14話 次なる目標は
最後にアシューテについて聞いてみた。
「アシューテさんですか? ……すみません、分からないです。名前をお伺いする事はあまりないので」
すまなさそうにするシャローナにアシューテの特徴を伝えてみる。
「赤毛で、背が高く……美しい方ですよね。ええ、見た事あります。以前こちらによくお泊りでした。ですが、最近はお見かけしません」
暗い顔でうつむく彼女。なんでもアシューテ同様、突然姿が見えなくなる者が後を絶たないのだと。
みな、地下へと潜るのだそうだ。繰り返し潜るうち、帰って来なくなる。
理由はジェムだ。地下には化け物共が住み着いており、そいつらが持つジェムを目当てに奥深く入り込み、やがて帰らぬ人となるのだ。
なるほど、生産業のないジャンタールではそれ以外に稼ぐ手段がないのだろう。
宿屋や食堂など、つける職は限られている。
「街のはずれに墓地があります、すでに埋葬には使われていないのですが、そこに地下へ続く階段があります。おそらくアシューテさんも、そちらに向かわれていたのだと思います」
ふむ、となるとムーンクリスタル、あるいは脱出の手段は地下にあるのかも知れない。
そちらに足を運んでみるのも良いだろう。
シャローナに礼を言い、カウンターを後にする。
途中エントランスで巨大な時計を見た。形そのものは私が知るものと変わらないが、その大きさに驚く。
巨大な石枠のなかに埋まる文字盤、ゆるやかに回転するふたつの針。いずれも私の背の数倍はある。
……まあ驚いてばかりもいられないので、さっさと宿屋を出て探索を始めよう。
正面玄関から出て、すぐに分かった。少し広めの通路にいくつもドアノブが付いている。
金属の板に表記されているのは『ARMOR』『WEAPON』『FOOD』。
いずれも読む事が出来なかった。しかし、店を表す印なのだろうと予想がつく。
私は片っ端からドアを開けてみた。
――が、ビクともしない。
なんでだ?
ふと扉のスミに張り紙がされているのに気づいた。
『営業時間9時~17時』
営業時間外!!
そういえば今は夜だった。
しかし、ここはつねに夜ではないかと納得できぬ気持ちもある。
まあ、しかたがない。別の場所を探索してみるか。
いくつか分かれ道があったが、シャローナに聞いた道を進むと、とある扉に辿り着いた。
『CEMETERY』と描かれている。
シャローナは墓地と言っていた。ならばこの『CEMETERY』は墓地を表す言葉か。
ジャンタールを研究していたアシューテがよく使う記号も、この言語からきていたのかもな。
扉を開けると、湿っぽく、それでいて埃っぽいような何とも言えぬ臭いが漂ってくる。
また、足元にはうっすらと霧が立ち込め、奥に向かうほどそれは濃くなっていた。
何とも分かりやすい。
私は口元がにやけるのを意識しつつ、さらに奥へと進んでいく。
霧の切れ間から、ときどき顔を覗かせる墓石。
やけに規則正しく、石畳の上に並べられている。
墓石には、なにやら文字のようなものが描かれているが、やはり読むことは出来なかった。
それにしても墓石の下が石畳とは。それでは埋葬できぬではないか。
シャローナのここは墓地として使われていないとの言葉に納得がいく。
ならば遺体はどこに埋葬するのであろうか。 ……魔物のエサか?
嫌な考えが頭をよぎるが、それはすぐに中断された。
ガシャガシャと金属の擦れる音。
鎧の音であろうか、それは前方の濃い霧の中から聞こえてくる。
素早く墓石の影に隠れる。
やがて、青い金属鎧を身にまとった男達が姿を見せた。
数は四。人間のようではあるが、言葉は発さず重い足取りで歩く姿は、世に聞く幽鬼を連想させる。
彼らの一人はチラリとこちらに目を向けるも、そのまま何事もなかったかのように通り過ぎて行った。
どうやら私に興味は持たなかったようだ。
彼らが来た方向にむけてしばらく歩いていくと、ひと際大きな墓石があり、その下に巨大な空洞を見つけた。
空洞の直径は約十メートル、石で出来た階段が横一杯に広がり、穴の奥へと続いている。
ここが地下へと続く道なのだろう。
その時、ゴゥと音を立てて背後から風が吹き抜けた。それは、まるで私を中へと誘うかのようであった。
私は口角をあげると、一歩一歩階段を下りていった。
――――――
地下は迷路になっていた。
天井までそびえる壁が、前後に長く伸びている。
壁はなめらかで継ぎ目ひとつ見当たらない。
また、壁は地上とおなじく淡く発光しており、松明は必要なさそうだった。
最初の分岐路を右へ曲がる。分かれ道をまた右だ。
この手の迷路では、どちらかの壁に沿って歩くのがよい。
帰りは、またその壁に沿って歩けばよいからだ。
ふと前方で何かが動いた。
黒い小さな点だ。
生き物か?
黒点は、さまようように揺れ動くと、しだいに数と大きさを増す。
点は四つになった。
なんであろうか? こちらに近づいてきているようだが。
隠れ場所はない。覚悟を決めて、正体不明のなにかに目を凝らした。
やがて、あらわになったのは四本足のケモノ。
ふらふらと彷徨うような足取りであったが、こちらの存在に気付くと、猛然と駆けだした。
あるていど引きつけたところで、ナイフを投擲する。
一匹に命中すると「ギャン」と叫び声をあげ、勢いのまま転がった。
それを見たであろう残りの三匹は、体を左右に揺さぶりながら距離を詰めてきた。
的を絞らせない作戦か! こいつら知能が高い!!
血走った目に鋭い爪、むき出しの歯には刃渡り二十センチ程の刃物を咥えている。
犬に似た姿だが、どこか違っていた。
ケモノは猛スピードで走り寄る。が、こちらとの距離が縮まると、いきなり二足歩行へと変化した。
そしてなんと、口に咥えていた刃物を前足に持ちかえたのだ。
なんだと!
取り囲むように左右に展開するケモノたち。
歯ではなく刃物をふるって襲いかかってくる。
クッ!
想定外の動きに反応が遅れる。
カウンターで合わせるハズの剣が完全に出遅れた。
マズイ!
私は横へと踏み込み、ケモノの一匹に体ごとぶつかる。
ドンという鈍い音。ケモノの持つ刃物がホホをかすめたものの、一匹を吹き飛ばした。
すかさず剣をふるう。
回転して地面に着地しようとしたケモノの首を切断した。
残り二匹。
次は振り向きざまに剣をすくいあげる。
背後に迫っていたケモノの脇腹から入り、反対の肩へと抜けた。
これで最後!
残ったケモノの頭部を、横なぎの剣ではらった。
――が、驚愕する。
なんと、ケモノは私の剣に噛みつき、両断されるのを防いでいたのだ。
ケモノは刃物を、私に突き立てようとする。
私はすかさず剣を離し、コブシで脇腹を殴りつけた。
ゴボリ。
ケモノは赤黒い血を吐く。
トドメだ。
ナイフを投擲。ケモノの頭部をとらえると、そいつはそれっきり動かなくなった。
ふ~、倒したか。
ケモノたちから黒い霧がたちこめる。それはすぐさま四散し、青い宝石を残して消えていく。
ケモノが咥えていた刃物も同様だ。黒い霧となって消えていった。
残された宝石を拾い集める。
これで四個、四ジェムということか。いささか割に合わない気がするが、しかたがあるまい。
剣に刃こぼれがないか確認し、私は通路をまた歩き出した。