表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/20

新生ソーシエンタール国誕生

 ゾロウ連邦はオーニクール軍が自国へ引き上げたため、総兵力が7万を割っていたが、それでもソーシエンタール軍を圧倒していた。

 そのような中で、陣替えを行っているのだが、丘の上を中心にして布陣していたため、陣替えをするにも渋滞が発生し、遅々として進まない状況であった。

 これも混成部隊ということもあり、連絡系統が統一されていないことが原因だろう。

 マークランドは、敵の混乱ぶりを目の当たりにしてため息をつく。

 「これでは『攻撃して下さい』と言っているようなものだな……」

 敵ながら哀れに感じるマークランドであったが、この好機を見逃すほどお人好しではなかった。

 「術式展開!」

 マークランドの声と共に、ルイザベートを含めた宮廷魔術師達が詠唱を開始した。

 途端に、ソーシエンタール軍とゾロウ連邦軍の中間付近の上空に、巨大な円形の魔法陣が出現する。

 それは幾重もの層になり輝き始める。

 次の瞬間、魔法陣から光の束が放出され、ゾロウ連邦軍が布陣する丘を照らし出した────と、同時に消滅していた。

 音もなく一瞬にして丘の上からゾロウ軍が消えたのだ。

 後には、焦土と化した丘が残るだけであった。

 「よし、全軍突撃!」

 残ったゾロウ軍も何が起こったのかわからず立ち尽くすのみで、軍としての機能はもうどこにもなかった。

 この作戦は、先のフライムダルとクシュチアの戦いの時に、ジャンデム王子がとった作戦であった。

 大陸の戦い方は騎馬または歩兵による正々堂々の正攻法が主流であった。

 そのため、マークランドのような奇策や、ジャンデムのような魔法を使った戦争は想定されていないのだ。

 マークランドは終戦協定でジャンデムと会った時に、本人から直々に魔術師を隊列に組み込む方法を教えてもらっていた。

 元々魔術に疎かったマークランドは、自分自身が魔術により生還した体験からその重要性を痛感し、軍事行動の中でうまく組み込む方法を模索していたのだ。

 だが、この過剰殺戮<オーバー・キル>の状況を目の当たりにしたマークランドは、魔術は使い方を誤ると大変な事になると感じ、これ以降、むやみに魔法攻撃は行わない事を心に誓った。

 マークランドは降伏する者には危害は加えない事を約束し、負傷者は敵であっても治療するよう命令した。そして、自らも先頭に立って敵の負傷者を救出して回った。

 そうすることで、オーバー・キルを行った事への贖罪の意味があったのかもしれない。

 丘の上に布陣していたであろう、クライトンとサニダムは恐らく戦死し、この戦いでゾロウ連邦が失った兵力は5万にも及んだ。

 この報は、瞬く間にザクソンとグローザハラに知らされた。

 そして───。


 「申し上げます!ザクソンの連邦軍がソーシエンタール軍に敗れました!二人の王も消息不明!」

 「何だと!!」

 バランギウムは兵をまとめて自国へ戻る途中、馬を休ませている所にこの報を受けた。

 「私が居なくてもあれほどの兵力差があったのだぞ?どうして……!?」

 普通では考えられない事態だった。7万近い兵力を持ちながら、2万の敵に完膚なきまでに敗れるなどあり得ないのだ。

 「まずいな……ザクソンが落とされると、我が国は窮することになる。どうするべきか……」

 バランギウムは一人天幕の中で、このまま進むべきか、戻ってソーシエンタール軍の側面から攻撃すべきか悩んでいた。

 その時、背中に悪寒が走り、反射的に後ろを振り返ろうするバランギウム。

 「動くな」

 女の鋭い声が耳元でささやく。

 同時にバランギウムの喉元に短剣が突き付けられる。

 「このダガーには毒が塗ってある。かすり傷でも簡単に死ぬから気を付けるんだな」

 「ぐ……お、おまえは……アサシンか!?」

 巨漢のバランギウムの背中にしがみ付くアサシン。

 「用件だけを伝える。このまま自国の王都に戻れ。そしてそのまま動かずにいろ。さすれば悪いようにはしない」

 「な、に……?」

 「もしも、言う事を聞かない時は、再び私が現れて、次こそはその命をいただく。良いか?」

 「わ、わかった……」

 「………」

 アサシンはバランギウムの首筋に手刀を叩きこむと、痛がるバランギウムを横目に、すっと消えるようにこの場から立ち去った。

 バランギウムはすぐに人を呼ぶと、まだ近くにいるはずの女アサシンを探すように指示を出した。

 そして考える。

 「アサシンに狙われたら最後、確実に殺されると言われている。だが、今回のアサシンは私を殺さなかった………殺そうと思えば殺せたはずなのに……これは、敵にとって自分はまだ利用価値があると考えているからに違いない。だからこそ、手出しをするなとわざわざ忠告してきたのだ………」

 ここでバランギウムはふと、ある事に気付く。

 「……しかし、我が王都はソーシエンタールの攻撃を受けているはずだが………もしや………?」

 バランギウムは天幕から飛び出すと、すぐに王都に向けて出発するよう指示を出した。

 

 それから五日後───。

 オーニクールの王都は攻撃を受けた形跡もなく、いつもと変わらない様子であった。

 バランギウムはそのまま城に入ると、自室の椅子にドカっと腰かけた。

 それに続いて側近たちが机の前に並ぶ。

 「ふっふっふっ………マークランドめ………我らに王都が攻撃を受けていると嘘の情報を流したな………私はまんまとそれに踊らされたという訳か……だが、そのおかげで命拾いをしたとも言えるがな……」

 そう言うと、バランギウムはぶどう酒を瓶ごとあおる。

 「これからどうなされますか?ほとんど空となっているはずのソーシエンタールの王都に攻め込みますか?」

 側近の一人が問う。

 「ここまでの策を弄したマークランドの事だ。私がソーシエンタールに攻め込んだ場合も想定しているだろう。それに、その時はアサシンによって私は殺されるだろう」

 「しかし、あの襲撃以降、警備体制を強化しております。いくらアサシンといえども、この部屋に入り込むことなど出来るはずも……!!」

 側近の言葉が終わらぬうちに、窓ガラスが割れる音がしたかと思うと、スローイングダガーがバランギウムが座る椅子の背もたれに突き刺さった。

 「!!!」

 バランギウムは驚きのあまり椅子から転げ落ちると、すぐに椅子に刺さるダガーに目をやる。

 するとダガーが刺さった場所だけ紫色に変色していた。これは明らかに毒が塗られている証拠だ。

 つまりこれは、殺そうと思えばいつでも殺せるという、アサシンからのメッセージなのだ。

 バランギウムは立ち上がると、声も出ずに立ち竦んでいる側近に向かって静かに言った。

 「これでも私にソーシエンタールに攻め込めと申すか?」

 「……」

 側近もこれ以上、何も言う事は出来なかった。

 

 

 ソーシエンタール軍はザクソンの王都に進撃した。

 マークランドは王都の住民を厚く保護し、先の戦いで生き延びた兵士達は家族の元へ帰ることを許された。

 また、自軍には一切の略奪を禁止し、賃金を支払って宿に泊まったり、物資を調達したりした。

 これにより、ザクソンの町は大いに賑わい、かなり潤うことが出来た。

 多くの人々はマークランドを歓喜で迎えたが、先の戦いでは5万もの犠牲者を出したのだ。マークランドに敵意を向ける者も少なくなかった。

 だが、これは戦争だ。

 人の生き死にを掛けた戦いなのだ。

 どれほど人に恨まれようと、戦争は勝たなければ全く意味が無いのも事実なのだ。

 王を失ったザクソン城はあっさり開城すると、臣下たちは無条件降伏を受け入れた。

 しかし、それをよしとしない親衛隊を中心とした一部の兵士達は、まだ5歳ほどの幼い王子を擁して王都から脱出すると、王都から200キロほど離れた要塞に立て籠もって徹底抗戦を表明した。

 マークランドはこれ以上の犠牲は無意味とし、ザクソンの重臣に問題を解決するよう依頼すると、王妃を説得役として要塞に派遣した。

 すると、あろう事か、親衛隊は王妃以下、付き添いの者達全員を殺害すると、砦から死体を放り投げたのだった。

 これを見たマークランドは首を左右に振ると「是非も無し」と呟いたという。

 ソーシエンタール軍による一斉攻撃は熾烈を極め、あたかもマークランドの悲しみと怒りが表れているようにも見えた。

 結局、親衛隊は全員死亡、幼い王子は何とか救出することが出来たが、王妃が犠牲になったのは自分の判断ミスだと、マークランドは心を痛めた。

 

 この1ヶ月後、グローザハラも無条件降伏を受け入れ、ゾロウ連邦の生き残りはオーニクールのみとなった。

 

 

 バランギウムはマークランドによりソーシエンタール領ミストに呼ばれていた。

 すでにオーニクールは無条件降伏することを、ソーシエンタールに通達していたのだが、その回答が『港町ミストに来るように』であった。

 どうしてこのような場所に呼ばれたのか全くわからないバランギウムだったが、ゾロウ連邦をあっという間に統一したマークランドの力量を認めていたため、何を言われようと受け入れようと考えていた。

 初めて訪れたミストの町は、港がしっかり整備され、市場は活気があり、住民は生き生きしていた。豊かな暮らしとは、こういう事なのだと、改めて思い知ったのだった。

 

 ちなみに、マークランドはザクソンの統治を、クライトン王の遺児であるソグラム王子に委ねた。

 勿論、まだ5歳のソグラムにはそのような能力はない。従って、ソグラムが大人になるまでは重臣たちが話し合いによって政治を執り行う事にし、監視役としてソーシエンタールの重臣も参画させた。

 

 バランギウムはロバに乗り換え山の上の邸宅に向かったが、その巨体のせいでロバを乗り潰してしまい、後半はお供の者達と自分の足で山道を登る羽目になっていた。

 バランギウムはやっとの思いで邸宅までたどり着くと、大広間に通された。

 そこには、玉座に座るマークランドと、左右に整然と並ぶソーシエンタールの重臣の姿があった。

 赤い絨毯はドアの入口から正面のマークランドが座る玉座まで続いており、まさに、そこを歩いて来いと言わんばかりであった。

 バランギウムはソーシエンタールの重臣たちが見守る中、堂々と絨毯の上を歩くと、中ほどで膝まづいて頭を下げると雷のような声で言った。

 「オーニクール王バランギウム、ここに参上いたしました」

 マークランドはその堂々たる姿を見て、大きく頷いた。

 「ご苦労様でした、バランギウム殿。ところで、初めてのミストの町はどうでした?」

 相変わらず気さくに話しかけるマークランド。

 「これほど賑わった町を見たことがありません」

 バランギウムは率直な意見を言う。

 「そうか………では、バランギウム殿、今後のオーニクールについて話そうか」

 「は、はい」

 今の話は何だったのかと、不思議に思うバランギウムであったが、いよいよ自分の運命、そしてオーニクールの運命が決まるのだ。必然と緊張が高まりゴクリと生唾を飲む。

 「バランギウム殿、貴方はオーニクールの王をはく奪します……」

 マークランドの言葉に、やはりか……と肩を落とすバランギウム。

 「……そして、新たにグローザハラとオーニクールの領主に任命します」

 「え!?」

 バランギウムは呆気にとられ、一瞬、マークランドが何を言ったのか理解できなかった。

 「ですから、南の2国はあなたに任せると言ったのです。バランギウム殿」

 「そ……え?……どうして……」

 バランギウムはまだ混乱していた。

 オーニクールは無条件降伏したのだ。それなのに、どうしてグローザハラの領地まで増やしてくれるのだ?意味が分からない。

 困惑しているバランギウムを見て、マークランドが説明する。

 「あなたは先の戦いの時、無駄な血を流さず、結果的には全く自国に損害を出すことが無かった。これはあなたが自国の事を第一に考えているからであると、私は認識しています。よって、オーニクールとよく似た国であるグローザハラはあなたにお任せるすべきと判断しました」

 バランギウムは、たったそれだけの理由で自分を信じたマークランドに驚くと共に、これがこの男の武器なのだと感じた。

 「有難き幸せに存じます」

 バランギウムは深く頭を下げる。

 「ただし……あくまでもあなたは領主という立場であり、王ではありません。そこはしっかり肝に銘じてください」

 「承知いたしました」

 領地が倍増したのに文句なんてあるはずがない。そもそも敗戦国の王が、命があるだけでも儲けものなのだ。

 「そしてもう一つ……」

 マークランドが人差し指を立てながら話し出す。

 「オーニクールとグローザハラは、そのほとんどが砂漠であるため食料の自給率が低く貧しい国です。そこで、手本として欲しいのがこのミストなのです」

 「……そ、それは……」

 バランギウムはまだピンと来ていないようだった。

 「オーニクールとグローザハラは大陸の南側一帯を占めており、南の海特有の海の幸に溢れています。つまり、漁業を中心とした町づくりを目指すのです。そして、港をしっかり整備することで、他の地域との貿易を盛んにし、最終的にはこのミストのような港町を目指すのです」

 「おお……」

 バランギウムは、自分をミストに呼んだマークランドの真意を知り、感嘆の声をあげた。

 たしかに、大型船が停泊出来るような港があれば、海路で大量に物資の輸送が出来るし、漁業が軌道に乗れば食料問題も改善される。

 更に人が増えれば金が回り、結果的には国が潤うのだ。

 「バランギウム殿、しばらくはミストに滞在し、何をすべきかを見極めて下さい」

 「はっ!必ずやご期待にお答えいたします」

 バランギウムは返答すると、新たな自分の使命に心を燃やすのであった。

 

 「本当によろしかったのでしょうか?」

 グレンはマークランドの机の前に直立したまま尋ねた。

 マークランドは自室の椅子には座らずに、窓の外を眺めていた。

 外はもう日が傾き、地平線には綺麗なオレンジ色が広がっていた。

 「バランギウムの事かい?………だったら大丈夫だ。彼にはちょっとしたトラウマがあるはずだ。おそらく僕の言う事には素直に従うはずだ」

 「そうなのですか……?」

 グレンは、バランギウムにアサシンを差し向けた事を知らなかったので、よく話がわからなかった。

 「……それに、彼はちゃんと自分で考えることが出来る。おそらく道を踏み外すことは無いと思うよ?」

 「そうですか、マークランド様がそう仰るのであれば……」

 グレンはそう答えるしか出来なかったが、マークランドの自信に満ちたその後ろ姿を見ると、これ以上の心配は不要と知った。

 優秀な人材は活用する………それがマークランドのやり方なのだ。

 グレンは夕日が沈むまで、マークランドと共に窓の外を眺めていた。

 

 

 それから数日後、マークランドは正式にゾロウ連邦を統一し、新たにソーシエンタール国と定め、同時に現国王であるシャナードに代わり、マークランドが初代国王として就任すると宣言した。

 また、この度の戦いにおける最大の功労者は、マークランド直属の特務隊とした。

 敵への情報操作やバランギウムへの警告等、裏方の仕事が早期戦争終結の鍵となった事を高く評価し、元アサシン4名にはマークランドから特別に短剣が贈られた。

 新参者である4名、ハナ、キク、ヨシ、ツキは大変恐縮しながらも喜んでこれを受け、古参の者達も異議申し立ても無く4人を祝福した。


 新生ソーシエンタール国の誕生を宣言する親書は、フライムダルとクシュチア両国に送られた。

 フライムダル王ザックホーンは、結婚の儀でマークランドが言った事を、これほど早く達成するとは思ってもいなかったため、驚きと共に大いに喜び、ソーシエンタールの使者をもてなした。

 一方、クシュチア王コルドバは、親書を読むなりこれを破り捨てると、大きな声で叫んだ。

 「マークランドめ………私は絶対に貴様に受けた屈辱は忘れないぞ!」

 コルドバは突然剣を抜くと、ソーシエンタールの使者に切りかかった。

 使者は寸前の所でかわしたため、怪我は負わなかったものの、逃げるようにクシュチアを後にした。

 この報告を受けたマークランドは、使者を労った後に冷静にこう言った。

 「やはり恨みという感情は根深いものだな。近い内に取り除く必要があるだろう」

 

 マークランドは先ず内部体制を改めた。

 ソーシエンタール軍を5つの部隊に分け、それぞれ軍団長を配置したのだ。

 第1軍にはグレン、第2軍は何とマークランド直属の斥候であるトゥーランドが任された。

 そして、第3軍はクラヴマンが順当に軍団長に任命され、第4軍にはヤスリソブリという元グローザハラの部隊長を起用した。

 この人事には誰しもが驚いたが、ヤスリソブリは先のザクソンの戦いの時に、いち早く戦況を見極めて自分の部隊を率いてマークランドに降ると、グローザハラの兵をスムーズに投降できるように駆け回ったことで、それ以降はほとんど無駄な血を流さずにグローザハラを配下にすることができたのだ。

 その功績を認めた上で、旧グローザハラ全軍を第4軍として指揮させようと考えたのだ。

 ヤスリソブリは、このような大役を任されて大いに感激すると共に、旧グローザハラの人間が一丸となって使命を全うする事を誓った。

 そして、最後の第5軍は勿論、オーニクールのバランギウムである。

 その上で、第1軍と3軍を港町ミスト、第2軍と4軍をオデッキオに駐留させ、クシュチアの動きを牽制した。

 これにより、クシュチアは迂闊にソーシエンタールへ攻めることは出来なくなったはずだった。

 

 だが、このタイミングで重大な事件が発生する。

 フライムダル国王ザックホーンが急死したのだ。

 知らせを聞いたマークランドは、急いでセーラムを弔問へ向かわせた。

 セーラムがフライムダルの王都に着いた時にはすでに国葬が終わった後だったが、王墓に花を手向けその早すぎる死を嘆いた。

 新国王となったジャンデムは、自室にセーラムを呼んだ。

 「まさか、このような形でお前と再会するとは思ってもいなかったな。ソーシエンタールでは元気にやっていたのか?」

 ジャンデムが椅子に腰かけ片肘をついて、涙で目を赤くしているセーラムに話しかけた。

 「はい。良くしてもらっています。………それにしても、お父様が急死されたというのに、お兄様は思いのほかお元気そうですね?」

 「そう見えるか?………父が死んで約2ヶ月、正直悲しんでいる暇なんて無くてな。引き継ぎもなく突然王になったのだからな」

 ジャンデムはため息をつく。

 「でも、それほど突然崩御されたとなると、何者かに殺された可能性は無いのですか?」

 セーラムは率直な意見を述べる。

 「ああ、死因については調査を続けている。だが、死体に損傷は無く、目撃者も居なければ物的証拠も無いので、正直、八方塞りの状態だ。王宮魔術師によれば、極めて微量だが、魔術を行使した形跡があったみたいだが、種類までは特定できていない」

 「そうですか……ところで、クシュチアからは弔問の使者は来ましたか?」

 「え!?あ、ああ……」

 セーラムが突然話を変えるので、ジャンデムは驚いて口籠る。

 「お、お前が到着するより前に来てもう帰られた。こちらもバタバタしていて、あまり対応することが出来なかったからな………」

 「なるほど………お兄様もいろいろと大変なのですね……」

 「ま、まあな。それよりももっと大変な事があってな……」

 「?」

 ジャンデムは再びため息を一つつくと、語り始めた。

 「父が亡くなり、お前も遠くソーシエンタールの地にいる………つまり、今は俺だけが『封印されし島』を守護できる立場だ。しかし、知っての通り俺には魔術の才能がない。父が存命の間はまだ封印は安定していたのだが、俺一人では封印を維持するのは困難だ。特に魔術を得意とするロックウェルが相手では分が悪い……」

 悪魔を封印する力は魔術の力に依存する部分が大きい。ジャンデムは王としての資質は非常に高いが、唯一、魔術だけが不得意であった。

 それでも、平和な世の中であれば問題は無かったはずだったが、敵が同じ勇者の血を引く神の力を持つロックウェルとなれば話は変わる。ロックウェルは魔術の才能に関しては天才と称された人物だ。

 もしも封印が解かれれば、転生を待つまでもなく悪魔がその場に解き放たれるのだ。

 「……もしかすると、父を殺したのはロックウェルかもしれぬ」

 ジャンデムはそう呟くと、目を閉じる。

 「お兄様……」

 セーラムにとっては故郷であるフライムダルの危機………いや、世界の危機と言っても良いのかもしれない。

 出来る事ならここに残り、封印の守護を願い出たい……!

 しかし、封印の守護となると、マークランド様の元には二度と戻れなくなるかもしれない。であれば、答えは一つ。

 「お兄様!」

 意を決したセーラムは兄に向かって口を開く。

 「?」

 ジャンデムは顔を上げる。

 セーラムは兄の顔を見て大きな声で宣言した。

 「私がロックウェル兄様を倒します!そして、必ずマークランド様の元に帰ります!」

 「ほ、本当にいいのか?」

 「良くはありません!………でも、封印を守護し続けるとなると、この地にずっといなければなりませんが、それは無理です。であれば、ロックウェル兄様を倒すしか、私がマークランド様の元に戻れる道はありません……」

 セーラムはそう言うと溢れる涙を拭った。

 ジャンデムはセーラムの前まで歩いていくと、肩に手を置き頭を下げた。

 「セーラム………すまない………」

 ジャンデムがそう言うと、セーラムは肩に置かれた兄の手を握り小さく頷いた。

 だが、この時、ジャンデムが「すまない」と言った本当の意味は、セーラムにはまだわかっていなかった。

 

 

 先王であるエルダンの名前が付けられたクシュチア王都の城の一角に、人知れず術式が仕込まれていた。

 この術式が仕込まれてから数年が経過していたが、やっとそれを使う時が来たのだ。

 ロックウェルは黒いローブに身を包み、かなり前に自分で仕掛けた術式を使って難なくエルダン城に侵入していた。

 ふと周囲を見ると、自分が統治していた当時のまま、全ての術式が城内に残っているようだった。

 「コルドバめ………こういう所がぬるいと言うのだ」

 独り言をつぶやきながら勝手知ったる城内を進む。

 コルドバの私室に近づくと、ロックウェルは自分自身に筋力強化とスピード強化の魔法をかける。

 「さて、行きますかな」

 ロックウェルはドアを無造作に開け放つと室内に入って行った。

 「おお、これは、これは……お取込み中、申し訳ありません………」

 ロックウェルは椅子に座るコルドバを見て、言葉とは裏腹にズカズカと近寄って声を掛ける。

 コルドバの膝の上には前をはだけた女の姿があった。女は目を伏せ、前を隠しながら小走りにロックウェルの横を通り抜け部屋を出て行った。

 「わっはっはっは……」

 ロックウェルは声を出して笑う。

 コルドバは椅子ごとロックウェルに正対すると、大きな声で怒鳴った。

 「何の用だ!?黒の魔術師!?」

 「お楽しみを奪った事に怒っているのかね?」

 ロックウェルはニヤニヤしながら更に近づく。

 「その事を怒っているのではない!貴様………調印式の時、私もあやつらと一緒に殺そうとしただろう!?」

 「ああ……その事か。まだ根に持っていたとは、お前の器も知れているな」

 「何だと!?私は貴様に殺されかけたのだぞ!?」

 コルドバが激しく机を叩いて立ち上がる。

 だが、ロックウェルは涼しい顔をして机の前まで来ると、そこで立ち止まる。

 「おそらく、あと数日すればわかると思うが、フライムダルの国王が死んだ」

 「何!?ザックホーンが?………なるほどな、だが、わざわざそれを私に伝えるために現れた訳ではあるまい?」

 コルドバはそう言うと、ゆっくり椅子に座る。

 それを見て、魔術師は言葉を続けた。

 「フライムダルは少なくとも半年は動けまい。何せ、国王は急逝したのだからな。戦争どころではないだろう」

 「貴様……何が言いたい?」

 「いや、別に………ただ、お前はどうやら恨みを忘れない性質のようだからな。もしかするとソーシエンタールのマークランドにも激しい恨みを持っているのかと思ってな」

 「貴様、戦争をけしかけに来たという訳か?………だが、協定がある。特にフライムダルには人質としてソフィーナがいる。とてもこちらから動ける状況ではない」

 コルドバが首を振って答える。

 魔術師は「ふん」と鼻を鳴らすと、更に続けた。

 「ソーシエンタールは、フライムダル国王の弔問には、血縁者であるセーラムが行くだろう。先ほども言ったが、フライムダルとしては戦争に関与する余裕はない。そして、セーラムは弔問でフライムダルにいるためクシュチアがソーシエンタールに攻め込んでも命の心配も不要だ。更に、クシュチアからは人質がいるため、攻められる心配もない………そこで、フライムダルへ弔問と称して人を使いに出し、内密にソーシエンタールに戦争を仕掛けるが、フライムダルはあくまでも傍観するように言い包めれば良いだろう。それに、そもそも終戦協定とは、先の戦争を終わらせるための条件が書かれているだけで、『ソーシエンタールには攻め込まない』という事はかかれていないのだぞ?」

 「簡単に言うじゃないか?もしも全軍でソーシエンタールに攻め込んだとして、その隙をフライムダルに突かれれば、我が国は滅びることになるかもしれんのだぞ?」

 「どうするかはお前が判断する事だ。私には関係ない。だが、今こそがマークランドを討つ絶好のチャンスという事だけは伝えたぞ?」

 ロックウェルはそう言うとニヤリと笑う。

 コルドバはそれを苦笑いで返すと、机の上に置いてあった剣を鞘ごと手に取り、立ち上がりざまに剣を抜いた。

 「私は貴様も恨んでいるのだがな?」

 切っ先をロックウェルに向けて凄んで見せる。

 「マークランドを斬るのは、お前をこの場で斬った後だ!」

 そう言いながらコルドバは剣を振り下ろした。

 鋭い風切音と共に、ロックウェルの横を斬撃が通り過ぎる。

 普通の魔術師であれば一刀両断されていただろうが、補助魔法を自身にかけていたため、ロックウェルはあっさりとかわして見せた。そしてコルドバを睨みながら言った。

 「コルドバ、調子に乗るなよ?私が本気になればお前ごとき、いつでも簡単に殺すことが出来るのを忘れるな。そう……フライムダル国王のようにな?」

 「………!!」

 コルドバは恐怖で動くことができなかった。

 「───だが、利用できる間は殺さん。だから安心して私の思い通りに立ち回れ」

 そう言うと、ロックウェルはくるりと背を向けてドアに向かって無防備に歩き出した。

 黒の魔術師を殺すには絶好の機会だったが、コルドバはすでに戦意消失していた。

 「わっはっはっは……」

 ロックウェルは笑い声を残して姿を消した。

 「くそっ!」

 コルドバは激しく机を叩いて、しばらくそのままの状態で考え事をする。

 すると、おもむろに剣を鞘に戻すと人を呼んだ。

 「今からフライムダルへ弔問の使者を出す。同時にソーシエンタールに対して軍事行動の準備を進めろ!」

 コルドバは両手を手が白くなるほど力一杯握っていた。

 魔術師の言いなりになるのは癪だったが、今はこうするしかないのだ……。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ