Episode028 剣姫と弱者の邂逅
さきほどの一件で、ユナミルとセシリアの仲がより強固なものになった気がする。二人はずっと手を繋いでおり、どこへ行くにも二人でワンセットという具合だ。あの手の繋ぎ方はいわゆる恋人繋ぎのソレではないかと指摘したくなるものの、いっても13歳の女の子同士なので、とりあえずローレンティアに写真だけお願いしておく。
仲睦まじい二人の様子を、自分が父親になったような不思議な感覚で眺めていたころ。
突如、向こうからエルフの気配を感じた。
誰なのかすぐわかる。
フルーラのニヤけ具合から見ても、この気配が《冰魔の剣姫》であることは明らかだった。
「どうしたんだい愚弟子。やけに動揺してるじゃないかい」
「……麗しの師匠様のせいでちょっとしたトラブルだよ」
「もう女として《冰魔の剣姫》に会っちゃってるからねェ。さすがの大賢者様でも、男として彼女に会ったらどうなるか予想できないんだろう?」
見られていたか。
フルーラの気配をずっと気にしていたが、顔を出すまで尻尾という尻尾を見せなかった。隠れるのは得意、相手をこけ落としで高みから大笑いするのが趣味という魔女らしい、さすが我が麗しの師匠様である。
「その通りだよ。僕は正直、彼女に会うことを躊躇している」
例えばベルティスとして彼女に会ったと仮定しよう。
きっと彼女は、その噂好きなメイドから自分の顔写真か何かを見せられているに決まっている。そしたらこう思うのだ。あぁ、あの奴隷会場にこんな顔をした男がいた、じゃあやっぱりあの男がセシリアを買ったのだと。
『最愛の妹であるセシリアが、こんな男のもとで隷従を強いられているというのか!? 許せん……ゼッタイに許せん!! この男、私自らの手で成敗してくれる!!』
考えただけで鳥肌が立ちそう……。
「それでも、アンタなら《冰魔の剣姫》でも何とかなるんじゃないのかい?」
「ムリだ、相手はエルフ族だよ? 言っておくけど、僕はフルーラと違って陰険な冰術はそこまで得意じゃないんだ」
「なんだいその言い方。まるでアタシが陰湿で根暗な冰術だけが得意みたいな言い方じゃないかい」
「百二十点の回答だ、合格だよ師匠。まさにその通り」
「嫌味だねェこの弟子は」
冰魔の剣姫ほどの高質な冰力持ちなら、洗脳等の冰術は通用しない。攻撃特化の自分とは違い、精神作用が得意なフルーラなら何とかできるかもしれないが、この師匠がソレをやってくれるとはとても思えない。
「仕方ない、また女になるか……」
問題は……。
「えぇえええええ!? お、おに、お、おおおおお兄ちゃんっ!?!?」「お兄様、そのお姿は!?」
「「なんで女の子になってるんですか!?」」
この13歳の小娘二人、果たしてどうしてくれようか。
「事情があってね。ちょっと今から席を外すから、君達はここで──」
「お兄ちゃんってもしかしてお姉ちゃんだったのですか!?」
「待ってセシリアちゃん、さっきまでどうみても男の人だったわ。でも見て、身長も縮んで肩幅も狭くなってる。……これは何かの冰術よ」
「もしかして、今まで男のひとのフリをしていてたんですか!? だから男の人なのにあんな綺麗な肌をしてたんですか!? 男の人なのによくローレンさんに膝枕してもらってたのも、女の子だったからですか!?」
「……そうね、そうかもしれない。じゃあこれからはお姉様って呼ばないといけないかしら?」
この二人にどのような説明をしなければならないだろうか。しかも、隣で大爆笑しているフルーラがこっちを指さしてくる。アレはどういう意味だ。女だと思われていたことに対してウケているのだろうか?
「あぁ……考えると頭が痛い……」
「「お姉ちゃん(様)!!」」
「いやボクは男で…………、待てよ、いまは女として見てくれた方がエルリアに言い訳が立ちやすいか?」
「──私がどうかしたか?」
…………今のは驚いた。
さすが《冰魔の剣姫》だ。気配を殺して近づいてくるのが上手い。おかげでこちらも、声を出されるまで接近に気付かなかった。
「や、やあエルリア……さん」
「なんだ今さら。だから言ったろ、敬語はナシにしてくれと。……エルリアでいい」
「え、エルリア……」
満足そうに微笑むエルリアの視線が、完全に「同性」を見る目だ。
「それよりベル、その子たちは……」
「お姉ちゃん…………?」
その声に気付いたセシリア。
エルリアもセシリアを見て、目を潤ませる。
「セシリア……セシリアじゃないか!!」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!!」
セシリアを抱きしめるエルリア。この様子から見ると、言わなかっただけでセシリアも姉との再会を待ち望んでいたようだ。セシリアはエルリアを恨んでなんかいない。むしろ、自分のせいで姉が奴隷になってしまったと。
「ごめんなさい、ごめんなさいお姉ちゃん……! リアが、リアが全部悪いの!! お姉ちゃんの言いつけを守らず、勝手に昇降盤に近付いたりしたから! お姉ちゃんも、捕まって……奴隷に……っ!」
「いいんだセシリア。あなたのせいじゃない、むしろ自分をもう責めないでくれ……。私はいま、騎士公爵家に雇われている。人の世界を見れて、自由を掴み取れて満足なんだ」
しゃっくりをあげながら、セシリアが「そう、なの?」と再び問う。
エルリアは慈愛に満ちた表情で「ああ」と頷いた。
「それよりも、セシリアのほうこそ大丈夫か? あのエルマリアとかいう変質者に、何か酷い仕打ちをされていないか? 痣は? ……よかった、暴力は振るわれてないようだな」
「え、えりゅ、えりゅまりあ……?」
よかった、セシリアは誰のことか分かっていないようだ。
もし彼女がフルネームを、ベルティス・レオルト・エルマリアという名前を覚えていたら、確実に暴露されていただろう。ここにいる人間がエルマリアだと。
「ねぇお姉様?」
「……なんだい、ユナミル」
服の袖を掴み、上目遣いをしてくるユナミル。泣いたせいか、まだ目に赤みが残っている。
「お姉様って他に兄弟がいらっしゃるの?」
自分がエルマリアという家名を持つことに、ユナミルは覚えていた。
セシリアとは違いユナミルは貴族の娘だ。そういう噂の処理や記憶能力はセシリアを上回るだろう。
「兄弟はいないよ。一人っ子さ」
「……そうなの。でも謎はあるわ。屋敷でローレンティアさんと二人暮らし。二人にしては大きい屋敷だと思っていたわ……」
「まぁ、成り行きでね。ユナミル、言っておくけどボクは貴族じゃないよ」
「……本当かしら? お兄様、ウソつくの得意そうだし」
「さてね、それについてはノーコメントで」
──と。
感動の再会を味わいつくしているエルフ姉妹が、何やら動き始めた。あれは……そうだ、露店で買った風船綿飴だ。風船を破いて中身を一緒に食べている。ちなみにベルティスが買った綿飴は、一時間ほどまえにセシリアのお腹に収まった。
「実はな、フルーラとの契約はまだ続きがあるんだ」
いきなりそんなことを言い出すエルリア。続きがあるもなにも、セシリアと再会したのだからもう終わったのではなかろうか。
「これはフルーラが教えてくれたんだが、女性の肌が潤うという秘湯があるらしい。そこで久しぶりに、姉妹みずいらずで入ろうと思うんだ」
なるほど、確かにいい案かもしれない。
「そうだ……ちょうどここには女性しかいないから、みんなで入ろう。とてもいい温泉だそうだ」
────え、女しかいない???
ローレンティア(女)、エルリア(女)、セシリア(女)、ユナミル(女)、フルーラ(女)、ベル(おと………………見た目は女)。
「…………」
「アハハハハハ!! 女、そう確かにここには女しかいないね!! いい、すごくいい、妙案じゃないかエルリア!! アッハハハ!!」
腹を抱えて壁をバンバン叩くフルーラに、ベルはものすごい殺意を覚えた。
第二部終了。次回から第三部に入る予定です。




