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Episode027 師弟関係



 聖剣闘技会終了後。

 セシリアはユナミルを倒したあと、順調に勝ち上がって優勝を果たした。優勝を労うため、ベルティスはローレンティアとともにセシリアと合流を果たしている。ちなみに、優勝セレモニーの準備でエルリアがこの場にいないため、ベルティスは満を持して男に戻っていた。


 優勝したというのに、セシリアの様子が落ち着かない。

 なぜなら、ユナミルがいないからだ。

 ユナミルはフルーラによる付与冰術ドーピングを受けて闘技会に出場していた。セシリアは本戦第一試合でそれを看過し、二つの奥義を組み合わせることによってユナミルを倒した。

 そのあと、ユナミルがいなくなったのだという。


 ベルティスも彼女の母親を見ていない。

 母ミラルバは、騎士公爵家の次男坊と駆け落ちしてユナミルを生んだ女だ。千里眼で見る限りユナミルの優勝に過度な期待を抱いていた様子で、娘の敗北にかなり憤怒する可能性がある。

 《冰魔の剣姫》を辞退させるようフルーラと契約を交わしたのも、ミラルバで間違いないとベルティスは睨んでいた。


 ──ここでユナミルのところに行くのは……。


 ユナミルの冰力は覚えている。彼女ほど質の高く美しい冰力なら、探すこともできるだろうとベルティスは考えていた。ただその場に、ミラルバがいる可能性が高い。


 セシリアはユナミルに会いたそうな顔で周りをキョロキョロしているが……。


「ユナミルちゃんに、ちゃんと言わないと……」


「言いたいことでもあるのかい?」


「うん。ユナミルちゃん、とっても強かったよって……」


「ほお……」


 セシリアは当然、ユナミルの付与冰術に気付いている。それでもその言葉をかけたいと思うのは、例えドーピングされてなくても、彼女が努力家ですごく強いことを知っているからだ。

 素直なセシリアらしい。


 ユナミルの家庭事情も、セシリアなら素直に受け入れるだろう。それでユナミルが救われるのなら、こちらにとっても微笑ましい限りだ。


「じゃあ会いに行こうか」


「え!? ユナミルちゃんがどこにいるか分かるんですか!?」


「まぁね。……こっちだよ」


 そして。

 ベルティスの予想通り、会場の路地裏にいた二人の光景は異常なものだった。ミラルバはずっとブツブツと呟き、ときに奇声を発し、ときに髪の毛を掻きむしっている。対してユナミルはずっと下を向き、小さな声で「ごめんなさいお母様」と呟いて泣いていた。


 娘への過度な期待。期待を裏切られた母親と、期待に応えられなかった娘の光景。


 セシリアですら、この光景にすぐ飛び込んでいくということはしなかった。

 ただ唖然として口を開き、目の前の光景を見入っている。

 こういうとき、セシリアはなにを考えているのだろう……。


「あのエルフの娘…………あのエルフの娘さえいなければ……、私とあの人の可愛い娘は勝てたのです。そう、すべてはあのエルフの娘…………あぁ、せっかく《冰魔の剣姫》がいなくなったというのに! エルフごときに負けてしまうなんて!」


「……!! お、母様…………セシリアちゃんを……悪く……言わないでください……」


「あなたはいつからエルフと友だちになっていたのですか!? 私は、魔女フルーラに《奥義》を教えてもらうため、702階層に行っていたと聞き及んでおりましたよ! あなたは私に嘘を言ったのですか!?」


「あの……、私は……セシリアちゃんと一緒に、奥義を教えてもらってて……」

 

「んまぁあのエルフの娘! ……ってことは、あのエルフの娘は最初からユナミルが使う《奥義》を知っていて勝負に挑んだというのですね。自分の奥義はユナミルに教えることなく!」


「…………」


 完全に委縮しているユナミル。ミラルバはイライラと爪を噛んでいた。


「エルフ……あぁなんと忌まわしきエルフの娘。アレさえいなければ私のイスペルト家盛り立ての計画は完璧だった!! なのに、たかだかエルフ族ごときに!!」


「……」


「なぜエルフ族ごときに私とあの人の娘が負けるのです? 私がなにをしたというのです!」


「セシリアちゃんを……悪く言わないでください!!」


「な……っ!! なんです、急に大声なんて出して」


 おそらく初めて反抗されたのだろう、娘に非難されたミラルバは青白い顔を真っ赤にしていた。相当ご立腹の様子である。ユナミルも一瞬しまったという顔をしたが、後には引けないと強く唇を噛む。


「もう一度言います、いま何と言いましたか?」


「……セシリアちゃんを悪く言わないでください。彼女は、私の友だちです。大切な友だちです。……セシリアちゃんを悪く言うのなら、たとえお母様でも…………っあ!?」


「逆らうのはおよし!!」


 ミラルバは、ユナミルの髪の毛を掴んで引っ張り上げた。鬼のような形相。こけた顔のなかで唯一目立っていた目がぎょろりと動き、言う事を聞かない娘を睨みつける。


「エルフは世界の下層区域に住む種族……我々人間とは似て異なる異種族!! 穢れた一族なのです!! それを……!!」


「何度……でも……言います」


「なんです?」


「セシリアちゃんを、悪く言わないでっ!」


 そのとき。

 ついに我慢しきれなくなったセシリアが、物陰から飛び出してミラルバに体当たりをかました。予期せぬ訪問者に虚を突かれた本人は、一瞬呆然とし、そのあとセシリアに猛抗議を──


「──あぁいたいた。どこにいたんだい、ミラルバ。つい契約のことを言い忘れていたんでねェ、探したよ」


 そこにいたのは、ニヤニヤと魔女らしく笑うフルーラの姿だった。

 

「フルーラ!! あなた……ユナミルが負けたというのに、なんですその笑いは!? 不謹慎にもほどがありますわ!! ……分かりました、あなたはきっと、ユナミルに付与冰術をかけなかったんですね! 明確な契約違反ですわよ!!」


「あれ? アタシの聞き間違いじゃないかねェ? アタシはあんたと契約するとき、確かにこう言ったと思う。一つ目、どんな手を使ってでも《冰魔の剣姫》の出場を阻止する。二つ目、ユナミルにドーピングを施す。そしてこれが守られない限り、魂の契約印がその者にペナルティを与える」


「……ええ、そうですわね」


「アタシはちゃんと守った。その証拠に、ほら……アタシの契約印が消えかかってる」


 今回の契約は、どうやら『フルーラがユナミルを優勝させる』という内容ではないようなので、フルーラの契約印は消滅しかかっている。あとは、フルーラが報酬をもらえば終わりだ。


「ユナミルにこのことをバラせっていうのは、どうやらちゃんとやってくれたみたいだね。あともう一個、アンタは覚えてるかい?」


「ユナミルとあなたとの間に、正式な師弟関係を結ばせる…………。あ!? まさかあなた、この子を私から奪おうってんじゃないでしょうね!?」


「そのまさかだよ」


 つまり、フルーラが要求した二つ目はユナミル自身だ。フルーラは本気でユナミルを弟子にしたいらしい。彼女が弟子をとりたいだなんて、どういう風の吹き回しだろう。まぁそういう意味では、ベルティスもその珍しい弟子の一人なのだが。


「嫌ですわ……なぜあなたのような人間に、私の娘をやらなければならないのです!?」


「契約はゼッタイだ。どれだけアンタが嫌でも、魂の契約を結んだからにはそれに従ってもらう」


「こんなもの……!!」


 その瞬間、ミラルバの腕にあった契約印が強く輝き、強烈な痛みを引き起こした。


「もうすでにアタシのやるべきことは達成した。次はアンタの番ってことさ」


「そんな……!? 嫌よ、ユナミルは……ユナミルは私の大切な」


「本当に大切なら娘の目を見て話しな。アンタは今まで一度だってユナミルの目を見て話していない。……反吐が出るね、娘を夫との繋がりとしか見ていない」


 ──そろそろかな。

 今まで様子見をしていたベルティスも、ようやく体を動かす。未だ目を真っ赤にしているユナミルに近付き、膝を折り曲げて目線を合わした。


「君はどうしたい?」


 選ぶ権利は彼女にある。たとえ魂の契約があろうとも、抜け道ぐらいあるだろう。だから彼女に聞いてみる。


「私は……」


「…………」


「もっと、剣の勉強がしたい……。だからフルーラと……ううん、セシリアちゃんとも一緒にいたい」


「決まりだね」


 ここで、フルーラとユナミルの正式な師弟関係が結ばれた。正式ということは、家を離れるという意味でもある。ミラルバは奇声を発してユナミルに掴みかかろうとしたが、すかさずフルーラが止めた。


「アンタも往生際が悪いね。ユナミルは何もアンタのことが大嫌いでアンタのもとを離れるんじゃないよ」


「え……」


「ユナミルが剣を振る理由は、アンタが笑顔になってほしいからさ。アンタが昔みたいに笑ってくれれば、ユナミルはどんなことだってする。だからユナミルはアタシと師弟関係を結ぶんだよ」


「そう、なの……? ユナミル」


 ユナミルは強くなりたがっている。その理由が母親のためだったというのは、女性ならではの視点を持ったフルーラだから分かったものだ。

 その証拠に、ユナミルは大粒の涙を浮かべていた。


「強くなります、お母様。強くなって……、いつかきっとイスペルト家の名をあげてみせます。だから、それまで待ってください!!」


 母親と娘の絆は、そう容易く切れるものではない。

 この光景を見ながら、ベルティスもそう感じた。




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