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涙の夜

レディーナ視点

「ふっ…、うぅ…、っ…」

誰も居ない、静かな自室は殺しても泣き声が響いた。


あの時、ディーに繋がれたアルバートの手を見た時、頭が真っ白になった。

その光景は目の前にあったのに、信じられなかった。

信じたくないと心が叫んだ。

そして次いで訪れた嵐の様な嫉妬による怒りの感情と裏切られた事への悲しみ。

微笑むディーにも、背を向けたままのアルバートにも苛立ち、怒鳴りつけたい衝動。

裏切られた手、合う事の無い視線に切り裂く様に心が痛んだ。


『レディーナ!』

その場から逃げ出した私を追う声はあっても、彼の姿はなかった。


ハンナさんが用意してくれた馬車に独りで乗り込む。

来る時には目の前にアルバートが居た事を思うと、また胸が苦しいと辛いと叫ぶ。

『レディーナ様…』

気遣ってくれるハンナさんの優しさすら、その時の私には煩わしく感じた。

『ごめんなさい、一人にして頂けますか?』

その感情を込めないよう声を、言葉を発するのが精一杯だった。


「うぅ…、ぐすっ、ぐっ…」

いくら押さえても漏れ出る声は響いているはずなのに、誰も様子を見には来ない。

いつもは泣いたと分かれば、侍女のレナはすっ飛んでくるし、今は戻っているお兄様もいつもだったら慰めに訪れる。お父様からはきつく事情を聴かれる所だ。

しかし、それらが今日は無い事は分かっている。


詳しい事情は知らなくても、独りで帰ってきた事に何があったかある程度理解しているだろう彼等が私の部屋へ、何より、私を慰める為に訪れる事は無い。

それは、それが淑女であるなら当たり前に身に付けるべき最低限の心得だからである。


貴族と言うのは婚約、結婚したからとて、いつでも共に居られるとは限らない。

例えば夜会等では、上司の奥様や地方から出てくる親族、親交ある方から頼まれればその都度パートナーを務める事となる。

その度、ヤキモチを焼いていては夫の地位や尊厳を貶める以外の何物でも無いのだ。


だからこそ淑女に求められる最低限の心得が『妬みや嫉む感情、嫉妬を露わにしない』である。そういった心の淀みを笑みで隠すのが淑女たる者なのだ。

お父様からしたら、『こんな事』で『泣く』等情けないと言われる事であろう。


コンコンと扉が軽く鳴れば、意識せずとも涙が止まる。

窓から見える空を見れば、もう日が暮れて真っ暗だった。大分泣いていた様だ。

「レディーナ様、アルバート様がお越しです。」

レナの扉越しのその言葉に肩が跳ねる。心臓が跳ねる。

(まだ心の準備が出来ていない)


「…今日は帰って貰って。」

「レディーナ様…」

咎めるレナの声。

「…分かってる。」

(分かってる。)


そう、分かっているのだ。

私だって、『こんな事』で『泣く』なんて、淑女として失格だし情けない事だと分かっている。


でも、浮かぶ映像が心を荒らす。


直接見ていないのに、あの後の二人が何をし、何を見、何を話すか、…そして何をするか。


私は知っているのだ。

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