それぞれの夜―マリアの場合―
時は少し遡り、アルバートとレディーナが廊下でダンスをしている頃。
「はぁー。」
舞踏会の会場内を一人歩くマリアは重いため息を吐きだした。
誰もが胸を躍らせるこのダンステストと言う名の模擬舞踏会ではあるが、マリアにとっては好きになれない行事だった。
舞踏会で踊る大好きなはずのレディーナに『妬み』を持っていると気付いたのはいつ頃からか。
アルバートと手を取り、顔を綻ばせて踊るレディーナを見る度、あたしだって…と言う感情が止まらなくなってしまうのだ。
会場内をそんな重い気持ちを抱えて歩く。そんなマリアだからこそ、絡まれている少女を見つけてしまったのかもしれない。
人目に付きにくい壁際で3人の女性が一人の少女に突っかかっていた。
「ご自分の身分ってものを少しは考えなさい。」一人の女性が背筋を伸ばし上から投げかけ
「そうだそうだ」と言わんばかりにもう一人が頷いた。
「…」少女が怯えたように体を縮めると。
「な、何ニヤニヤしてるのよ!年下のクセに生意気!」と、更にもう一人の女性が嫌悪の表情を見せる。
「やめなさい、貴女達」
3人対1人の間に立ったマリアはその相手を見て驚愕した。
「ロッテ…」
先程まで非難の言葉を口にしていたのが、友人であるロッテであったからだ。
一瞬、傷ついた表情を見せたロッテはしかしすぐ表情を変え、ふんっとスカートを翻し去って行った。
ロッテはマリアの友人である。いや、友人であった。
マリアがレディーナと出会う前。一緒に登校し、机を並べ、昼ごはんを食べ、時に寄り道をして一緒に帰る。そういう普通の友であった。
それがいつの頃からか、ロッテはマリアを避ける様になった。
マリアがレディーナに近付けば近付くほど、ロッテは離れてしまった。
何度か修復を試みようと、マリアから「ロッテ、今日は一緒に帰らない?」と声を掛けても断られ、その内「いいえ、お気遣いなく。」と返事が他人行儀になってしまい、声を掛けられなくなってしまったのだ。
先程の傷ついた表情のロッテを思い出す。
(そんなつもりじゃなかった…)
傷つけるつもりなんて無かった。
「マリア、どうかした?」
気落ちしているマリアの背中にアルバートの声が掛かった。
途端丸めていた背筋を伸ばし振り返ったマリアが頬を染める。
マリアが見上げる先、アルバートは誰もが見惚れる様な優しく甘い笑みを浮かべていた。
その隣にいる生徒会長のビートまで心配気にマリアの顔を覗き込んだので尚更だ。
「ディーさんとのダンス素敵でした。でも、レディーナ様と踊れなくて残念でしたね。」
「いや、…ああ、何でもない。そうだね」
口元を手で隠したアルバートは更にマリアの視線から隠す様に顔をそっぽに向けた。
「マリアは誰と踊ったんだ?」
「…クラスメイトです。」
ビートの問いに答えながら、気付かれない様にそっと、マリアがため息を漏らした。
(あたしは好きな人と踊れないから…)
そう、マリアが舞踏会を好きになれない理由はそれである。
どんなに望んでも、マリアが想う人と舞踏会で踊れる事はないのだ。
「マリア?」
漏れたため息に気付いたのか、アルバートがマリアを覗き込む。
紳士然としたアルバートは誰にでも気さくで、レディーナはもちろん、一緒にいるマリアにも優しく接してくれる。
(こういう人を罪な人って言うんだわ…)
染める頬を更に赤らめてマリアは心の中で呟き、首を振った。
・・・・・・・・・・
「良い子ぶってんじゃないわよ」
舞踏会の後、控えの教室で着替えをすませたマリアを待っていたのはロッテだった。
「ロッテ、何の事?」
「とぼけんじゃないわよ!あんただってアルバート様の事好きなくせに!」
キッと睨みつけられ、マリアが後ずさる。
「ち、違う」
「違わない!さっきだってアルバート様とデレデレ話してたじゃない!」
誰にでも良い顔してんじゃないわよ!と吐き捨てロッテは暗い廊下へ消えて行った。
(そんなつもりじゃ…なかったのに)




