変わった心
レディーナ視点
言語に歴史に計算。ダンスに楽曲、マナーに基礎知識。
中期になったからとて変わる事無く、前期と同じ様に授業は進み、3週間が過ぎた。
「じゃあ、いってきます。レディーナ、今週末、忘れてないよね?」
「ええ。もちろん。大丈夫よ。」
放課後、騎士団へと稽古へ向かうアルバートを学園の玄関まで見送りに行く。
これは、中期に入ってから始まった習慣だ。
最初は稽古の後迎えに来ると譲らなかったアルバートを自分達が責任持って送るからとビートとマリアさんが説得し、玄関まで見送りに出る事を約束して渋々許して貰えた。
「ビートとマリア。レディーナを頼んだよ。」
「ああ、任せておけ。私達も応援しに行く。頑張れよ。」
「無事、送り届けますのでご安心ください。」
(子供じゃないんだから、自宅に帰るくらい一人で出来るのに。)
っていうか、少し前までそうだったはずだ。
アルバートに送って貰う様になったのは、生徒会を手伝う様になってからである。
それまでは自宅の馬車がちゃんと送り迎えをしてくれていた。
(習慣って何だかこわい。)
「アルバートさま~」
その時、アルバートの向こう、玄関の外の方から、アルバートを呼ぶ声が掛かった。
鼻にかかった様な、気だるげに甘く。それでいて、少女の様に愛らしい声。
姿を見なくても分かるその声の持ち主は、5年生のリリア・リンクさん。
「今回の剣術大会へのご招待、ありがとうございます。リリア、すっごく嬉しい。家族総出で応援しに参りますわ。是非、勝利を祈らせて下さいませ。」
白いレースの手袋に包まれた彼女の手がアルバートの腕に絡まった。
「リリア嬢!?」
「アルバート、それではいってらっしゃい。」
「レディーナ!?」
アルバートが絡まった手に驚き、焦っている隙に頭を下げて、急ぎ生徒会室に向けて足を速める。
(…まただ。)
仲直りして、アルバートと私の距離は元に戻った。
けれど、それ以前と変わってしまった私の心。
リリアさんとアルバートの腕が絡まる時、思い出したのは、あの日無邪気にアルバートの腕に絡みついたディーの姿。
その瞬間に蘇る、燃え上がる嫉妬の炎。
それは今日だけじゃない。ディーを思い出しても、思い出さなくても。
アルバートの横に女性が立つだけで。
アルバートへ女性が甘く話し掛けるだけで。
アルバートが女性へ優しく微笑むだけで。
その感情が一気に燃え盛るのだ。
(前はこんな事なかったのに…)
「レディーナ!」
悪化した。としか言い様のないこの感情から逃げる様にその場を辞した私を、腕を強く握られる事で留められる。
「レディーナ。僕じゃない。僕はリリア嬢を招待してない。」
誤解だ、と必死に釈明するアルバートの顔は苦しげだ。
(大丈夫。と、分かってる。と、早く言ってあげなくちゃ。)
いくら私とアルバートが婚約してると言っても、あくまで仮である。
付き合いや、思惑あって、家の都合で他の令嬢をエスコートする事も、他の男性にエスコートされる事もままある。
今回もそう言う事だ。と頭でちゃんと理解してる。のに。
(言葉に出来ない。)
私の中にある独占欲が嫌だと、子供みたいに意地を張って、駄々をこねる。
「レディーナ。僕が勝利を捧げるのは君にだけだ。」
アルバートが握るのを私の左腕から両手に移す。
向き合う形で対面するガーネットの瞳が必死に訴えている『想い』
「アルバート、大丈夫よ。分かってる。ちゃんと行くわ。」
その『想い』にやっと言えた言葉。
私は以前の様に上手に笑えただろうか…。




