Episode030 デジャブとはこういうことを言う
結晶石は、いわば魔獣のエネルギーの塊だ。
人間とは違い、結晶石さえあれば生き返ることもある。
その原理を使用し、ベルティスはラミアナを復活させようとしていた。さすがに魔獣を生き返らせた経験はない。まるで童心帰りのように、とてもワクワクしていた。
すべてが未知数だ。ラミアナとして復活できても、ちゃんと人の姿にさせることができるか、千年前大賢者と契約を結んだことを覚えているか、こちらが完全に支配することができるか。
問題は山積みだ。
だからこそ楽しくて仕方ない。
聖剣闘技会が終わってからというもの、ずっとこの研究にのめり込んでいた。
「おにーちゃーん」
ベルティスがベットで横になっていると、近くにセシリアの声がする。たぶん起こしに来てくれたのだろう。いつもはローレンティアがやってくれるのだが、今日はセシリアらしい。
「セシリアも一緒に寝る?」
普段は寝起きがよくても、こうも寝不足が続くと眠りたくなる。ついでにセシリアの声は安眠効果があるので(ベルティス比較)余計だ。セシリアはきょとんと目を丸くしているので、思わずベットに引きずり込んでしまう。そのとき聞こえた「わひゃっ」とという間抜けな声も可愛い。
「…………えへへ、お兄ちゃんと一緒に寝られるなんて……リア、嬉しい……」
ゴロゴロと猫のように喉を鳴らすセシリア。まんざらでもなさそうなところも最高に可愛いのだが、それを眺めるくらいの余裕がいまのベルティスにはない。黒く染まっていく視界のなかで、セシリアがぴょんと飛び上がった。
「ってそうじゃない! お兄ちゃん!!」
「……すー…………」
「わぁ……お兄ちゃん、こんな顔で寝るんだ………………いつも大人っぽいのに、男のひととは思えないくらい可愛…………お兄ちゃんってやっぱりお姉ちゃんなのかなぁ…………どっちなんだろ……」
セシリアの頭の中で、三か月ほどまえに見た女性が浮かび上がる。あれはベルティスが冰術で、見た目を女性の姿に変えたものだ。理由はどうにも姉エルリアと関係があるらしいが、なぜ姉と会う時だけ女性になっていたのか、セシリアはあまり理解していない。
「って、お兄ちゃん寝ちゃダメです!! 起きてくださいぃ!!」
じたばたするセシリアの声すら、いまのベルティスには安眠剤にしかならない。セシリアの抱き心地がよくて、強めに抱きしめてしまうものだ。
「嬉しいですけど今は嬉しくないです! お兄ちゃん起きてください、お姉ちゃんが来てるんです!! エルリアお姉ちゃんが来てるんです!!」
「なんだって?」
エルリアがやってきた?
彼女は公爵家に雇われている。セシリアと仲直りに成功したので、顔を見に来たとでもいうのだろうか? いやいや、だからってここまで来るか?
「まさか……ついに殴り込みに来たのか…………」
「だ、大丈夫です! お兄ちゃんがイイ人だってことは、リアがちゃんと伝えておきます!」
「ありがとう。でもセシリア、しばらく僕が女性として彼女に会ってたことは言わないでほしいんだ」
「どうしてですか?」
──女装癖があると誤解されそうだから。
とは、さすがにセシリアには言えない。のちのち正体を明かすにしても、いま打ち明けるのは賢明ではない。エルリアの中にある『エルマリア』という男は、かなり悪い印象を持たれている。それならば印象を少しでも良くしてから真実を伝えたほうが、いいに決まっているのだ。
「まぁともかく、いまは内緒。ユナミルにもそう伝えておいて」
「言わないですわ、お兄様」
扉にもたれかかっているユナミル。
聞くところによると、セシリアが兄とイチャイチャしているところを見兼ねて、会話に乱入してきたらしい。そんなにイチャイチャしているようにみえただろうか? セシリアを見おろしても、セシリアは小さく小首を傾げるだけだ。
「エルリアさんが待ってますわよ、お姉様」
しまった、エルリアと会うということは、また…………。
「──こうなってしまうのか……」
再び少女の姿を取ることになってしまったベルティス。まえに少女の姿を使ったのは、確か盗賊団のアジトに潜入したときだ。アレは仕事をこなすためにやったことだったので、あまり気にかけていなかったのだが。
「こう、ジロジロ見られるのは…………」
いま、じぃーと食い入るように自分を見つめているのは《冰魔の剣姫》ことエルリアだ。彼女が考えていることはよく分かる。なにしろベルは、設定上「セシリアの友だち」で、エルマリアの家にいるなんて思いもしなかったのだろう。
「……本当にベルは、この家のメイドなのか……?」
仕方なく、緊急で「ベルの設定」を追加した。ベルはエルマリアと一緒に剣を教えており、さらに家計の事情でエルマリアの屋敷に住み込みで働いている。ちなみに主人が不在のときは、ローレンティアとともに話を聞いて主人にその要件を伝えるという重要な役割を持つ、と。
──なんでボクが僕のメイド役をやる羽目になるんだ……。
なんだこの設定。なぜこうなってしまった。
冰魔の剣姫が絡むと物事が予想外かつ斜め上に進行している気がしてならない。
「このあいだの温泉といい、今回の一件といい…………」
ここにフルーラがいたら大爆笑必須だ。今度は壁を叩くだけでなく床を転がりまわるだろう。必ず。
「それでエルリア……、さっきの話は本当なのかい?」
「ああ。それが本当なんだ。……外部に漏れるのは困るから、この話はあなたと……えと、確かローレンティアと言ったか? 当主と、あなたたちだけの話にしておいてほしい」
「聖剣闘技会の優勝賞品が、実は四皇帝魔獣の心臓だった……確かに怖い話ですね」
ローレンティアの頷きに、エルリアも相槌をうつ。
つまりいうと、エルリアは優勝賞品の返却を求めているのだ。交渉人に彼女が選ばれたのは、セシリアの姉だからということと、彼女が純粋で根が正直というところにあるのだろう。
記憶にある《騎士公爵家》の代表といえば、いっときだけ在籍していた騎士団で出会ったレスミー・リリア・エンベルトくらいしか思い浮かばないが、おそらく彼女が選任したのだろう。
エルリアは彼女が好みそうだ女性だ。
「ところで、あなたのご主人はいつごろお帰りになられるんだ?」
「…………うーん、しばらく帰ってこないかもしれない。予定は聞いてないから」
「なに、メイドに帰宅時間も伝えていないのか!? なんて無責任な男なんだ!!」
しまった、言葉をミスった。これでは好感度がだだ下がりだ。
「マスターは出張で忙しく、決まった時間にお帰りになられることが少ないのでございます。そのところはどうか、誤解なさらぬように」
さすがローレンティア。今のは素晴らしいフォローアップだ。
「ふむ……それなら仕方ない。出直すか……」
──お、帰ってくれるのか!?
期待に胸が膨らむとはまさにこのことだ。
「えー……お姉ちゃん帰っちゃうの?」
難しい話になりそうなので向こうへ行っていたセシリアが、出直すという言葉に反応して頬を膨らませている。また姉と会えたのだ、すぐ帰ってしまうのは面白くないだろう。
「……セシリアは姉がいなくて寂しいか?」
「うん!! お姉ちゃん、今日はここで泊まろう!」
「いいのか!?」
「うん、リアが言ったらお兄ちゃんは大体オッケー出してくれるよ!」
──セシリア、そんな期待の篭った眼差しでこっちを見るんじゃない。
セシリアの要求であればだいたいオッケーしている。
今回もまぁ、そういうことだ。
セシリアが可愛い。
理由はほかにない。可愛いは正義だ。




