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読み切り短編

幼馴染の男爵令嬢が作った手料理を毎日食べていた、伯爵家子息のお話

作者:中野莉央
 伯爵家子息のフレデリックとして生まれた俺には、男爵家令嬢のカレンという幼馴染がいた。幼少時に出会った俺は、可愛らしいカレンに一目惚れし、彼女が料理が得意だと聞いて「だったらカレンの手料理が食べたい!」とねだればカレンは笑顔で、こころよく自宅に招待してくれた上、目の前でふわふわのパンケーキを焼いてくれた。

 白磁の皿にふんわりと鎮座する黄金色のパンケーキと共に自宅の庭で採れたという、新鮮な朝摘みイチゴ、真っ赤に輝くチェリー、輪切りにされた瑞々しい緑色のキウイも飾り付けられ、さらにその上から贅沢にメイプルシロップがかけられた、カレンの手作りパンケーキは今まで食べたことが無いくらい美味しかった。


「カレンの作る食事は旨いな!」

「ありがとうフレデリック。そう言ってもらえると嬉しいわ」

「本当に、ウチの料理人が作る食事より旨い……。また食べに来ていいか?」

「ええ、いつでも食べに来てくれていいわよ。歓迎するわ」


 にっこりと嬉しそうに微笑むカレンに再び、こころよい返事を貰えた俺は、それから毎日のようにカレンの家へ通い、彼女の手料理を食べて、すくすくと育っていった。

 もちろん、ただ彼女の手料理を食べるだけが目的ではない。俺の目標は将来的にカレンと結婚することであり、その為、カレンに余計な虫がつかないように目を光らせること。毎日、食卓を共にするほど、家族公認の親しい間柄であるということを、周囲に知らしめるのも目的だと、俺の兄上、エルンストに伝えた所、兄上はこう言った。

「そんなに好きなら、そのカレンちゃんと、婚約したらいいんじゃないのか?」

「兄上は天才か!?」

「いや、普通に思いつくだろう……」


 頼れる兄の助言を受けて、カレンを婚約者にしてくれるよう両親に頼んだが、頑固な祖父が「男爵家など、下級貴族の娘との婚約は認めん!」と首を縦に振らなかった為、残念ながらカレンと婚約するという夢は叶わなかった。

 頭の固い祖父に、ギリギリと歯がゆい思いをしながらも、大人になって家を出れば結婚相手を自由に選べると思いなおす。最悪、成人後に実家を勘当されても、自分で稼げばいいだけの話だ。


 幸い、俺は伯爵家の子息とはいえ次男。実家は兄が継ぐ。長男ほど伴侶の家格にこだわる必要は無いはず。とはいえ、こうなると実家を出るのを前提に将来設計を立てねばならないだろう。

 実家の爵位を継げない貴族の次男は、その多くが騎士を目指し士官学校へ入学する。カレンと結婚するにあたって経済的な安定、社会的な地位を手に入れる為にも、騎士になるのが堅実と考えた俺は王立士官学校に入学することを決意した。


 ただ士官学校というのは全寮制の為、入学すると全員が寮に入らねばならない。士官学校にいる間、カレンとは離れ離れになってしまうことになった。

「だが、二人の将来の為……! これは今、乗り越えなければならない試練なんだ!」


 自分にそう言い聞かせて、カレンに会えない時間、彼女の手料理が食べられない日々を耐え忍んだ。ちなみに士官学校の寮で毎日のように出されていた食事は、一皿の上に複数の揚げパン、目玉焼き、ベーコン、黒ソーセージが無造作に盛られ、それらの上から大量の煮豆がかけられているという見た目であった。初めて目の当たりにした時は、犬のエサかと思ったものだ。

 そして油で揚げられているパンを噛めば、ねっとりとした油が口中に広がり、食欲の低下と、胃もたれを引き起こす。目玉焼きは、白身も黄身も固すぎる……というか焦げ付いている。ベーコンは濃い塩の味しかしない。獣の血肉で作られた黒いソーセージは噛むごとに鉄臭い血の味と、生臭い獣肉のニオイが鼻につく。煮豆にいたっては味が無かった。

 騎士となるからには、こうして出された食事に文句を言う訳にはいかない。しかし、話に聞く苦行とはこのことかと死んだ目で現実逃避しながら、皿に盛られた物を無理やり胃に詰め込んだ。


 何を作っても美味しいカレンの手料理で育った俺にとって、何を食べてもマズイ士官学校の食生活は本気で苦行だと思ったし、早く卒業しないとマズイ上に、かたよった食生活が原因で死ぬのではないかという生命の危機すら感じた。

 食生活的に地獄のようだった士官学校をやっとの思いで終える頃には、熱心に励んだ甲斐もあって首席で卒業し、無事に騎士となることができた。

 これで上からの覚えもめでたく、胸をはってカレンに顔を見せられると、ひとまず実家の伯爵家に帰った所、兄上から思いがけない話を聞くことになった。


「おまえが結婚したいと言っていた、男爵家のカレン嬢だが……」

「え、カレンに何か?」

「ご両親が、流行り病で亡くなったそうだぞ」

「!?」 


 士官学校に入っていたから仕方ないとはいえ、彼女が一番心細い時、傍にいてやれなかったことを悔やまずにはいられない。打ちひしがれていると兄上がさらに続ける。

「それと、俺は結婚するから」

「え」

 聞けば先日、兄は貴族令嬢と見合いして、その令嬢と結婚することが決まったのだという。

「それは……。おめでとうございます兄上!」

「ありがとうフレデリック。そういう訳で準備が整い次第、挙式する予定だ」

「分かりました」

「彼女がこの家に住むことになるから、そのつもりでいてくれ」

「では、俺はこの家を出て一人暮らしをするから、手ごろな物件を見つけないと……」

「別にこっちが新婚だからって、気を使う必要は無いんだぞ?」

「いや、良い機会だから、カレン宅の近所に引っ越して、彼女に変な虫がつかないように見守りたいので……」

 そう告げれば、兄は何とも言えない微妙な表情で俺を見つめた。

「おまえ……」

「?」

「いや、上手くいくといいな」

「兄上……」

 頼れる兄の応援に心が温かくなるのを感じていれば、兄はせつせつと語り出す。


「フレデリック……。俺は弟が、女性に付きまとっていると陰口を叩かれるのは御免だからな……」

「付きまとうだなんて人聞きが悪いですよ兄上……。俺はカレンの日常を見守りたいだけなんだから」

「あと、同意を得てないのに無理強いだけはするなよ? それは犯罪だからな?」

「そんな、無理強いなんてするわけないです。俺はカレンを大切に思っているんだから」

「うん。分かっているならいい……。あと、彼女の表情をよく見て、乗り気じゃないようだったら、時には引くことも大事だからな?」

「はあ」

「押しが強すぎて、嫌われないように気を付けるんだぞ? ほどほどにな?」

「……」


 やたら心配している兄に対して、別に犯罪行為に走ろうと思っている訳では無いし、カレンを愛している。結婚など、ちゃんと手順を踏むつもりだから、何も心配はいらないと何度も説明して、ようやく納得してもらえた。

 そして、ちょうどカレン宅の近くに、手ごろな物件を見つけた俺は早速、そこに移り住んだ。引っ越し初日、偶然ばったりと道でカレンと出会った。久しぶりに会うカレンは以前より、美しさと大人っぽさが増し、より魅力的になっていた。

 早鐘のように鼓動が増す、自分の胸を押さえながら、まずカレンの両親が亡くなった時、葬儀に参列できなかったことを心から謝罪した。するとカレンは首を横に振って微笑する。


「士官学校の寮に入っていたから、自由に外出できなかったんでしょう? 気にしないで、フレデリック」

「だが……!」

「その気持ちだけで十分よ。天国のお父さんとお母さんも、きっとそう言ってくれるはずだわ」

「カレン……」 


 彼女の健気さと優しさに感銘を受けた俺は、ますます彼女に惚れ直した。そしてそれ以来、俺はたびたび、カレンと道端で出会うようになった。何のことはない。勤務時間以外は、カレンが買い物に出かける時間を見計らって、俺もカレンの通りそうな道を歩いているからである。

 本当は以前のようにカレンの家で、彼女の手料理が食べたい気持ちがあったが、両親が亡くなって一人で暮らしている未婚女性の家に入るのは憚られた為、遠慮していたのだ。

 しかし、ある日、俺が城での夜間警備を終えて早朝、帰路についていた所、道端で偶然ばったりと買い物帰りのカレンと出くわした。夜勤明けで疲れが顔に出ていたのだろう。俺の表情を見たカレンは心配しながらこう言った。


「一人暮らしで、ちゃんとご飯食べてるの? よかったらウチに食べに来て良いわよ」

「!」

 待ってましたと言わんばかりに食いついた俺は、夜勤明けの、その足でカレンの家に向かった。


「まさか、そのまま来るとは思わなかったわ……」

「迷惑だったか?」

「そんなことはないけど……」


 若干、戸惑いながら呟いたカレンは、淡い薄紅色のエプロンを身に着けて、料理場の台に食材を並べる。朝市で買ったばかりだという、真っ赤な完熟トマトを輪切りにスライスして、さらに新鮮な軟質チーズを先ほどスライスしたトマトと同じサイズにカットして綺麗に皿に盛りつけ、オリーブオイルを軽くかけた後、仕上げに少し塩をふりかけてから、彩りのハーブを添えて、完熟トマトとチーズのサラダを完成させた。

 次に卵の白身を十分にかき混ぜる。ツノが立つまで、きめ細かく泡立てた後、黄身と砂糖、塩を適量入れ、フライパンを熱し、バターを投入。そこに泡立てた卵を入れて片面がキツネ色になった所で、フライ返しで優しく半分に折り曲げるようにした後は短時間、窯に入れれば、ふんわり卵のオムレツが完成した。

 パン屋で買ったばかりの焼きたてパンをスライスして、さらに早朝つくったばかりだという、パセリとスパイスで風味付けされた、自家製の白ソーセージが入った野菜スープが飴色のテーブルに並べられた。食欲をそそる香りが辺りに漂う。カレンは作り置きしていた、紫キャベツとキュウリのピクルスを出しながら呟く。


「ちょっと急だったから、大したものは用意できなくて……。何だか申し訳ないわね」

「いや、十分だ」


 久しぶりに彼女の手料理を食べた。新鮮なサラダに、口の中でとろけるオムレツに至福を味わう。自家製の柔らかい白ソーセージ入り野菜スープの優しい味わいが、胃と身体に染み渡る。美味しすぎて、涙が出そうだった。完食して感謝の言葉を述べる。

「旨かった。生き返るようだ」

「フレデリックったら、大げさね。……でも、そんなに喜んでもらえて嬉しいわ」

「また食べに来てもいいか?」

「ええ。もちろんよ」


 カレンの了承を得た俺は、その日から毎日のようにカレンの家に通って手料理をご馳走になった。しかし、最初こそ、笑顔でむかえてくれた彼女だったが、日を重ねるごとに浮かない表情になり、溜息が多くなっていった。

 心配になった俺は「何かあったのか?」と尋ねたが、カレンは「ううん。何でも無いわ」と苦笑して答えるばかりだ。



「というわけで、カレンが何故、浮かない表情をしているのか、全く分からないんだが……」

「おまえ、久しぶりに顔を見せに来たと思ったら……」

 頼れる兄に相談すべく、実家の伯爵家にまで足を伸ばし、居室の椅子に腰かけながら相談を持ちかけると、兄は肩を落として呆れている。

「兄上、これは一大事なんだ!」

「いや、まぁ、そうかも知れないけど、こればっかりは本人に聞いてみないと……」

「本人に聞いても『何でもない』としか言わないんだ。だから兄上に聞いているんじゃないか!」

「うーん。おまえ、カレンちゃんと結婚するつもりなんだろう?」

「ああ、勿論だ」

「もしかして……。彼女は、おまえからのプロポーズを待っているんじゃないか?」

「!」

 その瞬間、俺は雷に打たれたような思いで、ガタッ! と音を立てて椅子から立ち上がった。

「そ、そうだったのか!」

「いや、あくまで俺の推論だからな。参考までに……」

「プロポーズか……。まだカレンの両親の喪も明けていないし、もう少し先で良いと思っていたが、カレンがプロポーズを待っているなら、予定を繰り上げないと!」

「おい、フレデリック。……俺の言葉が聞こえているか?」

「ああ、兄上。もちろん聞こえている! ところでプロポーズの時には、どうすれば良いだろうか?」

「本当に聞こえているのか? まぁ、プロポーズの定番なら花束と一緒に……。だな」

「花……」

 いったいどんな花束を用意すべきかと思っていると、俺の考えを読んだ兄上は提案する。

「オーソドックスなのは、バラの花束だろうな」

「バラの花束……」

「ただし間違っても、黄色いバラを選んではいけないぞ」

「どうして?」

「黄色いバラの花言葉に『愛情が薄れる』とか『嫉妬』だとか……。とにかくプロポーズする女性に対して贈るのに、相応しくない意味があるからだよ」

「兄上……。詳しいんだな」

 感心して言えば、やや口角を上げて兄は肩をすくめる。

「結婚式を控えた身だからな。そういう部分も間違いが無いように、いろいろ聞かされるんだ」

「そうなのか……」

「まぁ、花を贈るなら、花屋に相談しながら選べばいいさ。その道のプロだから間違いないだろう」

「わかった!」


 早速、その足で花屋に向かい、プロポーズ用の花束が欲しいと伝えると、花屋の従業員は満面の笑みで「108本のバラの花には『結婚して欲しい』という意味があるんですよ」と教えてくれたので、迷わず108本のバラの花を包んでもらった。

 赤いバラが定番ではあるが、カレンのイメージだと、ピンクのバラの方が彼女のイメージなので、そちらを選んだ。ピンクのバラの花言葉は『しとやか』『あたたかい心』『恋の誓い』と聞き、可憐で優しい彼女に『しとやか』『あたたかい心』はピッタリだし、俺の初恋はカレンだから『恋の誓い』もピッタリだ!



 はやる気持ちを押さえて、カレンの家についた俺は早速、カレンに108本のバラを差し出した。目も前に差し出されたバラの花束を見たカレンは、困惑を隠せない表情だった。

「えっと、どうしたの……。これ?」

「いや、花屋で買ったんだ。カレンにと思って」

「そうなんだ。……ありがとう」


 一応、受け取ってはくれたが、いつも以上に表情が冴えない。花言葉も問題なかったはずだが、いったい何がいけなかったのか終始、浮かない表情の彼女を見て、プロポーズする雰囲気ではないと察し、言葉を飲み込んでいると、カレンはピンクのバラを花瓶に生けながら、ため息をついた。

「バラは好きじゃなかったか?」

「そんなことは無いけど……。これ、高かったでしょう? 幼馴染の私に対して、こんな風に気を使わなくていいのよ」

「……」


 花束を渡して、いい雰囲気になったらプロポーズしようと思っていたのに、いい雰囲気どころか、彼女にため息をつかれてしまうという事態にショックを受けた俺は、そこからの記憶があいまいだったが、いつも通りカレンの美味しい食事をたべた後、気づけば実家の伯爵家にいた。


「というわけで、バラの花束はあまり好ましくなかったようなんだ……」

「おまえ……。いちいち俺に相談しに来るなよ……」

 疲れ気味の兄が若干、死んだ目で愚痴るので、俺はダンッ! と眼前のテーブルを両手で叩く。

「かわいい弟の相談に乗るのが、兄の役目だろう!」

「分かった。分かったから大きい音を立てるな……。しかし、女性は普通、花を贈ればたいてい喜ぶものなのだと思うのだが……。もっと高価な贈り物のほうが、良かったのかも知れないな」

「高価な?」

「女性が喜ぶ高価な物といえば、アクセサリーだろう」

「なるほど……」


 頼れる兄からアドバイスして貰った通り、女性物のアクセサリーを購入すべく、俺は翌日、宝飾品店にやってきた。店内にはネックレスにイヤリング、指輪、ブレスレット、ブローチなど女性へのプレゼントに持ってこいの、きらびやかなアクセサリーが目移りするほど展示されていた。

 結婚の申し込みと言えば、やはり指輪だが、残念ながら俺はカレンの指輪が、どのサイズなのか把握していない。指輪は結婚を了承してもらってから改めて、二人で来ようと誓いながら、指輪以外を見渡せば真っ赤なガーネットがあしらわれた美しいデザインのペンダントが目についた。

 宝飾品店の従業員に「ガーネットの石言葉は『真実』『愛』ですから、女性への贈り物に人気が高いですよ」と言われ、迷わずガーネットのペンダントをプレゼント用に包んでもらった。さっそく、それを買った足でカレンの家を尋ねて、手渡すと彼女は包みを開けるなり目を見張った。


「これって……!」

「宝飾店で見かけて、カレンに似合うと思ったんだ」

「さすが伯爵家ね……。こんなのを気軽にプレゼントするなんて……」

 カレンは、またしても困惑が隠せない表情だった。

「気に入らなかったか?」

「いえ、嬉しいわ……。ありがとう」

 そう言いながらも、ため息をついたカレンが、少し離れた距離でサイドボードにペンダントを仕舞いながら呟いた。

「幼馴染から、こういうのを貰っても……。どうせなら……。でも、いざとなれば、売るという手も……。いや、さすがにそれは……」


 何やら不穏な言葉が途切れ、途切れに聞こえて不安になる。彼女がガーネットのペンダントに感激して、良い雰囲気になったらプロポーズしようと思っていたのだが、お世辞にも良い雰囲気とは言い難い。

 今日もプロポーズを見送らざるをえないと判断し、この件を報告すべく、実家の兄を尋ねた。兄は疲れ切った表情で俺の話を聞いた後、深くうなづく。

「それは……。脈が無いんじゃないのか?」

「え」

「もらったプレゼントを、すぐ売ろうと考えるなんて、恋愛関係にある異性の態度としては、ちょっとありえないだろう……」

「うっ!」

 自分でも薄々、気付いてはいたが、改めて言葉にされると胸にグサリと突き刺さる。言葉が出ないでいると、兄上は慰めるように、俺の肩をポンポンと軽く叩く。


「まぁ、プロポーズがまだなら、別に幼馴染としての関係が壊れた訳じゃないんだ」

「……」

「だが、本当におまえが彼女にプロポーズして相手が拒絶したら……。これまで通り、気軽に手料理を作ってもらうって訳にも、いかなくなるだろう」

「!」

「おまえがプロポーズしないとしても、彼女が他のだれかと結婚すれば、どちらにせよ、これまで通りとはいかなくなる」

「それは……!」

「まぁ、彼女に好意を持ってもらえるよう長期戦で頑張るか……。当たって砕けるつもりでプロポーズするか、じっくり考えることだ」

「……」

「あ、ついでにコレ持って帰れ」

 何かと視線を向ければ、兄がテーブルの上に置かれていた、銀製フルーツ皿に盛られていた真っ赤なリンゴの山を指さしていた。

「領地から、今年採れたリンゴが大量に送られてな……。ウチだけじゃあ、食べきれん。せっかくだから、カレンちゃんにも持って行ってやれ」

「わかった……」


 翌日、真っ赤なリンゴを袋いっぱいに詰めて、カレンに渡したところ、彼女は目を輝かせて喜んだ。

「こんなにもらって良いの!?」

「ああ……。実家の領地から大量に送られてきて、とても食べきれないんだ……。カレンなら、たくさんあってもジャムにしたり出来るだろう?」

「ええ」

「だから受け取ってくれると助かる」

「嬉しいわ! ありがとう!」

「……」


 バラの花を渡した時よりも、ガーネットのペンダントを渡した時よりも、ずっと喜んでいる。もしや、俺は今まで贈り物の選択を誤っていたのでは? という思いが胸をよぎった。

 その日のカレンは終始、うきうきとした様子で表情も明るかった。なかなか良い雰囲気なのではないかと思ったが、兄上には「脈が無いのでは?」と言われたばかりだし、手土産にリンゴを持ってプロポーズも無いだろうと、今日も言葉を飲み、食事をたべた後、帰路につきながら独りごちる。

「幸いカレンには俺以外で、自宅に出入りするほど親しい異性はいない……。カレンの自宅を日々、見守っている俺が断言するのだから間違いない……!」


 ここは改めて、長期戦を覚悟し、毎日いっしょに食事をしながら、ちょっとずつでもカレンが俺に対して恋愛や結婚を意識し出してから、プロポーズした方がいいだろうと内心、結論を出す。

 そうと決まれば、異性として恋愛感情を意識して貰えるように、食事中じっと、カレンの瞳を見つめてみたりしたのだが「おかわり欲しいの?」「あ、食後のデザート食べたい感じ?」とあらぬ方向に勘違いされただけだった……。


 一向にカレンが男女の仲を意識することも無いまま、日々は過ぎた。兄上の結婚式は滞りなく行われ、実家の伯爵家には、予定通り兄上の結婚相手であり、俺にとって義理の姉が住む事となった。

 本来なら兄上の結婚式にカレンも招待したいところだが、まだカレンの両親の喪が明けていないので招待できるわけもない。仮に「俺の兄が結婚する」と伝えて「フレデリックもウチに通ってないで、早くいい人を見つけて結婚したら?」なんて言われた日には、目も当てられない。

 結局、カレンには兄が結婚したことすら伝えられぬまま過ごしていた、そんなある日のこと、いつも通りカレンの自宅で手料理のスープを味わっていた。

 玉ねぎ、キャベツ、トマト、ベーコン、キノコをよく煮込んで、ブイヨンで味を整えた野菜スープはとても美味しい。個人的にはもっと肉が入っていてほしい所だが、カレンの手料理が食べられるだけでも幸せなのだから、ちょっと肉が少ない位で不満をいう気にはなれなかった。


「おかわり」

「……」

 空になった深皿を見つめるカレンの瞳がとても昏い。いつになく妙な違和感を感じていると、カレンは深いため息をついてから俺の深皿を受け取り、おかわりのスープをそそいで俺に差し出してくれた。

 暗い表情なのが気にかかるが、ひとまず眼前のスープを片づけるのが先だろうと、味わいながら野菜スープを胃袋に流し込んで、今日の食事に感謝しているとカレンはおもむろに口を開く。


「フレデリック」

「ん?」

「こういうことは、言いたくなかったんだけど……」

「なんだ?」

「我が家は、メイドや料理人を雇わずに、私が家事をして、自分で料理を作ってるのは知っているわよね?」

「ああ。カレンが料理を作ってくれているのは、ちゃんと知っているぞ。今日の食事も旨かった」

「それは良かったわ……。けどね……」

「?」

「ウチが、メイドや料理人を雇っていないのは、経済的に余裕が無いからなのよ」

「え」

「つまり、フレデリックの食費って結構、我が家の負担になってるのよ……」

「!」

「子供の頃なら、食べる量もたかが知れていたけど成人男性を毎日、お腹いっぱい食べさせるのって食費もバカにならないのよ」

「そ、そうだったのか……」


 カレンの言葉に驚きを隠せない。驚愕しながら、これまでのことを思い返す。最初は遠慮なく「ごはんを食べに来ていい」と言っていたカレンが、日を重ねるごとに表情が暗くなっていったのは、食費の負担が増大していることが原因だったのかと。


「フレデリックが騎士の仕事をしてるの考えたら、栄養バランスも考えないといけないから、余計に食費がかさむし。貴方、伯爵家の子息だから、なまじ舌が肥えてるせいで、味付けも手を抜けない。おかげで調味料代も……」

「すまん……。気が付かなかった」


 謝罪しながら、きっと肉が少なくなっていたのも、食費の負担が大きくなっていたせいだと思い至る。それに全く気付くことなく、カレンの厚意に甘えてのうのうと、ごはんを食べ続けていた無神経な自分を殴ってやりたいとすら思った。


「うん。分かってくれればいいのよ……。だから、これからは外食するとか……」

「先日、付き合いで行ったが、飲食店の濃い味付けに、舌がおかしくなりそうだった」

「……薄味の店を探せばいいじゃない」

「濃すぎるのも、薄すぎるのも食欲がわかないんだ」

「探せば、いい店が見つかるわよ……」

「騒がしい飲食店で外食する気にはなれない」

「持ち帰りにするか、静かな店を探せばいいじゃない」

「いや。どちらにせよ、外の食事は食べる気がしない」

「貴方……。実家に帰った方がいいんじゃない?」

「実家の兄上が先日、結婚したばかりだ。新婚の家庭に、独身の俺がいるのは正直、気まずいんだ。義姉さんにも気を使ってしまう」

「……」


 言葉を失うカレンを前に、俺は内心、焦っていた。こんな形で実家の兄上が結婚したことを報告する羽目になるとは思わなかったが、背に腹はかえられない。今、ここで大人しく引き下がれば、カレンの手料理が食べられなくなってしまう。

 それと同時に毎日、カレンに会う口実も無くなってしまう。多少、強引でもここは食い下がらねばならないと判断し、提案する。


「こうしよう……」

「?」

「食費を出す。全面的に」

「え、気持ちはありがたいけど……。幼馴染の貴方から、お金を受け取るのは……」


 幼馴染から金銭を受け取るという提案を渋ってはいるが、カレンの視線はせわしなく動き、明らかに心が揺れているのが分かった。どうやらお金を受け取るということに抵抗があるようだ。しかし、先日渡した花束、アクセサリー、リンゴは受け取ってくれた。ならばと再度、提案する。


「じゃあ、食料の買い出しに行く時は、俺が一緒に行って払うということでどうだ?」

「そ、そうね……。それなら」


 思った通り現金を直接、受け取るのは抵抗があったカレンだが、物品ならさほど抵抗が無いらしく、意外とあっさり提案を受け入れてくれた。

 休みの日、一緒に食材を買いに行った際には、二人で店頭に並ぶ様々な野菜や果物を見ながら、カレンは嬉しそうにパン、小麦、ライ麦粉、乾麺、卵、野菜などを大量に買い、俺は代金を払うと同時に荷物持ちをかってでた。


「こんなに買ってもらって何だか悪いわね!」

「いや、今まで食費がかかっていただろうから気にしないでくれ……。俺がもらっている給金的にも、食材程度なら大した支出ではないし……」

「そう? じゃあお言葉に甘えるわ!」

「ああ」


 その後、牛肉、ハム、ソーセージなどの肉類や調味料、マジョラム、ディル、クミンシードなどのハーブに加えて調理酒を購入して買い物を終えた。終始、上機嫌でホクホク顔の彼女と共にカレン宅に戻った。


「良いお肉や野菜がたっぷり買えたから今日は腕を振るうわ!」

「楽しみにしてる」

「まかせて!」


 買って来た食材を台所に置けば、薄紅色のエプロンを身にまとったカレンが、さっそく料理に取り掛かる。手際よく、真っ赤なトマトと青菜を一口サイズにカットして盛りつけ、オリーブの実を加え、チーズを振りかけて新鮮なサラダ。

 芳ばしい炒め玉ねぎの香りが食欲をそそる、オニオンスープ。素材の旨味を赤ワインによって閉じ込めた、牛肉と野菜の赤ワイン煮がテーブルに並ぶ。そして、今日もカレンの作ってくれた食事は、どれも文句なしに美味しかった。


「今日も旨かった」

「それは良かったわ。私も、貴方が食材を買ってくれて助かったわ」

 ニコニコと満面の笑みを浮かべるカレンに、俺はある決意を固めて切り出す。

「そのことなんだが……」

「ん?」

「これからも俺は、カレンの作ってくれた食事を食べる」

「うん。そうでしょうね……」

 真顔で頷くカレンは、完全に俺が彼女の料理以外、食べる気になれないということを熟知し、悟り切っている目である。

「カレンも俺が食材を買うと助かる」

「ええ」

 カレンは相槌を打ちながら先日、俺が持ってきたリンゴを使って作ったという、黄金色のアップルタルトを食後のデザートとして切り分け、二人分を皿に置き、お茶を淹れた。白い陶器のティーポットから、琥珀色の熱いハーブティーをカップに注ぎ、俺に差し出す。

 そして、カレンは爽やかな香りがするハーブティーに、ふーっと息を吹きかけ、軽く冷ましてから口元でカップを傾けた。その様子を見ながら、俺はおもむろに口を開く。

「つまりだ……」

「?」

「結婚しよう」

「ぶはっ!」


 カレンは驚きのあまり、口に含んでいたハーブティーを噴き出した。彼女は突然のプロポーズに唖然としたが、幼少期カレンの手料理を食べた時には、彼女に対して、すでに好意を持っていたこと。料理を口実に毎日、カレンに会いに行き、食事の時間を共に過ごすことを楽しみにしてたこと。

 それらを、せつせつと説明した。彼女は十年にも渡る、俺の気持ちに全く気付かなかったらしく、目を丸くして、寝耳に水状態で驚いていた。


「本当は毎日、ごはんを食べつつ、カレンが恋愛や結婚を意識してからプロポーズしようと思っていたんだが」

「え」

「バラの花束を渡しても、アクセサリーをプレゼントしてもカレンは一向に、男女の間柄を意識してくれないから。……もう、そういうのは諦めることにした」

「え、え?」

「そういう雰囲気とか無くても、豊富な食材があればカレンは機嫌が良いことが分かったから、俺はこれから、カレンがいつも笑顔でいられるように、必ず食材を確保する」

「……」

「だから、色々すっとばしてるのは承知の上で言う……。結婚してくれ」

 真っすぐにカレンを見つめれば、彼女は少し考えた後、小さく呟く。

「えーと。じゃあ昔、伯爵家の料理人より、私の方が料理がうまいって言ってたのは……」

「俺にとっては、おまえの料理が何よりも旨い」

「……」


 彼女は何故か頬を赤らめて、何とも言えない表情で黙り込んだ。おずおずと、俺がプロポーズの返事を尋ねるとカレンは頷いてOKしてくれた。

 こうして何とか、俺はカレンと結婚した。幼馴染みの男爵令嬢にさんざんプロポーズの決意を砕かれてきたが、終わりよければすべて良しだ。そういう訳で、カレンは今日も、俺の為にごはんを作ってくれている。
お読み頂きありがとうございます。カレン視点の小説もあります。→http://ncode.syosetu.com/n7485dy/

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