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12話 つかの間の休息

『INN』と描かれた扉を開けると、これまでの静寂がまるでウソのような賑わいに包まれた。

 テーブルを囲む多数の男たち、注文を取るべく飛び回る少年。以前よく見た酒場の光景がそこにあった。


 こんなに人がいたのか。これまで人の気配をほとんど感じなかったが、ここへきての、この活気。

 突然の変化に戸惑いを覚える。


「あんた、そこは裏口だよ。ロバなんか連れて入らないどくれ」


 そんな私に大声で呼びかけてくる者がいる。

 年齢は四十台前半だろうか、ふくよかな体型をした中年女性で、食事を乗せた(うつわ)を運んでいる。


「プリッツ、新しいお客さんだよ。案内してやんな」


 続けて言う中年女性に反応して、少年がこちらに走ってきた。

 年のころは十歳とすこしか、眉毛の上で切りそろえた短い髪。私と目が合うと屈託のない笑顔を向けてくる。


 このプリッツと呼ばれた少年は、私に付いてくるよう手で示すと、背中を向けて歩き出した。

 無言のまま歩き続ける少年。やがて、厩舎(きゅうしゃ)らしき場所へと辿り着く。

 動物特有の匂いがただよう。柵で作られた仕切りがいくつもあり、牛、馬、巨大なトカゲが繋がれていた。


「ごくろうさん」


 厩舎には人間もいた。

 二十台半ばぐらいの男で、部屋のスミにある酒樽に腰かけ、布でおのれのブーツを磨いている。

 馬丁(ばてい)か? (※馬の世話をなりわいとする人)

 それにしては妙だな。

 スキがない。

 男は短めの髪を後ろで束ね、すり切れた革のチュニックに布のズボン、そして、革のブーツを身につけている。

 表情からは、やや軽薄な印象を受けるが、眼光は鋭く、服の上からでも鍛え上げられた筋肉が見てとれた。


 戦いをなりわいにしている者だ。

 馬丁としては似つかわしくないし、引退して職につくには若すぎる。


 男はもういいとばかりに、クイッっと顎を振った。

 プリッツ少年はうなずくと、パタパタと足音を立てて来た道を戻っていった。

 

 私はロバを引いて、男に近づく。 


「ロバの預かりは一日1ジェムだ。探索に連れていこうといくまいが、房代として1ジェムもらう。どうする?」


 そう問いかけられて、少し考える。

 探索か。ふむ、気になる言葉だが、ひとまず置いておこう。厩舎があり、酒場がある。


「もしやここは宿屋か?」


 逆に問いかけてみた。


「見ない顔だと思ったら新人さんか。俺はフェルパ、よろしくな後輩」


 後輩か。

 この男も外からやってきた口か。何年かしらんが、それなりの月日をここで過ごしたのだろう。先輩ズラが板についている。

 しかし、フェルパ。どこかで聞いたことのある名だが、さて……。


「ああ、よろしく」

「ここは宿屋に併設された厩舎だ。受付が一階、その奥が食堂、二階が寝床だな。来たばっかりか? ジェム持ってんのか? なきゃどうにもならんぞ」


 フェルパなる人物は、続けてそう言う。

 ジェムか。幸いさきほど集めたジェムがいくらかある。

 私は青い宝石を一個取り出すと、彼に向けて親指で弾いた。

 クルクルと回転しながら、弧を描く宝石。酒樽からスルリと降りたフェルパは、それを片手で掴み取るとニヤリと笑う。


「商談成立だ」


 握手のため右手を出すフェルパ。だがそれには応じず、代わりにロバの手綱を渡した。


「……毎度」


 苦笑いする彼に背を向け歩き出す。

 どうも気に食わん。この男からは得体のしれない何かを感じる。

 さきほど出会ったセオドアほどではないが、腹にどす黒いなにかを秘めているようだ。

 悪党……とまでは言えないが、恨み、怒りといった負の感情をつよく感じるのだ。


 あまり深くかかわるべきではない。

 来た道を戻り、食堂の横を抜け、受付と思わしきカウンターへ。

 そこにはクリっと大きな目をした女性がいた。十代後半であろうか、栗色の髪を肩まで伸ばし、笑顔で話しかけてくる。

 

「いらっしゃいませ。宿泊ですか? 部屋は開いてますよ」

「それはありがたい。一泊いくらだ?」


 彼女によると一泊2ジェム。料金は先払いで長期滞在による割引はなし。

 食事代もふくまれておらず、必要ならば一階の食堂ですませよとのことだった。


 2ジェムか。

 高いのか安いのかわからんな。

 手持ちのジェムで、数日は泊まれそうだが……。


 それにしても先ほどのプリッツ少年もそうだが、荒廃した都市の雰囲気に似つかわしくない人物だ。

 ゴロツキどもから、どのように身を守っているのだろうか?


 都市として、それなりの秩序があるのだろうか?

 犯罪を取り締まる機関が存在するとは思えないのだが……。


 まあ、いい。

 そのへんはおいおい学んでいくとするか。

 まずは休める場所を確保できたと喜ぶべきだろう。


「ああ、とりあえず一泊たのむ」


 そう言ってジェムをわたすと、彼女は薄いカードを一枚くれた。

 なんでもこのカードはカギとなっており、かざすと書かれた数字とおなじ番号の扉が開くしくみとなっているのだという。

 これがカギか。

 にわかに信じ難い。が、疑っても仕方あるまい。とりあえず試してみよう。


 二階へと続く階段をのぼり、カードに書かれた番号の扉を探す。

 途中、別の扉にカードをかざしてみたが、カギが開くことはなかった。

 やがて目的の扉まで辿り着くと、番号を確認してカードをかざした。


 ピコリ。

 無機質な音が響く。

 ドアノブを回すとすんなり扉は開いた。驚きだ、こんなペラペラの板がカギの役割を果たすとは。


 中に入り、部屋中を見て回る。

 とくに危険は感じないのだが……やはり奇妙だ。この客室がというか、宿屋そのものが。

 セオドアと出会った酒場でも思ったのだが、不自然なのだ。どうも違和感がぬぐえない。


 ジャンタールに入ってきて、ずっと続いてきたのはツルリとした高くそびえる壁だ。

 だが、ひとたび扉をくぐると、石を基調とした壁になっており、木でできた棚やテーブルが備え付けられている。

 この急な変化はなんなのだろうか。


 また、ここには天井がある。

 これまでは見上げれば星が瞬く空であった。が、ここは石造りの天井でしっかりとおおわれている。

 明らかに部屋の中であると認識できる。


 あと、気になるのは照明であろうか。

 ところどころに備え付けられたランタン、これが光源であると思えた。

 だが、どうもおかしい。なにやら影のつき方がおかしいのだ。


 ランタンの前に立ったならば、私の影はうしろに伸びるハズ。

 しかし、実際は足元に散らばるように影がついている。

 ありえないことだ。これはランタン以外の光源が複数あることを意味している。

 おそらく、外の通路どうよう、壁、天井そのものが発光しているのだろう。

 なんとも奇妙な空間であろうか。


 私は剣を握りしめたまま、壁に背をあずけた。

 熟睡はできそうにない。

 しかし、そっとマブタを閉じると、意識はすぐに暗い闇の中へ落ちていった。

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殺人鬼がパンデミックの謎にせまる物語です 殺人鬼アダムと狂人都市
― 新着の感想 ―
[良い点] 酒を飲みつつ、齧る程度に…と読んでいたらの12ページ。 息継ぎするヒマがないっていいますか…(゜∀゜)グイグイ進んでしまう。恐ろしい小説です…! (だが私は酔って寝オチする派なので安心 ←…
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