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148最終話 小さな声

 リンの傷は完全に癒えていた。

 手を差し伸べると、彼女はわたしの手をとった。

 大丈夫そうだ。血色もよい。これなら後遺症の心配もなさそうだ。


 装置から、そっと小瓶を回収する。

 リンを入れるとき、コッソリ忍ばせておいたのだ。

 治療薬が尽きていたからな。

 女との話が、この先どう転ぶか分からない。役に立つ場面があるかもしれない。

 ――まあ、心を読まれているから、どこまで意味があるか分からないが。



 リンと入れ替わりでシャナが装置に入っていった。

 つぎはアッシュが入る予定だ。

 

 女にはまだ聞きたいことがある。

 ちょうどよい時間調整となるだろう。

 リンを連れて女の前へと向かうと、ふたたびイスへ腰かけた。

 今度はテーブルの下でムーンクリスタルを握りしめておく。

 これも意味があるかどうか分からない。

 

「待たせたな」

「いろいろ苦労が絶えないわね」


 知ったような口をきいてくる女。

 いや、事実知っているのだからしかたがないか。

 だが、心に土足で踏み込まれているようでいい気分ではない。


「人のサガさ。アンタに知りたがりのサガがあるようにな」

「フフ、気分を害したかしら」


 まったく悪びれる様子のない女を見つめる。

 そして、女の戦闘力を測っていく。

 ……圧倒的だな。その気になれば、われらの肉片ひとつ残るまい。


「いいさ、お互い様だ。知りたがりなのは人も同じだ」

「そうね、質問があるなら受けつけるわ」


 まだ質問してもいいらしい。

 そりゃどうも。


「ならば、聞こう。セオドアはどうした? いや、やつをどうした?」


 わたしの予想では、セオドアはあの花畑に入った。 

 そして、やつはツボミからムーンクリスタルを取った。


 問題はその後だ。

 壁画通りなら、やつはもうここにはいない。


「ええ、あなたの想像通りよ。彼には異世界に旅立ってもらったわ」


 そうか、やはりそうか。


「残酷だな」

「そうかしら? 彼が望んだことよ」


 異世界には身ひとつで行かねばならない。

 武器も防具も、手にいれたばかりのムーンクリスタルすら持っていけない。


 やつの望みとは聞いてあきれる。

 到底やつが生きていけるとは思えない。

 壁画のように逃げ惑うのがオチだ。

 たとえ奇跡が起ころうとも、こちらに帰ってくることも不可能だ。


「自由を得るには大きすぎる代償だ」

「しかたがないわ。彼はあなたから逃げたがっていた。その望みを叶えてあげただけ」


 ムーンクリスタルの伝説か。

 たしかに伝説通り願いは叶えられたようだな。

 本人に選択の自由があったかは別だが。


 ……そうか。このことをフェルパは知っていたな。

 バラルドはわれらの住む地へ戻った。ならば、あの花畑には入っていない。

 おそらく回顧録にも、そのことが記されているはず。

 フェルパの奥の手は毒ではなく、あの花畑だったのかもしれんな。


「セオドアが持っていた病について知りたい。聞くところによるとフェルパの妹も同じ病を(わずら)っていたとか」

「ぺセル病ね。あれは元々、突発的な事故を防ぐために開発されたもの。死が分かれば回避すべく立ち回れるでしょう? どう? あなたも欲しいんじゃない?」


 わたしが? まさか。


「いらないさ。先が分からないからこそ人生は楽しいんだ。それに、いいことばかりじゃない。セオドアがそうだ、やつは死が分かるからこそ花畑に飛び込んだ」

「その通りよ。彼が最後に見ていた数字はゼロだった。あなたに殺されることが分かっていたのね。唯一数字を増やす方法があの中に入ること。死が見えることが必ずしもいい結果に結びつかない証拠ね」


 たしかに寿命は延びたかもな。

 だが、本人の思いとはかけ離れていたはずだ。


 それが分かっていながら異世界に放り込んだ。

 わたしが言うのも何だが、この女も相当だな。


「フン、迷宮をアンタが管理していると聞いて納得がいったよ。迷宮と同じで底意地が悪い」

「フフフフフ」


 笑い出した女に対し、おや? という疑問符が浮かんだ。

 ここへきて、初めて人の感情らしきものを見つけたからだ。これは夢で出会った時にも感じたものだ。


「作りものにしてはいい笑顔だ」

「すごいわね。あなた、精神も鉄でできているのかしら?」


 わたしの皮肉に対し、女は怒るでもなく、むしろ楽しそうに笑った。

 これも作りものか? それとも?


「鉄にだって言い分はあるさ。それはアンタが一番よく分かっているんじゃないか?」


 鉄と言うなら、この女こそ鉄だ。

 比喩ではなく本当の意味でな。


「パリト、本当にすごいわ。あなたは死の危険を感じながら顔色一つ変えない。恐怖を感じないわけではない。でも、完璧に抑え込んでいる。どうすればそんな風にコントロールできるのかしら?」

「恐怖? やつは恥ずかしがり屋でね。アンタの前には出たくないそうだ」


 わたしの話はけっこうだ。

 聞きたいのはジャンタールについてだ。

 だが、不思議と女は引き下がらなかった。より感情的な言葉をぶつけてきた。


「人はそう簡単に感情を切り離せるものじゃない。感情を切り捨てれば心まで失う」

「心を失う? セオドアのようにか?」


「ええ、そう」


 セオドアか。やつこそ人の本質のような気もするがな。


「あなたは特別よ」

「そんなことはないさ」


 わたしの他にもたくさんいる。

 それほどわたしはうぬぼれていないつもりだ。


「いいわ。そうしておきましょう。たしかにあなたの精神は受け継がれているみたいだから」


 そう言って女は治療装置へと目を向けた。

 見れば装置から出てくるアッシュの姿がある。彼は大きな水筒を重そうに抱えていた。

 まさか、あの水筒の中は治療薬か?

 アッシュ、その心意気は良し。だが、もう少し隠す努力をしろ!



「さて、そろそろ時間ね。皆にはそれぞれ一つだけ願いを叶える手助けをしてあげる。それから好きな場所へと送るわ。地球に帰るのもよし、ジャンタールに残るのもよし、異世界にいくのもいいわよ」


 最後の選択肢はいらないな。しかし願いを叶えるではなく、手助けをするか……。

 結局のところ、欲するのなら努力せよとのことだろう。


「急だな」

「もう少しゆっくりしたかった?」


 いや、ここらで十分だ。

 あまり長居して女に心変わりされても困るしな。

 それに望みを叶えてくれるというなら好都合だ。

 わたしが求めるのは、わたしの努力を必要としない。


「まずはシャナ。あなたは自分の国が欲しかったわよね、それは今でも変わらない?」


 急に問いかけられたシャナは驚き、一瞬呼吸を止める。しかしその後、ゆっくりと頷くのだった。


「あなたたちが住んでいた大陸の南東に、モルド王国という島国があるわ。そこでは王の圧政に耐えかねた民衆が反乱を起こす機運が高まっている。今にも爆発しそうだけど十中八九失敗するわね。原因は指導者に求心力がないから。うまく潜り込めれば、ひょっとするかもしれないわよ」


 革命か。シャナにとってはまたとない機会だが、何のつてもなく、部下もいない彼女に果たして可能だろうか?


「これを授けるわ。人を惹きつける力を持ったムーンクリスタル」


 そう言って女はイスから立ち上がると、シャナへと近づいていった。

 女の手にあるのは首飾り。

 どこから出したか分からないその首飾りには、青く輝く宝石がはめられていた。


「次はリンね。あなたの望みはパリトにずっとついていくこと。一見ささやかな願いのようだけど難しいわ。彼と一緒にいれば命がいくつあっても足りないでしょうから。では、これにしましょう。回復力が高まるムーンクリスタル。少しは死ににくくなるわ」


 リンが渡された首飾りには緑の宝石がついていた。

 なるほど、望みを叶えるとはそういう意味か。

 それぞれの望みに合ったムーンクリスタルを授ける。 

 叶うかどうかは自分次第。


「アッシュはリンと似てるわね。今はパリトの背を追うことに夢中。でもいずれ独り立ちする日がくるでしょう。あなたには遠くを見渡せるムーンクリスタルを授けるわ」


 黄色の宝石のついた首飾りがアッシュに渡された。

 アッシュはポカンとしていたが、わたしがうなずくと、笑顔を見せた。


「次にアシューテは……面白いわ、エルドラド伝説ね。現地で言い伝えられている黄金の神殿を見つけること」


 エルドラド伝説?

 初耳だなとアシューテへと目を向けた。 

 

「実はゴブリンの王国内の施設で文献を見つけたの。そこにあるものならば信憑性が高いのかと思って……」


 アシューテの言葉に、フフと笑いが漏れた。

 ジャンタールの次はエルドラドか。君は根っからの冒険家だな。


「エルドラドはジャンタールと同じ旧文明の名残よ。あなたにはこのムーンクリスタルを授けましょう。黄金の神殿へと導いてくれるハズ」


 女はそう言ってアシューテに銀色の宝石がついた首飾りを渡した。


「次はロバね。重い荷物を運んでも疲れないようにしましょう」


 ロバも貰えるのか!?

 さすがにこれには意表をつかれた。

 だが、女は嘘でも冗談でもなく、ロバの首に紫色の宝石がついた首飾りをかけていた。

 よかったな。当人にありがたみが伝わっているかどうかは疑問だが。


「では、最後はあなたね」


 女は真っ直ぐ私を見て微笑んだ。しかし、その笑顔は、どこか寂しそうであった。


「あなたの願いは自分の複製をこれ以上作らないこと。いいわ、約束する。宇宙へと旅立ったわたしの創造主たちが帰ってくるまで、あなたの複製は作らないし利用もしない。ただ遺伝子情報を記録しておくだけ。それでいいかしら?」


 ああ、構わない。その辺が落としどころだろうからな。

 真に望むのは完全破棄だが、女が応じるハズもないだろう。

 迷宮を乗り越える能力を持った者を見つけるのが女の目的だからだ。


 ここで妥協したところで大きな問題はない。

 その創造主とやらはとうに死んでいるだろう。その血筋が続いている可能性も低い。

 仮にいたとしても帰ってこない。

 いまさらわたしの複製を必要ともしない。


 そもそも、破棄されたかどうか確認する(すべ)はないしな。

 ヘタにゴネても良くない結果を招く。


「では、パリト。あなたが持っているムーンクリスタルは返してもらうわね。これはこちらで元の持ち主に返しておきましょう」


 そう言うと、女は赤の宝石がはまった首飾りを見せてきた

 それはもしや、わたしが握っていた首飾りか?


 手のひらを開いて見た。

 持っていた首飾りは、いつのまにやら漆黒の宝石がはまった首飾りへと変化していた。


「そのムーンクリスタルは触媒なしでゴブリンを召喚できる。当然あなた以外には何の意味もない物だし、使うも使わないもあなた次第よ」

「……」

 

 言葉は出なかった。

 だが、女がわれらに対して敵意も悪意も持っていないと分かった以上、それでよかった。


「さあ、これからあなた達を転送するわ。シャナはモルド王国の領内でよいかしら?」


 その言葉を聞きシャナは一瞬、こちらへと視線を向けたが、すぐに女へと向き直り、力強く頷いた。

 ここでシャナとはお別れか。

 これまた、ずいぶんと突然だ。

 だが、それでいいかも知れない。湿っぽい別れよりはずっと。


「つぎはアシューテね。エルドラドゆかりの地でいいかしら? 元いた場所からけっこう離れているし」


 アシューテともお別れか。

 彼女ならうまくやれるだろう。わたしの手がなくともな。

 さすがに、ジャンタールのような迷宮に閉じこめられることも、もうなかろう。


「あら? ちょっと待って、すごい偶然。エルドラドゆかりの地はモルド王国の近くにあるわね。そこから船で三日の距離よ。じゃあ残りの三人も同じ場所にする? 転送も一度で済むし」


 偶然ね……。まあそういうことにしておこうか。


「では――」

「ちょっと待て」


 転送を行うと言いかけたのであろう女の言葉を遮った。

 腑に落ちないことが一つあったからだ。バラルドのことだ。


 彼もシャナと同様、国を欲した。

 ならば、おかしいではないか。なぜ赤のムーンクリスタルが遺品として残されたのだ。

 シャナと望みが同じならば、彼もまた青の宝石ではないのか?


 それに女はバラルドについて言葉を切った。

 エッセンスとやらは彼ではないのかとわたしが問うたときだ。

 その違和感が引っかかる。


「パリト、あなたは本当に……」


 私の疑問に対し女はそう言うと、小さく息を吐いた。


「彼が望んだのは記憶よ」


 記憶? 国ではないのか? しかし、なぜ……。

 ――いや、まさか!


「そう、ここに来た彼はクローン。すなわちジャンタールで作られた幾多の複製にすぎなかったの。だから彼にはジャンタール以前の記憶がなかった。……考えてもみて、ただの人間が一度も死ぬことなく、この迷宮を抜けられると思う?」


 ……そうか、私と同じように複製体がいくつも作られたのか。そして、生き残ったのは複製だった。その複製がジャンタールを攻略したのだ。数あるバラルドのうち、たった一人だけ。だから、女は彼をエッセンスではないと語った。


「外の世界から来たバラルドは神殿で命を落としたわ。彼は愛用の盾とともに棺に埋葬された。もう分かるわよね。あなたの持つ盾、アイギスこそ彼の遺品」


 そうか。そうであったか。

 おそらくゴルゴーン三姉妹のうちの誰かに殺されたであろう。

 その後、神殿へと埋葬された。あのとき見たのが本物のバラルドの骨か。


 ――いや、待てよ。

 だとすると、彼の複製体は彼の死後作られたのか?

 この塔にすら辿りついていない者の複製をいくつも作り、攻略させた。

 なぜだ?

 それはジャンタールの理念と大きくかけ離れるのではないか?


「……三千年よ。人とは違うとはいえ、長すぎる時間よ」


 心の叫びを聞いた気がした。

 そうか、彼女はなんとかして迷宮を抜けられる者がでないかと願い、バラルドの複製を放ったのだ。それも複数。

 たとえそれが、創造主の意に添わぬ手法だとしても。


 これでジャンタールがずっと見つからなかった理由が分かった。

 ジャンタールを攻略した複製体は、ジャンタールの入り方を知らなかったのだ。

 だから回顧録に書けなかった。書けたのは攻略の方法だけ。


 バラルドの複製体は、たしかに記憶を望んだ。だが、与えられなかった。

 代わりになにが与えられたかは分からない。与えられなかった理由も分からない。

 しかし、そう考えればつじつまが合う。


 そうか、だからこそ、女はわたしに執着したのだ。

 今度こそ生身のままで攻略させたかった。ヒントを与えてでも。

 それをわたしが拒否した。

 

「答えは言わないわ。でも今度こそ、転送するわね。もう待ったはナシよ」


 辺りをまばゆい光が包んだ。あまりの眩しさに目を閉じる。


「ありがとう……」


 そんな小さな声が、わたしの耳に届いた。




――――――




 ザザー、ザザーと波が打ち寄せる音が聞こえる。

 湿った空気が磯のかおりを運んできた。

 ゆっくりと目をあける。


 我らは砂浜にいた。

 前方の海岸沿いに目を凝らすと、粗末なわらぶき屋根の家が見えた。

 その近くには、木の桟橋と小さな船も見える。

 漁村か?

 ここがモルド王国なのだろう。


 背後を向く。

 押し寄せる波に顔を上下するアッシュの姿が見えた。

 遠くの海を見つめるアシューテ、決意に満ちた眼差しのシャナ、バフフと鼻を鳴らすロバもいる。

 そして、誰かに腕を掴まれる。リンだ。彼女はわたしと目が合うと、やわらかな笑顔を見せた。

 みな無事だ。ついに我らは、出口のない街から脱出したのだ。


「さあ、行こうか」


 私の合図と共に歩き出す。

 もう行き先は決まっている。


 革命軍にエルドラド伝説。

 これでしばらくは退屈せずに済みそうだ。





 失われた都市ジャンタール ―出口のない街― 


               ~~Fin~~

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殺人鬼がパンデミックの謎にせまる物語です 殺人鬼アダムと狂人都市
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