Episode023 《冰魔の剣姫》
遠くから彼女を観察してみる。
騎士公爵家で雇われてるだけあって機動性に優れた格好。背中に装飾きらびやかな大剣を背負っている。
腰ほどはありそうな長い銀髪も豊満な胸も特徴的だが、エルフ耳もよく目立っている。
「……このウサギの綿飴なら……いや、あの子ならネコの綿飴のほうがいいか? しかし、今さらどの面さげてこれを持っていけばよいのだ……」
誰かに贈り物をしたいらしく、エルフ少女はブツブツと何かを呟いている。
「せっかくあの女がセッティングしてくれた舞台だ。せめて手土産の一つや二つや三つや四つ……」
少女はあぁもう!と大声を出し、結局動物綿飴を四種類購入していた。
ウサギ、ネコ、イヌ、カメ。
……カメ?
よくよく見てみれば、つぶらな瞳がチャーミングなカメの風船綿飴である。
「あれが《騎士公爵家》の隠し球ですか……」
「ああ。公爵家が雇っている剣客《冰魔の剣姫》だよ。冰力はまさしくエルフのものだし、ステータス鑑定でも間違いなく本物だ」
四種類の風船綿飴を持つ銀髪少女が、最強の剣士と呼ばれる少女。なんと16歳なのだという。
彼女の登場自体は予期していた。
闘技会の出場を辞退したため、埋め合わせということで闘技会の特別出演枠というものが設けられたようだ。ローレンティアの情報によると、どうやら剣舞が披露されるらしい。
なんとも騎士公爵家らしい対応の仕方だ。
たとえ闘技会で優勝できなくとも、彼女がひとたび会場で舞を始めれば一気に注目を浴びる。
突然の出場辞退で付いて回った嫌な噂も、これで一気に吹っ飛ぶだろう。
「話しかけるタイミングが難しいな」
いきなり話しかけるのは無粋だろうか。ドジっ娘の演出で、わざと転んで彼女にぶつかっても良かったかもしれない。こっちが男なら警戒されるだろうが、いまは見た目が少女だ。悪意さえ出さなければ、警戒を解いてくれるだろう。
「いや、やっぱり真正面から行こう」
今さら彼女の目の前で転ぶのは、もう無理だ。
ならば彼女の知名度を利用させてもらおう。
「あの、もしかして《冰魔の剣姫》さんですか……?」
第一印象は大切に。
できるだけ柔らかい笑みを心がけると、銀髪少女がこちらを向く。
じっくりと上から下まで確認している。
いまの自分は完璧な美少女に見えるはずだ。初見で男だと見破られるはずない。……おそらく。
「……ああ、そうだ」
──笑うと美しいな。
全体的に大人びた雰囲気を保っていた銀髪エルフだが、こちらが二人とも女だと分かると、意外にあっさりと警戒を緩めてくれる。
ボロを出さないよう気を付けるとしよう。
「ベルって言います。実は剣姫さんのファンなんです」
きらきらと目を輝かさせ、握手を求める。
慣れているのか、剣姫はすぐベルの手を握り返した。
「その風船綿飴、可愛いですよね。ボクも買ったんですけど、そんなにたくさんどうするんですか?」
「ああ、妹にあげるんだ。こんな子ども騙しじゃ、あの子は許してくれないかもしれないがな」
「喧嘩されたんですか?」
「ちょっとな……」
「へぇ……でも、気持ちは伝わると思いますよ」
「そうだといいな……」
切なげな視線で風船を見る剣姫。
「ティア」
小声で耳打ち。
「予想通りだよ、彼女からフルーラとの契約冰術を感じる」
さきほど、彼女と握手して悟った。
《冰魔の剣姫》は魔女フルーラと契約冰術を結んでいる。詳しい詳細までは分からないが、彼女が聖剣闘技会に出場しないという内容で間違いないだろう。
フルーラが冰魔の剣姫に接触したというのは、高位探知することによって分かった。フルーラがセシリアのために、自ら進んで剣姫に会いに行ったとは考えられない。彼女は何らかの報酬を得ることによって、初めて行動を起こす人間だ。
となれば、ユナミルが住んでいる710階層にも出向いていたことを考えると、ユナミルか、あるいはユナミルの母がフルーラに何らかの話を持ち掛けたと予想できる。
あれだけセシリアと仲の良かったユナミルが、なんの理由も説明せずセシリアとの共同訓練を休んだのだ。十割の確率で、フルーラとの契約冰術に後ろ髪を引かれたと思っていいだろう。
ここまでは、ベルティスにとっても非常に都合の良いシナリオだ。こちらが手を下さずとも、最強の剣士が出場を辞退したのだから、セシリアは純粋な力で優勝を目指すことができる。
分からないのは、魔女フルーラがどんな手で剣姫を辞退させたのか、だった。
フルーラが何らかの冰術で洗脳をしたり体を不調にさせたりして、半強制的に辞退へと追い込んだわけではないのは、目の前に本人がいる時点で明らかだ。
つまり、剣姫が自ら進んで辞退を申し出たのだ。
ではなぜ? フルーラは巧みな話術で彼女の辞退を進言したのか?
否、確かに話術も含まれるだろうが、契約冰術という具合から交換条件というのが導き出される。
──剣姫は自ら出場を見送るかわりに、フルーラになにかを求めた。そしてフルーラはそれを受け入れた。
これがコトの真相だろう。
「──そうだ、剣姫さんって……本当のお名前はなんと仰るんですか?」
彼女といれば、必ずどこかでフルーラが出てくるはず。
そのために、できるだけ彼女の傍にいなければならない。
「私の名前か?」
「ええ。冰魔の剣姫さんって名前はよく回ってますけど、正式なお名前は知らなくて」
ほんとは知ってるけど。
「私の名前はエルリアだ」
「エルリアさんっていうんですね。いまお暇ですか?」
「ま、まぁ。妹にあげる品物も決まったしな」
「エルリアさんにお願いがあるんです。ぜひ、ボクと勝負してください!」
我ながらよく回る口だと感心してしまう。
強く押せば折れてくれるだろうと、しつこく言い続けること数回。ついにエルリアは、甘える妹を見るような目で了承してくれた。
「私は自分の実力についてよく分かっているつもりだから言っておく。正直、あなたのようなか弱い女性に我が聖剣は使えない」
「ボクがか弱く見えるとでも?」
「私からすれば、な。それにあなたに、剣士は向いてないように思う」
「ほお、それは興味深い文言だね。聞いてもいいですよね、その理由は?」
「あなたがすでに冰力使いとして完成しているから。今さら剣士を目指すのは、せっかく完成した冰術の型が失われてしまう」
こちらが冰力使いだと見抜いてきたか。
さすがエルフ族だ。
「まぁ、私もそこまで人に嫌われたいとは思わない。その手合わせの申し出を受けよう。場所は……まぁ、ここ以外だな。広い場所を知っている、私について来い」




