向かう馬車の中
レディーナ視点
劇場へ向かう馬車の中、アルバートと向かい合って座っている私は、これから起こるであろう未来に緊張で固まっていた。
「どうした?やっぱり体調悪いか?」
対面から声が掛かり強張らせ俯かせていた顔を上げる。
少し乱雑な話し方はアルバートの素である。
昔から彼は私の前では取り繕う事はしない。
「ほら、頭の飾り取ってやるから」
そう言って対面から隣に移動してきたアルバートが結って留めてある髪飾りを取り、少し乱暴に頭を撫でてくれた。物心が付く頃からアルバートは二人きりになると良くこうして頭を撫でてくれる。
そしてそれは、いつも私の心を落ち着かせてくれた。
「ううん。大丈夫…」
そして今日も、その大きな安心できる手にほっと心が落ち着つき、自然と目が閉じた。
「眠いなら眠れ、着いたら起こしてやるから。」
そう言ってアルバートが大きなクッションを渡してくる。
私は昔から馬車に揺られるとつい、まぶたが重くなってしまう。それを知っているアルバートは馬車を手配する際、大きめのクッションもいつも一緒に手配してくれる。
「うん。そうする…。」
渡された調度良い大きさのクッションを抱え、近くなったアルバートの肩にそっと頭を乗せる。不安に押し潰されない様にギュッと目をつむって眠気が訪れるのをひたすら待った。
・・・・・・・・・・・
「ほら、着いたぞ」
眠気と現実の狭間を行き来していた私に声がかかった。
(眠れなかった)
薄らと目を開け窓から見えた空は、赤い中に黒も浮かぶ黄昏時だった。
(アルバートの瞳みたいだ…)
「後ろを向け、髪結ってやるから。」
(優しいなぁ…)
二人の時は髪飾りを取って頭を撫で、人前に戻る時には髪を結って髪飾りを戻してくれる。
これは幼い時から行われてきた習慣でもある。
幼いある日、私はアルバートに頭を撫でて貰って困った事が一度だけあった。
髪型を崩した後、急遽人前に出る事になってしまったのだ。
私は自分で自分の髪が結えない。その日は髪を結ってくれる侍女も居なかったのだ。
その時は事情を知ったアルバートのお母様が代わりに髪を結ってくれて、事なきを得た。
しかしその後アルバートは、もう私が困らない様髪の結い方を覚えてくれたのだ。
痛くない様に柔らかく、慣れた手付きで私の髪が結われていく。
心地良い感触に目を閉じた。
「また寝るんじゃないぞ」
少しからかいを含んだ様な柔らかい声が控えめな笑い声と共に心に沁みる。
幸せになって欲しいと心から願う。
(でも、それは私のそばであって欲しかった。)
そう強く望んでしまう私の心を咎めて、手を固く握った。




