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【完結】失われた都市ジャンタール ―出口のない街―  作者: ウツロ
五章 揃い始めたパズルの欠片
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119話 忘れ物

 視界がグルグルと回り、立ち上がるのすら困難になる。

 しまった! あの模様が目になっていたとは!!


 メデューサは大きな体を使って道を塞いでいた。

 わたしの逃げ道を塞ぐためだけだと思っていたが、これを狙っていたのか。


 やられた。よろける体でなんとか柱の陰に身を滑らす。

 降り下ろされた巨大なコブシをなんとかかわした。


 うかつだった。こうなることは予測できたではないか。

 全身に目を浮かび上がらせる老婆、平衡感覚を狂わせるアイズなど、ヒントはいくつもあった。

 それに気づかず、戦い方を誤った。


 ……いや、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。

 大切なのは、これからどうするかだ。

 まだ体は動く。石化せぬだけ運がよかったと考え、次へ行くのだ。


 ――来る!

 気配を感じ後方へ飛ぶ。

 しかし、足元はおぼつかない。

 飛んだ距離は短く、方角も違う。ただ、後方斜めによろめいただけだった。


 ドオオンという破壊音。

 先ほどまでいた柱がコナゴナに砕け散り、飛んできたガレキを全身で受ける。

 とても立っていられなかった。

 吹きとばされ、床をゴロゴロと転がった。


 ク、こいつはマズイぞ。

 柱などお構いなしに尾を振るってきた。こちらを丸裸にする気だ。


 時間を稼がねば。回避に専念し、少しでも平衡感覚を取り戻すんだ。

 這うように進むと、別の柱に身をかくした。

 

 しかし、また尾の一撃だ。

 今度は柱もろとも私を激しく打つ。

 とっさに剣で受けたものの、粉砕したガレキとともに大きく飛ばされてしまった。


「カハッ……」


 背中を強く打ち、呼吸が止まる。

 飛ばされた先は透明の壁、そのまま地面へと肩から落ちた。


 ク、とうとう喰らってしまったか。

 直撃ではないにせよ、多大なダメージを受けてしまった。

 平衡感覚を取り戻すどころか、さらに深刻なダメージを。


 胸から何かがこみあげてきた。

 たまらずブブッと吐いてしまう。

 吐いたのは血だ。どうやら内臓のどこかを傷つけたらしい。


 長くはもたぬな。

 このままでは全滅だ。

 フラフラとした足取りで歩き始める。

 引きかえすんだ。来た道を。

 しかし、まっすぐ進もうとしても、自然と体は右へ流れていった。


 振り返る。

 メデューサは私を追っていた。

 不幸中の幸いか、吹きとばされたためヤツとの距離は開いていた。

 ――進まねば。

 剣を杖にして歩いていく。

 記憶が確かならば、目指す場所までもう少しのはずだ。


「ヌ!」


 足がもつれてたまらず手をついた。

 グ、だめだ。この速度ではとても間に合わぬ。


「パリト!」


 突然の声に驚いた。

 目をむければこちらに走ってくるシャナの姿がある。

 どうやって?

 メデューサの巨大な体は、われらを完全に分断していたはずだ。


 ……そうか。浮遊の魔法か!

 体を軽くし、柱を蹴って宙を進んだのか。


「つかまって」


 シャナは私の腕を手にとると、自らの肩にかつぐ。


「立って!」


 シャナに支えられて、なんとか立ち上がった。


「みなは無事か?」


 メデューサは執拗に私を狙っていたが、みなが尾の攻撃を受けてないとは限らない。

 あの一撃は、軽く振るっただけで我らの命を簡単に刈りとるのだ。


「他人の心配してる場合かい? でもアンタらしいね。大丈夫、みな無事だよ」


 そうかよかった。

 とはいえ時間の問題であるがな。

 私を仕留めたら、メデューサはすぐにでもみなのところへ向かうだろう。


「世話をかける」

「なに言ってんだい」


 シャナの力を借りて歩いていく。

 視界はまだグルグルと回っていたが、彼女に支えられ真っすぐ進めた。


「その柱を右だ」

「ええ」


 まぶたを閉じれば意識が途切れそうになるなかで、記憶を頼りに進んでいく。

 あと二つ先を右、つぎは左だ。


「どこに向かってるんだい? まさか出口でも見つけた?」

「いや、残念ながら」


 やられっぱなしは性に合わない。

 ただそれだけさ。


「アンタとなら二人で逃げてもいいけどね」

「それはまたの機会にお願いするよ」


 選んでもらえて光栄だが、まだたくさんやり残したことがある。

 ジャンタールにも、メデューサにも。


「じゃあ、どこへ?」

「ちょっと忘れ物をしてね。取りに帰っているところだ」


 背後にメデューサが近づいているのを感じる。

 粉砕したガレキが腹についているのだろう。ジャリリリと床と擦れる音がかなり大きくなっている。


「パリト。嬉しかったよ。手を差し伸べてくれたとき」


 廃坑でのことか。シャナがマイコニドの胞子に侵され死を待つだけのとき。


「思い出ならまだ作れるさ」


 シャナは死を覚悟しているみたいだが、それは早い。

 君はまだ死なないさ。

 前方に目印が見えた。あれだ、あの近くに忘れ物がある。


「シャナ、あそこへ」

「ああ、わかったよ」


 周囲を観察する。

 そして、見つけた。忘れ物を。


「悪かったな。置いていったりして」

「それは……パリト! アンタ、まさか!!」


 忘れ物を拾い上げると、立ち止まる。

 ――いる。すぐ後ろに。


 フーと息がかかった。

 メデューサの息だ。振りかえれば、すぐそこに顔があるのだろう。


 ……ふふ、われらを石にするつもりか。

 辺りにある像はメデューサにとって勲章みたいなものかもしれないな。

 狩った獲物を形として残す。


「シャナは目をつぶっていろ」

「ああ、わかったよ」


 シャナに支えられたままゆっくり振り返る。

 グっと体をかがめ、わたしを見下ろすメデューサの巨大な顔がすぐそこにあった。


「そんな顔をしていたんだな」


 血走った目に、大きく裂けた口。髪の毛は一本一本が大きなヘビで、いまにもわたしに噛みつかんとばかりに身をくねらせていた。


 背中にゾワリとしたものが走った。

 と同時に足が硬く、動かなくなっていることに気がづいた。

 石化しているのだろう。全身石と化すにはそれほど時間はかからないはずだ。


「最後に顔を見られてよかったよ。じつは気になっていたんだ」


 メデューサの顔を拝めるなんてそうそうない。

 それもこんな巨大なね。


「グ、グガアアア」


 メデューサは声を上げた。

 だが、その声は喜びではなかった。


「今度はお前が油断したな。悪いが相打(あいう)ちだ」


 メデューサの顔は恐怖に歪んでいた。

 そう、彼女はわたしの手にしたものを見てしまった。

 さきほど私が刈った首、自身の妹の首を。 

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殺人鬼がパンデミックの謎にせまる物語です 殺人鬼アダムと狂人都市
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