44話 死闘
後方にはコボルドの群れ。前方も白いコボルドに率いられた群れがいる。
そして、さらに奥、ローブを纏った不気味な人影がいた。
「スペクターだ……」
こいつはマズイぞ。コボルドだけならまだしも、スペクターまで来るとは。
しかも、落とし穴の負傷で走れない、帰りのルートもわからないときてる。
震えるアッシュの声、それも当然のことと言えよう。
足跡を残したのはワナだったのか。こうなることを見越して待ちかまえていたのか。
白いコボルドをにらみつける。
全部おまえらが仕組んだことか? ご丁寧にスペクターまで連れて。
「なんで俺たちばっかり――」
「ウォ~ン」
続くアッシュの呟きはコボルドの遠吠えにかき消された。
群れが一斉に動き出す。
歯をむき出しにして、我らの方へ駆けてくるのだ。
「リンとアッシュは後方を! 前方は私が!!」
あの数を彼ら二人で抑えられるか分からない。だが、託すより他はない。
私は前方の群れとスペクター。
なんとしてでも、抑えてみせる!
襲いかかるコボルドを振り下ろしの剣で頭部を粉砕。続いて迫るコボルドも横なぎの剣で切り裂く。
崩れ落ちる二体のコボルド。するとその体を踏み台にして二体が跳躍、飛びかかってきた。
すぐさま剣を跳ね上げ一体を切り飛ばし、もう一体も斬――クソ、間に合わん!!
すでにコボルドは剣の間合いの内側。腕をたたんで剣の柄で殴打、落ちたコボルドの首をボキンと踏み抜く。
一匹たりとも、ここより後ろには通さん!!
息つく暇も無く、次々と押し寄せるコボルド共。仲間の死などお構いなしだ。
私は激しく剣を振るう。目に映る物を片っ端から切り裂いていく。
十匹以上は切ったであろうか、押し寄せるコボルドの圧力が少し弱まったように感じた。
前方を見すえる。やや遠くに見えるのは白いコボルド、そしてスペクター。
どちらも戦いに参加する素振りは見られない。
なにを考えている? 白いコボルドはいつものことだが、スペクターまで高みの見物とは。
その時、背後に気配を感じた。
振り返ると同時に左のコブシを繰り出す。
メリリと骨を砕く感触が伝わった。
コボルドだ。背後より忍び寄って来たのであろう私のコブシを受けて吹き飛んでいく。
二人では抑えきれなかったか。
見るとアッシュとリンはコボルドに半包囲されている。
傷こそ負っていないものの、おのれの身を守るだけで精一杯といった感じだ。
やむを得ん! 手を貸す!!
私は素早く反転、アッシュに纏わりつくコボルド数体を切り飛ばす。
しかし隙を見せた私の背後より襲い来るコボルドに足を噛まれる。だが、鉄板入りのブーツ、歯は通るまい。
後ろを見ずに剣を一閃。手応えはあったが敵は足に噛みついたままのようだ。コボルドの重みで足が鈍る。
だが、知ったことか。
私は気にせず剣を振るう。
ときおり背後からナイフで切り付けられそうになるも、躱すと同時に剣を振るいコボルド共を蹴散らしていく。
何度剣を振るっただろうか、コボルド共からお互いを守るように戦っていると、いつの間にやら壁際のロバに背を向け三人で円陣を組んでいた。
……ちらりと足元を見る。足首に喰らい付いたまま離さぬ、胴体の半ばで切断されたコボルドと目が合った。
フーと大きく息を吐く。
仲間の被害はどうか? 素早く目線を移し確認する。
アッシュもリンもいくらか噛まれたようで血を流している。が、リンは軽症のようで動きが鈍っている様子はない。だがアッシュは肩で息をしており疲労がだいぶ溜まっているようだ。
グルルルとコボルドの唸る声が聞こえる。
完全に取り囲まれてしまった。
かなりの数を斬ったはずだが、まだまだ敵の数は多い。
しかし、気になるのはスペクターの存在だ。白いコボルドと同様、いまだ戦いに参加しようとしない。
これ以上コボルドの数が減れば、なんのためにきたか分からないではないか。
それともスペクターがいるのはただの偶然か?
いや、そんなはずはない。そんあ都合の良い解釈などする気にならない。
どうする?
やつらが何かを待っているなら、時間が経つとさらに追い込まれることになる。
幸い、スペクターに有効とみられる銀のスローイングナイフが何本かある。
強硬突破し、白いコボルドとスペクターを狙うか?
だが、その場合、走れぬアッシュとロバがどうなるか分からない。
――その時、不意に今朝見た夢が頭をよぎる。
「あなたを縛る枷はいずれ貴方の命を奪うことになるのよ」
フン、糞くらえだ。
頭を振ってくだらない考えを消し去ると、仲間と連携しながら戦いを続けていった。
コボルドの心臓を剣で貫く。
残すコボルドはあとわずか。リンもアッシュもさらに傷を負ってはいるものの、致命傷には至らない。
このままいけば、乗り切れそうだ。
群れは、ただ愚直に突進してくるだけであった。
周囲にはコボルドの死体が散乱している。
遠くで戦いを見守るのは白いコボルドとスペクターだ。
なんとも不気味にうつる。なにを考えているのかまるで見当もつかない。
このような戦いでは、コボルドをムダに死なせるだけではないか。
――そのとき、床に散らばったコボルド共の死体が一斉に黒い霧となった。
それは、渦を巻くように通路をグルグルと回りだす。
……何!?
その渦の中心に、いつのまにやらスペクターがいた。
これは!!
黒い霧はスペクターの体へ吸い込まれていく。
それにつれてスペクターの体はどんどん大きくなっていた。
吸収しているのか!?
背筋をゾワリとしたものが走る。
あれはマズイものだ。理由は分からないが私のなかの何かが警告を発している。
「させるか!」
銀のスローイングナイフをスペクター目がけて投擲。と、同時に走り出す。
キンッ。
だが、投げたナイフは弾かれ横へと飛んで行く。
弾いたのはスペクターの持つ巨大な鎌。
怪しく光る三日月状の刃が、私のナイフを弾き飛ばしたのだった。
クソッ、そんな大きな鎌なんぞどこから取り出した!
私はこれ以上霧を吸収させまいと、剣で切りかかる。
ギギン。
剣と鎌が交錯した。私の渾身の一撃をスペクターは受け止めたのだ。
繰り広げられる鍔迫り合い。
視線がまじわる。
私は見た。フードの中の暗闇にポカンと浮かぶしゃれこうべ。
その窪んだ眼窩に揺らめく青い炎を。