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75話 初めての狩り

「あ! また逃げた」


 クロスボウを構えたアッシュが肩を落とした。遥か前方には遠ざかっていく鹿に似た生き物が見える。

 失敗だな。私はアッシュの肩をポンと叩くと、狩りには失敗がつきものだとなぐさめた。


「あいつらすぐ逃げるから狙えないよ」


 いまはアッシュと狩りの真っ最中だ。

 精霊を倒したわれらは川沿いに南下し始めた。どうせならついでに狩りの練習でもしておこうとなったのだ。

 今後を考え、彼にはしっかりと技術を習得してもらう必要がある。

 ここから先は自然にどう対応するかがカギとなるだろう。

 飢えや渇きだけでなく、天候やら地形の活用など学ぶべきはたくさんある。

 そこで、まずは狩りだ。

 携帯食料はあるとはいえ、現地で調達できたほうがいい。

 なによりジャンタールを抜ければ、あって損はない技術だ。


「あたりまえだ。動物とは本来そういうものだ」


 逃げるものを追うから狩りなんだ。

 野生動物は危険を察知すると瞬時に逃走する。

 こちらを見たら嬉々として襲ってくる魔物とは違う。

 それをどう狩るかが狩りなのだ。


 しかし、ここは本当に迷宮の中なのだろうか。

 太陽があり木があり水がある。花もあれば虫もおり、鳥もいれば獣もいる。

 魔物がいることをのぞけば、まさに外の世界となんら変わりない。


「もう少し近づければなあ」


 アッシュはボヤくがしかたがない。

 狩りとは距離の探り合いだ。

 逃げる側はこの距離までなら大丈夫だといった独自の距離感があり、狩る側はいかにしてそれをかいくぐるかが勝負となる。

 射撃の腕だけでは決まらない。それが狩りの難しいところだ。


「じき慣れるさ」


 経験さえ積めばアッシュは十分こなせるはずだ。

 むしろ私より上手くなるかもしれない。出会ってさほど時間は経っていないが、彼を見ているとそう思えてくる。


「そうかなあ。自信ないや」

「自信なんてもんはやってりゃ勝手についてくる。それよりアッシュ、これを見ろ」


 そう言って地面を指さした。

 こげ茶色の細長い塊がある。土ではない。動物のフンだ。


 枯れ木を使って中身を確認する。

 植物の繊維が多い、匂いも草に近い、草食動物のフンと見て間違いないだろう。


「ウンコ?」

「そうだ」


 迷宮ではフンなど残らない。

 そもそも魔物がフンをするかどうか定かではない。

 しかし、地下五階以降では違ってくる。

 動物は食事をとり排泄する。魔物も同じだ。

 少なくともゴブリンはそうだ。村の中を探索したときそれらしきものを確認した。


「アッシュ。排泄物は狩りでは重要な手がかりだ。食性や行動パターン、様々なものが分かる」


 周囲を眺める。左右に横断する獣道らしきものが確認できた。

 ここを通って川に水を飲みに行っているのだろう。


 近くにある木を調べる。

 幹に何か削ったような跡がみられた。

 ツノか。

 おそらくツノで傷をつけて、縄張りを主張しているのだ。


「アッシュ、これもよく見とけ」


 そう言ってカバンから糸を取り出した。

 黒くて強靭な糸。ジャンタールに入る前から持っていたものである。


 これで跳ね上げ式のワナを作る。

 まず、糸で大小二つの輪を作り、小さな輪に大きな輪をくぐらせる。

 つぎに地面に突き刺した二本の棒に引っかけた枝、若木をしならせた先端、それぞれに糸を絡める。

 この若木が戻ろうとする力と引っ掛けた棒の力の均衡を獲物が崩した時、大きな輪が獲物の体を締め上げるという単純な構造だ。


「え~と、これをこう?」


 実際にアッシュにやらせてみたらユルユルのワナができた。

 これじゃ獲物を引っかけられない。ワナとして不完全である。


 まあ、いいか。

 どうせ人間の匂いが残っている間は動物は寄り付かないだろう。

 練習と割り切るべきである。


「いいぞ、その調子だ。もう何か所か作っておこう」


 そう言ってワナをいくつか設置すると、場所を移動していった。



 ――いた!

 木の根元、こげ茶色の体毛に覆われた四足歩行の動物を発見した。

 イノシシか?

 向こうはこちらに気付いていない。

 アッシュに合図を送り風下へと回る。そして、そろりそろりと獲物との距離を詰めていく。

 イノシシは嗅覚は優れているが目は悪い。あとは音に気をつけさえすれば鹿より接近できるだろう。

 

 しかし、大きいな……。

 鼻で地面をほじくるイノシシの体長は私を越す。体重は二倍を下らないであろう。

 また、下顎から伸びた牙は長く鋭い。


 まさか魔法を使ってこないだろうな?

 見た目はイノシシだが、べつの生物とも考えられる。

 最悪を想定して後手を踏まないように注意せねばならない。


 アッシュに合図をする。

 まずはクロスボウの矢を射る。

 それで仕留められなければ、私が剣で対処することになるだろう。


 アッシュ、分かっているな。狙うのは首だ。

 頭部は固い頭蓋骨ではじかれる可能性がある。

 心臓も悪くはないが、イノシシを裂いたことがなければ正確な位置を見極めることは難しいだろう。


 胴体はなるべく狙うなよ。

 胃、腸などの消化器系を破壊すれば肉を排泄物で汚染させてしまう。

 それに、胴体では一撃で仕留められない。反撃や逃走されてしまえば極めてやっかいだ。


 パシュリ。アッシュの矢が飛んだ。

 それはイノシシの頭部に吸い込まれるように突きささった。


 見事。

 はじかれることの多い頭部だが、アッシュはきれいに貫いて見せた。

 やるな。自信があったのか、それとも外した結果か、いずれにせよ命中させたことを褒めるべきだ。


 グラリとイノシシはバランスを崩す。

 ――しかし。

 イノシシは四肢を踏ん張り持ち直した。


 あの傷でか!?

 イノシシはゆっくりと首を左右に振り、矢を射かけた人物を探しはじめる。


「ゲッ!」


 アッシュと目が合っていた。

 イノシシはフシューと一息吐くと、アッシュ目がけて突進を開始した。

 あれを喰らったらオダブツだな。


 すでに剣を抜いていた私はアッシュとイノシシの間に入ると、すれ違いざまにその首をはねた。


 イノシシは首のないまま数歩走ると、足をもつれさせるように地面へと倒れた。


「あっぶな!」


 アッシュは無事である。


「上出来だ。初めての狩りでこんな大物をとらえることなんてそうそうないぞ。リンとフェルパに自慢できるな」


 リンとフェルパは今日の野営の準備をしている。

 川の先は支流へと分岐しており、そこならあの蛇も入ってこられないだろうと、野営場所に決めたのだ。

 イノシシの血抜きもしなきゃならない。

 そういった点を考えても最適の場所だ。


「最後おいしいとこ持っていったクセによく言うよ」


 アッシュはなにか言っていたが、顔はとても満足しているように見えた。

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殺人鬼がパンデミックの謎にせまる物語です 殺人鬼アダムと狂人都市
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