112話 三つ目のワナ
二つ目のワナを抜け、通路を進んでいく。
次のワナまで少し間隔があるようだ。通路もいくつか曲がり、今は北に向かっている。
ガシャン、ガシャン。
なにやら聞こえてきた。
金属がすれるような、ぶつかるような音だ。こいつが三つ目のワナだろう。
通路を曲がると、姿が見えてきた。
金属製の扉が開いたり閉じたりを繰り返している。
「気をつけろよ。挟まれたら命はねえぞ」
左右の壁から重厚な金属の板がせりだし、通路の中央でぶつかり合う。
その速度と衝突音からして、フェルパの言うように挟まれれば命にかかわるだろう。
扉は一枚ではなく、ずっと奥に続いている。
いくつも扉を抜け、レバーを引けば解除されるわけか。
「いち、にい、さん」
扉の開け閉めは規則正しく行われているように見える。
開いて閉まるまで三の時がある。
一見余裕がありそうだが、さて。
「大将、アンタなら大丈夫だろうが、コイツは意外にめんどくさいぞ。意地が悪いつーか、裏をかいてくるつーか……」
「ほう?」
扉に近づいてみた。すると今まで規則正しく開け閉めを繰り返していた扉は、ピタリと動きを止めた。大きく開いた状態で、どうぞ通ってくださいと誘っているかのようだ。
なるほどな。たしかに意地が悪い。
通ろうとした瞬間にコイツは閉まるな。
それに……。
ヒョイと首をひねった。
そこを炎の玉が通過していく。
「障害物ありか」
「ああ、そいつは魔法の炎らしく、食らったらなかなか火が消えねえぞ」
炎は背後の壁にぶつかりブスブスと燃え続けている。
たしかにコイツは食らいたくないな。
「ほかに特徴は?」
「知る限り障害物は火の玉だけだ。あと、開閉は不規則になるときもあるが、開いてから三拍の間は閉まることがねえ。だから通るのは開いた瞬間だ。空き続けているときは絶対に通るな」
なるほど。
そこさえ押さえとけば問題なさそうだな。
いざとなればヤリをつっかえ棒にすれば一瞬の猶予になりそうだ。
あとはどのていどの距離があるかだが……。
「扉の数は?」
「10だ」
10ね。まあ、そんなもんだろう。
100とか言われなくて良かったよ。
途中でアキて寝てしまうからな。
「では、さっそく行くか」
「待って!」
先に進もうとすると、リンが待ったをかけた。
どうした?
なにか気になることでも?
「私に行かせて」
なんと、リンは自分が行くという。
わたしにばかりさせて気がとがめたか、斥候としての責任感か。
それとも、わたしの身を案じてか。
先ほどの件があるからな。心配するのは当然と言えば当然か。
だが、それはわたしも同じなのだがな……。
「わかった、たのむ」
やや考えたのちに結論を出した。
仲間を信じねばと思い直したからだ。
それは離反や裏切りだけでなく、実力を信じることにおいても。
わたしは少々、気負いすぎていたかもしれない。
仲間に託さねばこの先、攻略は難しい。それは分かっている。
「じゃあ、行ってくるわね」
「ああ」
リンはわたしに軽く口づけをすると、扉へと向かっていった。
扉の前に立つリン。その肩は上下に揺れている。
緊張しているのだろうか、それとも扉の開閉に呼吸を合わせているのか。
ガシャンガシャンと扉は音を立てている。
フッ、フッ、フッと短く吐くリンの息づかいが大きくなっていく。
……つぎあたり行くか?
そう予測した瞬間、リンの体が沈み込んだ。
炎の玉だ。
扉が開いたと同時に炎の玉が飛んできたのだ。
いやらしいタイミングだな。いままさに行こうとしたとき飛んでくるとは。
炎は前からやってくる。扉が閉まっている間はその炎が見えない。
思う以上にあれはかわしずらいのだ。
だが、扉が閉まったときにはリンの姿はなかった。
炎をかわすと同時にくぐりぬけたのだ。
ひるまない。行くと決めたら行く、その芯の強さが彼女の強さだ。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
扉は開閉を続けている。
あと九枚。もう我らは祈ることしかできない。
……
一瞬が永遠にも感じた。
扉が開くたびにリンの背が見える。
だが、それも時間とともに遠く、そして、見えなくなっていく。
……
いま、何枚目だ?
リンの姿はもう見えない。扉がジャマで見通しがきかないのだ。
扉の開くタイミングは同じではない。
抜けた扉の数が多ければ多いほど、その姿を確認するのは難しくなっていくのだ。
「ゲブッ!!」
とつじょ、なにかがひき潰れたような声がした。
まさかリンか? 扉にはさまれたのか?
だれも声を発さない。
ただ、互いに顔を見合わすのみだ。
ガシャン、ガシャン、ガシャ――。
しばらくして音がやんだ。
全ての扉が動きを止めたのだ。
「解除したわ! 早く来て!!」
扉が一斉に開いていった。
リンの声がここまで真っすぐ届いてきた。
「距離があるぞ。いそげ」
みなで走ってリンのもとへと向かう。
十の呼吸はこの距離だと決して長くはない。
「リン!」
「大丈夫よ」
彼女は無事であった。
みごと扉のワナを全て抜けたのだ。
チラリと背後を振り向く。
目が異常に飛び出た鳥の頭部が地面に転がっていた。
「九枚目の扉を抜けた先にそいつがいたの」
扉には血がついていた。
それと鳥の毛やら、肉片のようなものも。
リンが蹴り飛ばしたのだろう。そこをはさまれた。
あの声はコイツがだしたものだったか。
「無事で何よりだ」
「フフフ、心配した?」
「あたりまえだ」
障害物は炎だけではないと思っていたが、魔物も配置するとはな。
ワナを設計したやつは、よほど性格がひねくれていると見える。
さ、進むか。
「炎には気をつけろよ」
前方の壁には、石でできたジャガーの頭が五つついており、炎はそこから出ているようだった。
ワナがふたたび作動し始めた今、炎もまた飛び始めるのだ。
「しかし、いったい俺たちになんの恨みがあんのかね?」
たしかに。
まるで恨みでもあるような底意地の悪いワナたちだ。
フェルパの言葉にみな苦笑いするのだった。