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56話 ネルガルの腕

 けっきょくフェルパを仲間に迎え入れることになった。

 自業自得とはいえ、あまり良い気分ではない。ヤツはどうにも信用できないのだ。

 ウソを言っている風ではない。だが、なにか隠しているような気もする。重大な何かを。

 そこがどうにも気がかりなのだ。


 とはいえ、ヤツの言うようにこれからが本番ならば、戦力の強化はどうしても必要になる。

 経験と力、フェルパがどちらも持っているのは間違いないのだ。


「で、大将、今日はどこへ行くんだ?」


 そのフェルパがなんとも軽いノリで聞いてくる。

 どうにもウサンクサイ。コイツは本当に騎士だったのか?


「ラノーラのところだ。見てもらいたいものがある」


 昨日は時間がなかった。今日は開店と同時に訪ねるつもりである。


「ねえ、大将ってアニキのこと?」


 ここでアッシュがフェルパにたずねた。

 うむ、そこは正直私も気になっていた。


「もちろんだ。なにせ、パリトじゃねえって言われちまったからな。これなら、合ってても違ってても問題ないだろう?」


 ほら、こういうところだ。

 この手の人間は本心を隠すのが非常にうまい。いまいち信用できないゆえんである。


 そうこうしているうち『MAGIC』と書かれた扉へたどり着いた。


「いらっしゃい」


 薄暗い店内に入ると、胸元を強調したドレスの女が挨拶してきた。女店主ラノーラだ。

 私は軽く頷きで返すと、魔法の書をテーブルの上に乗せた。


「あら、凄いわね。こんな短期間に二つも魔法の書を見つけるなんて」


 ラノーラは少し関心した風に言うと、魔法の書に手を伸ばす。


「いいかしら? 中を拝見しても?」

「もちろん。だが、その前にこちらを見て欲しい」


 そう言ってネルガルの腕をテーブルの上に乗せた。

 その瞬間、ラノーラの動きがピタリと止まった。


 ――しばしの無言。

 やがて、ラノーラは気持ちを落ち着けるかのように深呼吸すると、口を開く。


「これはネルガルの腕ね」

「ネ……なんだと!」


 とつじょ後ろから身を乗り出してきたのはフェルパだ。

 邪魔だな。私はフェルパを後方に押し返すと、ラノーラになぜ分かるのか尋ねる。

 誰も倒したことがなければ、これがネルガルの腕と分かるはずがないのだから。


「ちょっと、待ってて」


 ラノーラはそう言うと、後ろの棚から一冊の本を取り出した。

 そして、パラパラとめくり出す。


「あった。ここよ」


 ラノーラが指さしたページには、まさに私が迷宮で戦った鎌を持ったガイコツの姿が描かれていた。次のページには、拡大された腕だけの絵も。


「あ、こいつだよ! アニキが倒したの!!」

「わたしが見た本とは違うけど、確かにこれだわ」


 アッシュとリンが続けて言う。

 やはりネルガルで間違いないようだな。しかし、いくら本に記されているとはいえ、その内容が真実とは限らない。

 依然として、なぜ誰も倒していないのに記録が残っているかの疑問が残る。

 

「倒した? 倒したっておま――」


 ふたたび前へ出てこようとするフェルパを押し返すと、「ネルガルとは本当に誰も倒したことがないのか?」とラノーラにたずねた。


「……いいえ、文献によると二度倒されているわ。一度ははるか昔、くわしい記録が残る前の話ね。つぎが約120年前、バラルドという人が倒したと記載されているわ。そのときの内容の一部を転記したのがこの書ね」


 そう言ってラノーラは目の前の書を指さす。

 なるほど、二度倒されているなら、書かれている内容にも十分信ぴょう性がある。


「で、この腕はどう使えばいいんだ?」


 迷宮で消えずに残ったのならば、何か使い道があるはずだ。

 ここは、そういう風にできている。


「ここに呪文が刻まれているわ」


 ラノーラが指さしたのはネルガルの手首の部分、よく見れば文字に見えなくもない凹凸がある。もちろん、なんと書いてあるか分からない。


「なんと?」

「『魂の運び手ネルガルよ。腕を返して欲しくば我が望みを聞け』よ。これはネルガルを呼び出す呪文だわ」


 ネルガルを呼び出す? あのバケモノをか?

 もし使役できるのなら、すさまじい戦力になるだろう。

 これは、もしや、フェルパは、いらなかったのでは?


「望みとは、なんでもいいのか? 連れまわし戦わせることも可能か?」

「なんでもいいかは分からないけど、戦わすのは可能みたい。実際にバラルドはそういう使い方をしたって書いてあるわ。でも、一度きり。ネルガルは願いと引き換えに腕を受け取ると、それっきり現れなかったって」


 なんと!

 一度きりか。そいつは扱いに困るな。

 えてしてそういうものは出し惜しみしたまま使わずに終わるものなのだ。

 やがて、持っていたことすら忘れてしまう。そんなものなのだ。


「買取は可能か?」


 値段によっては売ってしまった方がいい。

 出し惜しみするものより、使用頻度が高いものの方が価値はある。


「う~ん、買取は難しいわね。これは倒した本人にしか使えないらしいの。珍しいものを欲しがる人は高値をつけるかもしれないけど、ちょっと心当たりはないわね」


 そうか。使えないとなると価値はグンと下がる。

 壺や絵画などの調度品は、あるていど平和でないと価値が出にくい。

 常に死と隣り合わせのジャンタールで使えないネルガルの腕を求める者は多くないのかもしれない。


「これは持っておくことにしよう。では、魔法書の方を頼めるか?」

「ええ」


 書の封をとき、中身を黙読していくラノーラ。

 その後、彼女から発せられた言葉は「ゴブリン召喚ね」だった。


 ゴブリン召喚? あのケモノどもを呼び寄せる呪文か?

 ふむ、コイツは面白い。

 問題は誰が習得するかだが……。


 その時、背後から声が聞こえた。


「ねえ、パリト~」


 振り返るとリンが腰をくねらせてもたれかかってきた。

 その手には乗らん。この魔法は私が習得する。


 ラノーラの説明によると、触媒に対してこの魔法を唱えるとゴブリンが生まれ、一定時間自由に操れるのだとか。

 その触媒とは歯だ。ゴブリンの最も発達した犬歯がそれにあたる。その歯に向かって呪文を唱えて地面にばらまくと、歯の本数と同じ数のゴブリンが土より生まれるのだ。


 なるほど、歯か。フフフ、次の目的地が決まったな。

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殺人鬼がパンデミックの謎にせまる物語です 殺人鬼アダムと狂人都市
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