79話 廃坑の中
トロッコが来た方角に線路をたどっていくと、崖にポッカリ空いた穴を見つけた。
フェルパの言っていた廃坑だ。
穴は崩れないよう木で補強されている。
とはいえ、長い年月放置されていたのだろう、木はかなりの部分が朽ちていた。
「落盤には気をつけろよ」
フェルパはそう言うが、気をつけようがないのが正直なところだ。
危険を感じたらすみやかに脱出する、ぐらいしか手立てがない。
ランタンを灯すと中へと入っていく。
周囲には打ち捨てられたツルハシや古びた木箱などが転がっていた。
どちらもチリが積もり蜘蛛の巣が張り、持ち主などとうの昔にいなくなったことを物語っていた。
「アッシュとリンは火おこしの準備だ」
古びた木箱を指さして言った。
濡れた体のままでは体温を奪われる。体を乾かし温めねばならない。
ちょうど濡れていない木材がある。あれを使わせてもらおうじゃないか。
「フェルパはわたしと奥の確認だ。誰もいなければよし、魔物がいれば倒すか逃げる」
手袋の持ち主を見つけるまで探索する、そう言いたいところだが、そこまでする必要はないだろう。
アシューテならば何か目印を残しているハズ。
出入り口にはそれらしきものはなかった。奥をザッと確認する程度で十分だ。
あとは休息時の安全確保と魔物の質と数、天秤にかけて決めればいい。
――――――
坑道は広く、高さもそれなりにある。
フェルパと二人、身をかがめることもなく進んでいく。
中央にはトロッコの線路がずっと奥へと伸びている。雨風にさらされていないせいか、比較的きれいな状態であった。
「フェルパ、この坑道の先はどうなっている?」
フェルパの口ぶりでは以前来たようだった。
知っていれば助けになる。
「たしか二股に分れていたはずだ。片方は途中で行き止まり、もう片方はずっと奥に続いている感じだな。続いている先がどうなっているかは俺も分からねえ。ちょっと立ち寄っただけだからな」
そうか、いまの我らと同じように体を休めるために使ったか。
ならば知らなくても当然か。確固たる目的がない限り、廃坑の奥など探索しても意味はない。
しかし、地下五階がこれだけ広いと探索が大変だな。
手がかりでもなければ、ムーンクリスタルなど到底見つけられないだろう。
結局のところ、研究者であるアシューテを見つけるのが、ムーンクリスタルを見つける最も近道ではないか。
彼女を見つければ、ムーンクリスタルの場所も目星がつく。
そんな気がしてならない。
そう考えると、たとえ広くとも足跡が残る地下五階は、むしろありがたいのかもしれない。
「なあ、大将。言っちゃあ悪いが、誰かいたとしてももう生きてないと思うぜ」
フェルパが小さな声で語りかけてきた。
坑道内はシンと静まり返っている。フェルパの声は思いのほか響いた。
確かに人がいるなら静かすぎる。彼の言うように手袋の持ち主が生きている可能性は低いだろう。
だが、私にとってそれは、もうどうでもいい。
アシューテさえ見つかれば、手袋の持ち主がどうなろうが知ったことではない。
アシューテの足跡を探す、そちらにすでに私の心は切り替わっている。
見ず知らずの誰かをワザワザ助けに行くほど私はお人よしではない。
むろん、目の前で助けを求めていれば、その限りではないが。
道はゆるやかな下り坂になっていた。
トロッコの線路も真っすぐ続いている。
やがて道は二股に分れた。線路は左の道へ続いているようだった。
「どっちへ行く?」
「右だ」
フェルパの問いに即答する。
探索するなら、まずは行き止まりからだ。
フェルパはどちらが行き止まりかは言っていなかったが、おそらく右が行き止まりだろう。
線路は左へ伸びている。
ならば奥へと続くのは左。
掘った鉱石を運ぶためのトロッコだ。行き止まりにつなげる意味はない。
右の坑道を進んでいく。
行き止まりといえど、それなりに深く、けっこうな距離を歩いた。
アシューテの痕跡はなにも見つけられない。
手袋の持ち主らしき姿も。
「誰もいねえな」
「そうだな。――いや、待て」
なにか聞こえた。
立ち止まり、耳を澄ます。
「ぼそぼそぼそ」
たしかに聞こえた。
話し声だ。
だが、小さすぎて聞き取れない。
フェルパと顔を見合わすと、武器を構え奥へと進んでいく。
「どっちだ」
「この……さきは……」
「誰も……」
進むにつれ声がはっきりしてきた。
複数人の話し声。
しかし、なにやら違和感がある。
なんだ? この違和感は。
そうこうしているうちにやや広い場所へ出た。
奥は暗くて見えないが、横幅はこれまで進んできた道の五倍はある。
地面は妙に白く、まだら模様になっていた。
何かが堆積しているのか?
その白い何かは奥へ行くほど増えているようで、左の壁際には大きな山がいくつもできていた。
「オイ、マズイぞ。コイツはマイコニドだ」
フェルパがそう声を発した瞬間、白い山が身を震わせた。
粉が飛び散り、人の形が現れる。
背はわたしよりやや低いぐらい。手足はボコボコと水ぶくれのように膨れ上がっている。
頭には円筒形の傘。
顔は目鼻口の位置に大きな穴が開く。
「またか」
その穴はグリャリと歪むと言葉を発し始める。まるでナナシのように。
「来てくれ。こっちだ」
「これはなんだ」
「奥はどうなっている」
ヨチヨチと歩きながらこちらに向かってくるキノコそっくりの人型。
わたしはウンザリした表情を向けると、スローイングナイフに手を伸ばした。
「胞子を絶対吸い込むんじゃないぞ」
「心得た」
フェルパの言葉に手をとめる。
ならば攻撃より逃げるべきか。
スローイングナイフは投げずに、きびすを返した。
――だがその瞬間!
「パリト……待って、私よ」
その声に凍りつくのだった。