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暗殺者の村

 「私の名はマツだ」

 女アサシンはあっさりと自分の名前を言った。

 「随分、簡単に言うのだな。アサシンは絶対に口を割らないと聞いたが?」

 マークランドは、鎖に繋がれた上に狭い牢獄に入れられている女アサシンに向かって、鉄格子の外側の椅子に座って尋ねた。

 「その通りだ。アサシンは口を割らない。だからこそ捕まりそうになると自害して果てるのだ」

 「だが、キミはそうしなかった」

 「その通りだ。私はどうしても死ねない理由がある。だからこそこのような恥辱にも耐えていられるのだ」

 「なるほどね……」

 マークランドが空返事をする。

 ここはミストの長が住まう邸宅の地下にある牢獄。町にある公の牢獄とは違って、秘匿性の高い案件に限ってこの牢獄が使用されるようだ。

 長の話では、昔はここで拷問も行われていたらしいが、まぁ、そんな話はどこにでもある事なのであえて聞き流して、女アサシンを投獄すると、マークランドが直々に事情聴取をしていた。

 「しかし、キミ……マツと言ったか。マツは明らかにアサシンの業を使っていた。それなのに、アサシンの掟を順守しないのは何故なんだい?」

 マークランドの質問に口を閉ざすマツ。

 やはり、核心となる情報はなかなか引き出せないか……。

 しばらく静寂が続いたが、突然マツが口を開いた。

 「お願いがある……」

 小さい声だが、こう静かだと良く聞き取れる。

 「キミはお願い事が出来るような立場ではないのだけどね。まぁ、いい。話してみて」

 マークランドは半ば呆れながら聞いてみた。

 「どうしてもあの娘………ルイザベートと言ったか。あの娘を連れ帰る事はできないのか?」

 「当たり前じゃないか。そんな事は僕が絶対に許さない。例えこの命を懸けようともね」

 そう言うと、マークランドは腕組みをして深く椅子に腰掛ける。

 「そうか………だったらもう村はおしまいだ」

 「どういう事だ?」

 マークランドの問いに再び沈黙が訪れる。

 これでは埒が明かない。マークランドは一か八か話しかけた。

 「マツ。キミは何かを隠しているようだが、もし良ければ僕が相談に乗ろう。もしもキミの問題が解決されれば、僕らを襲う必要も無くなるのだろう?だったら、根本となる原因を解決しようじゃないか」

 「私のためにそんな事をするとは思えない!」

 マツが首を横に振る。

 「キミのためじゃない!」

 マークランドは強く叫ぶと、もう一度、今度はやさしい声で言った。

 「……キミのためじゃない。これは僕とルイザベートのためだよ」

 「ふっ……」

 マツが不敵に笑う。

 「……変に私のためと答えるよりも、自分のためと答えた方が、確かに真実味はあるな……わかった。話そう」

 マツは観念したように体の力を抜いて、続きを話始めた。

 「ある山奥の人里離れた場所に一つの村があった。そこはとても寂れた村で、一族だけが住まうとても小さく貧しい村だった。だが、その実態は、暗殺を生業とするアサシンの村だったのだ」

 「なるほど、僕も聞いたことがある。確か、暗殺者を育てるために、子供のころから厳しい修行を行っている村があると聞いたが、その村の場所は誰も知らないらしいな」

 「その通りだ……」

 マツはコクリ頷くと更に続けた。

 「私はその村から来たアサシンだ。プロになった以上、殺しであれば失敗はしない自信はあった」

 マークランドはマツの言い回しに引っかかった。

 「プロになった以上………つまり、キミはまだプロになったばかり、本当の暗殺をしたことが無いようだね?」

 マークランドの指摘に軽く舌打ちをするマツ。

 「ああ、そうだ。私は暗殺の経験はない。だが、これまで十分な修行を行ってきた。殺しであれば絶対に成功していただろう」

 「だが、依頼の内容は殺しではなく、誘拐だった?」

 マークランドの言葉にマツはガクリと肩を落とす。

 「そうだ。依頼主は生きた状態で連れて来いと言った。私は、それはアサシンの仕事ではないと反論したんだ………だが、依頼主は聞いてくれなかった」

 「その依頼主もかなり酷い依頼をしたもんだな」

 「ああ。だが、本当に酷いのは依頼内容じゃない」

 「!!!」

 マークランドはやっと話の核心に入ると察知すると、無意識に少し体を前に出してマツの話を聞く。

 「依頼主は、村の住民のほとんどを一瞬にして消し去ると、残る村人を人質にして私にこの仕事を依頼してきたのだ」

 「!………アサシンの村を一瞬で………敵は魔術師か?」

 マークランドの言葉にマツは視線を上げると苦笑しながら答える。

 「さすがだな。そう、魔術師が突如村を襲ってきたんだ。元々魔術とは無縁だった私たちは、為す術もなく殺されて行った。魔術師の目的はただ一つ、ルイザベートと呼ばれる魔術師を生きたままさらってくることだった………まさか、子供だとは思ってもみなかったがな………もしも、失敗した場合は、人質となっている村人は殺されるだろう」

 そう言うと、マツはガクリと首を垂れる。

 マークランドは少し考えながら口を開いた。

 「事情はわかったが、2つだけ質問してもいいかな?」

 「ああ……」

 床を見つめたまま返答するマツ。

 「じゃあ先ず1つ目。どうして魔術師は君を選んだんだ?こう言っては何だが、キミよりも腕の立つアサシンはいたはずだが?」

 「勿論だ。だが、そんな手練れを自由にさせては魔術師自身が暗殺の対象にされるだろう。私たちが敗れたのは、あくまでも不意打ちで強大な攻撃魔法を食らったためだ。本物のアサシンが一対一の戦いで負けるはずもなかろう」

 「確かに………では、次の質問だ。魔術師はルイザベートを拉致してどうするつもりなんだ?」

 「さあな。私もそれは魔術師に聞いたんだ。依頼を受ける上で少しでも情報が欲しかったからな。すると『私にとって必要なお方なのだ』としか答えなかったよ」

 「本当にそう言ったのか!?」

 突然マークランドが大きな声で叫ぶ。

 その声は地下牢に反響してかなりの大音量となった。

 「うるさいな。急にどうしたのさ?ったく………間違いなくそう言ったよ」

 マツは両耳を押さえて額にシワを寄せながら答えた。

 だが、マークランドの意識はすでに別の所にあるようだった。

 『今の段階ではまだ確証が無い……やはり今度ルイに話を聞く必要があるな……』

 マークランドはそう結論すると、マツに改めて話しかける。

 「キミの話はわかった。じゃあ、キミの村に行こうか。案内してくれ」

 「なんだって!?」

 マツが驚いた表情でマークランドを見る。

 「だから、魔術師を退治するって言ってるんじゃないか。それでこの問題は解決するんだろう?」

 「いや、まぁ、それはそうだけど………出来るのか?」

 「それはやって見なきゃわからないけど、少なくともその魔術師が僕の考えている通りであるなら、少々危険だが勝てる見込みはある」

 このマークランドの発言に、マツの表情は明るくなる。

 「本当か!?本当なのか!?だったら、村を助けて欲しい!お願いだ!そのためだったらこの命も惜しくはない!」

 マツは必死にマークランドに懇願した。

 だが、マークランドは今のマツの発言に違和感を感じていた。

 マツはアサシンの掟を破ってまで自害をせずに生へ執着した。それなのに、本当にマークランドが村を助けるのかわからない状況であるにも関わらず、その命を差し出しても良いと言う……。

 確か、マークランドが自害しない理由を聞いたとき、彼女は黙秘を貫いた………。

 マークランドは何とも言えない違和感を覚えながらも、マツに質問を投げかけた。

 「依頼の期限はいつだ?」

 「一週間後」

 「場所は?」

 「アロウォナ山中」

 アロウォナ山はフライダムとクシュチアの国境に跨る山で、オデッキオの北西に位置していた。

 「今すぐ出発してもギリギリだな………」

 いろいろわからない部分も多い状況だが、とにかく今は時間がない。

 「よし。今すぐに出発しよう。マツ。案内してくれ」

 「ありがとう、マークランド……」

 薄暗い牢獄で、マツは涙を浮かべながらマークランドに頭を下げた。

 

 マークランドはルイザベートとグレン、それにマツだけでアロウォナ山に向かった。

 グレンはあまりにも人数が少なすぎるため、100名程度の護衛は必要だと訴えたが、マークランドは魔術師が相手では、人数がたくさんいても犠牲者が増えるだけだと言って、グレンの提案を却下していた。

 また、マツは念のため両腕を縛り上げていたため、このままでは一人で馬に乗れないこともあり、マークランドはマツを両腕で抱えるようにして手綱を握っていた。

 ルイザベートはそれを容認できないと、最後まで駄々をこねていたが、今は大人しくマークランドに寄り添うように馬を走らせていた。

 そして7日目の朝───。

 マークランド一行はアロウォナ山にいた。

 さすがにマツを拘束したまま山を登ることは無理なので、縄を解いて村に案内させた。

 ここは樹海と言った方がしっくり来るような場所で、背丈を超える草木が生い茂ったジャングルであったため、マツが居なければ間違いなく遭難していただろう。

 マツがどんどん奥へ奥へと進む。

 すると、ルイザベートが異変を感じ取った。

 「マークランド様、この周辺に魔術結界が張られています」

 ルイザベートはそう言いながらキョロキョロしている。

 「まあ、それはそうだろうな。相手はかなり手練れの魔術師だ。当然それくらいの事はしているだろう」

 マークランドは特に意に介す様子はない。

 「それよりも、マツ。村まではあとどれくらいだ?」

 マークランドが前を歩くマツに声を掛ける。

 するとマツは姿勢を低くしながら後ろを振り向くと、身振りで他の者達にもしゃがむように指示をする。

 そして、マークランドを手招くと、前方を指さした。

 マークランドは指の方向に視線を向けると、そこには破壊された村があった。

 地面は黒く焦げ、周囲には炭化した残骸が点在していた。おそらく、そこには住居があったのだろう。

 半径100メートルには、草木も生えておらず、ジャングルの中にその空間だけがぽっかりと浮かび上がっていた。

 「よし、それじゃあ、行こうか」

 マークランドはそう言うと、堂々とその巨大なサークルに踏み入った。

 「ちょ……マークランド!正気か!?」

 マツはそう言いながらマークランドを追うと、グレンとルイザベートも焼けた地面に入って行った。

 「完全にただの標的だな」

 グレンはそう言いながら周囲を見渡すが、密林に囲まれているため、敵の位置が全くわからない状況であった。

 マークランドは円の中心付近まで歩を進めると、大きな声で叫んだ。

 「おい魔術師!とっくにこっちの動きは察知しているはずだ!僕は逃げも隠れもしないから、姿を見せたらどうだ!?」

 マークランドは叫ぶのと同時に、味方に対して小声で指示を出した。

 「マツは人の気配を探れ。ルイザベートは防御魔法の術式を展開、いつでも発動できるようにしてくれ、グレンは二人の邪魔をするな」

 「マークランド様……私の扱いが最近………!」

 グレンが愚痴をこぼしていると、それを遮るようにマツが叫んだ。

 「あの大木の向こう側に人の気配!複数!」

 マツが指さす方向を見ると、一際大きな木がそびえ立っている。

 その木の枝に人影が現れた。

 「私は生きてルイザベートを連れてくるように言ったが、まさかこのような形で依頼を達成するとは恐れ入ったよ。だが、約束は約束だ、この木の裏側に村人はいるから救ってやるがいい」

 黒ローブの男がしゃべり掛けてきた。その内容から、マツに対して話しているようだった。

 マツは魔術師を警戒して近づくことが出来ない。

 「もうお前たちには用は無い。早く助け出さないと村人たちが死んでしまうぞ?」

 そう言うと、黒ローブの男は大木から飛び降りると、マークランドと対峙した。

 それを見てマツは、村人休出のため大木に駆け寄る。

 マークランドは黒ローブの男に近づきながら話しかけた。

 「また会いましたね、ロックウェル殿。こんな所で何をしているのですか?」

 ロックウェルはニヤリと笑いながら答える。

 「ソーシエンタールの田舎者か。貴様をこの場に呼んだ覚えはないのだがな?それとも、女アサシンにそそのかされたか?」

 「まぁそんな所ですかね。あえてアサシンの思惑に乗ってあげたら、あなたと再会を果たしたという事です」

 マークランドはそう言いながら歩みを止める事無く一歩、また一歩とロックウェルに接近する。

 「その口ぶりだと、ここに私がいる事は予測していたようだな、マークランド」

 「さあ、どうでしょうかね!?」

 マークランドはそう言うと同時に地面を蹴ると、一気にロックウェルとの距離を詰める。

 「速い!」

 ロックウェルは自分自身に移動補助の魔法を掛けると、サイドステップでマークランドの移動直線上から逃れる。

 その瞬間、爆発音と共にマークランドの斬撃が打ち下ろされ地面が陥没して土煙が立ち昇る。

 「!!!」

 ロックウェルはその威力に固唾を飲んだ。

 その隙にマークランドは二人に指示を出す。

 「グレン、マツと共に村人の救出にあたれ。ルイは僕の傍へ!」

 「御意」

 「はい!」

 二人は返事をするとすぐに移動を開始した。

 グレンは急いで大木の裏側へ移動すると、そこに呆然と立ち尽くすマツの姿があった。

 「おい、どうしたマツ?」

 声を掛けても反応が無いが、マツは何かを凝視したまま視線を外せないでいた。

 グレンもその視線の先に目をやると、そこには村人たちの姿があった。

 全身激しく焼けただれた姿で、手足の甲には鉄製の太い釘を打たれ大木に打ち据えられていた。

 それが大木の裏側に根元から10メートルほどの高さまで、村人たちが2列に並んで打ち据えられていたのである。

 「何と酷い……」

 グレンも思わず呟くほどの惨状であったが、とにかく今は釘を引き抜いて地面に降ろさなければならない。

 「おいマツ!しっかりしろ!村人を降ろすからお前も手伝え!」

 グレンの言葉にマツはハッとすると「わ、わかった」と答えて木を登り始めた。

 だが、手足に刺さるこの五寸釘はかなり深く差し込まれているため、簡単に引き抜く事は出来ず、地面に一番近い村人を一人休出するのに10分もかかった。これが上に行くにつれてもっと時間が必要であることは、誰が見ても明らかであった。

 「くそっ!」

 グレンは悪態をつきながら、大木の根元に向かって水平に剣を打ち込んだ。

 幹に食い込んだ剣を引き抜くと、再び剣を大木に打ち込む。

 「何をやってんの!?」

 マツがグレンに向かって叫ぶ。

 「何って、この木を切り倒すんだよ!」

 グレンはそう答えながら剣を打ち続けた。

 「そ、そんな事出来る訳が……!」

 「やるんだよ!」

 グレンが叫ぶ。

 「木の上にいる村人は、その体を支えながら深く打ち込まれた釘を抜かなきゃならん。だが、実際問題、それは無理な話だ。だったら、少々荒っぽいかもしれんが、この木を倒す以外、村人を救出することは出来ないだろう!?」

 幹の太さは直径だけで3メートル以上はありそうだった。

 だが、グレンの言う通り、このままでは村人の救出は困難だ。

 マツもグレンの元に駆けつけると、二人で剣を打ち付ける。

 気が遠くなる作業ではあるが、これが一番の近道と信じて剣を振る二人であった。

 

 一方、ロックウェルはマークランドの速さに驚きを隠せなかった。

 「まさか、これほどの速さとは、正直、貴様を侮っていたわ」

 そう言いながら、更に自分自身に筋力増強の補助魔法をかけると、後方へ大ジャンプしてマークランドとの距離を広げる。

 「次はこちらの番だ!マークランド!」

 ロックウェルはそう叫ぶと、詠唱を開始した。

 マークランドは再び走り始めると、ルイザベートに声を掛ける。

 「ルイ、頼む!」

 短く指示を出すと、ルイザベートはすぐに術式を起動する。

 マークランドは凄まじいスピードでロックウェルに迫ると、剣を振り上げる。

 しかし、それよりも早くロックウェルの詠唱が完了する。

 「死ね!」

 ロックウェルは自分の頭上に魔法陣を出現させると、そこから光の矢を発射した。

 一筋の光が音もなくマークランドに伸びて行くと、マークランドに当たる直前でその光は失われていた。

 「な、何だと!?」

 ロックウェルは信じられないという表情で叫んだ。

 ルイザベートの絶対魔法防御<アンチ・マジック・シェル>に守られたマークランドには、ほとんどの魔法は無効化されるのだ。

 このアンチ・マジック・シェルは、術者に多大な負担を強いるため、それ以降の魔法はしばらく使用できないのだが、剣の達人にとってはもってこいの術式であった。

 マークランドは一気に距離を詰めると、剣を振りおろした。

 ズバン!という大気を切り裂くような爆発音と共に地面に亀裂が走る。

 「ぐあっ!」

 補助魔法の効果により直撃は免れたロックウェルだったが、左腕が肩口の辺りから消し飛んだ。

 『こ、このマークランドという男………何者だ!?』

 激し回転しながら地面に投げ出されたロックウェルは、うめき声を上げながらゆっくりと立ち上がった。

 「ぐぐぐ………」

 左肩を押さえながらフラフラするロックウェル。

 「鬼神とは正にお主の事を言うのかもしれんな………マークランド……これほどの強さとは、私にも読めなかった………」

 「もう諦めるんだな。ロックウェル」

 そう言いながら、切っ先を向けるマークランド。

 「どうしてルイザベートをつけ狙った!?」

 「ふっ……マークランドよ、貴様……何も知らぬのだな?」

 「何!?」

 「では教えてやろう!その小娘は、悪魔の生まれ変わり………恐らくは古代竜<エンシェント・ドラゴン>にして、大悪魔の一人であるレヴィアタン様の宿主なのだ!!」

 「………!」

 マークランドは冷静だった。牢獄の中で確証がなかった推測が、こうして別の者の口からはっきり言われることでやっと腑に落ちたのだ。

 バラモントには孫がいなかったようだが、セーラムに問われて咄嗟に嘘をついたように見えた。そう、バラモントは見抜いていたのだ。ルイザベートが悪魔の生まれ変わりであることを。

 おそらく、この少女の存在が王宮魔術師を引退するきっかけとなったのだろう。少女を保護しつつその経過を観察していたに違いない。

 更にルイザベートが古代竜である裏付けとして、まだ13歳ほどの少女が、何十年も修行が必要な上級魔法をいとも簡単に使いこなすなど、普通の人間には考えられない事だが、古代竜は全ての魔法を使いこなすと言われているため、その宿主であるルイザベートが様々な魔法を使うことが出来るのも頷ける。

 だが───。

 マークランドは一つの新たな疑問が湧きあがった。

 『どうしてバラモントは自分にルイザベートを預けたのか!?』

 マークランドは魔術とはほとんど無縁であり、マークランドに預けることでレヴィアタンの覚醒を抑止できるとはとても思えない。

 では、バラモントの狙いは何だ!?

 マークランドは短時間の間に、頭をフル回転させていたが、ふと振り返るとルイザベートがガタガタと震えながら立っていた。

 まさか、この件は本人も知らなかった事なのか───!?

 マークランドはルイザベートに声を掛けようとしたその時、ロックウェルが先に口を開いた。

 「今回は私の負けだ………それは素直に認めよう。だが………私はあきらめんぞ………必ずその娘を奪いレヴィアタン様をこの世に復活させてみせる!………いや、もしかすると貴様……」

 「何だ!?」

 ロックウェルの言葉にマークランドが叫ぶ。

 「一体何なのだ!?ロックウェル、教えてくれ!」

 この件については、わからないことが多すぎる。マークランドは何でもいいから、とにかく情報が欲しかった。

 「………いや、どうかな……。まあ、いい。私は一旦退かせてもらおう!」

 そう言うと、ロックウェルは何かの術式を展開した。

 「!!!」

 マークランドは急いでロックウェルの元にダッシュすると、電光石火の突きを放った。

 しかし、剣はロックウェルの残像を切り裂くのみで、ダメージを与えることは出来なかった。

 次の瞬間、ロックウェルの姿はこの場から消えていた。

 「くそっ!また逃したか!」

 マークランドは剣を地面に叩き付けて悔しがった。

 魔術師が手ぐすねを引いて待ち受けている場所に乗り込んだのだ。簡単に倒すことは難しいだろう。

 しかも、マークランドはロックウェルを追っているはずの、バラモントがこの戦いに加勢してくれると踏んでいたのだが、全くその姿を現してはくれなかったことに落胆を隠せなかった。

 「もしもこの場に、元フライムダルの王宮魔術師であるバラモントがいてくれたら………」

 マークランドはしばらくロックウェルが消えた空間を見つめていたが、思い出したのようにルイザベートへ視線を向ける。

 そこには焦点が定まらず立ち尽くすルイザベートの姿があった。

 マークランドはルイザベートの肩を抱き「大丈夫か?」と尋ねる。

 ルイザベートはただコクコクと頷くだけだった。

 マークランドはルイザベートの正面に回ると、両肩を掴んで言った。

 「ルイ。まだキミの中に悪魔がいると決まった訳じゃない……それに、もし居たとしてもキミがしっかり自分の意志を持っていれば、悪魔が覚醒することは無いはずだ。大丈夫、僕がついているじゃないか」

 そう言うと、ルイザベートを抱きしめるマークランド。

 「僕は絶対にキミを救って見せる」

 「マークランド様……マークランド様………!」

 ルイザベートはマークランドに抱き着くと、大粒の涙を流した。

 しばらくすると、大木の方からマークランドを呼ぶ声が聞こえた。

 マークランドは急いで駆け寄ると、グレンとマツが何やら大木に剣を打ち込んでいる。

 何をしているのかとふと見上げると、無残な姿で村人たちが大木に打ち据えられており、マークランドは息をのんだ。

 「きゃあああぁぁ!」

 ルイザベートがその光景を見て悲鳴を上げると、顔を伏せてその場に座り込んだ。

 「マークランド様!ルイザベートの魔法で、村人を助けることは出来ませんか!?」

 「いや、ダメだ。ルイはしばらく魔法を使えない」

 「そんな……」

 マツは力ななくその場に座り込んだ。

 大木を見ると、幹の4分の1ほどまで切り込みが入れられていたが、このペースでは大木を切り倒しには時間がかかりすぎる。

 「よし、僕が代わろう」

 そう言うと、マークランドは精神を集中する。

 「はっ!」

 掛け声と共にマークランドは水平に剣を薙ぎ払った。

 大気を切り裂くマークランドの剣は、見事に大木の幹を切断すると、大木はゆっくりと倒れ始める。

 ザザザザ……。

 枝葉が擦れながら隣の木々寄り掛かるように倒れる大木は、約20度くらいの角度で止まった。

 「よし、これで木の上に登れるようになった。全員で力を合わせて救出しよう」

 それから全員救出するのに2時間を費やした。救出した人数は11名。そのうち、死亡が確認されたのは7名に及んだ。

 息のある4名には応急処置を施し、ルイザベートの魔力が回復するのを待ってから治療<ヒール>を行った。

 同時に、遺体は土に埋めて簡易ながら墓標を作り弔った。

 この時点で周囲は暗くなり、オデッキオへ帰還するのは困難な状況となった。

 マークランドは被害を免れた住居で一泊することを決め、負傷者を移動させるとともに、マツとグレンに命じて食料や薬等の調達を命じた。

 しかし、やはり食料や薬はどこにもなく、辺りから木の実と野草を調達するくらいであった。

 マークランドもマツに小川の位置を教えてもらい、1時間かけて水を汲んできたのであった。

 「状況はどうだい?」

 マークランドは汗を拭きながら魔力を回復中のルイザベートに聞いた。

 「全員息があったとはいえ、全身が重度の火傷を負っていましたので、かなり苦戦しております。とりあえず、全員に一通りの治癒魔法を掛けましたので、命の心配はありませんが、動けるまで回復するにはまだ時間がかかります……」

 さすがに疲労の色が濃いルイザベートは、肩で息をしていた。

 「そうか、無理をせずに休んでくれ、ルイ」

 マークランドはそう言ってルイの肩をポンポンと2度ほど叩いてからグレンとマツに向き直る。

 「グレンとマツは夜明けと共に下山し、オデッキオから救援部隊を呼んで来てくれ。これ以上、ルイザベートに無理をさせる訳にはいかない」

 「承知いたしました」

 「わかった」

 それぞれが返答すると、グレンがマツに苦言を申し出た。

 「我が国の王子に対して、無礼な物言いは慎まれよ」

 「は!?でも私の国とは関係無いしさ、えーと、マークランドー。あんた今何歳?」

 「僕は22歳だ」

 マークランドは普通に返答する。

 「22って事は、私の方が1歳年上だ。だったら、マークランドに敬語を使う必要ないじゃない」

 「いや、そもそも王子に対する礼節をわきまえよと言っているのだ!」

 「だから、私の国の王子じゃないじゃない!?」

 「うるさいぞ、二人とも。そんな事はどっちでもいい!!」

 マークランドがたしなめる。

 「いいえ、マークランド様、これを許しては他の者に示しがつきません!」

 グレンが食い下がる。

 「わかったよ、グレン、その話はまた今度にしよう。それよりも怪我人の様子を見てくれ」

 「御意……」

 返事はしたものの、明らかに納得した様子ではないグレンではあったが、とにかくこの場は収まった。

 しかし、マツにはまだ何か秘密がある、とマークランドは考えていた。

 アサシンの掟を破ってまでマークランド一行をここに誘い込んだのだ。これで終わりとはとても思えなかった。

 マークランドはグレンに改めて注意を促した。

 相手はアサシン。決して油断をしてはならないのだ。

 

 夜が明けると、グレンとマツは救援部隊を呼ぶために山を下りた。

 マークランドは水汲みと食べ物の確保、ルイザベートは負傷者の治療を行った。

 昼が過ぎた頃には、負傷者全員が意識を取り戻し、簡単な会話が出来るまでに回復していた。

 マークランドはそれ以上の魔法の行使は、ルイザベートに負担がかかり過ぎることから禁止し、救援を待つことにした。


 その日の晩、ルイザベートはテーブルに頬杖をついて考え事をしていた。

 自分の中に悪魔がいると思うと、不安に押し潰されそうになる。考えないようにしようとしても、ちょっとした時間があると無意識の内にまた悪魔の事を考えてしまっていた。

 私の体は悪魔に乗っ取られてしまうのだろうか?

 ルイザベートはテーブルに突っ伏すと咽び泣いた。

 どうして?どうしてこんな事になってしまったの?私が何をしたと言うの?

 どんなに考えても今はどうする事もできない………そんな事はわかっている。わかっているけど、じゃあどうしたらいいの?

 ───ルイザベートは突然知らされた衝撃の事実を、受け止める事ができないでいたのだ。

 マークランドはそんなルイザベートの頭をやさしく撫でると、バラモントと旅をする以前のことについて尋ねた。

 恐らくそこに何か秘密があるとマークランドは考えていたのだ。

 だが、ルイザベートはバラモントと出会う以前の記憶を完全に失っていた。

 そこで、バラモントと出会った後のルイザベートの記憶と、これまでの情報を総合して考察すると、およそ次の様な推測が出来た。

 

 数年前───。一人の少女がフライムダル北部の海岸に倒れていた。

 そこに、たまたま『封印されし島』の調査でやって来たバラモントが姿を現した。

 バラモントは少女に宿る魔力に引き寄せられてここまでやってきた、と少女に告げた。

 少女はルイザベートと名付けられ、バラモントに引き取られると、フライムダルの王宮へ連れて行かれた。

 通常、魔術は一部の例外を除くと、幼少期の頃から厳しい修行を行う事でやっと習得出来るものだ。何故なら、魔術を行使するには膨大な量の知識とそれを制御するための経験が必要であるからだ。

 つまり歳を取るほどに知識と経験を蓄積し、強大な魔法を使えるようになるのだが、悲しいかな、人間は歳を取るほどに体は衰えるので、強大な魔法に耐える事が出来なくなるのだ。

 そう言った意味では、この様な年端も行かない少女が、身体から溢れんばかりの魔力を持っている事はあり得ない事なのだ。

 バラモントは当初、ルイザベートは勇者の血統───つまり、王家の血を引く者だと考えたみたいだが、セーラム姫のような『神の力』とは、その性質が異なるように感じたようだ。

 バラモントは王宮魔術師としての権力を使って、あらゆる方面からルイザベートを調べた。

 するとある仮説に行き着いた………まぁ、これは完全にマークランドの妄想に近い推測だが。

 それこそが『ルイザベートに悪魔が宿っている可能性』である。

 バラモントは王宮魔術師を引退すると、ルイザベートを連れて大陸を旅して回り、自分の仮説が正しいのか否かを研究し、これからどのような未来が待っているのかを導き出そうとしていたに違いない。

 ………これくらい飛躍した推測をしないと、バラモントが王宮魔術師を辞める理由が見当たらないというのが正直なところだ。

 おそらく、その研究を行う中で、これまでの仮説を更に発展させた『悪魔の転生』に行き着いたのだろう………。

 だが、真実はルイザベートが失った記憶………バラモントと出会う前にあるはずだ。

 何故これほどの魔力があるのか?何故記憶を失ったのか?何故一人で海岸で倒れていたのか………。

 「………」

 ここでマークランドはこれ以上の思考は意味が無い事を悟る。

 「今はとにかくルイザベートをしっかり守ってやる事に全力を注ごう……」

 疲れて眠るルイザベートの寝顔を見て、マークランドは改めて決意した。

 

 翌日の夕方───ようやく救援部隊が到着した。

 グレンの話によれば、ジャングルを切り開いて道を作りながら来たので遅くなったとの事だった。

 すぐに下山の用意をして、夜が明けると同時に下山を開始したが、予想通りジャングルの中を負傷者を運ぶのにかなりの時間がかかった。

 何とか下山し、オデッキオに到着したのは深夜であった。

 すぐに負傷者を城の空いている部屋に運ぶと、医者を呼んで処置をお願いした。

 こうして、マークランドはアサシンの村人4名の救助に成功したのであった。

 




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