。
スキルの同時展開の疲れもあり、ベルティスは早々と指定の宿泊施設に戻った。
部屋に戻ってすぐ、黒猫の姿をとったローレンティアが出迎えてくれる。
『お疲れ様です、マスター』
「ああ。……セシリアは?」
『お昼、姉エルリアとともに壁面調査の見学をしてましたので、そのまま姉の部屋に行っております』
「そうか」
セシリアの出迎えがないのは寂しいが、仕方ない。彼女は姉エルリアのことが大好きなのだ。
「今日は一日中エルリアに会わなかったな。てっきり、すぐにでも殴り込みに来ると思ってたんだけど」
セシリアの写真をあんな風に見られてしまっては、もう弁解の余地がない。エルリアはもう『エルマリア=セシリアを狙う変人』と思い込んでしまっている。ここから何を言おうが、認識を改めてはくれないだろう。
『一つ思うのですが、ベルお嬢様とマスターが同一人物であることは、完全に伏せてしまった方がよろしいのでは?』
「ん? ああ、そうだね。僕もそっちのほうがいい気がしてきた」
『そもそも、アレがありましたし……』
「あれって……?」
『温泉です。ほら、ベルお嬢様の姿で温泉に入られたじゃないですか』
──すっかり忘れてた。
『マスターはあまり関心を持たれていませんでしたが、エルリアにとっては、女だと思っていた相手が実は男性で、しかも自分の裸同然の姿を見られていた、ということになります』
他人と湯を共有する時は儀礼衣を着るのが習慣だが、それが同性となると途端に規制が緩くなる。
特にエルリアは、胸が大きいため途中で儀礼衣を脱いでいた。
ベルの姿の時は、配慮して見ないようにしていたが……。
「今度こそ殺される。いや、エルリア一人なら何とかなるかもしれないけど、問題はエルリアがそのことをレスミーさんに告げ口した時だ……」
『ほお、おまえはエルリアの裸をじっくり舐めまわすように見たというのですね。いいでしょう。罰として、おまえにたくさんの仕事を与えます。いつまでも賭博場で遊んで暮らせると思ったら、大間違いですよ』
ソレを名目にこき使われる…………。
──と。
「お兄ちゃん、いまいいですか?」
「いいよ」
扉を開けて顔を覗かせたのはセシリア。
「お姉ちゃんがお話したいそうです」




