Episode025 姉妹喧嘩
あの日。
エルフが入荷されると聞いて、ベルティスは682階層の奴隷市場に来ていた。
予想通り会場は満席。
目玉商品である銀髪エルフが登場したときの拍手喝采と、そのとき感じた落胆はよく覚えている。
エルリア・エル・マキアリス。
容姿端麗、年齢(予想)16、魔眼でステータス鑑定をしてみれば恐ろしい数値が出た。奴隷を買う客層に鑑定スキル持ちの人間は多く、彼女の高ステータスに気付いて、さっそく値段は吊り上がっていく。
結果、彼女は貴族のバイヤーによって超高額で買われた。どこのバイヤーだろうと調べてみれば、あの有名な《騎士公爵家》。予想通り過ぎて面白味もない。エルリアという少女に対する興味も失せた。
ただ、出てこなかった二人目のエルフには興味があった。
セシリア。本名はセシリア・エル・マキアリス。
エルリアという少女の妹であることはすぐ分かったし、ボロボロの服に最底辺レベルのステータスというのも、姉のエルリアとは真逆という意味で興を引かれた。
なぜ彼女はこんなにステータスが低い?
理由はすぐ分かった。
彼女は、他人の力を借りないと自分の能力を開発できないタイプだ。
姉エルリアの天賦の才とは違い、妹セシリアは後天的な才能しか持たない。
買おうと思った。
この存在は姉を超える未知の可能性があること悟った。
ゆえにベルティスは、セシリアを702階層の邸宅に連れ帰った。
彼女への教育は順調。
ある日、セシリアはこう聞いてきた。
お姉ちゃんはどこにいますかと。
このときは『大貴族に買われたよ』とだけ答えた。
これはベルティス個人の予想であるが、おそらくセシリアは姉の才能を知っていて、貴族に買われたという結果に納得したのだ。自分と違って姉は強い、才能がある。だから仕方ないのだと。
それ以来セシリアが姉のことを尋ねてくることはなかった。
身内のことをそこまで割って考えられるものなのかと思ったが、ベルティスも追及しなかった。
「さっきも妹と喧嘩したって言ったね。喧嘩ってどういうことだい?」
「あぁ……」
エルリアが話すところによると、他愛のない口喧嘩だったそうだ。なんでもエルリアは、セシリアの弱さを冗談半分にからかったのだという。拗ねたセシリアが一人でどこか行ってしまい、そこで奴隷として捕まってしまったようだ。
当時武器を持っていなかったエルリアは、セシリアを盾にされて捕まったのだという。
「そんな暗い話じゃないんだ。確かに奴隷になってしまったが、いまの私は騎士公爵家から充分すぎるほどの暮らしぶりと自由を与えられている。人の世界に接することができて満足なんだ」
「でもエルリアさんは、セシリアがこのことに怒ってると思ってるんだよね?」
「察しが早くて助かる。私の不安はまさにそれだ。そもそも奴隷になったのは私があんなことを言ったから、私はともかく、あの子は……その、奴隷として不自由な思いをしてるんじゃないかと思ってな。もしかしたら、私のことを恨んでるのかもしれない……」
姉は騎士公爵家に買われ、一人のエルフとして雇われている。
めぼしいステータスのない妹は最悪な人生を歩んでいるのではないかと、エルリアは思っているのだ。
「でもベルのような優しい女性が、セシリアの友だちでよかった」
とりあえず相槌と笑顔を浮かべるベル。
「それで聞きたいんだが、セシリアを買ったエルマリアという男のことは知ってるか?」
それ僕です。
「……あぁ、それは」
「私は公爵家で一通りの話を聞いたあと、すぐセシリアを当家で引き取ってくれるようお願いした。でもセシリアはエルマリアという男に買われたあとだった」
エルリアの殺気がどんどん高まっていく。
イヤな予感しかない……。
「メイド達の話では、702階層の男は物好きでロクに働きもせず賭博場に入り浸っているという話だ! しかも重度の女好きで何人もの女を屋敷に侍らせているのではないか! 私はそれを聞いて、セシリアが危ないと思った!」
物好き(否定しないので〇)、働きもせず(否定できないので〇)、賭博場に入り浸って(正確にはたまに行って稼いでる程度なので△)、重度の女好き(むしろ健全以上だと思っているので×)、屋敷のハーレム(飼い猫が一匹いるだけなので×)、セシリアが危ない(……この噂をばら撒いたメイドに物申したい)。
「物好きなロリコン野郎に……可愛い可愛いセシリアが穢されてしまっては、私は死んでも死にきれない。すぐそのエルマリアという男からセシリアを買い戻すよう本家にお願いしたが、もう無理だと拒否された!」
「へ、へえ……それはお気の毒だね」
ロリコンじゃないんだけど……。
「日夜セシリアのことを考えた。セシリアのあの可愛い顔を、セシリアのふわふわな髪を、セシリアの滑らかな肌を思い出した。そのセシリアが、どこの馬の骨とも分からない男に隷従を強いられてると思うと、深い憤りを覚える。もしその男に出会うことがあれば、顔が変形するまで殴ってやろうと思っている」
言えない。自分がそのセシリアを買ったエルマリアだなんて口が裂けても言えない。
「どうしようボク……男に戻れない」
彼女に接触するため、自分は少女の姿になった。この姿のおかげで握手もできたし、剣の手合わせもできて満足している。しているのだが、おかげで正体を明かすタイミングが消滅した。
「まずいよティア。ここまで僕の噂が悪く伝わってると思わなかった……これじゃあ、彼女のまえではずっと女の子のままってことになる!」
「ふふっ。わたくしは嬉しく思います、マスターの魅力の一つではありませんか」
「女体化がかい?」
「コレクションが一つ増えます。ベルお嬢様の姿はめったに見られないものなので、あとでぜひお写真を撮らせてくださいませ」
ピンクオーラを纏った敵がここに居た。
これ以上ローレンティアと話すのはやめておこう。
「でもよい。よいのだ」
今度はエルリアだった。
「なぜなら今日、私は久しぶりにセシリアと再会することができる。可愛いセシリアに心の底から謝罪し、許しを請い、セシリアから天使の笑顔を受け取って姉妹愛を確認する」
「さっき、セシリアは許してくれないかもしれないとか言ってなかった?」
「ああ、四種類の綿飴では多分足りん。私の愛の篭ったハグもプラスしてようやくハッピーエンドだ」
〝ああ、妹にあげるんだ。こんな子ども騙しじゃ、あの子は許してくれないかもしれないがな〟
あのとき見た彼女の切ない表情は何だったのか……。むしろ演技と言ってくれた方が納得しやすい。いや演技だと言ってくれとベルは切に願う。
「セシリアの友だちであるベルになら言ってもいいだろう。私はな、聖剣闘技会の出場を辞退することによって、セシリアと再会するチャンスを貰ったんだ」
「……それが魔女フルーラとの契約か……」
「ああ。……しかしベルはフルーラのことも知っているのか? あなたは何でも知ってるんだな、まるでお伽噺に出てくる《賢者》のようだ」
驚くエルリアの言葉は軽く流しておく。
エルリアが闘技会を辞退した理由は分かった。
あとはもう、セシリアとユナミルの戦いを見守るだけだ。
正直、セシリアがユナミルに勝てるか怪しいところがある。
予選でみたユナミルの動きから察するに、あれは間違いなく……。
「フルーラにドーピングされてる」
セシリアが勝つには、いつも以上の実力を出すか、ユナミルのドーピングを見破ってそれを無効にする冰術をかけなければならないのだ。
あのエルフ少女にそれができるのか……。




