それぞれの夜―アルバートの場合―
ディーの事、私も気に掛けておこう。そう言ってくれた友ビートに、頼む。と残してアルバートは独り自宅へと供もつけずに夜道を歩いていた。
今頃レディーナは温かい布団に入って眠っているだろうか、そう星が浮かぶ夜空を見上げ想う。
「レディーナ…」
レディーナを想えば先程の事を思い出し、知らず切なく名を呼んだ。
(泣かせるつもりは無かったんだ…)
只、伝わらない想いがはがゆく、もどかしく、その衝動のままに当ってしまった。
衝動、それは『焦燥感』。
あの晩あの階段で、自分の手元から引かれる手を、階段を独りで降りる背中を見て湧いた感情は、未だ消えず、アルバートの心を蝕み、駆り立てる。
(そしてあの廊下でレディーナは…)
翌週、『レディーナ様が先日の女性に呼び出されて…』そうアルバートに教えに来てくれたのはマリアだった。
そして探し出した廊下の先で行われていたディーとレディーナの会話をアルバートは聞いていた。
全て聞けた訳では無いが、レディーナの「アルバートは貴女を好きになるんですね…」と諦めたかの様な言葉に目の前が暗くなる程の衝撃と絶望を味わった。
(お前は俺がディーを好きになっても構わないと言うのか!?)
その悲痛な想いをしかし告げる事が出来ぬまま、心の奥に鋭い傷を作り、今も癒えぬままである。
「アルバート様、お迎えに上がりました。」
目の前の闇夜から姿を現した、白髪を後ろに撫でつけ、細身のシルバーの眼鏡を掛けたその男にアルバートは驚く事なく手を上げて応えた。
「悪いな、セバスチャン。この間の件、調べてくれたのか。」
目の前の男、セバスチャンはアルバートの家人である。
廊下での会話を聞いたあの日から、アルバートの中でディーは『ただの少女』から『気に掛けるべき女性』に変わった。
自分から近づき話を聞き出すのはもちろん。時にはこうしてセバスチャンに身辺調査を依頼している。
セバスチャンの崩れた服装を見れば、今日もその帰りであろう事が分かった。
「まずはお乗りください。」と促されるままアルバートはセバスチャンによって手配された馬車に乗り込む。
「申し訳ありませんが、取り急ぎ口頭でご報告させて頂きます。」
書面は後日に、と前置きしてセバスチャンがアルバートの対面に座り間もなく、ゆっくりと馬車が自宅に向けて走り出した。
「調べる様に言われていたドレスの件ですが、レディーナ様がお作りになられる前に購入された物の様です。」
「そうか…」
そう重く応えたアルバートが眉間の皺を一層深くした。
今回調査を頼んだのは偶然にしては出来過ぎのドレスの色の件であった。
舞踏会においてドレスは女性の武器である。だからこそ大抵の、いや殆どの女性が時には探る等してお互いのドレスの色が被らない様に注意する。
男性には同じ色にしか見えなくとも、様々に呼び名を変え、微妙に色合いを変えて…。
それなのに今回、二人が選んだのは「シャンパンゴールド」だった。レディーナとディーの、二人だけ。
合わせたとしか思えない偶然の一致に、もしかしたらレディーナの衣装の色を何処かで聞いたディーが真似したのでは?と考えたのだ。
しかし、それは今回の調査によって否定された。
セバスチャンの話では、ディーが衣装を購入したのは先月だと言う。
学園ではドレスの色が被ってトラブルになるのを未然に防ぐため、ドレスの色を決めたら申請する義務がある。
レディーナが色の申請をしたのは5月になってすぐ。であれば、必ず教師から注意勧告があったはずだ。
それなのに、レディーナはそれを良しとした。
「だとするならば…」
だとするならば…今回衣装の色を合わせたのはレディーナ。
(何故だ!?)
アルバートの胸にまた焦燥感が募る。レディーナが手の内からスルスルと逃げ出していく様な、そう、あの晩のあの階段の時の様に…。
「だとして…」
すると、同じ答えに行きついたであろうセバスチャンがその続きを請け負った。
「だとして…どうされます?新たな女性でも探されますか?」
目を細めセバスチャンは片方の口端を上げてニヤリと笑んだ。
浮かべる表情はとても主に向けて良い物とは言い難い。
しかし、それを受けたアルバートはふっと笑みを零し、先程まで漂っていた重い空気を払った。
「…愚問だな。手放すものか」
瞳に鋭さを戻すと、大きく優雅に足を組んだ。
「悪いが、引き続き調査を頼む。」
「もちろんです。」
崩れていた主従の関係を戻し、セバスチャンは深々と頭を下げた。
これにて1章終了となり、次話より2章となります。
変わらず、21時更新予定です。
引き続きお付き合い頂けると幸いです。




