32話 戦利品
床に散らばった宝石を集めていく。それとハンマーもだ。
このハンマーは狂信者の死体が消えても、しっかりと残っている。
一本もムダにはできない。
これが我らの生活の糧なのだから。
しかし、アッシュのやつ、よくやってくれた。
逃げるインプをみごと仕留めてみせた。
戦いに参加できないなりに、自分にできることを考え続けた結果だろう。
褒めねばなるまい。
「アッシュ、よくやった」
「あ、はい。ありがとうゴザイマス……」
ところがアッシュから返ってきたのは、やけに歯切れが悪い反応だ。
なんだ? 照れてるわけでもなさそうだが。
戦利品を拾う手を止めてアッシュを見る。
「いや、あの、アニ……パリトさんの顔にべっとりとさ。血が」
そうか、返り血を結構浴びてしまったからな。私はカバンからてぬぐいを取り出し、水筒の水で濡らすと顔についた血をぬぐっていく。
しかし化け物は死ぬと消えるが、付着した血液は消えないのか。何ともおかしな話だ。
それにしてもアッシュに初めて名前を呼ばれた気がする。敬意の表れでは……ないだろうな。
てぬぐいをしまい、再び戦利品を集めていく。
ふとその中に黄色の宝石と書簡を見つけた。
黄色の宝石は十ジェム。恐らくインプが残したものであろう。ではこの書簡は何だ?
手に取って眺める。
横長の羊皮紙を巻いたもので、ところどころ変色している。
かなり古い年代の物のようだ。
王族や貴族がだすものによく似ている。
だが、開かぬようヒモで縛られているのみで、蝋で封じられた印、いわゆる封蝋はなかった。
これは何であろうか? アッシュなら知っているかもしれない。
見やすいように書簡を掲げ、これが何か分かるかと尋ねてみた。
するとアッシュは私の呼びかけにビクッっと肩を震わせると、ぎこちなくこちらに顔を向けた。
「そ、それ!」
彼は目を見開いた後、慌てて走り寄ってくる。む! もしや掘り出し物か?
「アニキ! そいつは魔法の書だよ!!」
彼は興奮した口調で私から書簡を奪うと、しげしげと眺めている。
敬語は何処へいった? 呼び名もアニキに戻っている。おまえ、変わり身早すぎないか?
まあ良い、この方がアッシュらしくていいだろう。
しかし『魔法の書』か。魔法……魔法……。魔法?
――――――
ガラガラと音を立てて通路を歩く。大量の戦利品をたずさえての帰還だ。
今回の探索は非常に有意義だった。これでとうぶん、食にも宿にも困らないだろう。
横をあるくアッシュも、たいそうご満悦だ。
……だが、私の気持ちは晴れない。
原因はこれだ。腰に括り付けた黒い糸、その先に連なる巨大なハンマーたち。
戦利品が多すぎたのだ。
背負い袋はとうに満タン。抱えられる荷物には限りがある。
ゆえに、こうしてハンマーを糸でくくり、引きずるしかないのだ。
ガラガラガラ。
歩くたび、ハンマーが床に擦れて大きな音を立てている。
「おい、あいつ迷宮耕してやがるぜ」
すれ違いざまに心無い言葉を投げられる。
なんたる屈辱。農耕馬扱いとは。
やはり運搬用の動物、並びに最低あと一人仲間が欲しいものだ。
やがて迷宮をぬけ、街へともどる。
まずはこの厄介な戦利品を換金すべく、武器屋を目指す。
向かった先は『WEAPON』と描かれた扉だ。ドアノブを捻り中に入ると、二の腕の逞しい短髪の男が目に入った。この店の主だ。
そして、他に武装した人々の姿もあった。なにやら壁際で作業をしているようだが。
そのうちの数人と目が合った。
彼らにはこちらを警戒する素振りが見られる。どうやら作業を邪魔されないように見張っているようだ。
そして、その作業はというと、壁にある扉の中へなにかを放り込んでいる。
使い古された武器、防具だろうか?
なるほど、戦利品だな。
われらと同じく迷宮へと赴き、そこで獲た品を扉の中へと放り込んでいるのだ。
だが、なにゆえそんな所に戦利品を入れるのであろうか?
「アニキ、こっちだ。そんな所に突っ立ってないで来てくれ」
アッシュの呼びかけに応じて、そちらへ向かう。
「ここでお金に換えるんだ」
アッシュが指さしたのは壁際にある扉。なんでも換金箱と呼ばれる物で、中にいれた物をジェムに変えてくれるのだと。
う~む、店主が目利きして買い取り金額を決めるわけではないのか。なるほど、常に一定の金額で取引が成立するのはこのようなカラクリがあったからか。
しかし誰が判断を下しているのだ? そして判定方法は? 重さか?
まあ実際にやってみるか。そうすれば何か分かるかもしれん。
換金箱とやらを覗きこんでみた。
中は意外と広い、三メートル四方の空間といったところか。がらんとしており、チリひとつない。
その中へとハンマーを一つ入れてみる。
これでいいのだろうか?
「アニキ、横の突起を押すんだ」
アッシュが指さしたのは、すぐ横にある突起。
赤色と青色と二つある。
どちらだ?
「こっちだよ」
アッシュはポンと青い突起を押した。
すると、突起のすこし上の部分。光る文字で20と描かれている。
「それが買い取り金額だよ」
なるほど。ではハンマー一個で20ジェムか。
たしかに実入りは悪くない。
「これで良ければ、もう一度青い突起を。換金したくないなら赤い突起を押すんだ」
そう言いながらアッシュは、ふたたび青い突起を押した。
チーン。
なんとも言えない人を馬鹿にしたような音がしたかと思うと、突起の少し下にあった握りこぶしほど大きさの窪みに、カランと黄色い宝石が二つ現れた。
終わりか? 早いな。
ではハンマーはどうなったのかと換金箱を見ると、ハンマーはキレイさっぱりなくなっていた。
う~む、不思議だ。
ふと考えた。もし、この中に人を入れたらどうなるのであろうか?
仮に私が入ったとして一ジェムとか出たら嫌だな。いや、どのような金額がでても換金などされたくはないが。
次は残ったハンマー七個を入れて青い突起を押す。
表示されたのは140という数字。ふむ、たしかに20ジェムが七個ならば140となる。
だが、なぜすべて同じ値段になるのだろうか?
ものには状態ってものがある。いい状態のものもあれば、悪い状態のものも。
それらは考慮されないのか?
気になったので、アッシュに尋ねてみる。
「アッシュ。買い取り金額は常に同じか?」
「うん、そうだね」
「壊れていてもか?」
「ううん。その場合はゼロだね」
「壊れていたらゼロか、世知辛いな。しかし、壊れるといっても程度があるだろう? 留め金がすこし外れたと完全にバラバラになってしまったは全然違う。壊れる壊れないの境界線はどこにある?」
「さあ?」
俺が知るわけないじゃんみたいな顔をするアッシュ。
いや、それぐらいは知っとけよ。
しかしまあ、それが当たり前として育ったならば、いかに異常だとしても疑問すら持てない……のか?
この後メイスを除いて、戦利品を換金していった。
剣で叩き割った盾以外は全て値が付き、合計346ジェムとなった。
これに化け物が残した宝石43ジェムを加算すると389ジェム。命を懸けた金額としてはどうなのか。
この後手数料とやらで、店主に二ジェム徴収された。大した金額ではないが、全ての作業をこちらがやったのにも関わらず手数料とはこれいかに。