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147話 ジャンタール

 花と泉に背を向けると、光のさす方へ歩いていく。

 目的地は見えない。相変わらずの白濁した床が、星々の中に溶け込むように続いている。

 どれだけ歩けばたどり着くのだろうか。

 出口も、ムーンクリスタルも、見つかる気配はない。


 選択を間違えたか?

 ――いや、そんなはずはない。


 チラリとリンへ視線を移す。顔が青白く、血が足りないことは明らかだ。

 マズイな。このままでは。


 そんな、あせる気持ちがスキを生んだか、わずかな違和感に気づくのが遅れた。

 床だ。床の感触がほんの少し変わっていたのだ。


「しまっ――」


 床が、とつぜん光った。

 よける間もなく、われらの全身をまばゆい光で包みこんでいく。


 ワナか!

 まさかここまで来て――




 チチチと鳥のさえずる声が聞こえた。

 頬をなでるのは、やわらかな風。

 ふわりとかおるのは若草の匂い。

 肌を照らすのは太陽の光だ。そのじんわりとした熱が、やけに心地よい。


 くらんだ目が、徐々に色を取り戻してきた。

 われらは草原に立っていた。

 大地を覆う青草はどこまでも広く、青い空に浮かぶ雲はやけに白くクッキリうつっていた。


 ここはどこだ?


 遠くに見えるのは小屋だろうか?

 白い土塗りの壁に、赤い陶器の屋根がのる。


 小屋のすぐそばには円形のテーブル。

 二脚のイスが向かい合わせて置かれている。


「ここがそうか?」


 イスには、ひとりの女が腰かけていた。

 その背には二枚の羽。


 あいつは見たことがある。

 像だ。廃墟となった街や水飲み場に設置された女の像とソックリだ。


「パリト……」

「たぶん、あそこが終着地だ」


 アシューテの緊張が伝わった。

 あそこにいるのは人ではない。

 遠くからでもその異質さは感じられた。



「ようこそ、いらっしゃいました」


 近づくわれらに女が語りかける。

 その声はやけに鮮明で淀みなく、そして無機質だった。


 コイツは生物か?

 人どころか、生きているかすら怪しい。

 神殿で会った、からくり仕掛けのステンノ―とも違う。


 例えるなら遠くの山や太陽か。

 たしかに存在するのに手が届かない。そんな奇妙な感覚だ。


「初めまして……と言いたいところだが、一度会ったな。夢で」


 女に問いかけた。

 間違いない。姿かたちは違うももの、夢でわたしに語りかけてきた女だ。

 あのときはずいぶんと勝手なことを言ってくれたな。


「ええ、そうよ。あなたの言うとおり夢で会ったのはわたし。まさか失うことなく、ここまで来るとはね」


 やはりそうか。

 ひと目見て感じた。あのときの不快な気配はまだ覚えている。


 間合いを測る。女まで踏み込んで三歩。

 この距離なら外さない。

 ――だが、どうにも斬れるイメージが湧かなかった。


「お前は誰だ?」


 さらに女に問う。

 以前から思っていた。ラノーラやフェルパが言っていた黒き者とは、もしやコイツではないか?

 良からぬことを考えると黒き者の怒りを買う。

 その黒き者とは、ジャンタールの各所に像として残る、この女のことではないのか?


「ご明察。黒き者、それもひとつの正解よ」


 なに!

 この女、わたしの心を読んだ?

 黒き者とは口に出していない。それがなぜ。


 じわりと汗がにじむ。

 コイツはこれまで出会った者とは、根本的に違う。


 フン、面白いじゃないか。

 その正体を見極めさせてもらおう。

 心の奥から湧き上がる感情を抑え込むと、女に問う。


「ひとつの正解か。ならば他の正解は?」

「私はジャンタール。この世界の一部であり、その全てでもある」


 世界か。

 ずいぶんと大きく出たな。

 だが、納得させるだけの気配が女にはあった。


「世界のすべてね……御多忙(ごたぼう)でなによりだ。だが、それがわたしにちょっかいかけた理由か? 世界とはずいぶん小さな存在なのだな」


 その世界が、わたしにこだわる理由はなんだ?

 いや、こだわっていると思うのは、わたしの思い込みか?

 ただ、世界がおよぼす現象のうちのひとつでしかないのか?


 いや……。


「いいわ。その話をしましょう。けど、その前にすべきことがある」


 女はなにかを指さした。

 それは草やツルが絡み合ってできた小山だった。

 だが、女が指さすと絡んだ草やツルがほどけていく。

 そして、中にあった白い楕円形の物体が姿を見せるのだった。


 ――あれは治療装置!


「パリト、リンはもうすぐ死ぬ。早く装置に入れなさい。今ならまだ間に合う」


 みな言葉を発さない。

 ただ、シャナのゴクリと唾を飲む音だけが聞こえた。


「礼を言う」


 一瞬、ワナかとの考えが浮かんだが、いまさら意味がないだろうとリンのもとへ向かう。

 リンを抱きかかえると、治療装置へ寝かせた。


「リン、大丈夫だ。君は助かる。もうしばらくの辛抱だ」


 リンに軽く口づけすると、ムーンクリスタルのあしらわれたペンダントを彼女の首から外した。

 これはわたしが持っておこう。

 なぜだか分からないが、そのほうがいい気がした。


「彼女が終わったら、みんな入るといいわ。パリト、あなたもね」


 女はそう提案するが、さて。


「わたしはけっこうだ。寝顔を見られるのは苦手でね」


 警戒を解くわけにはいかない。

 この行為にどれほどの意味があるかは分らんが。


「そう。それもいいでしょう、なら紅茶はいかが?」


 女はそう言うと、どこから取り出したかカップを二客並べる。そして、これまたどこから取り出したかティーポットを傾け、中にある液体をそれぞれ注いでいった。




 出された紅茶をながめる。

 香りは本物。波打つ水面も、わずかにのぼる湯気にもおかしなところはない。

 だが飲む気にはならない。


 いまわたしは女と向かい合わせに座っている。

 装置に入ったリン以外は、わたしの背後に立つ形だ。


 みな、そうとうに緊張している。

 武器をすぐ使えるような態勢をとってはいるものの、いざとなったら使えるかどうか……。

 それほどまでに、女には圧倒的な気配を感じた。


「さて、話の続きを聞かせてもらおうか」


 そううながしたものの、会話には気をつけねばならない。

 ひとつの判断ミスがみなの命を危険にさらす。


「……そうね、では、まずお祝いの言葉を述べさせてもらうわ。おめでとう、ここが旅の終着地点よ」


 旅の終着地点。

 そうか、やはりあのときの判断は間違っていなかったか。


「ここから、あなたが住んでいた場所に送り届けることができる。もちろんムーンクリスタルも授けてね」


 ムーンクリスタルを授けるか。

 壁画とは違う展開だな。


 わたしの予想通り伝説は誤りであったか。

 いや、誤りではないな。われらにとっては誤りだが、この女にとっては正解なのだ。

 なんらかの目的があって、人を迷宮に呼び寄せている。そう考えるべきだろう。


「ムーンクリスタル。いただけるというなら喜んでもらうさ。もとの世界に戻るのもね。だが、この迷宮について少し教えてもらえるか? そして、わたしとどう関りがあるのかも」

「もちろん、そのつもりよ。では、昔話からしていきましょうか」


 女はそう言うとカップを手に取り、中の液体を飲み干した。


「はるか昔、人類は滅亡の危機に瀕していた。地球――いま、あなたたちが住んでいる場所が人の住めない環境になってしまったためね。それで人類は決断を迫られた。地球を捨てあらたに居住可能な星を探しに向かうか、地球のそばに居住可能な設備をつくるか、あるいは次元の違う世界へと踏み出すか」


 ムッ、人類の滅亡?

 急にスケールがでかくなった女の話に若干とまどう。

 だが、ジャンタールの奇妙な装置を目の当たりにして、文明の高さをいやというほど感じた。

 滅んでしまった太古の文明ジャンタール。ある意味納得できる話でもある。


「どれも技術的には可能だった。でも、宇宙への旅はいつ終わるか分からないあてのない旅。残りの二つがまず検討された」


 ふむ。よくは分からないが、そういったものか。

 ただ星を見つければいいというワケではないのか。


「宇宙には数えきれないぐらい星があるけれども、人が住める星はほとんどない。見つけるのは奇跡のような確率よ。だから最終手段。でも、検討された残りのひとつ、地球のそばに居住可能な設備をつくるのも難しかった」


 ほう、なぜだ?

 技術的には可能だったのではないのか?

 このジャンタールがそうだ。現にわれらは月にいる。


「人口の問題よ。とれる資源には限りがある。一か所では、まかないきれなくなったの。だから資源をとりつつ星を渡り歩くか、宇宙に散らばるか。それほどまでに地球の人口は増えすぎていた」


 そうか、設備を作ったところで助かるのは一握り。

 資源を食い尽くした以上、あまり意味はないか。


「それで考えられたのが三つ目。違う世界の扉を開く」

「違う世界?」


 違う世界とはなんだ?

 わたしにとってはここがすでに違う世界だ。

 だが、女の口ぶりからすると、そういう意味ではないのだろう。


「おとぎ話や童話の世界と言えばいいかしら? この世界とはまったくつながっていない別の世界があると分かったの。そこなら距離の問題も、人口の問題も解決できた」


 ふむ。いまいちピンとこないが、たしかにそのような世界があるなら都合がいい。

 だが、これも女の口ぶりから察するにうまくいかなかったのだろうな。


「でも技術的な問題があった。違う世界――いわば異世界には物をもっていくことが出来なかった。意思のある生物の肉体のみが通行可能だった」


 物を持っていけない?

 たしかにそれは問題だな。

 だが、それもあてのない旅より、いくぶんマシか。

 必要なものはその地で調達すればいい。それが知恵のある人間には可能だ。


「また、異世界への道は一方通行だった。だから通信機と帰還装置を作れる知識を持った調査隊がいくつも送られた」


 なるほど。それで結果は?

 まあ、ある程度予想はつくが……。


「ええ、誰も帰ってこなかった。ただの一人もね」


 帰ってこなかったか。

 ならば、そこはもう人が住める場所ではないのではないか?

 それこそ、さきほど自身で言った人が住めない星のように。


 ――だが、女は続ける。


「それでも人類は、いくにんも、いくにんも人を送り続けた。そして、帰ってくる者はいなかった。そんな中、ただ一度だけ通信があったの。『居住可能、生存不可』とね」


 通信があったのか? 

 しかも、居住可能、生存不可とはどういう意味だ?

 住めるが生きていけない?


「それからも異世界に人をずっと送り続けていたけど、誰一人帰ってこなかった。あの一度の通信だけ」


 ふ~む。

 通信が来た以上、すぐに死ぬわけではないのは確かか。

 だが、生存不可か。それほど過酷な環境なのか?


「もう人類には時間がなかった。けっきょく異世界は諦め、ほとんどの者が宇宙へと旅立った。それが約三千年前」


 三千年!!

 途方もない数字だな。


「でも、宇宙へと旅立った者からすら通信は途絶えたわ。けっきょく地球のそばに居住可能な設備を作り、そこで慎ましく生きた者だけが残った」


 宇宙へ旅立った者はどうなったのであろうか?

 通信をする必要もなくなったか、あるいは死に絶えたか。

 いずれにせよ、戻ってくる可能性は低そうだ。


「それから長い月日が流れ、地球が元の姿を取り戻したとき、地球のそばに住んでいたものが地球へと帰ってきた。それが、あなた達の祖先」


 なるほどな。

 文明が一度亡び、また人が栄えだしたわけか。


「でも、彼らはそれまで培った文明を捨てた。同じあやまちを繰り返さないようにね。そのとき共用語だった英語も捨てた」


 英語?

 もしや、それが古代語か?

 では、ジャンタールに残されている文献や看板も、その英語とやらか。

 たとえ文明のなごりがあろうとも、文字さえ捨てていれば紐解けないと考えたか。


 だが、無意味だな。

 たとえ言語が違えども、いずれ解析される。

 人の知識欲とはそれほどまでに深い。


 しかも、捨てたのは言語だけではないだろう。

 亡びに至る教訓まで捨てたことになる。

 馬鹿な話だ。それでは、人はいずれ同じ末路を辿るのではないか? 


「それはあなた達次第よ」


 む。……痛いところをついてきたな。しかし、権力者でもない私個人に言われてもな。善処するとしか言えん問題だ。


「責めているわけではないわ」


 女はそう言うと、自身のカップに再び液体を注いだ。


「さて、ここからが本題。異世界へと人を送り続けていた人類がやろうとしていたこと。それは、人類の改造。すなわち過酷な環境下でも耐えられる人類を作ろうとした。その場所がジャンタール」


 そうか。そういうことか。

 迷宮を探索していて、たびたび覚えた違和感はこれか。

 人を寄せつけないようでいて、人を引き寄せる仕組みの数々。

 一見攻略不能のように見えても、かならず存在する解き方。

 順を追って学んでいけるように作られた迷宮の構造。

 思い返せばどれも納得できる話だ。

 ただ、その求めるものの高さに目をつぶればだが。


「ジャンタールではまず実験により様々な生物が作られた。異世界で生きられる強い個体を人工的にね。ゴブリンなんかもそう。ネオヒューマンだなんて期待も込められたわ」


 ゴブリンか。

 たしかに、異常に身体能力が高いうえに、人に近かった。

 あのまま進化すれば人類を超えるだろう。いや、ある意味もう超えていると言えるか。足りないのは種族としての知識の蓄積で、個の力は人類を超えていた。


「でもね。すぐに意味のないこととして、研究は中断された」

「意味がない? なぜ?」


 ゴブリンに限らず過酷な環境下でも生きられそうなバケモノがジャンタールにはウヨウヨいたが。


「ゴブリンがその世界で繁殖しても意味はないわ。最初はゴブリンを含めた他の生き物の遺伝子を取り込んだ人類を作り出すのが目的だったけど、それはもはや人ではない。けっきょくはジャンタールは人の進化を(うなが)す修練場として形を変えた」


 そうか。

 あくまでも人としての存在にこだわったか。

 まあ、当然か。

 みな自分が生き残りたいのだ。

 そして、それがムリなら子や孫に託す。

 自分の代わりにゴブリンに生き残って欲しいわけではない。


 それに、人の代わりにゴブリンを送り込むのも難しい。

 仮にゴブリンが異世界を開拓したとしたならば、もうその世界はゴブリンのものだ。

 なにゆえ苦労して得た土地を、人に譲らねばならんのか。

 わたしがゴブリンなら、元の世界に帰ったりしない。そのままそこで生き続ける。

 

 だからこそ、人か。

 それまでの実験で生まれた個体を敵として迷宮に配備し、試練のひとつとする。

 そうやって、人類の進化をうながす装置となったのがジャンタール。

 このいびつな世界はそうやってできた。


 ……しかし、それだと時間がかかりすぎるのではないか?

 先ほどの話では人類に時間はなかった。

 事実、宇宙へと飛び立っていったのであろう。


 ――いや、そうか。

 人類が飛び立ったあともジャンタールは動き続けたのだ。

 求めるものなどもういない。だが、止まれなかった。

 なぜなら止めるよう指示する者がもういなかったから。


 ――いや、待て。

 ならば、いま目の前にいる女はなんだ?

 もしや、この女も作られた存在なのか?


「そう、わたしは人工知能。ジャンタールを管理するよう作られた存在。あのときからジャンタールはずっと追い求めてきた。自身を、迷宮を、乗り越える者が現れるのを。そして、その悲願は成就した。パリト、あなたよ。あなたが人類という大海から抽出された、たった一粒のエッセンス」


 わたしが?

 光栄と言いたいところだが、()に落ちんな。

 ジャンタールを抜けたのはわたしだけではない。

 そもそも、最初にここを抜けた者がいたはずだ。

 その者こそ、エッセンスとやらではないのか?


「バラルドね。確かに彼が初めてここに到達した。でも彼は――」


 女はそこで言葉をとめると、一点を指差した。治療装置だ。


「リンの治療が終わったわ。さあ、迎えにいってあげなさい。そのテーブルの下で握り締めている暗器をしまって」


 フン、教えてくれたことには感謝するが、私に指図するな。

 小さく鼻を鳴らすと、治療装置へと歩き出した。

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