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【完結】失われた都市ジャンタール ―出口のない街―  作者: ウツロ
五章 揃い始めたパズルの欠片
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97話 生産者

 夜になった。

 簡単な食事とわずかな休息を終えると、装備を点検する。

 ゴブリンの王国への潜入は夜明け前だ。

 ゴブリンは夜行性、どこかに潜み彼らが寝るのと同時に探索を始める算段である。


 持ち物は最低限にしぼった。

 わずかばかりの水と食料、一振りの剣、そしてゴブリンの歯である。

 とくにゴブリンの歯は生命線だ。いざとなったらこれに頼る。

 攪乱や戦いは召喚した彼らに任せ、わたしは逃げつつ探索していく形がよい。

 現地調達できるのも強みだな。

 倒したぶんだけ補充できる。なんともありがたいことだ。

 

「では、行ってくる」

「ええ」


 理解はしたが納得はしていないリンに口づけをすると、シャナと私の体をロープでしばった。

 浮遊の魔法は二つ同時に浮かせない。

 こうして縛って、ひとくくりにする必要がある。


 シャナが呪文を唱える。

 空を見上げると、無数の星がまたたいていた。

 もうすぐ夜明けか。次に見るのが最後の太陽にならぬように気をつけねばな。


 シャナの詠唱が終わると、体が羽根のように軽くなった。

 トンと地面を蹴り、崖のむこうへ身を投げる。

 我らの体はゆっくりと下へ落下していくのだった。


 どのくらい落ちただろうか。

 見下ろせど、下は真っ暗でよく見えない。

 このまま永遠に落ち続けるのではないかとも思えてくる。


「ね、パリト。ほんとうにジャンタールを出られると思うかい?」


 シャナの吐息が頬をくすぐる。

 闇の中。密着する美女と二人。悪くない。


「さあな、それは神のみぞ知るってやつだ。だが、いずれ体は大きくなる。小さくなった服をいつまでも着ているわけにはいかないさ」

「ふふ、アンタらしい物言いだね。アンタにとっちゃジャンタールも服と変わらないってことかい?」


「そうだ、変わらない。小さいと感じたら出るだけだ」

「えらい自信だね。出られないとはこれっぽっちも考えてないみたいだね」


「ああ、考えてない。出る方法は必ずある。すでにバラルドが証明済みだ。ようはそれに気づけるかどうかだ」

「そうね、たしかにそう」


 けっきょくのところ、答えは自分のなかにあるのだ。

 出られないと思えば出られないし、出たいと思うならばその方法を考えるしかない。


「不安なのか?」


 シャナはいつになく弱気だ。

 セオドアに仲間を取られたことがよほどこたえたと見える。


「まあね。わたしは国が欲しくてここに来た。でも、けっきょく仲間を失っただけ。なにしてんだろうって気にもなるよ」


 そうか、そうだな。

 夢の実現のため、シャナはムーンクリスタルを求めた。

 それが逆効果だったと思えば弱気にもなるか。


「ならば、なおさらムーンクリスタルを見つけねばならんな。それでお釣りがくるかどうかは自分次第だが」


 ムーンクリスタルに国をつくるだけの力があるかは分からない。

 しかし、出たいという意思の後押しにはなるかもしれない。


「見つかると思う?」

「見つけるさ、必ず」


 ムーンクリスタルを見つけたとき出口は開かれる。

 根拠はないが、そんな気がしている。


「ふふ、頼りにしてる」


 ここで、トンと足が地面についた。

 到着だ。

 もう我らはゴブリンの王国の中にいる。


 周囲を見回す。

 誰もいない。気配も感じない。


「シャナ、気をつけろよ。すんなりと階段まで辿りつけるとは限らない」

「ええ、わかってるわ。アンタも気をつけて、パリト」


 お互いを縛っているロープを解くと、シャナは呪文を唱えて大地を蹴った。

 彼女の姿は、すぐに闇に溶けて見えなくなる。

 さあ、わたしも行くか。

 太陽はまだのぼっていないけれども、行動を開始することにした。



――――――



 リーン、リン。

 虫の音が聞こえる。まだゴブリンの姿は見えない。

 妙だな?

 夜行性にしては静かすぎる。ここには数千を超えるゴブリンが生息しているはずだが。


 崖の上から見えた住居はまだ先の方なれど、あまりに気配がない。

 不審に思いつつも身を低くして進んでいく。

 周囲は草が生い茂っており、わが身をうまく隠してくれた。


 ふと、頬に草が触れた。

 そこである違和感に気がつく。

 草を手にとると、星明りに照らした。


「麦……か?」


 茎の先端に縄の目のように実が集まる。

 まさに麦そのものだった。


 どういうことだ?

 野生の麦にしては不自然だ。

 周囲には雑草がほとんど生えておらず、ただ生い茂る麦が広がっているのだ。

 自然ではありえない。

 誰かが手を入れない限りは。


 さらに進んでいく。

 麦畑を抜け、土が露出する場所へ。

 今度の違和感は足元から伝わってきた。

 大地が柔らかい。これは誰かに掘り返された後だ。


 ツンと青臭い匂いが鼻を突いた。

 この匂いには覚えがある。

 少し進むと同じ植物がいくつも生えそろっている場所に出た。

 植物には未熟なれど実がいくつかなっている。

 その実の形、間違いない。トマトだ。


 チーンと間の抜けた音が響いた。

 この音にも聞き覚えがある。

 

 音はもっと先から響いているようだった。

 確かめねばなるまい。

 おそらく、これで謎が一つ解ける。


 しばらくすると、なにか見えてきた。

 光る壁に向かって並ぶ人の影である。


 影は人ではなかった。

 二本足なれど背中は丸まり鼻も尖る。大きく裂けた口は耳にまで達しそうだ。

 ゴブリンだ。


 どうもゴブリンは順番を待っているようで、行儀正しく列を作っている。

 妙だな。彼らはもっと粗野だと思っていたが。

 列をなすゴブリンたちは皆、カゴのようなものを持っており、その中にはトマトやらキュウリやらジャガイモやら見慣れた作物が入っていた。


 またチーンと音が鳴った。

 先頭のゴブリンが列から抜け、どこかへ去っていく。

 その手のカゴには作物が入っていない。


 やはりそうか。

 注意深く観察すると、ゴブリンたちは壁についた扉の中に農作物を放り込み、代わりにジェムを得ていることが分かった。


 なるほど、これは労働なのだ。

 作物を栽培し、対価を得る。

 もちろん、対価とはジェムだ。彼らは通貨の概念を持っている。


 驚きだ。

 通貨の概念を持っていることじゃない。彼らが農業をしていたことでもない。


 ずっと疑問があった。

 街ではジェムを入れれば作物がでてくる。

 その作物は誰が作っているのかと。


 そうなのだ。あの作物はぜんぶ、ゴブリンが作っているのかもしれないのだ。

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殺人鬼がパンデミックの謎にせまる物語です 殺人鬼アダムと狂人都市
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