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24話 逃走

 炎を消した?

 いや、消したというより吸いとったふうに見えた。

 これはまさか……。


「アッシュ、立て!!」


 三本目の松明に火を灯して投げる。

 こんなもの時間稼ぎにもなりゃしない。

 ふと、切り裂いたローブに目をむけると、それはひとつにまとまり、ゆっくりと盛り上がってきていた。


 クソッ!

 やはり倒してない。切り裂いたとて、しょせんその場しのぎだ!!


 アッシュの唇は真っ青、膝は震え、とても立ち上がれそうにない。

 どうする? 見捨てるか。

 さすがにアッシュをかかえて逃げるのはリスクがデカすぎる。


 ――フッ、いまさらだな。

 ここで見捨てるぐらいなら最初から助けたりはしない!!


 アッシュを肩に担ぐ。

 人の形をとろうとするローブを蹴飛ばし、部屋から飛び出した。

 幸いスペクターの姿は無く、ぼんやりと光る通路が、まっすぐと伸びるだけであった。


 出口へむけて走り出す。

 肩越しにアッシュの体温が伝わってくる。冷たい。

 そう、冷たいのだ。スペクターは相手の熱を奪うのであろう。このままではアッシュは死んでしまう。

 一刻も早く体を温めなければ。


 大丈夫だ、出口まではそう遠くない。

 右へ左へと通路を駆け抜けた私は、後方を確認する。

 スペクターは追ってきていない。アッシュと荷物を一旦下ろし、背負い袋から毛布を取り出した。


 アッシュの脈を見る。弱弱しいが止まってはいない。

 今度はアッシュを背負うと毛布でくくりつける。これならば温めながら運べる。

 アッシュと私、二人分の荷物をかかえると、また走り出した。



 ふうふう、さすがに息が切れる。この状態で敵に襲われるのは御免こうむりたいものだ。

 スピード保ったまま通路を駆ける。

 幸い魔物には遭遇することも無く、もうすぐ出口といった所まで辿り着いた。


 アッシュは大丈夫であろうか? 耳に意識をかたむける。

 呼吸音が聞こえた。まだ生きているようだ。一度下がり切った体温はすぐには戻らないが、激しく動く私と毛布が、なんとかアッシュの命をつないでいるようだ。


 ぐっ! とつぜん何者かに首を絞められた。

 見ると、そこにはスペクターの青白い腕。

 クソ! 斬り飛ばしたあの腕が、荷物のどこかに紛れ込んでいやがったんだ。


 急速に奪われる体温。体が硬直しだして動きがにぶる。

 このままでは危険だ。

 すぐさまスペクターの手を引き剥がそうとする。


 ベキリ。

 やや抵抗があったものの、スベクターの手は首から離れた。

 通路に投げ捨てる。

 おかしな角度で曲がるスペクターの手は、ぎこちなく指をくねらせていた。


 うしろの壁にシミがういた。

 それはすぐにローブを着た人の姿になる。


 スペクターだ。

 もう追いつかれたのか……


 そうか。コイツは真っ直ぐに進んできたのだ。壁をすり抜け最短距離でこちらへ。

 いかに速度で勝ろうとも、曲がりくねった迷宮ではヤツに軍配があがるということか。


 スペクターは落ちた手を拾うとこちらを見る。

 笑っている。

 顔も声もなくとも、たしかにそう感じた。


 やってくれたな!

 この雪辱は必ず晴らす。そう誓うと、反転して出口に向かって再び走り始めた。


 出口が見えた。そのまま止まらずに階段を駆け上がる。

 だが、体が重い。足を持ち上げるのが、こんなにも苦しいとは。

 奥歯がカチカチと鳴る。体温が低下したからだ。震えが止まらない。

 それでもなんとか階段を上り切ると、墓場を抜け街を走る。

 病院? いや、宿屋に向かう。ひどく眠い。考えがまとまらない。

 とにかく体を温めなければ。


 振り返るとスペクターは追って来ていなかった。迷宮から出られないのか、それとも見逃したのか。

 ――まさか地面をすり抜けて来ている? そうなっては打つ手が無い。


 やっとのことで宿屋に到着した。

 アッシュの顔を覗き込むと目が合った。どうやら間に合ったようだ。


 湯を沸かしアッシュに飲ませる。

 彼は最初自分で飲もうとしたが、震える手でコップを持つ事が出来なかった。


「アニキは……大丈夫なのか」


 かすれた声でアッシュが尋ねる。


「問題ない。もう温まった」


 私の体は人より頑丈にできている。ちょっとやそっとではくたばったりしない。

 だが、さっきのは危なかった。もうすこし長く掴まれていれば、おだぶつだった。

 逃げの一手を選んで正解だったな。

 

 しばらく風呂の湯をためておき、スペクターの襲撃にそなえる。

 数時間後アッシュは歩けるまで回復した。そして、心配したスペクターの襲撃はなかった。


「宿には入ってこない……と思う」


 遠慮がちにアッシュが言う。

 自信なさげだ。なにしろスペクターは逃げる相手を追わないと言ったばかりだからな。

 確信が持てないのだろう。


 しかし、まあここまでくる可能性は低いか。

 あんなものが街をウロウロしていれば、人などひとりも生きてはいまい。


 ここ、ジャンタールは危険な街だ。

 それでもルールのようなものを強く感じる。

 最低限の生存を認めるなにかを……。


 まあ、思い込みは禁物だな。現にスペクターはこれまでにない行動をしたようだし。


「アッシュ、メシでも食いに行くか」

「うん……」


 一階の食堂へとむかった。




――――――




 野菜スープを口に運び、串に刺さった肉をほうばる。

 アッシュはまだ食欲が湧かないようで、暖かい飲み物をチビチビと飲んでいた。


「ごめん、また助けてもらって」


 ふし目がちに話すアッシュに気にするなと伝える。

 反省は必要だが後悔はいらない。

 そんなヒマがあるなら次どうするか考えるべきだ。


 この迷宮は一筋縄ではいかぬようだ。

 もっと情報が欲しい。それにあと一人仲間を。

 ここは得体のしれないバケモノばかりだ。思いがけない攻撃にどうしても後手をふむ。

 それを跳ねのけるだけの手数が欲しい。


「アッシュ、仲間をつのる手段はないか? それと情報を集める場所も」

「う~ん、それならやっぱ酒場かな。情報交換の場にもなってるし、地下に潜る仲間もつどってる。でも、仲間は難しいんじゃないかな? たぶん上手くいかない」


「なぜだ?」


 仲間をつどっているのにうまくいかないとは、どういう意味か。


「う~ん……客層かな? あんまりガラがいいところじゃないんだ」

「ガラ? 迷宮に潜るものなど似たようなものばかりではないのか?」


 荒事をなりわいにしている者など、お世辞にも上品とは言えない。

 命を奪うことにちゅうちょするような者では、バケモノと対峙できないだろう。


「なんていうのかな……こっち側と向こう側というか、飲めるお酒と飲めない酒というか……」


 なんだそれ?

 まあ、なんとなくわからんでもないが。


「お前といた者たち――不慣れなものを襲って金品を奪うような者たちばかりということか?」

「あ、うん。そんな感じ」


 なるほど、理解した。


「昔はそうでもなかったんだけど、顔役みたいなのが変わってからそうなっちゃったみたい」


 顔役ねえ。

 とりあえず行ってみるか。

 実際に足を運ばないとなにも始まらない。

 探索の仲間はもとより、私はアシューテの情報を得なければならない。アッシュはあまり行きたくなさそうだが……。


 アッシュはアシューテのことを知らなかった。

 ならばアッシュが行きたがらない場所の方が情報を得られるのではないか?


 やはり酒場に向かおう。

 おっと今日の収入の配分をせねばならんな。稼いだ金額は18ジェムだ。

 取り分は私が12ジェムでアッシュが6ジェムとなる。


 懐から18ジェムを取り出しテーブルの上に置く。その内6ジェムをズズッとアッシュの目の前に押しやった。


「あ……」


 目の前のジェムを不安顔で見つめるアッシュ。どうした? ずいぶんしおらしいな。

 助けられたから遠慮してるのか?

 ……いや、違うな。役に立たないと放り出されると思ったか。

 急に仲間をつどう話をしたからだろうな。


 私はニヤッと笑うとアッシュの目を見る。


「新入りがきたからって先輩ズラするんじゃないぞ」


 おどけて言うと、彼は無言でうなずき目の前のジェムを握りしめた。

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殺人鬼がパンデミックの謎にせまる物語です 殺人鬼アダムと狂人都市
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