Episode029 元老院での決定
冰結宮殿、フィネアネス皇国領。
世界の政を司る機関・元老院が本部を置く《ラペンツェーの祭儀場》にて。
「まことに遺憾である」
重々しく声を絞り出したのは、青い覆面男。
元老院最高責任者の一人、ジースリクト・バウア・ルークス。三大公爵家の一つ《魔貴公爵家》出身の出で、御年64歳の年長者である。
「四皇帝魔獣《黄金喰らいの王》は、千年前……かの大賢者によってエクスタリア王国領内、430階層の遺跡奥深くに封印されたはずである。しかし真実は違った。黄金喰らいの王はそこに存在せず、実際には612階層の《旧ディドルト古墳群》に存在していたのだ」
これに対し、うむ、と頷いたのは緑色の覆面男。
三大公爵家の一つ《竜卿公爵家》出身の、グリ・アル・リースフリート。おそらく一番の若年者だ。
「《騎士公爵家》のディアノゴスが、《冰魔の剣姫》と呼ばれるエルフ族の娘に封印を解かせたという。これは前代未聞の大事件だ」
「アレはディアノゴスが勝手にやったことですわ。さらにいえば、ヤツはエルリアの手によって殺処分されています。我々の手で心臓もくり抜きました」
答えたのは、赤い覆面の淑女。最後の三大公爵《騎士公爵家》であるレスミー・リリア・エンベルトだ。
「三か月まえ《聖剣闘技会》の優勝賞品となっていたあの結晶石こそが、ヤツの心の臓。なにも問題などございません」
612階層から黄金喰らいの王の体を運び出し、冰魔の剣姫に殺させた。そのあと解体し、結晶石を取り出したのだ。
《魔貴公爵家》《竜卿公爵家》はともに、四皇帝魔獣を外に出したことを良く思っていない。四皇帝魔獣は、かの大賢者すら苦戦させられた最強の魔獣だ。本当に殺処分できたのか、それを不安視している。
ただでさえ、四皇帝魔獣の一角がこの世界に放たれて、行方不明になっているのだ。
《黒血の狂戦士》は自ら封印を破り、どこかに身をひそめている。
この情報が露出すれば、世界中がパニックになるだろう。
「結晶石の回収を求める」
「今さら優勝賞品を回収しろと!? ジースリクトよ、あなたは我が騎士公爵家に泥を塗るおつもりですか!?」
「よく調べもせず優勝賞品にしたのは騎士公爵家の責任。それに、優勝したのは貴族でもないエルフの娘だと耳にした。……回収した話を外部に漏らさなければ、泥を塗るようなことはあるまい」
魔獣を解体する際、命を吹き返す原因にもなりかねない結晶石は、必ず鑑定士の目が通される。もちろん騎士公爵家は上級鑑定士を使って調べさせた。なのに四皇帝魔獣だと分からなかったのは、そのクラスの結晶石を鑑定したことがなかったからだ。
「……ムリだと言っておきますわ」
「なぜだ? エルフ族の娘一人などすぐに見つかるだろう?」
「その優勝したエルフの娘……名をセシリアと言いましてね。彼女の保護者である人間と、交渉して勝てる人間がエンベール家には存在しませんの」
二つの公爵家が顔を見合わせる。
「誰だ?」
「ジースリクトであればご存じのはず。
────ベルティス・レオルト・エルマリアです」
「702階層の男か?」
「あの男ほど文武両道の人間は存在しないでしょう。騎士団長が自ら、是非騎士団にとスカウトした実力の持ち主ですわ。現在の肩書は、騎士団の特別顧問士官」
「特別顧問だと? 騎士団の人間でもないのにそのような役職が務まるわけなかろう」
「半年間だけ在籍経験がありましたわ。そのあいだに挙げた実績で特別顧問に任命されています。内容は、Sランク相当の魔獣を82匹、単独討伐に成功」
ざわつく場。
Sランク相当の魔獣といえば、一匹だけでも騎士数人がかりで討伐にあたらなければならない。とりわけ強い騎士でも、82匹もの魔獣を討伐しようと思えば数年かかるだろう。
それを、たった半年?
冗談にしては騎士公爵の顔が険しいものだ。
「彼は騎士団内部との付き合い方も非常に良く、話術にも長けておりましたわ」
「騎士公爵家にしては弱気な発言だな。だから回収できないだと? 馬鹿馬鹿しい、それを何とかしてみせて騎士公爵家だろう」
確かに、弱気な発言だったとレスミーは感じ入る。けれど、それは本当のことなのだ。あの男に結晶石を返して欲しいと言うものならば、いったいどんな要求をされるだろうか?
あの男と会話した者なら誰でも理解できるだろう。
彼は、自分にとって有利な手を常に考えて行動できる男だ。ヤツの思惑通りにされず、かつこちらが損害を出さない程度で結晶石を取り戻すには……。
──エルリアはセシリアの姉だ。
そうだ、なぜ忘れていたのだろう。
騎士公爵家が雇い、将来の騎士団長にと有望視している《冰魔の剣姫》は、あの男が保護するエルフ少女の姉ではないか。幸い、彼は自分の奴隷をかなり大事にしている節がある。そこに付け込めば、簡単に結晶石が取り戻せるかもしれない。
「分かりましたわ、ジースリクト。エンベルト家は結晶石を取り戻すことに尽力致しましょう」
手始めにエルリアを702階層に向かわせよう。
◇◇
「──と、いうわけですわ。行ってくれますね、エルリア」
元老院で話された内容を、レスミーはエルリア本人に直接伝えていた。頭を垂れる銀髪エルフの少女は、自分の話す内容を真剣に聞いてくれている。
彼女のステータスの高さを一番の理由に購入した奴隷だが、家の人間は誰も彼女を奴隷だと思っていない。エルリアは強く美しく、そして賢い。自分の意思をちゃんと持つエルフで、彼女の性格に好意を持つ人間はかなり多かった。
レスミーもかなり気に入っている。
「どうしたの?」
エルリアは、頭を垂れたまま動かなかった。
「この口実を使えば、私は何度でもセシリアに会いに行ける……それはとても嬉しいことでございます」
例え姉妹とはいえ、エルリアは騎士公爵、セシリアはエルマリアという男に買われてしまっている。勝手にセシリアのもとへ会いに行くのは、エルリアの性格上できるものではなかった。
そのため、今回の話は最愛の妹に会いに行ける絶好の口実ともいえる。
ただ。
「レスミー様は……その、エルマリアという男と私が会ったとき、……その男と決闘したいと言ったら、許可をくださいますか?」
「け、決闘? あなたはエルマリアと決闘がしたいの?」
「……完全な私情でございます、レスミー様。私は妹と引きはがされたと悟った瞬間、ひどく悲しい思いがいたしました。それと同時に、強い憤りを覚えました」
「もしかして、メイドの噂を気にして……?」
「完全な私情でございます。しかし、私はレスミー様に雇われた身です。許可が下りなければ、そんなこと致しません」
しばらくレスミーは考えていた。
「……結晶石を取り戻してから、なら許可しますね」
「ありがとうございます」
決闘で癇癪を起すような男ではないことは分かっているが、それでも念のためだ。
「このエルリア、レスミー様のために、結晶石を取り戻してきます」
「ありがとうエルリア。詳しい方法は後で伝えるわ」
特別顧問士官(非常勤)なのでベルティスはほとんど働いてません笑
ただたくさん来るスカウトを、この肩書で黙殺できるからそのままにしています。




