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クシュチア聖騎士団

マークランドが特務隊所属の元アサシン、ハナからその報告を受けたのは、ソーシエンタール本国でセーラムをフライムダルへ送り出した直後だった。

 「まさか!?クシュチアがオデッキオに向かって進軍中だって!?」

 「はっ。その陰には黒の魔術師がいるようです」

 「なるほど……フライムダル国王が崩御されたのと同時、いや、実際の行動はそれより早いか………そんなタイミングで攻めてくるとは、ちょっと出来過ぎていると思ったのだが、黒の魔術師が仕組んでいるのであれば合点が行く」

 そこに、同じく元アサシンのマツが片膝を付いて姿を現す。

 「マークランド様が望むのであれば、特務隊にコルドバの暗殺をご命じ下さい」

 するとハナはマツを横目で睨むと口を開いた。

 「横から口出ししてきて勝手な事を言うな。本当の敵は黒の魔術師だ。さすがに我らであっても、魔法結界が張られては隠密行動は難しい」

 この口調からすると、まだマツと特務隊の4人との間には確執があるように思われた。

 「引き続き無理をせずに監視を続けてくれ」

 「承知いたしました」

 マークランドの指示に答えると、ハナは瞬時に姿を消した。

 「マツ。これからすぐにオデッキオに向かう。準備をしてくれ」

 「承知いたしました」

 そう言うと、マツも姿を消した。

 

 おそらく、マークランドがオデッキオに到着する頃には、すでに両軍が激突しているはずだ。

 敵は間違いなく聖騎士団がやって来るだろうから、突破は許さないまでも苦戦は必死だろう………ルイを含む宮廷魔術師たちは、ザクソンやグローザハラの被害者を診て回っているため不在………ならば、やはり自分が到着することで戦局を打開するような何かが必要か………。

 マークランドは良い策がないか思案しながら、出発準備に取り掛かった。

 

 

 3週間後、オデッキオの守備に当たっていたトゥーランドもクシュチアの動きを察知していた。

 「ふっ。クシュチアめ。相変わらず公路を堂々と馬鹿の一つ覚えのように行軍して来るか」

 トゥーランドが毒舌を吐くと、浅黒い肌をしたモヒカン頭のヤスリソブリが質問する。

 「トゥーランド殿、やはり敵は聖騎士が出て来るのでしょうか?」

 するとトゥーランドは『何を当然のことを……』と言いたそうな顔をしながらそれに答える。

 「見せつけるように行軍するのが聖騎士のモットーだ。おそらく二人とも出て来るだろう」

 「聖騎士団の騎馬隊はどの様に防ぐのですか?」

 ヤスリソブリにとって、聖騎士と戦うのは初めてであるため、質問してくることは当然であった。

 「前回も同じ場所で聖騎士団と戦っているからな。少し私に考えがあるから、今回は私に任せて欲しい」

 トゥーランドはそう言うと、ヤスリソブリに作戦指示を出す。

 ヤスリソブリは頭を掻きながら作戦内容を脳に叩き込む。

 「わかりました。やってご覧に入れましょう」

 その言葉にトゥーランドはヤスリソブリとガシッと握手をする。

 「ヤスリソブリ殿、よろしく頼みますぞ」

 

 夜が明け、太陽が半分ほど顔を覗かせた頃、ソーシエンタール軍はオデッキオの北10キロの地点に布陣した。

 公路上にはトゥーランドの騎馬隊を中心とした第2軍が、クシュチア軍の行く手を塞いだ。

 それを見て、聖騎士セイドルフは喜び勇んで踊り出ると、聖騎士ギャモンに言った。

 「先陣は私に任せてもらおう。騎馬戦であれば負けはせん!」

 そう言うと、すでに駆け出していた。

 「我が聖騎士団が先陣を務める!突撃せよ!」

 『おぉーっ!』

 土埃を巻き上げながら、クシュチアが誇る聖騎士団が突撃を開始した。

 さすがによく訓練されているようで、一糸乱れぬ偃月の陣を形成して突撃して来る。

 トゥーランド軍は銅鑼を鳴らして合図を送る。

 これに応えるように、ヤスリソブリ軍は公路の両脇に布陣していた弓隊に一斉射撃を命じた。

 公路を走る聖騎士団に矢の雨が降り注ぐ。

 しかし、セイドルフはすでに想定していたようで、大型のラウンドシールドに身を伏せてこれをかわしていた。

 「そのようなへなちょこの弓矢に当たるような我らではないわっ!」

 セイドルフ率いる聖騎士団は怯む様子もなく突き進んだ。

 その時、前方で公路を塞いでいたトゥーランドの騎馬隊が左右に分かれると、そこに現れたのは長さ5メートルを優に超える長槍を構えたヤスリソブリの歩兵部隊であった。

 それを見たセイドルフは笑っていた。

 「そんなに長い槍だと、どれだけ突いても力が先端まで行かないだろう!それでは我らのフルプレートの装甲を貫くことはできん!」

 聖騎士団は恐れる事無く槍を脇に構えて突っ込んでくる。

 「今だ!」

 左右に分かれたトゥーランドの騎馬隊から一斉に弓が射られた。

 これはただの弓矢ではなく、鏑矢に特殊な土を混ぜた油に火をつけた特殊な矢であった。

 本来の鏑矢同様に甲高い音を鳴らし、更に黄土色の煙を吐き出しながら聖騎士団の正面へ飛んで行った弓矢は、殺傷が目的ではなかった。

 聖騎士団の馬が一斉に前足を高々と上げて急停止する。

 甲高い音と、色が着いた煙の矢に馬が驚いたのだ。

 「ぐわっ!!」

 セイドルフは何とか馬にしがみ付き、落馬は免れたが、辺りを見るとかなりの者達が落馬の憂き目にあっていた。

 セイドルフの聖騎士団は騎馬戦を想定した武装であるため、重厚なフルプレートを着用していた。

 しかし、一度落馬すると、その重いフルプレートが災いして、全く受け身を取ることが出来ずに地面に激突する場合が多く、ほとんどの者が立ち上がる事も出来ないほどの怪我を負う状況であった。

 それを見て、ヤスリソブリの長槍隊が鬨の声をあげながら聖騎士団に突撃した。

 「怯むな!あんな槍、当たったとしても大したものではない!」

 セイドルフは味方を鼓舞して体制を立て直そうとする。

 そこへヤスリソブリ率いる長槍隊が突入すると、一斉に槍を振り上げた。

 「!?」

 セイドルフは思わず釣られて高々と振り上げられた長槍を見上げた。

 「槍を突かずに、振り上げた!?」

 これまでの戦いは、騎馬による突撃戦、つまり相手の槍をシールドで防ぎつつ、相手を槍で突いて落馬させて戦闘不能にする───これが主流の戦い方であったため、セイドルフは振り上げられた長槍の意味をあまり理解していなかった。

 次の瞬間───。

 適度にしなった槍が鋭い風切音と共に、フルプレートで武装した聖騎士団目がけて振り下ろされた。

 直撃を受けた者のフルプレートは、激しい金属音と共に陥没した。

 「ぎゃあああ!!!」

 あちらこちらで聖騎士団の悲鳴が聞こえてくる。

 長槍の本当の戦い方は『突く』のではない。振り下ろして『殴る』ものなのだ。

 5メートル以上もの高さから振り下ろされた槍は、遠心力や重力によって威力が何倍にもなり激しく打ち付ける。

 たとえ装甲が陥没できなかったとしても、衝撃そのものは装甲から人体へ伝わるので、これが頭部の場合は致命傷にもなる得るだろう。

 しかも、殴った時の金属音はフルプレート内に反響して、中の人間に襲いかかる。運よく鼓膜は破れなかったとしても、三半規管がマヒするため、立っていることも出来なくなる。

 重いフルプレートだ。一度倒れると自分の力で立ち上がるのは難しいだろう。

 セイドルフは何とかシールドで受け流したため無事だったが、すぐに後ろの兵士が第二撃を振り下ろしてくる。その狙いは……!

 「ちっ!」

 舌打ちをしながらセイドルフは馬の手綱を引き、ギリギリで馬への直撃をかわす。

 そう、騎馬隊に対しては馬を狙うのがセオリーなのだ。

 「セイドルフ下がれ!」

 ギャモンが大声で指示を出す。

 「動きが止まった騎馬は単なる標的だ。一先ず退け!体制を立て直す!」

 セイドルフの騎馬隊が一斉に退却を始める。

 だが、小回りが利かない騎馬はすぐに反転することが出来ず、容易に追撃を受け被害が拡大した。

 何とか自軍へ戻ったセイドルフは、この戦いで半数の聖騎士団を失っていた。

 「セイドルフよ。あとは私に任せるがいい。貴公の兵を無駄死にさせる訳にはいかんからな」

 ギャモンはそう言うと、弓隊を前進させ、ソーシエンタールの長槍隊に対して一斉射撃を行った。

 長槍はその長く重い槍を持つ故に、両手が塞がっているため、弓に対しては完全に無防備であった。しかも、長い槍が災いして、こちらも小回りがなかなか利かないので、面白いように矢が命中する。

 だが、そこはすでにわかっていた事なので、防御を担当する盾部隊が随行していた。

 「盾部隊前へ!」

 ヤスリソブリの命令で、ラージシールドを持つ盾部隊が前に出て弓矢を防いだが、聖騎士団への追撃はこれ以上は出来なくなった。

 この弓矢によって、ソーシエンタールの長槍隊は4分の1を失ってしまった。

 「盾部隊との入れ替えの僅かな時間で、これほどの被害が出るとは、さすがは聖騎士団の弓隊と言ったところか……」

 ヤスリソブリが奥歯を噛みながら悔しがる。

 そこへトゥーランドから『そのまま後方へ下がるように』と連絡が入ったため、足を止めずにそのまま後方へ下がるヤスリソブリ隊。

 連動するように左右に展開中の弓隊が草木に隠れたまま応射する。

 ソーシエンタール軍の弓矢が左右から降り注ぐ。

 「敵の弓の射程外まで退け」

 ギャモンが状況を見てすぐに指示を出す。

 これにより、両軍は一定の距離を取った上で睨み合う形となった。


 クシュチア軍は態勢を立て直したセイドルフの騎馬隊を先頭に、その両脇をギャモンの弓隊が固め、その後ろにギャモン率いる歩兵隊が布陣していた。

 すでに太陽は真上にあり、朝から始まった戦いは昼近くまで続いたことを意味していた。

 乾燥した風が吹く中で、ギャモンがセイドルフに話しかけた。

 「前回、コルドバ様がこの地でソーシエンタールに敗れた時の報告を聞いたことがあるか?」

 「突然何だ?……たしか、夜討ちされ火計によって混乱したところを強襲されたとか……」

 「その通りだ……」

 ギャモンが頷く。

 「………その時の借りを返そうと思うのだが、協力してくれるか?」

 「ああ。何かわからんが、貴公の作戦であればきっとうまく行くだろうからな」

 セイドルフが親指を立てる。

 「妄信的に私を信じると言うのか?」

 ギャモンが苦笑する。

 「それはそうだろう?私は敗れて貴公に助けられたのだからな。さあ、早く作戦を教えてくれ」

 セイドルフがギャモンを急かす。

 「わかった、セイドルフ。貴公には囮になってもらう」

 「囮か。すでに半数を失った我が軍に務まるのか?」

 「私の弓隊も出す。先ず初めに我が弓隊で前面にいる騎馬隊に弓を射かける。その隙に突撃して時間を稼いでくれ。その後、私が合図したら引き上げて欲しい。どうだ?簡単だろ?」

 ギャモンがセイドルフの肩をポンと叩く。

 「いやいや、ギャモン。先ず最初の弓隊の件だが、現在弓の射程距離の外に布陣している。敵の騎馬隊に弓を射かけるには接近しなければならんぞ?」

 「ほう。貴公にしてはよく気付いたな。その通りだ、普通に射かけても矢は届かないだろう。だが、私はこの度の戦いに新兵器を用意した。それを使えばこちらから一方的に射かける事が出来るだろう」

 「隠し玉があったのか?だったら最初から出してくれれば、私の部隊の被害をもっと抑えることができたんじゃないのか?」

 「隠し玉を初っ端に使う奴がいるか?それに、そもそも規格外の代物だ。あまり数が無い」

 「そうかい。じゃあ私は突撃の準備をする。貴公の新兵器による攻撃が始まったら行くとするわ」

 そう言いながらセイドルフが最前線に戻って行く。

 セイドルフは感じていた。この作戦は決死の覚悟である事を。

 敵の真っただ中に突入して時間を稼ぐ………言葉では簡単だが、実際にやるとなると非常に難しいだろう。特にあの長槍をどうにかしなければ……。

 セイドルフは悩んだ末に出した答えは単純だった。

 「全員、鎧を脱ぎ捨てよ!そんな物に頼るからそこを狙われるのだ!これで身動きが取りやすくなるだろう!それと弓と剣も持って行け!騎馬用の槍だけでは不利となる!」

 このセイドルフの指示で、栄光あるクシュチアの聖騎士団は、鎖帷子に麻の服という、何とも粗末な装備となった。

 「騎乗!」

 ほとんど野党のような出で立ちの騎士団が騎乗すると、その後方から馬に引かれた大きな箱状のものが現れた。

 その箱の上には巨大な弓が水平に設置してあり、箱の両側にはクランクがついていた。箱の前面には丸いハンドルもあり、一つの箱に対して何人もの人間が必要であることが伺えた。

 その箱は10台ほど馬に引かれてセイドルフの部隊のすぐ後ろに置かれると、すぐに何人もの兵士たちが集まり、何らかの作業を開始した。

 セイドルフはギャモンを見つけると、どうしても質問せざるを得なかった。

 「ギャモン。この箱は何なのだ?」

 「ふふふ。これこそが新兵器だ。通常の2倍以上の長さの矢を射ることができ、射程距離も長くなっている。破壊力は折り紙つきだ」

 「そうなのか?何とも不恰好ではあるが……」

 そう言いながらセイドルフが首を傾げる。

 「まぁ、そう言うな。横にあるクランクを回すと、箱の中にあるいくつもの歯車が回り、箱の上に設置された巨大な弓の弦を引いてくれる。あとは特別な矢をセットしてそのままクランクを回し続ければ、最大限まで引き絞った矢を自動的に放つ事が出来るのだ。射出角度は前面のハンドルを回して調整することができる」

 ギャモンはそう言うと、新兵器で使用する矢をセイドルフに手渡す。

 その矢はずっしりと重く、長さはセイドルフの背丈を軽く超えていた。

 「こんなものが空から降ってきた事を考えると恐ろしくなるな」

 セイドルフは背中がゾクゾクするのを感じた。

 するとギャモンが前に出てきて全軍に向けて檄を飛ばす。

 「我らの戦いはこの一戦で決するだろう!全員、決死の覚悟で臨め!さすれば我らの勝利は確実だ!全員攻撃準備!」

 ギャモンの指示で全軍が攻撃態勢を整える。

 「射掛けよ!」

 一斉に巨大な箱から規格外の矢が射出され、晴れた空に舞い上がると、放物線を描いてソーシエンタール軍へ降り注いだ。



 耳を劈くような音と共に巨大な矢が地面に突き刺さると、その衝撃で地面が掘り起こされ、近くにいた者は吹き飛ばされた。

 「一体何の騒ぎだ!?」

 トゥーランドが確認を取ると、巨大な矢が降ってきているという。

 「盾部隊を前面に出せ!」

 「駄目です!盾ごと押しつぶされます!」

 「!!!」

 その時、トゥーランドの近くに巨大な矢が地面に激突し、周囲の騎馬たちが吹き飛ばされていた。

 「なんて威力だ………こちらも応射しろ!」

 「敵はこちらの射程外から射掛けています!」

 「!」

 このままでは一方的にやられるだけだ。

 トゥーランドは敵の巨大な弓矢を避けるため、全軍に後方へ下がるように指示を出す。

 セイドルフはこの機を見逃さず、鬨の声をあげつつ突撃を開始した。

 「敵の騎馬隊が突撃してきます!」

 「長槍隊を出せ!」

 トゥーランドの指示に、後方に下がっていたヤスリソブリの長槍隊が前進を開始し、トゥーランドの騎馬隊と入れ替わる。

 すると、そこにセイドルフの聖騎士団が突入してきた。

 「は、速い!」

 ヤスリソブリは聖騎士団の移動速度が先ほどよりも格段に上がっている事に驚いた。

 長槍隊はしっかりした隊列を形成しなければ、その強さを発揮できない。特に、懐に飛び込まれては、長槍は文字通り『無用の長物』と化すのだ。

 そんな混戦の中、ヤスリソブリは長槍隊を密集させて槍ぶすまを形成すると、決死の覚悟で敵の騎馬隊に突撃した。

 さすがの聖騎士団も、鎧が無い状態で長槍の突撃に正面から挑むことは出来ず少し距離を取る。

 その隙にヤスリソブリの長槍隊は隊列を形成しようと試みる。

 だが、セイドルフ率いる聖騎士団は武器を弓に持ち変えると、馬上から一斉射撃を行った。

 正面から弓矢を浴びる形となったヤスリソブリ率いる長槍隊は、バタバタと倒れて行った。

 「今だ!一気に突入するぞ!」

 セイドルフは弓矢によって隊列が崩れた箇所に突入する。

 その後を追うように聖騎士団が次々と続き、遂にソーシエンタールの長槍隊が前線を突破される事となった。

 しかし、トゥーランドの騎馬隊がセイドルフの目の前に立ちはだかると、包囲するように展開する。

 「敵は鎧を着ていない!聖騎士を討ち取って名を上げよ!」

 トゥーランドの激によってセイドルフに襲いかかるソーシエンタールの騎馬隊。

 その時、クシュチア軍から激しく銅鑼が鳴り響いた。

 「撤退の合図だ!」

 セイドルフは急いで反転すると、敵の長槍隊の横をすり抜けようとする。

 だが、公路の左右から突如火の手が上がり、それから逃れようとする兵士達が逃げ惑っていた。

 「おいおい、ギャモン!私ごと燃やそうって訳じゃないよな!?」

 乾いた風は北から南に吹いており、炎と煙は勢いよくソーシエンタールの陣を襲った。

 セイドルフは炎から逃れる人の波に逆らって馬を走らせていた。

 「どけどけ!」

 セイドルフは決死の突撃で何とか敵中を突破すると、黒煙と熱風の中を夢中で公路を北上した。

 すると突然視野が開けた。

 そこにはギャモン率いるクシュチア軍の姿があった。そこで初めて、セイドルフは命が助かったことを知った。

 その後、十数名の騎馬隊が生還したが、セイドルフ隊は事実上壊滅した。

 

 

 「退け!退け!」

 「長槍は捨て置け!今は全力で後退しろ!」

 トゥーランドとヤスリソブリは全軍を鼓舞しながら公路を南へ撤退していた。

 風に煽られて公路の両側の森が焼かれ、煙と熱風がソーシエンタール軍を襲ってくる。

 周囲は黒煙で太陽光が遮られ、まるで夜のようであった。

 道幅が広い公路であったから、まだ全軍が撤退行動に移る事が出来たが、普通の道であれば火の海の中を進む事になっていただろう。

 ソーシエンタール軍は10キロの道のりを逃げ続け、命からがらオデッキオの町に帰還した。

 炎はすでに大規模森林火災となり、公路の両側の山まで燃えていた。

 この戦いでソーシエンタール軍は3分の1もの兵力と、多くの装備品や食料を失った。

 夕方になって風が収まり、延焼はかなり落ち着いてきたが、オデッキオの北側はあちこちでまだ炎と煙が立ち昇っていた。

 この様子をトゥーランドとヤスリソブリは、公路上にある町の防壁の門の上から並んで眺めていた。

 「まさか、敵が火計を使ってくるとはな………聖騎士団は古い習わしに固執した戦い方をすると思っていたが、逆に、我々の方がその考えに囚われていたのかもしれんな………」

 トゥーランドが防壁の門から北側を見下ろしながら呟いた。ただでさえ小さい体が、今ではもっと小さく見える。

 「敵ながら見事な作戦でしたが、我々もその中で本当によく戦ったと思います」

 ヤスリソブリは死んでいった者たちに向けて言ったのだろう。

 「ああ、そうだな………」

 トゥーランドも同意すると、更に続けた。

 「………問題はこの後どうするかだ」

 ヤスリソブリはオデッキオの町へ視線を移して答えた。

 「少なくとも、公路近くの火災が収まるまでは敵も動けないでしょう。現在、交代で食事と休息を取っていますが、兵たちはかなり疲弊しています」

 オデッキオの町の中を縦断する公路上には幾つもの天幕が用意され、ソーシエンタールの兵士達はそこに詰めていた。

 住民達は協力して兵士たちの為に炊き出しや、傷の手当を行っている。

 「疲れているのは敵も同じだが…………夜襲を仕掛けるか………?」

 トゥーランドは、まだどうするべきか悩んでいるようだった。腕を組んであちこちで燃えている炎を凝視している。

 「精鋭部隊を組織しましょうか?」

 ヤスリソブリが提案するが、おそらく二千人も集まるかどうか……。

 「そうだな………夜襲の判断はもう少し先にするとして、精鋭部隊を組織するのはやっておこう」

 「承知しました」

 返事をすると、ヤスリソブリはすぐに階段を下りて、兵士達が詰めている天幕へ向かった。

 トゥーランドはおもむろに右手の指を口に咥え、口笛を吹いた。

 甲高い音が辺りに響き渡ると、トゥーランド直属の斥候がどこからともなく姿を現した。

 「仲間たちの様子はどうだ?」

 「山火事の影響で連絡が取れない者が多数おります」

 「そうか………」

 トゥーランドは元々はマークランド直属の斥候である。この大規模火災で、クシュチア軍の動きを監視していた斥候達の安否が気になっていたのだ。

 「現在のクシュチア軍の動きは掴んでいるか?」

 「はっきりした事までは………しかし、敵もかなり疲弊しており、騎馬隊に至ってはほぼ全滅したようにございます」

 「騎馬隊という事は、セイドルフの軍だな。これでいよいよギャモンの影響力が強くなるか………火計を仕掛けてきたのも奴だな?」

 「その通りにございます」

 「うむ………」

 トゥーランドは再び考え込んだ。

 戦中に古来からの聖騎士の戦い方を捨て、勝つための戦略を立て実行した男、ギャモン………やはり、こちらの夜襲を警戒していると考えて間違いないだろう。

 それを踏まえた上で策を立てなければならないが、さて、どうするか………。

 トゥーランドとしては、援軍を呼んだ上でこのまま籠城という選択肢もある。

 だが、最終的にはそうなるとしても、その前に一泡吹かせてやりたいと考えていた。これは、もしかするとグレンやクラヴマンのような生え抜きの軍人に対して、負けたくないという感情が働いたのかもしれない。

 「否………」

 トゥーランドはその感情を自ら否定した。

 元斥候である以上、常に沈着冷静に行動出来るのが自分の強みであり、作戦行動には一切の私情を挟まない事を至上とするのだ。

 それを踏まえた上で、勝算があるからこそ行動するのだ。

 トゥーランドは引き続き敵の監視を怠らぬよう指示を出し、改めて斥候を放つと、夜襲の準備に入るのだった。

 

 

 一方、クシュチア軍もこの炎には手を焼いていた。

 「これほど燃え広がるとは、予想外であった」

 ギャモンは鎧を脱ぎ天幕に設えたテーブルに肘を着いて座っていた。

 その対面に座っていたセイドルフが鼻を鳴らす。

 「ふん。炎や煙が邪魔で、オデッキオを包囲することも出来ん。このまま籠城されたら面倒な事になるぞ?」

 セイドルフは腕を組んで椅子にふんぞり返ると、更に続ける。

 「……それに、我々もかなり疲弊している。このままではジリ貧だ」

 「わかっている」

 ギャモンは鬱陶しそうに手を振ると、セイドルフは首をすぼめておどけて見せ、その後は大人しくテーブルに置いてあるぶどう酒をちびちび飲み始める。

 ギャモンは何かを考えているようだったので、セイドルフはギャモンの思考を邪魔しないという名目で、黙々とぶどう酒を嗜んでいた。

 「セイドルフ」

 突然ギャモンが口を開いたので、セイドルフはビクッと肩を震わす。

 「な、何か用か?」

 「もしも、貴公がソーシエンタールの軍事責任者だったら、この後どう動く?」

 「どうって言われてもな………」

 そう言いながら、天井からぶら下がっているランタンに視線を向け、セイドルフは考え始める。

 「私だったら………そうだな………夜明けまで待つかな?」

 「なぜ?」

 「いや、だって、やっとオデッキオに戻ったんだ。この炎だと我々が攻めてくることは無いと考えるだろう。だったらここは本国に救援要請をした上で、しっかり休んで明日に備えるべきだ」

 「なるほど……」

 ギャモンはテーブルに両肘をついて手を組み、その上に顎を乗せた状態で頷いた。

 「……貴公がそう考えるという事は、夜襲に備えるべきか……」

 「はぁ!?それはどういう意味だ?ギャモン!?俺の意見は参考にならんのか!?」

 ぶどう酒を飲んでいるせいもあり、いつもよりも強めに聞き返すセイドルフ。

 「ああ、特に他意は無い。私も貴公と同じように考えていたのだからな。だが、それが危険なのだ。ソーシエンタールは、常に我々の考えよりも先を見ている。従って、我々の考えの逆を考慮すべきなのだ」

 「夜襲に備えるって言っても、具体的にはどうするのだ?疲弊した兵士達に過度な期待はしないようにな?」

 「そうだな………では、兵を伏せるか?」

 「無理だ」

 ギャモンが伏兵を提案するが、すぐにセイドルフが否定する。

 「周囲の草木は燃え尽き、焼け野原と化している。兵を伏せるにしても、身を隠す場所なんてどこにもないぞ?」

 「セイドルフよ………貴公は本当に頭が固いな?………だったら、身を隠せる場所がある所まで戻れば良いだろう?」

 「あ………」

 セイドルフはここでやっと、風上で炎に焼かれていない地点まで全軍を移動させることに気付く。

 そして改めてギャモンへ視線を移すと、ギャモンはニヤリと笑いながら頷いた。

 「……そう言う事だ」

 得意げな顔のギャモンに苛立ちを感じながらも、この頭の回転の良さには脱帽するしかないセイドルフは舌打ちしながら立ち上がった。

 「それじゃあ、全軍にもう少し後退するように言ってくる」

 セイドルフはムスッとした口調で言うと歩き出す。

 ギャモンはその背中に「頼んだぞ」と声を掛けると、セイドルフは振り向きもせずに軽く右手だけを上げて天幕を出て行った。

 ギャモンはテーブルに視線を落とすと、独り呟いた。

 「さあ、ソーシエンタールよ………今宵は動くのか?それとも動かぬのか?どっちだ!?」


 クシュチアが伏兵の配置を完了したのは、これから3時間後であった。




 


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