Episode026 全身全霊で
一つ目、フルーラにかけられたドーピングを看過し、消滅させる冰術を手際よくかけること。
二つ目、一つ目をクリアしたうえでユナミルより上手い立ち回りをすること。
セシリアがユナミルに勝つために、最低限やらなければならないことはこの二つ。
この問題の難しさに顔をしかめたのは、エルリアだった。
「セシリアが聖剣闘技会に出場すると聞いて、私はとても驚いたぞ。あの子は剣を握ったことすらない。その……君だけじゃなく、本当にエルマリアという男も剣を教えていたのか? ロクに働きもせず体たらくなヤツだと私は思い込んでいたのだが」
「ボクと彼が一緒に剣を教えてる。……一応言っておくけど、そこまで悪いヒトじゃないと思うよ」
剣を教えているのはベルティス(男)とベル(女)が二人がかりということにしてある。ベルはベルティスと知り合いで、一緒に剣を教えているのだと。
ここでさりげなく自分へフォローをして、彼女の捻じ曲がった想像を何とかしたい。せめてロリコンとハーレムだけは否定したい。
「しかしメイド達は、その男の悪い噂をよく言っていたぞ。よっぽど悪いことをしないとここまで悪い噂はたたないだろう」
「…………メイドを洗脳する必要がある。主に噂を消すという意味で」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもない」
まぁ個人的感情が強いので今は横に置いておいて。
千里眼の力でここからセシリアとユナミルの試合を見ることにする。両目をつぶれば、千里眼は他の人間と映像の共有ができる。空中に投影することができるのだ。
「すごいな、これが噂に聞く『千里眼』というやつか。こんなレアスキルを持つ人間が今の時代でもいるものなのだな。スカウトとか、誰かに知られでもしたら大変だろう?」
「まぁね。それより、エルリアさんも見るかい? 大事な妹の一大勝負だよ」
「もちろんだとも」
いま、セシリアはユナミルと向かい合っている。セシリアが剣を抜くと、ユナミルも合わせて剣を抜く。
試合開始のブザーがなり、真っ先に飛び込んだのはユナミルだった。序盤からスキル『武装』を使用し、果敢に攻め立てる。さすがユナミルだ。とても13歳とは思えない立ち回りと攻撃力。セシリアは見事に捌いているものの、攻撃に転じきれていない。
「セシリアが押されてる。相手の子……セシリアの友だちだとベルは言っていたな? なんか……少し強すぎないか?」
「第三者の付与冰術だよ」
「ドーピングだと!? 職員どもは何をしている、なぜドーピングが見過ごされてるんだ?」
魔女フルーラは付与冰術といった相手の状態に作用する技を得意としている。聖剣闘技会で用意された中級監察官程度ではドーピングに気づけない。
とはいえ、第三者のドーピングは即刻失格。
「エルリアさんには耐えがたいものかもしれないけど、ユナミルのドーピングを闘技会本部に報告するのは、とりあえず待ってほしい」
「なぜだ? 不当にセシリアが負けるのなら御免被りたい」
「もしいま報告すれば、セシリアは不戦勝で勝ち上がれるけどユナミルに勝ったことにはならない」
「……?」
「セシリアはいままで、実戦練習でユナミルに勝ったことがない。ここで勝たなければ、もう二度とセシリアはユナミルに勝つことができないよ」
自分のやった罪深さに潰されて、ユナミルは二度と姿を現さないかもしれない。
そうなれば、セシリアはユナミルに一生勝てないままだ。
「たとえ相手がドーピングしてても、相手が唯一無二の親友でも、あの子は勝たなければならない。ボクが彼女に教えている剣は生半可じゃものじゃない、最強に至る剣筋だ」
相手が自分より大きくても、年上でも勝たなければならない。
それを、今回の勝負でセシリアには分かってもらいたい。
「そうか……。ベルの思いの強さはよく分かった。あの子は幸せだな、あなたのような聡明な女性が友であり、師匠であって……」
──うぬぅ……。
クスクス笑っている隣の飼い猫が妙に腹立たしい。女じゃないと言ってやりたいところだが、ここで元の姿になって『女装癖があるヤバイ奴』と思われるのはもっと困る。
あまり考えない方がいい。
ぶんぶんとベルは頭を振って、セシリアの試合を眺める。
ちょうどいま、仕切り直しのように二人が距離をとったところだ。逃げ回るだけでは、セシリアに勝ち目はない。いずれ有効打を決められて敗北する。しかしそれは、セシリアとて分かってるのだ。
「怖い……」
ユナミルの様子がおかしい。
二人で一緒に奥義習得の訓練をしていたときは、彼女から優しいなにかを感じた。一緒に切磋琢磨できる。よき友人、よきライバルとして良い関係を築けていると思っていた。
今の彼女からは、冷たい感情と優勝への執着しか感じない。
そして今まで以上に強い。
「なんでこんなに強いの? リアとユナミルちゃんの……差って……」
ユナミルの攻撃は一撃一撃が重い。ムリな姿勢で防御すれば手首を痛めかねないし、第一反撃できない。このまま体力を削られれば隙ができてしまうだろう。
懸命に自分とユナミルの違いを考えた。
ユナミルは小さい頃から剣術の指導を受けている。これは経験の差だ。じゃあ負けても良いのか? いや、負けたくない。負けるのは嫌だし楽しくない。
じゃあ勝てばいい。
でもどうやって?
「……お兄ちゃんに聞けば……?」
ベルティスに聞けば何か助言をくれるかもしれない。
けれど、セシリアはすぐ首を横に振った。
確かに、強く念じればベルティスは念話で答えてくれるかもしれない。でも試合途中にこれを行うのは、卑怯なような気がする。卑怯なことはしたくない。でも勝ちたい。
「どうしたのセシリアちゃん? 動きにキレがないわよ」
「そ、そんなことない!!」
「それとも今の私がおかしいのかもしれないわね。体が火照って仕方がないもの……ッ!!」
「────ッく!」
敏捷性ではセシリアが一枚上手。何とかさばき、その隙に剣を滑り込ませる。けれどユナミルは、そこから鞭のように腕をしならせて、ツヴァリスの冰剣を弾き飛ばした。
「!?」
そのまま奥義『爆風炎』へ移行。
大剣に纏った炎は摂氏数百度。爆炎が広範囲にまきちらされ、対象物をあぶりだす。冰術の心得がないものは大火傷必須の火力を誇っている。しかも、相手の冰力を燃料に燃え続けるというやっかいな持続効果まであるのだ。
「耐えきった……!?」
けれど、セシリアの冰力量も並みのものではない。
ゼロ距離から爆風炎を浴びなければ、身体強化の一環で耐えることができる。それでも服はボロボロ、肩で息を繰り返し、あとがないことのは誰の目から見ても明らかだ。
「躊躇しない。相手がどんなレアなスキルを持ってたって、躊躇しない」
呟き、冰剣を軽く振る。
エルフ少女の集中力が、一気に上昇していく。
「リア、ユナミルちゃんを全力で……殺すつもりで剣を振るよ。これがリアなりの……強者への敬意」
ベルティスがいつも言っている言葉。
『弱者が躊躇なんて考えるな。殺す気で攻めろ』
セシリアは弱く不器用で、手加減して相手に勝つなんてことはできない。
「いくよ、リアの奥義」
最軽量、最高硬度を誇る金剛石がツヴァリスの冰剣をコーティング。セシリアの冰力によって生み出された零下の細氷たちが、あたりにふんわりと漂い始める。対人戦闘用に改良を続けた、セシリアだけの奥義だ。
「《霊 廟 …………ッ──」
ユナミルは大剣を地面に突きたて、冰術結界を解放。一撃必殺級の奥義を凌ぐため、ユナミルが戦闘中に完成させた冰術だ。セシリアの奥義は斬撃で振動を与え、脳震盪を起こさせて戦闘不能に陥らせるもの。これはいままで見たセシリアとの特訓で把握済みだった。
「これさえ凌げば、私はセシリアちゃんに勝てる。優勝はもらったも同然……──」
でも。
「…………え?」
ユナミルは、最後の一カ月間、セシリアと一緒に行う特訓を休んでいた。
そのあいだ、セシリアがどのような特訓をしていたのかなど知る由もない。
奥義『ベニック・アストーラ』を対人戦闘用に仕上げる、その本当の怖さを。
「──……冰 寒 帯 》ッ!!」
セシリアがその場で剣を振りおろし、衝撃波が四方に散る。
ユナミルにかけられていた付与冰術が、この瞬間、奥義『霊廟冰寒帯』の微細動によってことごとく解除された。
「な……!?」
そして驚くべきことに。
いつのまにかセシリアが、ユナミルの目の前に。
「《冰蓮牙》」
金剛石によってコーティングされた冰剣の腹が、ユナミルの横腹をすれ違いざまに強襲。
確実に人を戦闘不能に陥れる奥義。
一つ目の奥義で、相手のあらゆる能力向上スキル、付与冰術を一瞬だけ無効化にする。
二つ目の奥義で、相手を仕留める一撃必殺を決める。
セシリアは手加減して勝てるほど強くなく、またレアな固有スキルを持っているわけではない。もし、相手が何らかの能力向上のレアなスキルを持っていたとき、弱いセシリアの勝つ可能性は低くなる。だからせめて能力向上のスキルだけでも無効にできれば、全力で相手を殺す奥義で何とか勝てるのではないか。
これをセシリアはベルティスに進言し、この一カ月の猛特訓で完璧に会得してみせた。
これが、セシリアが身に付けた『全身全霊で相手を殺しにいく技』だ。
「奥義を……二回連続で……っ?
なにそれ……反則すぎよ、セシリアちゃん……」
ユナミルが地面に倒れ、試合終了のブザーが鳴った。




