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賭けの行方

レディーナ視点

配られた全ての用紙と宿題を鞄に詰め込み、玄関を出てキョロキョロと辺りを見回す。

今日は終業式の為、午前中で学園が終わってしまうので、家の人が迎えに来てくれているはずである。

「レディーナさん、ちょっと宜しいかしら?」

右から左へと視線を動かしていた私に背中から声が掛かり、後ろを振り向いた。

「アンジェリカさん…」

振り向いて視界に入れたその人物に感情を隠しきれず、眉が寄ってしまった。


「貴女、もう少しお友達を選ぶべきではなくって?一応アルバート様の婚約者とあろうお人が…」

嘆かわしい、と首を振り大袈裟にため息が落とされる。

「あ、はい。御助言頂き、ありがとうございます。」

「大体、家柄が等しいからってだけで、アルバート様の一応、婚約者になれるなんて、本当、そこだけは羨ましい御身分ですわね。」

『一応』と『そこだけ』を強調しながら、キッと睨みつけられ足が後ろに下がってしまった。

(何て返すのが正解かしら?「はい」って言ったら嫌味だし。「いいえ」といっても反感を持たれてしまうし…)


「レディーナ、アンジェリカ嬢、お話し中失礼。」

にこやかな笑顔を湛えてどこから来たのかアルバートが割り込む。

「まぁ、アルバート様!」

先程と打って変わってぱあっとアンジェリカさんが笑顔を華やかせた。

「邪魔してしまったかな?」

「いいえ。とんでもない。」

「ごめんね。迎えの人が待ってるってレディーナに伝えに来ただけなんだけど…」

「まぁ、それはお止めしてすみませんでした。レディーナさん、アルバート様、失礼いたします。」

「うん。またね。」


「まったく、過保護なんだから…」

アンジェリカさんに笑顔で手を振っているアルバートにだけ聞こえる様に小さな声で非難した。

「迷惑だった?」

顔と行動はそのままに、同じく私にしか聞こえない位の小さな声でアルバートが呟く。

「そうじゃないけど…あれぐらい、ちゃんと対処できるわ。」

ふんっとそっぽを向いて拗ねてみせる。

「…アルバートが、チビだったり、ぽっちゃりだったり、眼鏡だったりすれば良かった。」

「…なんだって?」

笑みを崩さないままギッギッギッギと機械の様にアルバートがこちらを振り向く。


(だって、そうすれば…)

アルバートがチビだったり、ぽっちゃりだったり、眼鏡だったり。そうでなくても、今の様にカッコ良くならなければ、もう少し求婚者が減っていたはずだ。


アルバートの家も私の家も、一応は王都に住まわせて貰っては居るものの、所詮中流貴族の下の方である。

普通は同じか少し上位の家柄同士で婚約するのが常である。のに、意外にもアルバートが見目麗しく育ってしまったものだから、今では上流貴族含む沢山の御令嬢から求婚されているのである。

一応、婚約者がいるからと断ってくれている様だが、婚約者と言っても成人するまでは仮である。

成人するまでの婚約とは口約束の様なもので、お互い何もなければ結婚します。と言う意思を示しているだけに過ぎず、何かあれば解消も破棄も簡単に出来る。

正式な婚約者となれるのは、成人し婚約披露が終わってようやくだ。

結婚までには更にかかり、王家へ申請し、何事もなければ約1年後受諾されやっと夫婦となれるのだ。


アルバートを見上げ、見つめる。その視線に気付いたアルバートの眼差しが揺れる。

「はぁー…」

「…その重いため息はナニかな?」

溜息と共に下げた私の顔の輪郭をアルバートが撫でる。

頬から顎下まで撫で下げたアルバートの指にぐいっと力が込められ、無理やり顔を上に戻される。

「ん?」

無理やり視界に入れさせられたアルバートの表情に一瞬固まる。

(浮かべているのは笑顔のはずなのに、何でこんなに怖いんだろう?)


「あ!アルバート様!」

その声にはっとし顔はそのままに視線だけ声がした方へ動かした。

声がした方、校庭の方へ視線を向けると、ディーがこちらに向かって走ってくるのが見える。

慌てて動こうとすると顎を押さえていない方のアルバートの手が私の腰元をぐっと抱え、制されてしまった。


「やぁ、ディー。こんにちは。」

体制はそのままに、顔だけをディーに向けたアルバートがにこやかに挨拶する。

「あ、あの…アルバート様?」

「うん。何かな?」

ディーはこの私とアルバートの変な体制に一瞬たじろいだ様だ。

(うん。私も困ってる。)

抱えられ反っている腰がだんだん痛くなってきた気がする。


「あ、えっと。来月…8月にある雨乞花鑑賞、一緒に行きませんか?二人で。」


そのディーの『賭け』の言葉に私の喉元がごくりと動いた。


聞きたくなかったのに。と逃がしてくれなかったアルバートを心の中で責めた。

正々堂々と『賭け』を言葉にされ、私は何も言えなかった。

言う権利が、彼の行動を制限する権利が、仮の婚約者の私には、まだ無いから。


目を細め鋭くなったアルバートの瞳が私を捕え、ディーを見つめ、再度私に戻って来た。

縋る思いで掴んだアルバートの袖をぎゅっときつく握る。


「ごめん…」


切なく呟かれた言葉に身体が固まる。

顎を固定されている故か、はたまた違う理由からか、私は動く事も出来ず唯じっとアルバートの瞳を見つめた。


「ごめん…ディー。」


私を見つめたまま、もう一度アルバートが唇を動かす。

切なげな表情から一転、甘く微笑まれる。


「僕は、レディーナと行くよ。」

その表情と言葉は私の顔と体を真っ赤に染めた。

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