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忍び寄る影

クシュチアの衛星都市メキドで調印式を終えたマークランド一行は、1ヶ月かけてやっとオデッキオまで戻ってきた。

 するとマークランドはミストの状況を視察するためにそちらに向かい、セーラムは一足先にソーシエンタール本国へ戻った。

 セーラムは2ヶ月半ぶりにシャナードと対面すると、そこで信じられないような事を聞かされた。

 「1年半の間に国替えですって!?」

 セーラムはあまりの事態に、つい大きな声を出してしまう。

 現国王であり、マークランドの父に対しての非礼に、顔を赤らめながら「申し訳ございませんっ!」と頭を下げるセーラム。

 シャナードの自室に呼ばれたセーラムは、まさか自分がいない間にそのような事態になっているとは思いもしなかった。

 それと同時に、かなり痩せ細り、覇気もなく椅子に座っているシャナードの姿を見て、もう体力的にも精神的にも限界が近いと感じた。

 「いろいろと時間が無いみたいね……」

 セーラムはすぐにマークランドに知らせの早馬を出した。

 その間、セーラムは3国の現状把握に努めた。

 経済力と軍事力を中心に、周辺の地理や王の評判、民衆の暮らしぶり等を調査した。

 同時に、グランナダ、オデッキオ、ミストを合わせたソーシエンタールの国力の分析も行う。

 「最後の決断はマークランド様が行う。でも、それを導くための資料作りは私の役目」

 セーラムはシャナードに代わって精力的に動いた。

 ソーシエンタール国内には『他国の女が出しゃばるな』と陰口を叩く者もいたが、セーラムが必死に働く姿を見て、徐々にその考え方を変えて行った。

 セーラムにはソーシエンタールの斥候の他に、フライムダルの斥候からも情報を得ていたため、情報の量、質、共に従来のソーシエンタールでは考えられないほどであった。

 それら情報を整理、分析するだけでもかなりの時間を費やした。

 すでにある程度の分析結果も得られ、後はマークランドに判断してもらうだけとなった。

 だが、マークランドはまだ帰国していなかった。

 セーラムが最初に早馬を出してすでに2ヶ月が過ぎており、いくらなんでも遅すぎる。それ以降も早馬を出しているが音沙汰が無い。

 マークランドに何かあれば、すぐに早馬で知らされるはずだが、それすらも無いという事は、あえて早馬を出さない状況という事だ。

 セーラムに心配を掛けたくないから早馬を出さない………マークランドの性格を考えれば十分あり得るだろう。つまり、現在マークランドは非常に危険な状況にあるのかもしれないのだ。

 セーラムは不安な気持ちで一杯となり、もう仕事が手に着かず、食事も喉を通らないほどであった。

 それから更に3日が経ったある日の深夜。

 慌ただしく警備兵が私室をノックする。

 「申し上げます!マークランド様、只今帰国なされました!」

 「!!!」

 セーラムはベッドから飛び起きると、ガウンを羽織って裸足のまま急いでドアを開けると、そこには兵士が跪いていた。

 「たった今、マークランド様がご到着されました、が………」

 そう言うと兵士は目を伏せる。

 「どうしたのです!?はっきり言って下さい!」

 セーラムは跪く兵士を見下ろして叫んだ。

 「はい……剣で体を貫かれたようで重傷との事。現在魔術による治療を行っており、命に別状はございませんが………」

 兵士の話を全て聞く前にセーラムは自室を飛び出すと、宮廷医療処置室へ向かった。

 ソーシエンタールの王城はフライムダルのそれに比べれば遥かに小さい。

 セーラムはすぐに処置室の部屋に飛び込むと、ベッドの上には鎧を脱がされ上半身裸のマークランドの姿があった。

 その傍らにはローブを着た宮廷魔術師とルイザベートが、マークランドに治癒の術式を施行している最中であった。

 セーラムは術への影響を恐れ一旦室外へ出ると、壁にもたれて胸の前で両手を組みマークランドの無事を祈った。

 「マークランド様……一体、何があったのですか……」

 

 ◆

 

 

 ミストの町は活気に満ちていた。

 マークランドの尽力により、今回初めてフライムダルとの航路が確立したのだ。

 そのような中、マークランドはミストの町を視察した。

 マークランドは町の住民から最上級のもてなしを受け、誰しもがソーシエンタール領となった事を喜んでいるように見えた。

 だが、ミストに滞在して1週間が過ぎた頃、事件は起こった。

 「きゃあああ!」

 深夜、マークランドが泊まる邸宅に、耳を劈くような悲鳴が響き渡った。

 すぐに飛び起きて帯剣すると、マークランドは迷わずに隣の部屋のドアを蹴破った。

 ミストの邸宅に宿泊しているのは、マークランドの他には町の長とその妻、グレン、それにルイザベートだけだった。

 その中で、幼さが残る女の悲鳴となればルイザベート以外に考えられない。

 マークランドは部屋を見渡すと、窓際に2つの人影を発見したが、月明かりの逆光となり姿がはっきりわからない。

 一つの影はぐったりとしたルイザベート、そしてもう一つの影はルイザベートを抱えた賊………!?

 賊のマントが翻ったと思った瞬間、月明かりに反射したキラリと光る物が見えた。

 マークランドは前方に低い体勢で飛び込むと、髪の毛をかすめるようにダガーが後方へ飛んでゆき壁に突き刺さった。

 マークランドはそのまま床を1回転すると、その勢いのまま剣を抜き窓際の賊に向かって突き出した。

 「!!!」

 マークランドの突きは賊の右の肩口を切り裂いたが、致命傷には至らない。

 だが、小脇に抱えていたルイザベートを落としていた。

 マークランドは更に剣を水平に薙ぎ払った。

 賊はそれをギリギリの所でジャンプしてかわすと、左手で右肩を押さえながら窓を破って外に飛び出した。

 ここは地上3Fの部屋で、窓の外は切り立った崖になっている。

 マークランドはすぐに窓の下を覗いたが、そこは暗闇が広がっているだけであった。

 「マークランド様!」

 グレンがランタンを持って部屋に入ってきた。

 照らし出された部屋には、散乱した窓ガラスと横たわるルイザベートの姿があった。

 マークランドはルイザベートを抱きかかえると、もう一度窓の外に視線をやり、少しの間考え事をする。

 「バラモント老人は私にルイザベートを託して魔術師を追って姿を消した。ルイザベートはその年齢からは考えられないほどの上級魔術を使いこなし、今夜、何者かに襲われた───この娘にはどんな秘密があるというのだろう……?」

 マークランドは独り呟くと、ルイザベートを抱えて自室のベッドに寝かせた。

 そして、すぐに右肩を負傷した賊を探すようにグレンに命じた。

 町には急遽厳戒態勢が敷かれ、賊を町の外には出さないようにソーシエンタール軍が警備に当たったが、夜が明けても賊を捕えることは出来なかった。

 マークランドは引き続き捜索を行うよう指示するとともに、ルイザベートにも事情を聴かねばならないと感じていた。

 ルイザベートは別室におり、ドアの外には見張りを置かせていたが、これではまるで軟禁しているようなもので、マークランドは現状を早く脱却したいと思っていた。

 「ルイザベートの詰問は私が行います」

 と、グレンが申し出たのだが、マークランドはグレンを一瞥してから言った。

 「僕が行うのは詰問ではなく質問だ。お前ではルイザベートが怖がって何も語らないだろう」

 「はっ。失礼いたしました」

 グレンは頭を下げると、ルイザベートの部屋へ入るマークランドを見送った。

 「ルイ?失礼するよ」

 そう声を掛けながらドアを開けるマークランド。

 正面には窓があり、太陽の日差しが室内を明るく照らしていた。

 その窓の前には木製の机と椅子が置いてあり、壁際にはベッドが置かれ、その上にルイザベートは座って何かの本を読んでいた。

 「あ、マークランド様!」

 ルイザベートはすぐに本をベッドの上に置くと、ベッドを飛び降りて床に跪く。

 「ああ、ルイ。畏まる必要はないよ。ちょっと話を聞きに来ただけだから」

 マークランドはそう言うと、椅子をベッドの傍に移動して座った。

 ルイザベートは再びベッドに座ってマークランドを見る。

 「えーと、昨晩のことだけど、覚えている範囲でいいから教えて欲しいんだ。犯人に繋がる何かヒント見たいなものがあるかもしれないからね」

 「はい……」

 ルイザベートは返事をしながら昨晩の事を思い出そうとしているようだった。

 「昨夜、私はいつものようにアラームの術式を邸宅に展開してから就寝したのですが……」

 「え!?」

 のっけからマークランドは驚いてルイザベートの話を止めた。

 「ちょっと待って、ルイ。君はいつもアラームを仕掛けていたの?」

 「ええ、そうですけど?」

 別に普通のことですが、何か?みたいな感じで答えるルイザベート。

 「私はお爺様からマークランド様をお守りするように頼まれました。今ではマークランド様は大陸中に影響を及ぼすほどのお人になられましたので、これくらいの警戒は当然と存じます」

 少女からこのように言われては、立つ瀬がないマークランドであったが、とりあえず礼を言って話を元に戻すよう頼んだ。

 「はい、それで昨晩、そのアラームに何者かが引っかかりましたので、急ぎ飛び起きてマークランド様に危険をお知らせしようとしたのですが……」

 「賊は君の前に現れた……」

 「はい、その通りです。賊は普通にドアを開けて私の部屋に入ってきたのです。私は驚いて悲鳴を上げたのですが、その瞬間背後に回り込まれて気を失わされました」

 「あの悲鳴はその時のものか………それで、その賊の顔は見たのかい?」

 「見たはずですが、室内は暗かったのでよく覚えていません」

 「そうか……」

 マークランドは手掛かりが無く少しため息をついた。

 「申し訳ありません!」

 ルイザベートがベッドの上に正座して頭を下げる。

 「いやいや、ルイザベートは被害者だ。何を謝るっていうんだい?」

 マークランドの言葉に顔を上げるルイザベート。

 「でも、私が賊の姿をちゃんと覚えていたら………」

 「ルイ……」

 マークランドはルイザベートの頭をやさしく撫でながらゆっくり話した。

 「……突然暗闇に人影が現れたら、誰だってびっくりするだろうし、まして人の顔なんて覚えている暇なんて無かったはずだ」

 「で、でも……」

 「いいんだ。ルイ。君は毎晩、術式を展開して僕を守ってくれていた。だからこそ今回、一人の被害も出すこともなかったんだ。本当ににありがとう。ルイ」

 「マークランド様……」

 ルイザベートは涙を浮かべてマークランドを見上げた。

 その時、何かを思い出したのか、考え込むような表情となるルイザベート。

 「ルイ?」

 マークランドはルイザベートの表情を読んで声を掛ける。

 「そう言えば、あの時……賊が何か言った気が………」

 「何だって!?」

 ルイザベートはまだ何かを思い出そうとしていた。

 「自分の悲鳴でよく聞き取れなかったのですが……たしか………」

 ルイザベートは遂に思い出したのか、うつむくと体が震えだした。

 「大丈夫か?ルイ!?」

 マークランドはルイザベートの前に行くと、しゃがみこんで両肩を掴んで顔を覗き込む。

 ルイザベートは涙を流しながら震えていた。

 「……暗闇に現れた賊は……たしかに……こう言いました………」

 消え入りそうな声で途切れ途切れに、でも必死にマークランドに伝えようと口を動かす。

 『み つ け た ぞ』

 

 

 マークランドは邸宅のバルコニーの柵に両腕を乗せて、ミストの町を見下ろしていた。

 「その後、ルイザベートはどうされました?」

 マークランドの背後でグレンが話しかける。

 「よほど怖かったんだろう、泣き疲れて今は眠っているよ」

 そういうと、マークランドはグレンに向き直って柵に寄り掛かる。

 「賊は間違いなく僕ではなく、ルイを狙ったのだろう」

 「でも、何故……?」

 「わからん……」

 マークランドは軽く首を振ると、再びミストの町並みに視線を戻した。

 「……だが、賊は間違いなくこの町に潜伏しているはずだ。何が何でも探し出してくれ、グレン」

 「最善を尽くします」

 グレンはそれしか言えなかった。

 そこへ、本国から早馬がやってきたと連絡があった。

 マークランドはそのままバルコニーに呼ぶと、そこで報告を受けた。

 「何だって!?父上はそんなに弱っておられるのか!?しかも、1年半で国替えだと!?もう無茶苦茶だ!」

 マークランドはバルコニーの柵を殴りつける。

 「報告ご苦労。ゆっくり休め」

 「はっ」

 グレンに促されてこの場を去る本国の使者。

 「全く、どうしてこうも次から次へと……」

 マークランドは自嘲気味につぶやく。

 「どうされます?帰国の準備をしますか?」

 グレンがマークランドに尋ねる。

 「いや、賊をこのままにしてはおけない。おそらく、賊の背後にはもっと別の何かがあるはずだ。それを暴くのが先だ」

 「本当によろしいのですか?」

 グレンが念を押すように聞く。

 「確かにセーラムには負担を掛けることになるだろう。よって、ミストの問題はセーラムには伝えないでおこう」

 「御意」

 この時マークランドは、この問題が長引くとは思ってもいなかったのである。

 

 

 あれから3日が過ぎたが、これといった情報は入ってこなかった。

 誰もが賊はすでにミストの町にはいないと考えるようになっていた。

 マークランドは気分転換にルイザベートを連れてミストの町へ繰り出した。

 町にはいろいろな場所の名産品が並び、非常に賑わっていた。

 「あっ!」

 ルイザベートは何かを見つけたのか、突然道の反対側の露店に向かって走り出した。

 マークランドもその後に続いて露店を覗くと、ルイザベートがルビーのペンダントを手に取って見つめていた。

 「綺麗……」

 ルイザベートがうっとりとした表情でルビーを見つめている。

 そういえば、ルビー等の一部の宝石は、魔力を増幅する作用があると聞いたことがある。

 「それが欲しいのだったらプレゼントしよう。オヤジさん、いくらだい?」

 「え!?本当にいいのですか!?」

 「勿論だとも。ルイ」

 「100万ゴールドになります!」

 店の主人が手もみをしながらマークランドを見ている。

 「100万………」

 マークランドは怯むように一歩下がると、後ろに立っていたグレンと軽くぶつかった。

 「グ、グレン……」

 マークランドはグレンを見つめながらその腕を掴む。

 「オヤジさん。金はこいつが払う、じゃあ、そういう事で!」

 「はい?」

 グレンは状況が呑み込めずポカンとしている。

 マークランドはルイザベートの手を引くと店を後にする。

 「マークランド様?」

 グレンがマークランドの後を追おうとすると、その肩を掴まれる。

 「ちょっとグレン様?お代がまだですが?」

 「な、何だと!?」

 「100万ゴールドでございます」

 「え!?ちょ!マークランド様ーーー!!!」

 グレンの悲痛な叫び声がこだましたが、マークランドは逃げるようにその場を離れた。

 「グレン……すまぬ!」


 その後もいろいろな店を見て回ったマークランドとルイザベートは、そろそろ邸宅に戻ろうとしていた。

 ルイザベートもすっかり元気になったようで、マークランドも来てよかったと安堵していた。

 邸宅は町を一望できる山の上にあるのだが、人の足で登るには一苦労するため、専ら町でロバに乗り換えるのが普通であった。

 マークランドはルイザベートを前で抱えるようにロバの手綱を引いていた。

 「町は楽しかったかい?」

 「はい!マークランド様!」

 ルイザベートはマークランドを見上げて微笑んだ。その首からはルビーのペンダントが輝いている。

 よほど嬉しいのか、引っ切り無しに首から下げたペンダントを見つめるルイザベート。

 その時、前からフードを深めに被り、マントを纏った者が歩いてきた。

 一見すると、普通の旅人の服装ではあるが、ここは邸宅に続く道であり、しかも徒歩となると珍しい。

 マークランドは違和感を感じつつも、旅人とすれ違う。

 その時、ルイザベートが顔を上げ、その旅人の姿を見た途端、マークランドの腕にしがみつき体を硬直させる。

 マークランドは瞬時に剣を抜こうとするが、ルイザベートがしがみついており、しかもロバの上であるため動きが制限される。

 旅人はマントを翻すと、腰に差してあるダガーを左手で抜きながらすぐに投擲した。

 マークランドはルイザベートを抱えながら、ロバの反対側へ倒れこんでダガーを避けると、ルイザベートを草むらへ放り投げる。

 「そこでじっとしていろ!」

 マークランドはそういうと、ロバの尻を叩く。

 驚いたロバは駆けだしたが、同時に旅人との距離を詰めるためダッシュするマークランド。

 しかし、そこには誰もいなかった。

 ふとロバの方を見ると、ロバの側面にしがみ付く旅人の姿があった。

 旅人はすぐにロバの上に立ち上がると、その背中を踏み台にしてマークランドに切り込んできた。

 それを剣で受け流しつつ、返す剣で薙ぎ払うマークランド。

 しかし華麗にバック転でかわす旅人。

 「ほう……マークランド……私の攻撃をかわすとは……この前といい、ただの坊ちゃんでは無いな……」

 旅人が口を開く。

 だが、突然そのマントと服は切り裂かれ、顔や体が露わになる。

 「な……に……!?」

 驚きの表情を浮かべる旅人。

 マークランドは右手の剣を水平に構え一歩前に出る。

 「お、お前……女だったのか……!」

 服を切り裂かれた女は、右手で胸を隠し、左手でダガーを構えていた。

 マークランドは更に一歩前に出ると口を開いた。

 「どうしてルイザベートを付け狙う?何が目的だ!?」

 女は微動だにせず、マークランドを注視している。

 『隙が無い!』

 女はマークランドの隙を伺っていたが、マークランドには全く隙が無く、動くことが出来ないでいた。

 『だったら、無理にでも隙を作るまで!』

 女は突然緊張を解いたように軽く息を吐いた。

 マークランドはその変化に気付く。

 その瞬間、女は口から何かを吹きだした。

 マークランドは間一髪、顔を横に背けて避けた。

 「含針!」

 予期せぬ攻撃に驚くマークランド。

 女はこの隙を突いてマークランドの懐に飛び込むと、膝蹴りを繰りだした。

 それをマークランドは左手でブロックするが、その威力に態勢を崩す。

 女は更にダガーを突き出す。

 マークランドは上体を反らしてこれをかわすと、同時に蹴りを放った。

 女は宙返りをうって後方へジャンプして距離を取る。

 マークランドは態勢を整えると、服に紫色のシミがついているのに気づく。

 「そのダガー、毒が塗ってあるのか……!?」

 おそらく、先ほどダガーの攻撃をかわした時に服に付着したのだろう。マークランドはそのシミを見てすぐに毒と見破ったのである。

 「先ほどの含針、毒を塗ったダガー、更にはその体術………お前、暗殺者<アサシン>か!?」

 マークランドに問われ、苦笑する女。

 「そこまで見破るとは……恐れ入ったよ。マークランドさんよ」

 アサシンはダガーを一度鞘へ納めると、再び抜いた。

 すると、刀身にはたっぷりと毒液が付着していた。

 「その鞘の中に毒を仕込んでいるのか」

 「ご名答」

 アサシンはジリジリと間を詰めてくる。

 それを見てマークランドが話しかける。

 「アサシンの性格上、接近戦こそ真価を発揮する。その攻撃は例え自分が死のうとも、確実にターゲットを殺すことに重きを置く一撃必殺の業……」

 マークランドが話している間も、お互いに間を取り合っていた。

 「……だが、今のあんたには勝ち目はない」

 「何だと!?」

 女アサシンがギラリと目を光らせる。

 「そうムキになるなよ。せっかくの美人が台無しだ」

 マークランドは挑発しながら隙を伺う。

 「どうあがいても、僕には勝てないんだ。それはあんたが一番わかっているはずだ」

 「………」

 アサシンは黙ってマークランドを見ている。

 「その理由は3つある。一つは、あんたの本当のターゲットは僕じゃないことだ。さっきも言ったが、命を懸けた一撃必殺を信条とする業なのに、本当のターゲットではない僕に命を懸けてしまっては、本当のターゲットであるルイを仕留め損ねる。つまり、僕が相手ではその真価を発揮できないんだ」

 「ふん………能書きはそれだけか?」

 アサシンはマークランドの動きを注視しながら答える。

 マークランドもアサシンが一歩詰めれば、一歩下がるという駆け引きをしつつ話を続ける。

 「3つあるって言っただろ?二つ目は、その右肩だ。まだ完治していないんだろう?どうしても動くときに右肩を庇っているから、スムーズな動きが出来ないようだ」

 「ちっ」

 アサシンは舌打ちをする。

 「そして、三つ目。それは、胸を隠しているその状態だ。どうして女であることを捨てきれない?本当のアサシンであれば、性別なんてとうに捨てているはずだ。そんな状態では100%の力を出すことはできないだろう?」

 「!!!!」

 女アサシンはズバリ言い当てられ、顔を赤くしていた。

 マークランドは女アサシンが攻撃を仕掛けてくると直感した。

 その瞬間、女は胸を隠していた右手でスローイングダガーを素早く投擲した。

 だが、マークランドはその攻撃を察知していた。アサシンは自分を女と意識してしまった事を捨て去るために、あえて右手で攻撃を仕掛けてくると読んでいたのだ。

 マークランドは前方にダッシュしながら剣でダガーを弾くと、その勢いのまま剣を振り下ろした。

 女アサシンは左手のポイズンダガーでそれを受ける。

 それこそがマークランドの狙いだった。

 受けたダガーの刀身を滑らせて小手を狙うマークランド。

 「!!!」

 寸前の所でダガーを手放して避けるアサシン。

 マークランドは前進の勢いをそのままに、左肩で女アサシンを吹き飛ばした。

 地面をゴロゴロと転がり、地面にうつ伏せとなる女アサシン。

 すぐに立ち上がろうと顔を上げた所に、マークランドが右肩を掴んで地面にねじ伏せる。

 「うがあああ!」

 右肩の傷口が開き、出血する女アサシン。

 「どうやら勝負あったようだな?」

 「くっ……!」

 女アサシンは何とか振り払おうともがくが、さすがに手負いの女に力負けするマークランドではない。

 軽く後ろ手に縛り上げると、足も拘束して地面に放り出す。

 「さて、芋虫状態となった訳だが、どうする?アサシンよ、自害するか?」

 「自害などせぬ!」

 女が胸を丸出しのまま吠える。

 マークランドは頭をポリポリ掻くと、上着を女の肩にかけてやる。

 「何のつもりだ!?」

 女が叫ぶ。

 マークランドは面倒臭そうに話しかける。

 「何でもかんでも叫ぶなって。とにかく自害しないのであれば、目のやり場に困るから上着を掛けただけだ」

 「───!」

 女は赤面するとうつむいて大人しくなった。

 「はぁ」

 マークランドは大きなため息をつくと、隠れているルイザベートを呼んだ。

 「この前ルイを襲ったのは、この者に間違い無いか?」

 マークランドが女の顎を持って無理にルイザベートに顔を向ける。

 「はい、多分、そうだと思います」

 ルイザベートは恐る恐る答える。

 その時、町の方からマークランドを呼ぶ声が聞こえた。

 「マークランド様!やっと見つけましたぞ!」

 ロバに乗ったグレンが手を挙げながらやって来た。

 「遅いぞ、グレン」

 「いやいや、マークランド様が突然高額の買い物をするからでございましょう?部下に何とか金を工面させてやっと解放されたのですぞ………ところで、何かあったのですか?」

 再びため息をつくと、マークランドが呟いた。

 「グレン、お前、キャラ変わったな?」

 「はい?」

 「いや、何でもないが、お前のロバは徴収する」

 「え!?そ、そんな……」

 そう言いながらロバから引きずりおろされるグレン。

 マークランドは拘束された女アサシンを抱きかかえてロバに乗ると、その後ろにルイザベートがしがみ付く。

 「お前は町まで戻って別のロバを調達するがいい」

 マークランドはそう言うとロバに乗って行ってしまった。

 グレンは「どうして私だけこんな目に……」と言いながら、走ってマークランドを追いかけた。


 女アサシンは、マークランドの胸に抱かれながら、不思議な気持ちでいた。

 敵に捕らえられ連行されているというのに、マークランドの胸に抱かれていると、何故か安心している自分がいたのだ。

 女アサシンは初めて感じるこの気持ちに違和感を感じつつも、この時間が長く続いて欲しいと願う自分に驚いていた。

 この気持ちは一体何なのだ!?

 初めて異性に抱かれ、胸の高鳴りを感じずにはいられないのであった。

 

 

 

 


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