140話 セオドアを追う
「やられたわね」
ミノタウルスにしっかりとトドメを刺したところでアシューテが話しかけてきた。
ぜんぶ衣服を脱ぎ捨てての行動だ。胸に輝くムーンクリスタルのペンダントですら、今は身につけていない。
「あのクズが!」
「驚いたわ。まさか最初から裏切るつもりだったなんて……」
次に駆けつけてきたのはシャナとリンだった。
シャナは怒り心頭、リンは怒りより戸惑いの方が大きいといった印象だ。
どちらもフェルパの裏切りを予想していなかったと見える。
「……」
そして、アッシュはというと、うつむいたまま黙り込んでいた。
今回、一番ショックを受けているのは彼だろう。フェルパとだいぶ打ち解けたところだったからな。
人間不信にならなければいいが。
「回顧録だって? じゃあ、なにかい? みんな知っててとぼけてたってことかい」
「でしょうね。知らないふりをして私たちを欺いていた。かなりしたたかだわ。けっして無理強いせず、それとなく行く先を誘導していたみたいだし」
ヒートアップするシャナに、冷静に分析するアシューテ。
なんとも対照的な二人だ。
シャナは自身の感情に正直で、直感を大切にしている。
アシューテは研究者らしく事実を重んじる。
どちらも理解できる。
実際、フェルパに初めて会ったときに抱いたわたしの不快感は正しかったわけだ。
直感がフェルパのこころを見抜いていた。
アシューテの指摘もその通りだろう。
フェルパは決してムリに何かを勧めてこなかった。あくまで選択肢を提示しただけ。
そこにフェルパのしたたかさがある。
わたし自身で選んでいるつもりでも、結局のところ選ばされていたわけだからな。
「じゃあ私たちは、まんまとあいつの手の上で転がされてたってことかい!?」
「そうなるわね」
フェルパはどこまで計算していたのだろうか?
そして、いつ計画を立てたのだろうか?
私が誰か知ったときからか? それとも、初めてフェルパに会ったときからか?
いや、酒場でセオドアに会ったときからかもしれんな。
いずれにせよ、こうなることは避けられなかったわけか。
「クソったれが!!」
シャナの怒りが爆発した。
彼女は地面を大きく踏み鳴らしていた。
まあ、その怒りももっともだが、悪いことばかりではない。
一番危険なのは裏切られる瞬間だった。そこを損失なく切り抜けたのは大きい。
みなの反応から察するに、もうこの中から裏切り者はでないだろう。
わたしも背後を気にせず戦いに集中できるというものだ。
「フェルパのことはそのくらいにして、次どうするか考えるか」
「次?」
過去より今だ。
フェルパへのカリはいずれ返すとして、まずはどうやって追うか。
どうやってこのワナを超えていくかだ。
「見ろ」
前方を指さした。
漆黒の扉はミノタウルスが出てきたあとも開いたままだったが、いつの間にやらその扉はピタリと閉じていたのだった。
――――――
「開かないわ」
漆黒の扉は押しても引いてもビクともしなかった。
どうやら扉が開くのはワナが作動している時だけらしい。
だからこそフェルパは急いでいたし、ワナが解除されぬよう我らを殺すこともしなかった。
今回は運に助けられた。
フェルパの裏切りのタイミングも、われらにトドメを刺さなかったことも必然とはいえ、幸運に違いない。
引き寄せた運を手放さないためにも、ここで足踏みするわけにはいかない。
「ねえ、アニキ。本当にもう防具身につけて大丈夫なの?」
「問題ない。ワナが発動する条件はもう分かっている」
ちなみに武器も防具も、重さは元に戻っていた。すでにみな装着済みである。
バケモノがウヨウヨいるような場所では、裸のままの方が危険だ。
「それにしてもヘンな扉ね」
「そうだな」
扉とは通常、部屋と部屋、あるいは廊下と部屋を仕切る役割を担っている。
だが、この扉はだだっ広い場所にポツンとたっているだけだ。
仕切る壁も天井もない。
横を抜けて簡単に反対側へと回れてしまうのである。
ハッキリ言って扉の意味を成していない。
「でも、開けなきゃ先に行けないわけね」
アシューテの言葉通りこの扉をくぐる以外に道はなさそうだ。
奥は透明な壁の行き止まりとなっており、それ以上進めなかったからだ。
「いちおう反対側も確かめておこう」
フェルパたちがくぐったと思われる扉だ。
反対側の石碑の先にも、おそらく漆黒の扉がある。
道を戻ることしばし、反対側の石碑が見えてきた。
横を抜けてさらに進む。すぐに漆黒の扉が見えてきた。
また、その近くの地面には、白い石のかたまりが散らばっている。ミノタウルスの残骸だ。
「コナゴナだね」
「……」
素手か鈍器か分らぬが、すさまじい力だ。
やったのは私の分身だろう。とんだバケモノを生んでくれたもんだ。
「アニキ、勝てる?」
「勝つさ」
まともに戦えば勝ち目はない。だが、知恵を持つのが人間だ。
創意工夫。その力はまだヤツにはない。
「あいつら先に進んだみたいだね」
「そのようだ」
シャナが言うあいつらとは、もちろんフェルパたちのことだ。
扉から出てきたミノタウルスを倒し、扉をくぐって先へと進んだ。今追えば、まだ追いつけるかもしれない。
「パリト、どうすんだい? この扉」
「そうだな……」
シャナの問いかけに、しばし考える。
扉を開く方法は分かっている。隊を二つに分ければいいのだ。
それぞれ左右の石碑の先へと進めば、ワナが発動し、扉が開く。
だが、その方法は誰かの死を意味する。
武器防具をすべて捨て、出てきたミノタウルスに打ち勝たねばならない。
使える武器はレオルが残した戦斧一本のみ。
ならば分けた隊の一つは犠牲になる。そういうワナなのだ、これは。
――夢で出会った女の言葉が頭をよぎる。
『あなたは強い、誰よりもね。でも他人を助けようとするその心はあなたを弱くしているわ。あなたを縛る枷はいずれ貴方の命を奪う事になるのよ』
フン、しゃらくせえ。
乗り切って見せるさ。誰も失うことなくな。
キサマの予言など無意味だと証明して見せる。
「ネルガルだ」
わたしはジャンタールに来て感じたことがある。
ここで起こるすべての出来事には意味があると。
ネルガルと出会ったことにも、ちゃんと意味があるはずだ。
「ネルガルって……あ! そうか。あの腕ね」
「腕?」
ピンときたのはリンだ。
思えば彼女と行動を共にしてすぐ出会ったのがネルガルだった。
そこで得たのがネルガルを召喚できる腕。彼女の記憶にも新しいだろう。
いっぽう聞き返したのはアシューテだ。
彼女もシャナもネルガルのことは知らない。意味が分からなくて当然だ。
「そう、腕だ。聞くところによるとコイツでネルガルを呼びだせるらしい」
そう言ってカバンからネルガルの腕を取り出した。
カバンの肥やしになると思っていたが、まさかここで役立つとはな。
「パリト、なんであなたがそんなものを……」
「わたしにはファンが多くてね」
それも熱烈なファンが。
どうもわたしはバケモノに好かれるタチらしい。
空間を切り裂くあのカマならば、扉も切り裂けるのではないか?
そうすればミノタウルスと戦うことなく先へ進める。
仮に扉を切れないのだとしても、ネルガルならばミノタウルスに勝てる。
これで誰も欠けることなく乗り切れる。
「アニキ天才!」
褒められこそばゆいのと、ショックを受けていたハズのアッシュの切り替えの早さに思わず苦笑いが出るのだった。